第9話 ウチの嫁と娘は可愛いんだ

「これで、書面の手続きは終了となります。ただいまを持って夕凪様と雪乃さん並びに月夜ちゃんの養子縁組が成立しました」


 その後の手続きに関しては、特に問題もなくスムーズに終わった。

 呆気ないものだったな……いや、先程の出来事があったからこそなのかもしれない。

これで2人を迎え入れる事が出来た訳だが、ふと疑問が湧いた。


「気になる事があるんだが、晴れて2人のお父様になった訳だが、俺の事はどう呼ぶんだ?」

「好きに決めてくれていいです」


 月森さんのリアクションは薄かった。本当にどうでもよさそうに言うからちょっとだけ傷ついた。


「つきちゃんは俺を何て呼びたい?」

「とあっ……」


 こちらのリアクションはまずまずだけど、名前呼びか……。


「うーん、それも悪くないんだが……なんだろう。いざ親子ってなるともう少しこうなんか….情緒のある呼び方とかないかもんかね。月森さんどう思う?」

「どうでしょう……正直興味ありません。ですが、お望みでしたら『パパ』でも「お父様」でもお呼びします」


その言葉に反応したのは、つきちゃんだった。


「ぱぱぁ……?」

「っ!?」


 膝の上をもそもそと動き始めると、俺と向かい合う様に体勢を変える。

 そしてそのままひしっと抱きついてきた。


 突然のパパ発言と、その動作が可愛くて心臓を撃ち抜かれ悶絶する。

 これは懐かれてる、自惚れじゃないよな……。

 心臓を撃ち抜かれたのは俺だけじゃない様で、中山さんも同じ様に胸を押さえていた。

 月森さんは……羨ましそうに俺を見てる?


 気を良くした俺は、そのままの勢いで月森さんに話しかける。


「そうかそうか、パパって呼んでくれるのか!!月森さんも遠慮せずにパパって呼ん……ひぃぃ!?」

「……….」


隣にいる月森さんが、ジッと俺を見ていた。絶対零度の視線を向けられ、自然とギュッとなる。どこが…だって?聞くな察してくれ。


「同級生をパパって呼ぶのはおかしいよな。夕凪君でも永遠君でも……なんなら呼び捨てでもいいから月森さんの好きに呼んでくれ」


 意気消沈した、俺は全てを諦めた。


「アナタ」

「へっ…?」


 文字で見るとLOVE全力の様に思えなくもない単語だが、間違っても語尾に♡は付いてない。声に何の感情も乗っていない様に聞こえた。


「あなた♡!?え、それってもしかして……ラブ的な旦那様へ向ける感じだったりするの?」


 違うと分かってたけど、冗談めかして尋ねてみた。


「それは違いますね」

「ああ、うん…分かってるよ」


 勘違い野郎みたいになってしまい、照れ臭くなったので話を切り上げ、こちらからの呼び方を打診する事にした。


「えっと……そしたら俺はなんて呼ぼうかな。雪乃とつきちゃんでいいかな?」


 つきちゃんはコクコクと頷いている、了承したと思っていいだろう。

 月森さんも小さく一度頷いてくれた後、そのまま俯いた。


 下の名前を呼び捨て、少しぐらい照れたりしてくれるかと期待したが、月森さんの反応は淡白だった。


「ゴホンっ。そろそろいいでしょうか。その辺のお話は3人になった時にしていただけると助かります。そちらから質問がなければこれで終わりとなりますが……」

「俺はもうないかな。雪乃は?」

「私もありません」


「それでは夕凪様、6,600万のお支払いもお願い致します」


 もう一度アプリを開き、即座に振込手続きを終える。


「確認させていただきました。夕凪様おめでとうございます。お二人ともどうぞお幸せに」


 そう言って立ち上がり深々と頭を下げる中山さん。


「こちらこそお世話になりました。このまま2人はとりあえず俺の家に行こうか。これからの話をしよう」


中山さんにお礼を言い相談所を後にした。


「ぱぱぁ!!」


 施設を出ると、そう言って小さな右手を俺に差し出すつきちゃん。

 こんな可愛い子が娘になったのか……。はぁ〜〜〜、尊死しない様に気をつけないとな。


「ゆきちゃ、はい!!」


今度は左手を雪乃の方に差し出す。

雪乃は微笑みながら、その手を取る。


「それじゃ、駅まで歩こうか。家は2駅隣だからさ」

「ぱぱぁ、つきね、つきね、ぷいんたべたい」

「プリン?そっかー、そしたらパパさっきのより美味しいの売ってるお店知ってるから買って帰ろうか」


 俺の返事に、つきちゃんは嬉しそうに微笑んでくれた。マジ天使だ…。だがこの幸せを壊す者が居た。


「ダメです、甘やかさないで下さい」


間髪入れずに、雪乃からダメ出しされた。


「やだぁ、ゆきちゃ……おねがい」


 瞳に涙を溜めたつきちゃんの泣き落とし攻撃。雪乃には……効いてない。


「プリンぐらいなら良くないか?」

「我慢出来ない子に育って迷惑はかけたくありませんので」

「ぱぱぁ……」


 瞳に溜めた涙はもう溢れ落ちそうだった。

 雪乃はこれ見てダメって言ったんだよな、凄いな。

 一個と言わず2個でも3個でも買ってやるって普通ならなる破壊力だ。


「つきちゃん、実はパパの家の人もプリン好きなんだ。お土産に買おうと思ってたから大丈夫だ」


 そう言って頭を撫でると、雪乃と繋いでいた手を離して俺の足にしがみついてきた。

 その様子を見て小さな溜息を漏らす雪乃。その姿はどこか寂しそうに思えた。


「ねえねえ、奥様聞きました?あの子のパパですって。高校生ぐらいでしょうにあんな大きな子がいるんですって」

「人は見かけによらないって事かしら。女の子の方は清楚そうに見えて、ちゃっかりやる事やってるのね。こんな暑いのにあんなにしっかり着込んで、これ見よがしに肌は出しませんって感じも鼻につくわね。ウチの娘はあんな風にならなくて本当に良かったわ」


 そんな会話が後ろから聞こえてきた。

 当然誤解ではあるが、そもそもなぜ今日初めて顔を合わせただけの他人からそんな風に言われないといけないのか……。

 彼女がこんな時期に長袖を着ている理由を、アンタらが何を知ってるというんだ。

 怒りで頭が真っ白になった。俺は拳を握り締め……


「ぱぱぁ、おかおこわい……」


 つきちゃんの声で現実に引き戻された。

 雪乃も唇を噛み締めている。

 俺には言われのない誹謗中傷から守ってやる事すら出来ないのか?


「つきちゃん、ちょっと抱っこするからしっかり捕まっててね」


 そう言ってひょいっと片手で抱え上げた。

 そして今度は雪乃に対してもアクションを起こす。


「雪乃おいで」

「えっ……」


彼女の腰に手を回して引き寄せた。突然の行動に驚いている雪乃、少しではあるものの顔が赤くなっている。


「まぁ、公衆の面前で節操がないわね。はしたない」

「ウチの嫁と娘は可愛いんだ。抱っこするだけでこんなに嬉しそうにするし、ただこうやって引き寄せただけで真っ赤になる。アンタらみたいに知りもしない他人の事を悪く言うような人種とは違うわけ。分かる?」


 大声を出して俺が言うものだから、周りの視線が一斉にこちらに集まった。


「そんな歳で子供まで作るぐらいだから目上の人に対する礼儀すら持ち合わせてないのね。親の顔が見てみたいわ」

「奥様、行きましょう。あんなの相手にするだけ無駄ですわ」


 口では偉そうに言うものの、周りの視線に耐えられなくなってそそくさと逃げて行った。


「ゆきちゃ、かおまっか。おねちゅ?」

「プリン買ってもらっていい。だからこっち見ないで」

「ぷいんっ!!」


 いきなり腰に手を回したし、嫁とか言っちゃったから怒られる覚悟はしていた。

 なので、こんな反応はされるとそれはそれで困ってしまう。


「つきちゃん、下に降りようか」

「やっ……」


 照れ隠しにつきちゃんを真ん中にして自然に距離を取ろうとしたが失敗。

 目指す店はすぐ近くなので、このまま抱きかかえたままでも問題はない。

 自然に距離を取れなかったので、無言で雪乃の腰から手を離した。

 つきちゃんを抱え、雪乃の腰に手を回して歩くのは危ないしな。


「あっ……」


 小さく漏れた声、表情も少し寂しそうだ。無意識なんだろうけど、今の雪乃の顔を鏡で本人に見せてやりたい。庇護欲を煽り過ぎだろう……。


 ケーキを買った後は、先程の様に三人で手を繋いで駅に向かう事となった。

 つきちゃんは抱っこを要求してきたのだが、雪乃が許さなかったのだ。


 そんな二人の会話をぼんやりと聞きながら、家族にどう説明するか考えながら帰路に着いた。

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