1-5 幼馴染の関係性

 千妃路と薫は階段の踊り場でお弁当を広げていた。特別棟の三階ともなれば、生徒はおろか教師も立ち寄ることは少ない。

 薫に話があると誘う千妃路は少しばかり意気込んでいて鼻息も荒かったが、薫は怪しむこともなく二つ返事で快諾した。

 特別顧問で幼馴染という立場は、清志郎に近づくには格好の人材である。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、と諺にもあるように周辺から攻略するのは有効だろう。


「と、いうことで洗いざらい話してもらいますわ。わたしがヒロインになるために!」

「そういう思惑って普通隠すんじゃないかなぁ」

「前提条件を隠してたら話が進まないですわ」

「そっかぁ、まぁ、そんな気がしたからついてきたんだけどね」


 苦笑いを浮かべる薫が何を言いたいのか、千妃路にはよくわからなかった。どういう意味か、とたずねようとする千妃路をかわすように、薫は咳払いをした。


「さて、わたしと清志郎のことを話す条件として、華鳳院さんに聞いてみたいことがあるんだけど」

「な、なんですの……?」


 ジーッと薫に見つめられると、その身長差からどうしても圧迫感がある。

 千妃路は緊張しながらゴクリと唾を飲み込み、薫の問いに心を備えた。


「華鳳院さんはどうしてヒロインになりたいの?」

「……なーんだ、そんなこと! 当然、わたくしがヒロインになるべき存在だからですわ!」

「そういうことじゃなくて、具体的な経緯というかエピソードが知りたいなって」

「え? あぁ、そうですわねぇ……」


 千妃路は幼稚園のお遊戯会から始まったヒロインと無縁の人生を語った。これまで他人に話す機会などなかったため、無性に照れてしまう。

 ほんのりと顔を赤らめた千妃路は、ヒロイン願望のラストを早口で締めくくった。


「幼い頃は思い込んだら一直線なところがありましたし、お遊戯会でヒロインになれなかったことで意地になったんだと思いますわ」

「へぇー、その話し方もその頃から?」

「ええ、役作りをするうちに染みついてしまったのですわ」

「でも、どちらかというと悪役令嬢っぽいよね」

「言うに事欠いてなんてことを仰るの!」


 ぷんすかと沸騰したように沸き立つ千妃路だったが、リアクションが大きいだけで不快感は感じていなかった。

 薫の言葉は素直でサッパリとしており、嫌味な印象が含まれていないからだろう。


「ごめんごめん! 華鳳院さんは子どもの頃になりたかったものに今でもなりたいんだね」

「生涯ヒロイン一筋ですわ!」

「その言い方だとヒロインというより相手役だけど」


 おかしそうに笑いながら「そっか」と納得したようにうなづく薫。満足気にしているが話はまだ終わっていないと、千妃路は薫の肩を掴んで急かす。


「ちょっと! 柚木さんのお話がまだですわよ!」

「薫でいいよ。わたしも千妃路ちゃんって呼んでいい?」

「なんでもいいから早く! 休み時間が終わってしまいますわ!」


 ガシガシと身体が揺さぶられるのを気にも留めず、薫は記憶を辿るように宙を見上げた。


「清志郎とは幼稚園の頃からの付き合いなんだけど、あいつ中学三年間ですっごい背ぇ伸びてさぁ……わたしのほうが伸びたけど」

「同じくらいありますわよね」

「わたしのほうが3センチ高い。それでね? 高校入ってからモテ始めちゃったわけ」

「失礼ですが、中学校まではそうでもなかったんですの?」

「わたしが隣にいたからね。あの頃はわたしもギリギリ乙女だったし、カップルに見えなくもなかったんじゃない?」


 薫は前傾姿勢で頬杖をつきながら、どこか遠くを見つめるように真正面を見据える。

 その姿がどうにも寂しげに見えたので、千妃路は自然と励ますように口を添えた。


「そうかしら、今でも並んだらお似合いのように思いますけれど」

「わたしはゲームキャラの男女選択画面に見えてくるよ」

「あんまりな言い草ですわ……薫さんは倉馬くんのことがお嫌いですの?」

「そんなことはないよ。昔から優柔不断で気弱だし、面倒見てきた弟分って感じかな。同い年だけど」


 素っ気無く話す薫からはそれ以上の感情はないように見えた。

 なんと言ったらいいか戸惑ってしまった千妃路をよそに、薫はさほど気にしてない風に話を続ける。


「清志郎は女の子の対応に戸惑っていたし、わたしもやっかみが酷くて困ってた。そんなところに藤堂さんがファンクラブの話を持ちかけてきて、協力をお願いしてきたんだ。いっそのことルールを作って共有したほうがみんなのためになるって」

「そうでしたのね、それで特別顧問という立場に……」


 薫のおかれている立場や状況は理解した上で、千妃路は確かめておかなければならないことがあった。


「薫さん。わたくしにはどうしても聞かなければならないことがございますわ」

「えっ、なに?」

「ヒロインといえば右に出る者のいないわたくしの知見によれば、幼馴染はヒロインの王道ですわ。薫さん的にはわたくしと倉馬くんがヒーローヒロインの関係になってもよろしいんですの?」


 どーん、という激しい効果音を背負うかのような気迫で千妃路は薫に迫った。

 どれほどセンチメンタルな面持ちで語られた幼馴染特有の微妙な関係性があろうと、千妃路の目的はただ一つ。己がヒロインになること、それだけである。

 当初の目的どおり、千妃路は清志郎のことをヒーローとして盛り立てたい。薫の気持ちを邪推して恋を応援するようなお節介など持ち合わせてはいなかった。

 ただ、薫のほうも清志郎に特別な思いはあるものの、それを恋愛感情としては見ていないことは事実らしく、千妃路の問いかけにキッパリと答えた。


「いいよ。動機はどうかと思うけど千妃路ちゃん良い子だし、千妃路ちゃんが隣にいてくれたほうが清志郎に悪い虫がつかない気がするよ」

「人を防虫剤みたいに言わないでくださいまし!」


 薫の協力を取り付けたことで千妃路は何かを企むような不敵な笑みを浮かべた。


(ふっふっふ……幼馴染は王道ヒロイン。ですが、その側面には負けヒロインという属性もあるのですわ!)


 数多くの少女小説や少女マンガ、果てには恋愛ゲームを嗜んできた千妃路には目算があった。幼馴染とポッと出の女は必ずポッと出の女が勝つものだと。かっさらうような手段に引け目を感じないわけでもないが、ヒロイン争いとなれば容赦はしない。そして、念を押すように確認する。


「ファンクラブの特別顧問としても問題ありませんのね?」

「幼馴染兼特別顧問として、わたしは清志郎との接触権が例外的に認められているからね。ファンクラブの人たちに文句は言わせないよ」

「接触権!?」

「そうでもしないと女の子たちが文句言うから、ファンクラブ会則に明記されてるんだよ。藤堂さんとは不必要な権利の行使はしないと約束してるけどね」


 なんとも馬鹿げた規則ではあるが、暴走しがちな感情を律するには必要な措置なのだろう。

 千妃路は階段の踊り場で立ち上がり、よく響く声で高笑いを上げた。


「おーっほっほっほ! 善は急げと申しますわ、さっそく今日から行動開始ですわ!」

「元気だなぁ、千妃路ちゃん」



     + + +



 勢いもそのまま、放課後に薫の家へとやってきた千妃路は、薫が言い出した唐突な提案に度肝を抜いていた。


「じゃあ、これから清志郎のうちに突撃して告白してやろう」

「待って」

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