第7話 招かれざる者

 結局、3人がかりで月夜ちゃんを泣き止ませる事に成功した……と言いたいが、現実はそんなに甘くはなかった。


 現在進行形で月夜ちゃんは受付業務をしていたお姉さんが持ってきてくれたプリンをちまちまと食べている、俺達三人の総力はプリンに完全敗北をした形となった。


「それでは、具体的な話を詰めていきましょうか」


 そんな中、中山さんは敗北の事実なんてなかったかの様に、会話を始めた。


『どういう事だ!!会わせられないとだと!?ならなんでリストにあるんだ。いいからこの女を連れてこい。ああ、お前じゃ話にならん。ここの責任者を呼んでこい!!』


 何やら隣の部屋から怒鳴り声が聞こえてきた。


「騒がしいですね。トラブルですかね?」

「その様ですが放っておきましょう。それでは、改めて細かい点を確認させていただきます」


 中山さんは俺に相槌を打つものの、外の様子を気にする事はなかった。意外にもなかなか豪胆な様だ。


「まずは雪乃さんにお伝えします。現在、夕凪様は、お二人を養える資産をお持ちです。ただ、夕凪様の残額1500万円程ですので、色々と制約を受ける可能性がございます。一応今後も収入がある様ですので心配はしてませんが、かと言って贅沢も出来ないと思います」


 酷い…甲斐性のない男みたいに言われた。

 まぁ、俺なんかより金持ちは居るだろうから間違ってはいないのだけど……イラッとするのは気のせい……ではないな。


 それを聞いた月森さんは、一瞬だけ俺に視線を向けた。


「夕凪様は現在ご実家にお住まいで、お二人と住む場所については、これから考えると申しております。ただ、こちらとしてはご実家に身を置くのが良いと思っております」

「まぁ、二人に贅沢させてあげる余裕なんてないでしょうからね」

「ご理解が早くて助かります」


 おいこら……今のは皮肉のつもりで言ったんだぞ!?肯定で切り返してきやがって…オーバーキル甚だしいぞ!!


「なるほど、確かに一理ありますね。月森さんは俺の実家と3人で暮らすのはどっちがいい?」


俺は平静を装い、月森さんに問いかける。


「どちらでも構いません」


虐待された経緯から、俺の親との同居は嫌がられると思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。


「ならそこは後でお二人で決められてください。では次の確認事項です。雪乃さん、あなたは相手から申し出があった場合、結婚可能としてますね」

「はい……」


 一瞬だけ月森さんの顔が強張った様な気がした。本当に感情の変化が分かりにくい子だ……。


「夕凪様は現在学生です。将来どの様な職業に就かれるか分かりません。仕事を既にされている男性とは違い、結婚後を考えるとリスクがあります」


 なるほど、極端な話だと俺がニートになり月森さんだけを働かせる未来もあり得るわけか。

 無論そんな事をさせるつもりはないが、こればかりは確かに俺だと不安かもしれない。


「要は俺がニートのダメ夫になる可能性があると言いたいわけですね」


 一応自分から釘を刺しておくか。


「…………はい……」


 自分で言っておきながら申し訳なさそうな顔をしている中山さんを見て、先程覚えた不快感は霧散した。

 公平性を保つには、こういう言いにくい事も説明しておかないといけないのだろうから、フォローぐらいは入れておこう。


「気にしないでください。当然考えておかないといけない可能性ですから」

「お気を悪くさせて申し訳ございません。お気遣いありがとうございます」


 中山さんに非はない、なかなか大変な職業だなと思った。


「中山さん、俺の事は気にしなくていいので、月森さんに包み隠さずあなたの懸念している点を伝えてください」

「分かりました、お言葉に甘えさせていただきます。では、雪乃さん。これは夕凪様だからという事ではなく、あなたに対してこちらが心配している点があります」

「心配?何でしょうか?」

「先程、夕凪様があなたに対して性的に興奮してたのは気づきましたね?」


 えっ!?それって今言うことなのか!?

 気を使わなくていいと言ったのは俺だけど、それは流石に酷くないですかね?


「っ……はい……」


 正直に答えるべきか悩んだのだろう。月森さんは一瞬言葉に詰まっていた。

 それだけでなんとなく救われた気分になった。

 

「貞操の危機があるのは理解しておりますか?もちろん合意なくそんな事に及んだ場合、養子縁組は即刻解除されます。ですが、あなたの場合は結婚承諾済みとなるので、18歳で結婚が可能となります。例え結婚したとしても行為には本来であればお互いの合意が必要ですが、養ってもらった恩の分だけ拒絶しにくい状況になると思います。その辺りの覚悟はおありです?」

「あります」


 今度は即答だった。なぜ、彼女はこんなにも自分を顧みないのだろうか。

 こんなだから、周りが心配するんだろうな。


「意志は固いと……何を言っても無駄な様ですね。これらの点を踏まえて……最終確認し(コンコン……)誰でしょう?少しお待ちください」


 突然のノックに話が中断となった。

 中山さんがドアに向かいそのまま開けると、そこにいたのは中年の男性だった。


「中山さん、少しいいかな……?」

「所長でしたか。今、夕凪様達と条件の擦り合わせをしている最中ですので申し訳ないのですが、後にしていただけませんか?」

「いや、その……じ、実は……」


 ハンカチで額の汗を拭きながら、所長さんは困りきっている。

 あまり良い話では無さそうだが、これは助けてあげないと話が進まないだろう。


「中山さん、困っている様ですしせめて話を聞いてみては?」

「宜しいのですか?」

「ええ、月森さんが良ければですが……」

「私も構いません」


 こちらの承諾に対し『助かります』と言って、所長さんは俺の隣に座った。


「実は、月森さんを引き取りたいって方が……もう一人いらっしゃいまして……。い、いやその、夕凪様と月森さんが面談していたのは知っておりましたので、その結果を待って欲しいと私はお伝えしたのですが……お気を悪くされてしまいまして。それに自分の方が良い暮らしをさせてあげられるとまで言われまして……。マニュアルにも2組が同じタイミングで申し出た際の対応の記載がなく、月森さんの気持ちをお聞きしたくこちらに参りました」


 ああ、先程の怒鳴り声はその男か。

 とても人格者とは思えないが、自分の方が良い暮らしをさせられると言われると、月森さんとしては会った方が良いのかもしれない。


「ちなみにその方はどんな方ですか?月森さん、気になる様なら俺に遠慮せず面談してくれて構わないぞ」

「ええと……個人情報の問題もありますので……詳しくはお会いした時にお話し致しますが、50代で会社を経営されてます。独身の男性です」

「50代独身…ですか……」


 月森さんがポツリと呟いた。

 

 おそらく結婚可能の条件に釣られたクチだろうな。


「いえ、無理にお会いしていただく必要ありませんので!!夕凪様とのお話が纏まるのであればそれを理由にお断り致します」

「雪乃さん、悪い事は言いません。夕凪様と話の続きをしましょう」

「中山さん、キミの立場でそういう肩入れする様な発言は問題になるぞ」

「好きに報告して頂いて構いません」


 中山さん、男前だな。ちょっとキュンとしてしまった。


「私は……」


 その後の言葉が続かないところを見ると、月森さんとしても悩ましいのだろう。

 良い暮らしをさせてもらえるって言われたらそうなるよな。


 俺の場合だと、結婚の条件をつける必要がないということを言わなかったのが仇になってしまった。


(ガチャ、ダァァァァン)


 凄い勢いで部屋のドアが開いた。

 あまりの音の大きさに、その場にいたほぼ全員がびくりと肩を振るわせた。

 月夜ちゃんに至っては、何が起きたのか分からず硬直している。


 開け放たれたドアの方を見ると、小太りで髪の薄くなった中年の代表格の様な男性が居た。


「いつまで待たせるんだ!?居るならさっさと会わせろ!!忙しいのにわざわざ来てやってるんだからもっと考えて行動しろ!!」


 あまりにも横柄な物言いに、俺は眉を顰めた。

 コイツには、月森さんを任せてはいけない。


 俺は無意識に拳を握り締めていた……。

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