第4話 見苦しい身体ですが、どうぞ隅々まで見て下さい
コンタクトを取ると出て行った中山さんが、10分ぐらいで戻ってきた。
苦々しい表情から察するにどうやら交渉は決裂したのだろう。
「夕凪様、雪乃さんとお話しして参りました。結果を申し上げますとお会いになるそうです」
予想に反して、どうやら会ってくれるらしい。
「そうですか、ありがとうございます。それで彼女とはいつ会わせてもらえるんですかね?」
「夕凪様、この後にご予定はありますでしょうか?」
「いえ、今日はこの件しか予定は入れてないので」
「左様でしたか。それならば既にこちらに向かわせておりますので、もう暫くお待ちいただいて宜しいでしょうか?」
日を改めてとかになると思っていたので、今日会えるというのは少し驚いた。
「雪乃さんについて、先にお伝えしておいた方が良いことがあります」
「はい」
「どうか彼女の身体から目を背けないであげて欲しいのです」
「それはどういう事ですか?」
「言葉の通りです。きっと彼女はあなたに身体の傷を曝け出すと思います。身体的虐待と聞いて想像つきますよね?」
「そりゃ、怪我とか傷が少しぐらいあったりするのかなぐらいなことは……」
「その程度で済めばどれだけ良かったか……。彼女の身体には傷や火傷の跡はそれこそ至るところにあります」
悲痛な表情を浮かべるそう中山さんを見て、俺は言葉を返せずにいた。
「今ならまだ間に合います……。会うのは辞める気はありませんか?」
最後通告のつもりなのだろう……。これはきっと俺に対して……そして彼女に対しての配慮なのだろう。
それを察したとして、俺だって引き下がるつもりはない。
「いいえご心配には及びません」
「そうですか、分かりました….。雪乃さんは感情の起伏が乏しいと思いますが、そこについてもご理解下さると助かります」
「分かりました」
親に虐待されていたんだ、感情の起伏が乏しいぐらいは当然の事だろう。
「他に何かありますか?」
「いえ、もうありません」
話は終わったとばかりに、中山さんはそれっきり一言も口開く事はなかった。
密室で女性と2人きりの状況がこんなにもしんどいとは思わなかった。
早く来て欲しいのだが、そもそもどこから来るのだろうか……。
どれぐらい待っただろうか?漸く入口のドアがノックされた。
「月森です」
何の感情もこもっていない、淡々とした声がドアの向こうから聞こえた。
「どうぞお入りください」
「失礼します」
個室に入ってきた月森さんを見て、全身に雷が落ちた様な衝撃が走った。
プロフィールは見ていたのだが、思っていたよりも背が小さい。そして写真で見た通りの端正な顔立ちに目が奪われる。
俺の中の大和撫子と言えば……っていう雰囲気そのままに、こちらを品定めする様に真っ直ぐに視線を向けてくる。
白のロングスカートとブラウス。薄い水色の長袖のサマーカーディガンが彼女の清楚さを更に引き立てていて、とてもよく似合っていた。
「初めまして、月森雪乃と申します」
月森さんは入室してすぐに挨拶をしてきた。嫌悪感を露わにされなかったので少しほっとした。
俺も慌てて立ち上がり、挨拶を返す。
「夕凪透空です。君と同じ16歳です。月森さん初めまして、急な面談希望に応えてくれてありがとうございます」
「立ち話もなんでしょうから、月森さんは私の隣に座ってください」
中山さんに促され、月森さんは僕の正面の席に腰掛ける。
「それでは早速本題に入ります。月森さん、こちらの夕凪様があなたの養父になられるか、ご検討されてます」
「その様ですね」
「ええ、それであなたにも選択の権利があるので、これから少し彼とお話しをしていただけますか?」
「彼は私の話はどこまで?」
「一応、あなたが過去に受けた虐待についての話は一通りしております」
「ありがとうございます。夕凪さんでしたか?それではまずはお見苦しいもので申し訳ないのですがご覧になって下さい」
そう言って彼女はおもむろに立ち上がると、そのままスカートに手をかけた。
「なっ!?」
お姉さんの驚きの声が上がると同時に、パサっという軽やかな音をたてて彼女のスカートが床に落ちた。
そのまま流れる様な動きで、カーディガンを床に落としブラウスのボタンを外し始める。
「ちょっと雪乃さん、あなた一体なにを!?」
「はっ!?そ、そうだ!!ちょっと冷静になれって。何いきなり脱ぎ始めてるんだよ。アンタ正気か!?」
予想していなかった光景に思わず止めるのが遅れてしまった。
あっという間に身につけた衣服を脱ぎ捨て、下着姿となった彼女。視界に入れて良いものか悩んだが、目を背けてはいけないという先程の中山さんの言葉が頭を過った。
なのでとりあえず選択肢は凝視一択。別に都合よく解釈してるわけじゃないからな。
ふむ、彼女のイメージにピッタリな白か……。
静謐な室内に、俺が喉を鳴らした音が響き渡った。
初めて見る同年代の女の子の下着姿に興奮する俺の視線を、顔色ひとつ変えず真っ向から受け止めている。
「どうです、醜いでしょう?」
そう言って彼女は僕の方へ歩み寄ってくる。
「ちゃんと見て下さい。私の事を顔で選んだのかもしれませんが、これでも養いたいと思って下さいますか?これ程とは思っていなかったでしょ?」
言葉だけを聞けば何でもなさそうに言っている様に思えるが、彼女の瞳は不安で揺れていた。
ここで動揺してはダメだと本能が訴えている。
「と、と、突然の事でびっくりして……と、とりあえず服を着て」
無理だった。
思春期真っ盛りの男子が、下着姿の美少女を見て平静を保てると?
無理無理、賢者タイムに至るには経験値が圧倒的に足りなさすぎる。
「構いません、私をしっかり見て下さい」
「無理だよ、それは流石に無理だ」
俺の拒絶の言葉を聞いた瞬間、彼女がポツリと漏らした。
「そうですよね、こんな見苦しい身体なんて視界にも入れたくないでしょうね」
「ちがっ、そうじゃない。同年代の女の子の下着姿を見ていいのかと思って」
少しだけ冷静さを取り戻した俺は、漸く彼女の身体を視界に収めた。
タバコを押し付けられたであろう火傷の跡、数え切れない程の大小様々な切り傷が身体の至る所に見受けられた。
身体的虐待……事前に話を聞いてはいたが、人は自分の子供に対してここまで残酷な事を出来るものなのだろうか……。
「見てとお願いしておきながら、下着がまだでしたね。こんな身体で良ければ隅々までどうぞ」
そう言って彼女は腕を背に回す。何をするつもりかはすぐに分かった。流石にこれはまずい。
俺は急いで彼女に駆け寄り、落ちているブラウスをかけた。
「待ってくれ、本当に待ってくれ。君みたいに可愛い子が目の前で裸になったら俺としてはその……とにかくこんな事しなくていいから。傷はもう見たから、早く服を着てくれ」
確かに身体に傷はあった。それでも月森さんの美しさは損なわれてはいなかった。
大袈裟かもしれないが、むしろ神々しいとさえ思った程だ。
そんな俺の純粋な想いは、形を変えて彼女に届く事になる。
「…………」
彼女の視点の先にあるのは……俺の股間だった。
最初に言っておくが俺は悪くない。想像してみて欲しい……下着姿の美少女を目の前にして何も反応しない男は不能な奴だけだ!!
悟られない様に少し前屈みの姿勢になるなんて卑怯なマネを俺をしない。
もうバレてるから今更とかこんな正論は求めてないからな……。
「夕凪様……あなたと言う人は……」
あ、中山さんにもバレた……。
流石に気恥ずかしく感じた俺はジュニアを全力で宥め始める。
静まれ、俺の中の荒ぶる龍よ!!お前の出番は今じゃない!!
もちつけ……じゃない落ち着け。
「これを見ても養子に迎えたいでしょうか?」
「うん」
俺が即答した事で、彼女の目が見開かれた。丁寧な口調で話すのも疲れたし、色々バレてしまってるので開き直る事にした。
「こんな私の姿を見て興奮して下さっている様ですので、私の養親になっていただけないでしょうか?」
「うん、もちろんなるよ」
そこはあえて触れて欲しくなかった。
ブラウスをかけたとはいえ、ボタン留めている訳じゃないから、相変わらず下着が丸見えなんだよな。
「話もまとまった様なので、まずは服を着てください。これからの事を説明したいので」
中山さんが先を促した事で、漸く彼女は粛々と着替えを始める。平静を装う月森さんだが、耳は少し赤くなっている様に思えた。
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