第8話 アンタには渡さない

「おい、アンタ……。もう少し大人しく入って来れないのか?」

「何だこのクソガキは。おい、コイツをつまみ出せ」


 自然と出た声は、普段よりも低かった。冷静なつもりで居たが、俺はイラついてるらしい。

 後から入ってきのはそっちだろうと口から出かけたが、ここで正論を言ってはややこしくなるだけだ。グッと我慢……出来る方ほど俺は大人じゃなかった。


「こちらが先に話をしてたんだ。アンタも彼女達の養親になりたいって事らしいが、あいにく話は纏まりそうなんだ。だから早く出ていってくれ」

「なんだと…!?」


 男は俺の言葉を聞いて驚きはするものの、月森さんへ視線を向けた後、気持ち悪い笑みを浮かべた。


「写真で見るより可愛いじゃないか。そこの女に聞くからクソガキは黙ってろ。おい女、俺がお前達の面倒見てやるよ。そこのクソガキと違って俺は金は持ってるぞ?結婚後も何不自由ない贅沢な暮らしをさせてやる。どうだ?俺の方がいいだろ?」

「…………」

「なんだ?嬉しくて言葉が出ないか?」


 無言を肯定と捉えたのか?彼女の表情を見てそう思えたのならコイツの目は節穴だ。

 男はそう言って月森さんに近づいたかと思うと、彼女の手首を掴んだ。


「クソガキが不愉快だ。別のところで話をする。そこの小さいのも行くぞ、ついてこい。さっさとしろ」


 突然の行動に、月森さん以外の誰もが一瞬呆気に取られた。

 月森さん、『あっ……あっ……』とうわ言の様に呟き、その顔色は真っ青になっている。

 彼女の体が小刻みに震えているのに気づいた俺は、急いで彼女の元に向かった。


「おい、アンタ。その手を離せよ」


 男の手を月森さんから強引に引き剥がし、急いで背に隠した。

 その動作に加えて、月夜ちゃんを手招きしこちらに呼ぶ。彼女はギュッと俺の足にしがみついた。


「クソガキ、邪魔をするなって言ってるだろうが!!」

「彼女が怯えてるのが見えないのか?そんな事すら気づけないアンタに彼女達と話をする資格はない」

「正義の味方気取りか?どうせお前だって俺と同じだろうが。その女を好き勝手にしたいだけなんだろ?見た目だけはいいしな。それに多少痛い目に合うのも慣れてるのだろ?既に傷物だから多少増えたところで変な罪悪感もないし、色々楽しめそうだよな」

「…………なっ!?」


 下卑た笑いを浮かべる男の言葉を遅れて理解した。

 サディスト。相手に苦痛を与えて喜ぶ変態だなこの男。

 親から身体的虐待を受けて心に傷を負った人に対して、どうしてそんな事をしようと思えるのだろうか。俺には理解出来ない。


「あの……虐待行為は例え養子縁組になったとしても即解除となります。そんな話を聞かされては、あなたを養親として認める事は出来ません」


 中山さんが男に抗議するが、今度は中山さんに罵声が浴びせられる。


「虐待だ?おい、女。言葉に気をつけろよ。お前、クビにされたいのか?そもそも相手が悦んでいるなら何も問題ないだろうが。女、心配するな。すぐにそういう悦びを教えてやるからな……」

「ひっ……」


 月森さんは身の危険を感じ、悲鳴をあげた。流石にこれはアウトだろ。


「これだけ怯えてるんです。所長さん、もういいでしょ?この男を早く追い出してくれ」

「は、はい!!ご、権藤様、申し訳ございませんが場所を変えさせていただきます」

「所長風情が俺に指図するのか?」

「いえ、その……権藤様…その様なつもりは……」


 この所長はダメだ、あまりに弱すぎる……。

 中山さんと話を進める方が良いかもしれない。


「中山さん、あとは何をしたらいいんです?条件の擦り合わせはほぼ終わりですよね?」

「ええ、あとは書類に正式にサインをいただければ成立です」

「月森さん、俺はサインするつもりだけどそっちはどうなんだ?」

「わ、私もサインをしたいです……」


 月森さんの主張を聞き、中山さんが毅然とした態度で男に告げる。


「権藤様でしたよね?ご覧の通り、お二人には今から書類にサインをしていただきます。雪……月森さんをあなたが養子に迎える事は叶いません。どうぞお引き取りを……」


それでもおっさんは暫く喚き散らしていたが、他の職員達も駆けつけ退出させられた。


「貴様ら、覚えておけよ。特にそこのクソガキ……貴様は絶対に許さないからな……」


 最後にこんな捨て台詞を吐いて……。

 男が居なくなり室内が静寂を取り戻す。振り返り背後に庇っていた月森さんとゆっくりと向き合う。


「月森さんが、俺が会ったらいいとか余計な事を言ったせいだ。怖い思いをさせて悪かった」

「いえ、あなたのせいではありません。どの道、あの人はここに来たでしょうから」

「あの男も居なくなったから、最後にもう一度だけ確認させて欲しい。本当に俺でいいのか?」

「はい、こちらこそ不束者ですが宜しくお願い致します」


 彼女は深々と頭を下げた。


「中山さん、そういう事なので書類をお願いします」

「暫くお待ちください。すぐに準備して参りますので」


 中山さんも退室したので、部屋に残されたのは俺達3人と所長さんとなった。


「所長さん、俺が言えた義理ではないのでしょうが、もう少し養親に関しては人を選ぶべきでは?資産の条件を満たしても、あんな人は……。現にこうして彼女達は傷ついてます。起きてしまった事は仕方ありませんが、せめて今後に繋げて下さい」

「仰る通りですね。今回の件は、上にしっかり報告させていただきます。それと権藤様には然るべき対応を取るとお約束致します。それでは私も失礼します」


 そう言い残して、逃げる様に部屋から出て行った。


「とりあえず座って待とうか。月森さん達は奥に座って。俺がドア側の方に座るからさ」


 そう言ってドアに近い席に腰掛け、着席を促す。

 だが、ここで予想出来ない事態が起こる。何故だか分からないが月夜ちゃんが俺の隣に座ったのだ。

 いや、こっちじゃなくて奥を勧めたんだけどな……。

 反対に月森さんは月夜ちゃんをジッと見つめ、なかなか座る素振りを見せない。

 不思議に思った俺は、何故座らないのか尋ねたが彼女は何も答えない。

 

 体の震えが治まっていったので失念していたが、この短時間では恐怖を払拭出来る訳がない。

 でも、一緒に座りたいとも言い出せないってところだろうか。


「つきちゃん、俺と一緒に反対側に座ろうか」 

「(こくっ……)」


 移動した先で、月夜ちゃんを膝の上に座らせた。こうすれば月森さんも座るスペースがある。


「月森さん、良かったら隣に座れば?」

「…………」


 ここまでして彼女も漸く着席してくれた。

 そしてはたと気づく……ああ、月森さんは月夜ちゃんを膝の上に乗せたかったのではないかと。 ジッと見ていたのはその為だったのだろう。

 今更月夜ちゃんに月森さんの膝の上に座り直す様に言うのも気まずい……よな。


 気づかなかったフリをしてみるものの月森さんと時々肩が当たるのだが、これ遠回しな催促とかじゃないよな……?

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