第3話 彼女は自分を対価に少女の平穏を求める

「年齢を昇順に……あ、やば。間違えて降順にしちまった」


 はやる気持ちが抑えられなかった様で、つい操作ミスをしてしまう。

 落ち着け俺、中山さんも見てるのだから。可愛い人を前にするとカッコつけたくなるのって何でなんだろうな……。


 今度は間違えない様に昇順を選択し、画面を少しずつ下げていく。その中で、一人の女の子が目に留まった。


 黒髪を肩口で切り揃えた、漫画のキャラクターにでもいそうな、大和撫子を体現した様な美少女だった。

 見るからにサラサラの髪、二重の目は少しだけ鋭い雰囲気ではあるが、目を引くクール系美少女だった。


 詳細画面を開き、プロフィールを確認する。とりあえずだ、とりあえず……。誰に言い訳してるのかよく分からない状況になる程度には浮ついているのかもしれない。


 月森雪乃、高校生1年生。俺と同い年。


 養親を求めた理由は……性的虐待未遂、身体的虐待、心理的虐待だった。


「その子は……えっと……」


 お姉さんがあからさまに狼狽える。


「この子……凄惨な人生だったんですね……。性的虐待か……その場合って異性はダメでしたよね。あれ?未遂……これってどういう事です?」


「雪乃さんは、実のお父さんを早くに亡くされました。その後お母さんが再婚したのですが、雪乃さんが小学校高学年の時に…そういう事になりそうになって……」


「義理の父親にって事ですか?でも未遂って事は誰か助けてくれてんですよね?」


「ええ、母親が……。ご両親はその後すぐに離婚されました。ただ……その……彼女の場合はそれからの方が地獄でした……」


 先程まで、スムーズな応対をしていたお姉さんの歯切れが悪くなる。

 彼女の過去に一体どのような事があったのだろうか?状況がわからず、自然と眉を顰めてしまう。


「母親からしたら、娘が自分の男に色目を使った泥棒猫にしか見えなかったのでしょうね。嫉妬した母親はその腹いせに雪乃ちゃんに虐待を加える様になりました。そこに身体的虐待って書いてありますよね?私の口からはとても言えないほどの酷い内容でした。その子には時間としっかりした大人・・の愛が必要なんです……」


 悲壮感に包まれたお姉さんは、これ以上俺が彼女に関わるべきではないと……警鐘を鳴らしているのだろう。彼女の心を癒すなら、かなり年配のご夫婦とかの家庭が良いのかもしれないな。


 でも、俺は彼女から目が離せないでいた。

 さっきまで鋭く感じていた彼女の瞳が、表情が……話を聞いた後ではとても怯えているように見えたのだ。

 この子の笑った顔はどんな感じなのだろうか?見てみたいと思ってしまった。


「質問ですが性的暴行未遂の場合、養親になれるのはやはり同性だけですか?」

「いえ……未遂の場合は、本人の意志が尊重されるはずだったかと……」

「そうですか……ならこの子に面会出来るか確認していただけませんか?俺で問題ないかどうか。もしも話し合いのテーブルについてもらえるなら俺はこの子と話してみたい」

「その子は夕凪様には荷が重すぎると思います。悪い事は言いませんので、別の方にされては……」

「彼女に確認して下さい」


 何かを諦めた様に、盛大な溜息をつくお姉さん。そんな態度を取られても、ここで引いてはいけないと俺はそう思っていた。


「はぁ……。気を悪くしないで欲しいのですが、雪乃さんは本当はこんな制度に応じるべきとは思ってません。私は普通の養子縁組を勧めてました。散々説得しましたが、聞き入れてくれませんでしたが……」


「どうして彼女はこの制度に固執しているのですか?」


「プロフィールの2枚目に備考欄を確認していただけますか?」


 プロフィールには続きがあるらしい。

 その内容に目を通すと、迎え入れてもらう条件として、とある女の子も一緒に養ってもらう事と書かれていた。

 なるほど、養育費のハードルが高くなっているのか。

 あれ?でも確か2人目は……少し期間を設けないといけなかったはず。

 無理な条件を提示しているのだろうか……どういう事だ?


「この条件はおかしくないですか?先ほどの説明では2人目は確か半年は無理だったはずでは?」

「仰る通りです。ほとんどないケースなので説明を省略しましたが特例があるのです」

「特例?ああ、まだ備考欄に続きがあるのですね……進学希望は高校まで。そして、養親の意思のみで結婚が可能と………え?」


 これでは自分を身売りしているに等しいではないか!?

 なぜこんな事を……思わず中山さんを見れば、彼女は悲しそうに目を伏せた。


「一緒に引受けを希望している女の子は、月夜つくよちゃんと言います。雪乃さんと同じ施設に預けられていた子です」

「妹とかではないのですね。それなのに彼女は何故こんな条件を?」

「次のページに月夜ちゃんのプロフィールがあります。良かったらそちらに目を通していただけませんか?」


 タブレットを操作して、月夜ちゃんのプロフィールに目を通す。

 少し癖っ毛のある柔らかそうな髪、満面の笑みを浮かべている。この子は将来絶対モテると断言出来る容姿をしていた。

 いかん、見るべきところはそこじゃない。この子の養親を探す理由を確認する。


 ネグレクト……育児放棄。


「月夜ちゃんは、本当の姉妹の様に雪乃さんに懐いております。そして彼女にしか心を開いておりません」

「もしかして彼女がこの制度を利用した理由って……」

「ええ、彼女は特例を利用して月夜ちゃんと一緒に過ごせる環境を求めました。そしてその為にこの様な条件を提示してます。自分に価値なんてないってそう思っているんですよ」

「言い方は悪いが、彼女の容姿で……自分に価値がないなんて……」

「それはお会いすれば分かる事です。先程は止めましたが、この話を聞いてもまだ彼女と会ってみたいと思われますか?」


軽はずみに彼女と面会するのは避けるべきだろう。

だが、心は既に決まっていた。


「お願いします、彼女に面会させて下さい」


そんな俺を見て、小さな溜息を吐いた中山さんは『確認してまいりますので少しお待ち下さい』とだけ言って部屋から出て行った。

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