第6話 幼女は天邪鬼
コンコン……
中山さん弄りに飽きてきた頃、ドアをノックする音が聞こえた。
月森さんが戻ってきたのだろう。
「失礼します」
「ちます……」
月森さんに手を引かれてテクテクと入ってきた幼女。
下を向いていて、その表情は見えない。テーブルまで駆け寄った所でやっと顔を上げてくれた。
恐々といった様子で、俺をジーッと凝視してくる。
「だ……え?」
「こらっ、人にお名前を聞く時は先に自分からご挨拶しないとでしょ。つきちゃん、出来るよね?」
「しいな…つくよ…さんさいです」
「よく出来ました」
そう言って、月森さんは月夜ちゃんの頭を撫でる。月夜ちゃんに接する彼女は先程までとは違った穏やか雰囲気だった。褒められた月夜ちゃんも満更ではなさそうだ。
美少女と美幼女の触れ合い……尊いっ!!
「この子は
「おそろいなの」
お揃いと嬉しそうに言いながら、月夜ちゃんは月森さんの足にしがみついた。
本当に月森さんに懐いているのだな。こんな風に自分を慕ってくる子であれば、離れ離れになるのは、良心の呵責があってもおかしくない。
月夜ちゃんは先程見た写真の印象とはだいぶ異なっていた。
写真ではかなり痩せていて、見るからに不健康といった感じだった。
まだ少し痩せてはいるものの、今は不健康そうには見えない。
少し垂れた大きな瞳と薄い唇、赤茶色の髪をツインテールにしている。
先に言っておくが、俺はロリ○んではない。
だが、将来この子は絶対に可愛くなると俺の本能が働きかけてくる。
とりあえずこちらも名乗っておかないとな。
「月夜ちゃん……いや、つきちゃん初めまして。俺の名前は、夕凪透空だよ」
「ゆうないとや?」
「ぷっ……」
小首を傾げながら、俺の名前を呟く目の前の美幼女が可愛くて思わず笑ってしまった。
ここで否定するのも大人気ないと思ったので、あえて肯定する。
「うんうん、ゆうないとやだよ」
「ゆうないとや!!」
ちゃんと言えた事が嬉しかったのだろう。俺を指差して嬉しそうにしている姿を微笑ましく見ていたいのだが……でもその行為はダメだ。つきちゃん、君の横でご愁傷様……見守る事しか出来ない俺を許してくれ。
「つきちゃん、人を指さしちゃダメだって言われてないか?月森さんを見てみなよ」
「あっ……」
俺の指示に従い、月夜ちゃんは笑顔のまま、ゆっくりと見上げる。
そこには笑顔で自分を見下ろす月森さん。口角は上がってるのに、目が全然笑っていない。
今、あの小さな体が受けるプレッシャーは如何程のものだろうか?
小さく声を漏らした後、つきちゃんはそのまま動かなくなった。
「つきちゃん、いつも言ってるでしょ。人を指差したらダメって」
「ごめなしゃい」
「もう。何回注意しても言うこと聞かないんだから……」
注意するその顔は怒ってますって雰囲気を出しながらも、よく見ると行動が伴ってない。
そう言いながらも彼女は、反省してシュンとしてしまった月夜ちゃんの頭を優しく撫でている。
つきちゃんの顔もすぐにパッと花が咲いた様な笑顔に変わる。
ふへへへ〜って笑う幼女とか……最高だな。美少女に頭を撫でられる幼女、とりあえず拝んでおこう。
もしも月夜ちゃんに尻尾があったなら凄いことになっていただろう。
「月森さん、つきちゃんは今回の事については理解出来てるのか?」
いつまでもこの尊い2人を見ていたいが、流石にこのままという訳にもいかず、話を切り出す事にした。
「ええ。前から話していますので、なんとなくは……」
「そうか……どうする?俺からつきちゃんに確認した方がいいか?」
「いいえ、私に確認させて下さい」
「分かった、任せるよ」
月森さんが、頭を撫でていた手を離す。
「ぁ……」
その瞬間、つきちゃんから寂しそうな声が漏れた。
「つきちゃん大事な話があるの。ちょっとお話聞いてもらえる?」
「あいっ!!」
月森さんの真剣な顔から何かを察したのだろう。
空気を読んで、月夜ちゃんは手を上げて元気良く返事をする。
それにしても月森さんは随分と懐かれているのだな……。
微笑ましく思いながらも、さっき見た月夜ちゃんの情報、ネグレクトという言葉が頭を過ぎった。
きっと親から愛情を与えてもらえなかった反動なのだろうな。つきちゃんの境遇を考えればこうなるのは当然か……。
こんなにも自分を真っ直ぐ見てくれる人が居る事が嬉しくて仕方がないんだろう。
「このお兄ちゃんが私とつきちゃんと一緒に暮らしてくれるんだって。つきちゃんどう思う?一緒に暮らせる?」
「ゆきちゃも、いっしょ?」
「うん、私も一緒だよ」
「ん……」
そう言ってこちらを見つめる美幼女。
暫くの間ジーッと上から下まで観察された後、最後にぷぃっとそっぽを向かれた。
「……ゃっ…」
辛うじて聞き取れるかぐらいの小さな声で紡がれたのは、なんと拒絶の言葉だった。
まじか……予想してなかった事だけに、ダメージがでかい。
「あ、あの……えっと……」
事の成り行きを見守っていた中山さんが、
さっき俺に幸せにしてあげてねとか言ってたから……俺に対してかける言葉が見つからないのだろうな。
そういう俺も、迎え入れる前提で話してたから、カッコ悪くて中山さんを見る事ができない。
月森さんはこんな滑稽な男をどんな目で見ているのだろうか?
怖い気持ちはあるが、勇気を出して彼女を見やると……ホッと小さく溜息を吐いていた。
なんだ?微妙に分かりにくいが、喜んでいる様にも見える。
ああ、そういうことか……。
「やっぱり嫌だったんだな……」
「え…?」
心の中で思っていた事が、おもわず口から漏れてしまった。
「つきちゃんが嫌がってくれて、嬉しいんじゃないのか?」
「違います、そうじゃないんです」
「そうじゃないならどういう事なんだ?」
その慰めの様な否定も、今の俺には正直堪える。声が震えない様に気をつけながら質問出来た自分を褒めてやりたい。
「この子天邪鬼だから……。この子の『ゃっ』は肯定の意味なんです」
「そんな簡単に嘘って分かる慰めは……逆に惨めになるから止めてくれ」
「嘘ではありません。私も初対面の時に、言葉通りに捉えて彼女を泣かせたので。私の言葉が信じられないのなら試してみたらいいと思います。ただ、どうなっても私は責任は取りませんが……」
真剣な彼女の眼差しは、嘘を言ってるとは思えなかった。
そこまで言い切るとは、本当に同情して慰めている感じではないのだろうか?
どうする?このまま信じるというのは無理なので、試してみるか?
この状況は居た堪れないから、とりあえずこの部屋を出て行ってみよう。
何も起きなかったら、受付の人に一言伝えてそのまま帰ろう。
「つきちゃんは俺とは暮らしたくないんだね。今日は来てくれてありがとう。それじゃ俺は行くよ」
そう言ってドアに向かって歩き出し、ノブに手をかけた。
ドアを開けて出ようとしたところで足に僅かな抵抗を感じた。
振り返るとそこには、目に涙を浮かべながら、俺のズボンを掴む月夜ちゃんの姿があった。
時折嗚咽を漏らしはするものの、頑張って涙と声を堪えようとしている月夜ちゃんを見て、罪悪感が湧いた。
俺が泣かせてしまったんだよな、どうしよう。
どうしていいか分からず、月森さんに助けを求めるが、彼女の顔には『だから言ったのに』といった表情が浮かんでいた。
どうにか落ち着かせようと頭を撫でるも、一向に泣き止む気配はない。
「随分と懐かれたものですね……」
複雑そうな月森さんが漏らした声、呟く程度の小さな声だったが、俺の耳にはっきりと聞こえてきた。
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