第5話 彼女の気がかり

「お二人とも落ち着きましたでしょうか?」


 中山さんが、月森さんが服を着たタイミングで話を切り出した。


「はい、落ち着きました」

「俺も落ち着きました」 

「それは良かったです。では面談をそろそろ開始させていただいても?」


 俺達は無言で頷いた。

 先程の配置で座ると、すぐに暖かい飲み物が運ばれてきた。

 一口飲んで、ホッと小さく息を吐く。


「それではまず確認させていただきます。夕凪様、雪乃さんの希望は月夜ちゃんと一緒に住める環境です。2人を受け入れていただくには補償金として雪乃さんが高校卒業までの3年分で900万、月夜ちゃんは大学進学までとなりますので19年分5,700万円をお納め頂く事になります」

「6,600万円ですね、問題ありません」

「ご実家であれば、お二人を養うのは問題ないでしょう。それで今後の生活については、どうされるのですか?ご実家の方にお迎えしていただけるのでしょうか?」

「そこについては、2人と相談して決めたいと思います」


 その言葉を聞いた月森さんの顔が、少しだけ強張った気がした。


「夕凪様の方は、受け入れる覚悟があるというのが分かりました。それでは今度は雪乃さんにお尋ねします」

「はい……」

「夕凪様は、あなたの望む条件を飲まれるとの事です。今回の養子縁組をする場合、あなたは求められたら、将来的に結婚をしなくてはいけない可能性があります」

「はい……」

「彼に養親をお願いされますか?それとも他の方を待たれますか?」

「…………」


 彼女はその質問には応えず、俺の方に視線を向けた。

 彼女にとっては人生が決まると言っても過言ではない瞬間だ。

 色々思うところもあるのだろう。無理に答えを急かす必要もないのでは?


「中山さん、こちらの考えを変えるつもりはありませんし、必要であれば書類にサインもします。別に今日中に答えを出させなくても良いのでは?」

「それはなりません。養親と養子は対等な立場です。養親が答えを出したのに養子が答えを出さないという前例を作るのは得策ではありません」


ああ、俺が即答したのが仇になったのか。悪気がなかったとは言え申し訳ない事をしてしまった。


「でしたら彼女の答えを聞く前に、少し話をさせてもらっても?」

「ええ……時間に制限はありませんのでそれは構いませんよ」

「ありがとうございます。それでは月森さん、少し質問させて下さい」

「はい」


 俺をまっすぐ見つめる視線に耐えきれず、つい目を逸らしてしまう。美少女耐性が無さすぎるだろう俺。

 少しだけ間を置き、改めて尋ねる。


「単刀直入に尋ねますが、何か不安材料はありますか?」

「いえ、そういう訳では……」

「結婚を求められても拒否できない……その事の意味を漸く理解したとかですか?」


好きでもない男に結婚を迫られるなんて、そんなことは普通なら耐えられる訳がない。


「違います」

「分かりますよ、そりゃ嫌で……え……違うの!?」

「失礼を承知で言わせてもらうと、つきちゃんの意見を聞かずに決めてしまって良いのか今更ながらに怖くなってしまいました」

「なるほど……」


 まさかの答えに驚きを隠せない。彼女が即答できなかったのは自分の事ではなく、あくまで月夜ちゃんの為だったのだ。

 血も繋がらない赤の他人の為に、どうしてそこまで心を砕くことが出来るのだろうか?

 俺が彼女の立場だったとしても、きっと同じ事は出来ないだろう。


「中山さん、月夜ちゃんはここに呼べないのですか?もしくはこちらから会いに行く事は出来ますか?」

「月夜ちゃんも雪乃さんと同じ施設ですので、先程と同じぐらいお待ちいただけるのであれば面談は可能です」

「月森さん、ここに月夜ちゃんを連れてきてもらえないか?」

「夕凪様、迎えなら私の方で……」

「中山さん、月森さんと一緒の方が月夜ちゃんも緊張しないと思います。だから彼女に頼んでも?」

「分かりました、雪乃さんお願い出来ますか?」


その言葉に頷き、月森さんは部屋を後にした。


「本当に良かったのですか?」

「ええ、実は中山さんに少し話したい事がありまして……」

「あぁ、それで私ではなく雪乃さんにお願いしたのですね。それで話というのは?」

「彼女がもしも俺の所に来たなら、少し内容を変えてもらいたいんです」

「と言うと?」


 何を言ってるのか分からないといった感じで、コテっと首を傾ける。

 無自覚ないんだろうけど、こういう仕草は地味に男心をくすぐる。


「もし出来るのであれば、結婚の要求に拒否できることにしてあげて欲しいのです」

「それは構いません。ですが、夕凪様にメリットがあるとは思えませんが……」

「そうでしょうね。自分でも勿体無いなって思いますよ。これは聞き流して欲しいのですが、俺は彼女にも幸せになって欲しいんです。義務で人生が決められるなんて……そんなつまらない人生を歩んで欲しくないんですよ」

「ここでまさかの惚気ですか?」

「聞き流せって言ったの……聞いてました!?」

「失礼致しました、相手方の不利にならない事ですから問題なく変更できると思います」


 惚れた弱みと言った所だろうか。

 これで、期限が来れば彼女は俺の元を離れる可能性が出来てしまった。だが、これでいいんだ。


「それとあともう一つお願いがあるのですが、この事は時が来るまで彼女には伏せておいて下さい」

「それは何故です?その話を聞けば、彼女のあなたに対する見方も良くなるのでは?」

「確信はありませんが、自分が手放しに優遇されたと知ったら、彼女が受け入れるとは思えなくて。だからこの件については、彼女が俺の元を去るその日まで伝えないで下さい」

「後悔はしませんか?後から取り消すとかは通用しませんよ?」

「既に後悔してますよ」

「それならば……」

「いいんですこれで。俺がそうしたいだけですから」


 そう言って苦笑する俺を見て、彼女は柔らかく微笑んだ。


「それはそうと……夕凪様のお手元に残る金額は約1500万ぐらいですか。きちんと収入がある様ですが、結構ギリギリ……むしろ足りなくなるかもしれませんから頑張って下さいね」

「えっ……!?」

「雪乃さん、もう諦めたって言ってますが人の役に立てる仕事に就きたかったらしいですよ。辛い過去を経験しているから医療の道を目指したいって言ってました」

「なるほど……素敵な夢ですね」


 そんな彼女に影響された月夜ちゃんも…みたいな展開もあるかもしれないから、覚悟しておかないといけないな。

 今も口座にお金が入金され続けてるとか言っていたので、親にその辺を聞いてみよう。


「そう思ってるなら、夕凪様の人生はハードモードですね」


 そう言って他人事の様に微笑んでる中山さんをほんの少しだけ恨めしく思った。


「養親、俺じゃない方がいい気がしてきた……」

「ダメですよ、彼女達はあなたが幸せにしてあげてください」

「爺ちゃん、助けてくれないかな……」

「そんな情けない事言わないでください、私のこれからの給料はあなたにかかっているのですから」


 これまで月森さんを思っての数々の発言が、まさか自分の給料の為だったとは……。

 慌てて冗談ですよって弁解する姿が面白くて、残りの待ち時間は怪しんでいるフリをして彼女を揶揄って時間を潰すのだった。

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