ささくれな入札

むらた(獅堂平)

ささくれな入札

 岩元智哉いわもとともやはささくれ立っていた。

 先日、恋人だった南野真紀なんのまきに別れを告げた。原因は彼女の浮気だ。

「なんで浮気したんだ?」

 問い詰めると、真紀は涙目になり、

「寂しかったの」

 手垢がべったりとついたセリフを口にした。

 真紀は小柄で目が大きく、男受けのする愛らしい顔をしている。その容姿を生かし、一年前まで地下アイドルをしていた。猫なで声と揶揄されるような声をだし、大概の男は心を揺さぶられ、ファンを増やしていた。


 真紀の浮気は一度ではなく、今回で五度目だった。あくまで智哉が感知している回数なので、実際はもっと多いだろう。前回も前々回も複数の男と肉体関係があった。

 智哉がサヨナラを言うと、真紀はおおげさなくらいに泣きついた。同棲していたが、なかば強引にマンションから追い出す。マンションの賃貸料金は智哉が支払っていたので、当然の処置だ。

 マンションには彼女の荷物が多く残った。追い出してから三日後に、荷物をどうするかメッセージアプリで尋ねると、

『服や装飾品は下記の住所に送って。他は捨てて』

 という簡素な返信がきた。

 配送先の住所は、どうやら新しい恋人の自宅のようだ。浮気相手の男なのか、あらたに唾をつけた男なのかはわからないが、智哉にはもう関係ない。


 衣服などを新住所に配送した。智哉は配送料を請求したいところだが、手切れ金ということにしておこうと諦めた。

「さて、このぬいぐるみだな」

 他にも真紀の荷物はあるが、このぬいぐるみの数々が一番かさばる。彼女の趣味で集めた物だけではなく、地下アイドル時代にファンから貰った物もあるようだ。

 燃えるゴミの日に捨てようかと思ったが、数が多いのでゴミ袋が大量に必要になる。

「そうだ。オークションサイトに出品するか」

 名案だとばかりに、智哉はノートパソコンを開き、出品手続きを開始した。


 *


 出品して30分後、最初の入札があった。

「お、早いな。マークンさんっていう人ね」

 智哉はスマートフォンのアプリで入札者の情報を確認した。オークションサイトは嫌がらせで入札する人間も少なくないので、確認は重要である。

「あれ、この人、他のぬいぐるみも入札しているな」

 マークンは智哉が出品した他のぬいぐるみも入札していた。奇妙なことに、出品した全てのぬいぐるみだ。

「なにこれ、ちょっと怖いな……。いや、単純にぬいぐるみが好きな人なのかも」

 多少不審に思うものの、特に思い当たる理由がないので、全部を捌けることに喜ぶ。


 智哉が夕食のサラダを食べていると、オークションアプリの通知があった。

「なんだ?」

 マークンからダイレクトメッセージがきていた。

『商品ですが、今週末、直接お渡し可能でしょうか。その分、金額に色をつけます。一品あたり千円でいかがでしょうか』

 怪しさ満点の内容だ。どういうつもりだろうかと智哉は首を傾げる。

「もしかして、こいつ、真紀か?」

 その可能性を考えてみたものの、こんな胡乱な手段をとる必要がない。何かあれば、メッセージアプリで連絡すればいいだけだ。

「お金が増えるから、まあ、いいか」

 智哉は承諾のメッセージを返信した。


 *


 週末。

 智哉は指定された公園にきていた。人通りも適度にあるので、拉致や暴行などの心配はなさそうだ。

「トモヤさんでしょうか?」

 背後から野太い男の声がして、智哉はびくりと驚く。

「あ、はい。そうです」

 振り向くと、太った男が暑そうにハンカチで顔を拭っていた。

「初めまして。マークンです」

 男は嬉々として、智哉が運んできた二箱の段ボールを見つめる。

「わあ、これですか。ありがとうございます」

 段ボールにはぬいぐるみが入っている。全てオークションサイトに出品していた真紀のぬいぐるみだ。

「それじゃあ、約束通り」

 マークンは財布をポケットから出し、智哉に万札を二枚渡した。

「ところで」

 お札を財布に仕舞いながら、智哉は聞く。

「どれもキャラクターが異なるものですが、ぬいぐるみ、お好きなのですか?」

「いえ」

 首を横に振り、マークンは答える。

「僕が好きなのは、ぬいぐるみではなく、南野真紀ちゃんですよ。彼女の私物コレクターなんです」

 彼は下卑た笑いをした。

 ゾクリと寒気がして、智哉は思い出す。真紀が地下アイドルをやめた理由は、一部のファンがストーカー化したからだ。

「辞めちゃったけど、アイドル時代から、ずっと彼女の私物や使っていたものを集めるのが趣味で」

 マークンは楽しそうに笑う。

「……」

 智哉の顔は引きつっていた。こいつはヤバイ奴だと後悔した。できれば関わり合いたくないタイプの人間だ。

「もっと、ありませんか? 真紀ちゃんの私物」

 マークンは鼻先まで顔を近づけて、智哉に言う。

「もっと、くださいよ。お金は弾みますから!」

 生臭い口臭が当たる。

「さあ、さあ、くれ、くれっ!」


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ささくれな入札 むらた(獅堂平) @murata55

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