1-7 決行! 新ヒロ大作戦!

 ふてくされた千妃路をなだめるため、薫は自分の部屋でお茶とお菓子を振舞っていた。

 夕飯前に間食はしないという立派な心構えは忘れたらしく、千妃路はヤケ食いするようにパクパクとお菓子を口へ運ぶ。


「はー、やってられませんわー。さも協力してくれるような顔をしながら、幼馴染と話すためのダシにしようってんだから、油断も隙もありませんわー」

「いや、ごめんって」

「ヒロイン的に恋の三角関係は憧れますわよ? ですが、これではただの直線と点ですわ! もちろん、点はわたくし!」

「だから、ごめん……でも千妃路ちゃんだって、清志郎と話すためにわたしを利用するつもりだったんじゃない?」

「うぐっ!」


 痛いところを突かれて思わず声が出る千妃路を見て、薫は少し安心した様子で微笑んで、軽く溜息をついた。


「ホント、ごめんね。わたしって昔から考えなしに動き出しちゃうところがあって、こうなるって考えたら巻き込むべきじゃなかったよね」

「まぁ、それはお互いさまですわ……それよりも本当に幼馴染以上の感情は抱いていないんですわよね?」

「う、うん……」

「嘘をつくとヒロインビンタをおみまいしますわよ」

「ホントだって! デカくて可愛げないし、お節介の焼きすぎでちょっとうざがられてたし……」


 スッと右手を振りかぶった千妃路の目が本気だと訴えていたので、薫は慌てて口早に根拠を並べ立てる。しかし、自分で言っていて悲しくなってきたらしく、深い溜息とともに肩を落とした。

 薫は下を向いたまま千妃路に向けるでもなく、独り言のようにぽろぽろと語り始める。


「ファンクラブを設立したこと、実は後悔してるんだ。清志郎はあの性格だし、わたし一人では女の子たちに対応しきれないし、ファンクラブを作ってルールを徹底したこと自体は良い方法だったんだと思う。だけど、わたしと清志郎はこれまでのような関係でいられなくなっちゃった。女子たちがルールを守ってるんだから、わたしだけが気軽に清志郎と接してたらまずい。自重しなくちゃって」


 大柄な分、しょぼくれていると倍は縮んで見える。薫は一層どんよりとしたムードを漂わせながら、床に向かって愚痴をこぼし続ける。


「わたしはただ、幼馴染の関係を続けていたかっただけなのに、わたしが歪めちゃった。ファンクラブなんて作ったから……だから、もう薫って呼んでもらえなくても……」


 数分も放置していれば泣き出しそうな気配である。こうなると責め立てた千妃路は罪悪感でむず痒くなり、どうしたものかと百面相を浮かべたのち、カッと目を見開いた。


「あーっ、しゃらくせぇですわ! あなた、幼馴染のことを考えて憂鬱になるだなんて、わたくしからヒロインの座を奪おうってつもりですの!?」

「いや、そんな気はさらさら……」

「それならわたくしに任せなさい! ヒロインになる気がないなら復縁のお手伝いはいたします! 代わりに倉馬くんをヒーローにして、わたくしはヒロインになりますわよ、いいですわね!?」

「あ、はい……」


 ほとんど千妃路の気迫に押される形でうなづいた薫は、自然と力が抜けて頬がゆるんでいた。


「あ、はは……なんだか楽になっちゃった。すごいね、ヒロインの力って」

「えっ? ああ、そうですとも! ヒロインはすごいのですわ!」

「あと千妃路ちゃんは面白い女だよね」

「なぜかしら、この絶妙な嬉しくなさは」


 不服そうに目を細める千妃路の前で、薫は潤んだ瞳をこすりながらパッと明るい笑顔を見せる。


「藤堂さんたちには悪いけど、円満にファンクラブを解散させられるなら協力するよ」

「それでは手を貸してくれますわね? わたくしの作戦に」

「え……あれ本気でやるの?」

「もちろんですわ! 倉馬くんの負担にならないようリスクヘッジも完璧に考えた『新・今推せる! 新時代のニューヒーローヒロイン登場大作戦!』をやりますわよ!」

「……もっと短くならない? その作戦名」



     + + +



 翌朝、千妃路は気合充分といった面持ちで清志郎の前に――正確には、彼を幾重にも取り囲む女子集団の前に立っていた。

 自信満々にほくそ笑む千妃路とは対照的に、後ろでは薫が悩ましい表情をしてジッと見守っている。

 ざわざわと教室内が騒然とする中、一触即発の雰囲気が両陣営のあいだには漂っていた。


「どういうつもり? 真正面から清志郎くんに近づこうだなんて」

「お言葉通り正々堂々、小細工抜きで目的を果たそうというまでですわ」


 挑発的な千妃路の言葉に刺激されて、一部の女子たちが殺気立った様子で前へにじり寄る。それを見越していたかのように薫が短く口を挟んだ。


「手出しするなら覚悟してよね」


 さすがに薫にそう言われて立ち向かえる女子はいない。用心棒のように千妃路の背後に位置取る薫に怯み、両者はにらみ合ったまま動かなくなった。

 やがて騒ぎを聞きつけた秋川が教室へと駆け込んできて、千妃路のほうを見て眉間にしわを寄せた。


「また、あなたですか……」

「先日はどうも、副会長さん」


 バチバチした空気など意にも介さず優雅に挨拶をする千妃路に、秋川が不愉快そうに眼鏡のズレを直す。


「……華鳳院さん、あなたがヒロインになりたがるのは勝手ですが、清志郎くんを巻き込んで、いたずらに規律や平和を乱すようなマネをしないでいただけますか?」

「あら、わたくしご学友との親交を深めたいだけでしてよ? お友達になりましょう、って」

「それがいけないのです」


 千妃路の言葉を言語道断だとバッサリ切り捨てる秋川。それでも千妃路は余裕を崩さずに、軽く鼻を鳴らした。


「そんなの個人の自由ですわ。わたくしだけではなく、皆さんもお友達になればよろしいじゃありませんの」

「うら若き乙女の欲望がそんなんで済むはずがないでしょう。一律で線を引くほかないのです」

「堂々と言うことですの?」


 千妃路は一瞬呆れて我に返ったが、気を取り直して不敵な笑みを浮かべる。


「まぁ、こうなることは想定内でしたわ。わたくしは平和主義ですから、トラブルの解決に一つ勝負を提案いたしますわ」

「勝負?」

「会報誌のアンケートによれば、倉馬くんのタイプはスポーツが得意な女の子でしたわね」

「……そんなこと書いてありました?」

「ありましたわ! 秋の特集号にチラッと!」

「あ、本当に全部読んだんですか……すごいですね」


 思わず感心する秋川だったが、すぐに冷静な瞳を千妃路に向けた。


「で、どんな勝負をしようというのですか?」

「受けてくださるの?」

「条件を聞いてから判断します」

「いいでしょう! ヒロインになるに相応しい勝負、それは……!」


 千妃路は窓の外を指差して、声を高らかに宣言した。


「いざ、100メートルのヒロインレースで勝負ですわ!」

「ヒロインレースってそういうのじゃなくないですか!?」

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