第27話 友達の秘密





 ユリウスとバティスタールの魔法決闘から、早くも三日が過ぎた。 



「あ、あの人……」

「『色持ち』に挑んで、色なんか要らないって言った人……」

「何を考えてるのか……」


 ぼそぼそと噂されているのが聞こえた。

 ユリウスがただ食堂の自分の席に座っているだけで遠巻きにされ、何らかの噂話が行われる。

 

 それが、バティスタールとの魔法決闘の結果得た、ユリウスへの世間的な評価だった。



(思った以上に効果があったようだ。 『色持ちカラーズ』の知名度は凄まじい)


 ユリウスの名は、学院の生徒ほぼ全員が知るところとなった。

 知らない人物が居るとすれば、もはやそういう事に一切の興味が無い人物くらいだろう。


 これはユリウスの第二に大きな目標である『友達を千人作る』に繋がる大いなる一歩だ。

 

 ユリウスは魔法決闘の成果に、それなりに満足していた。

 とはいえ、完全に満足出来る結果ではない。 問題も発生している。


 ユリウスは無言で立ち上がる。

 そして自分を見て噂をしている上級生の女子生徒達の方に、真っ直ぐに向かって歩いた。



「訂正する」

「ひいっ!?」

「なんでしょうか!?」


 何故かいきなり近寄ってきたユリウスに女子生徒達は驚く。

 腰は引けて、今にも後ろに逃げ出しそうだ。



「俺にとって不要なのは『黒』以外だ。 間違いは訂正してもらおう」

「は、はいぃッ!!!」

「ごめんなさいッッ!!!!」


 ユリウスとしては冷静かつ丁寧に訂正したつもりだったが、女子生徒達は必死に頷くと、慌てて逃げてしまった。

 何処だろうと無闇に走っては危険だというのに、まるで構っていない。

 


(朝からとても元気だ)


 そんな後ろ姿を見て、ユリウスはまるで違う解釈をして頷いた。




 バティスタールとの魔法決闘以来、何故かユリウスを遠巻きにする生徒ばかりだ。


 元々、ユリウスに近寄る生徒ばかりとはとても言えなかったが、決闘後からは顕著となった。

 ユリウスの姿を見た瞬間、露骨に避けようとする生徒が増えた。

 いや生徒ばかりか職員にすら、ユリウスを危険な獣のように見ている人物が居る。



 そんな自分の状況を、ユリウスは目標に近付くための大いなる一歩だと認識していたが、同時に多少の危機感もおぼえていた。

 どうも自分に対する悪い、事実からはまるで異なる噂が流されているようなのだ。

 

 なんでも『この学院の頂点になる為に来た』とか『貴族社会を破壊するために来た』とか『すべての人間を下僕にするために来た』とか、どう考えても悪意を感じる噂ばかりである。



(俺に対して悪意を持つ者による噂としか思えない……が、俺はこの学院に来てから一度も敵意を持たれるような言動などしていないはずだ)


 ギードとの件は、意見の相違だった。

 しかしその本人は未だに睡眠中、噂を流せるわけがない。

 

 それにこんな悪意ある嘘の噂を流されるような覚えはまるで無かった。



(俺が第四魔法騎士団所属であると知っての行いか? 何にせよ、見つけ次第訂正し、その人物も俺の友達にしなくては……)


 この学院に居る人間は全員が友達の対象だ。

 

 別にユリウスは『この世全ての人間と友達になることが出来る』という甘いことは考えていない。

 が、逆に『誰と友達になることが出来てもおかしくはない』とは思っている。


 よってユリウスが誰と友達になれたところで、千人友達を作れたところで、何一つとして驚くことではないのだ。



 名門ヴィオーザ魔法学院に来る人間は、その才能だけではなく、人間性も面接により審査されるという。

『貴族だから』というだけで来ることが出来るほど安い看板はしていない。


 ユリウスは例外的な入学だったが、ほとんどの人間の面接で性格を判断されているはずだ。


 よって、性格に問題ある人間など居るわけがない。

 まず根本的に、ユリウスへの悪意ある噂を流して得をする人間が居るとも思えない。



「今度は上級生脅してるぞ……」

「なんか俺が人から聞いたところ、学院に来る前も色々と暴れてたらしいぜ」

「何人か魔法で殺したことがあるんじゃないの?」

「え、外国のそういう国家転覆狙う系の組織に所属しているんじゃないのか?」

「…………」


 

 新しい噂を聞いて、ユリウスはそちらに向かった。

 今度は同い年の一年生だ。 別クラスである。


 

「俺はこの国生まれのこの国育ちだ。 そういった危険思想の組織に所属した覚えは一度も無い」

「うおっ! そ、そうだよなっ! 違うもんな!!!」

「すいませんッ!!!!!」

「テキトーほざいてすみませんでした!!!!」


 また必死に納得してくれた。



 現状は、そういった誤解の噂の話をしている人物を見つけ次第、丁寧に説明し地道に誤解を解く以外にユリウスに手段は無かった。

 今のところ『お話』をした人々は、己の誤解と勘違いに気付き、必死に頷いてくれている。



(今頃、貴族科にも似たような噂が出回っているか。 貴族科から見れば俺が貴族を倒した事実は都合が悪いだろう)


 貴族科に友達が居ない以上、訂正してくれそうな人物にも心当たりが無い。

 考えが読めないフランシスにも、決闘前に接触した以降の進展は一切無く、大した期待も出来なさそうだ。



 ユリウスが今こうして噂を訂正していても、効果があるのは普通科の中だけだろう。

 貴族科では大した効果が無い。

 

 むしろ『所領貴族のバティスタールが倒された』というのは彼らにとって喜ばしくない事実のはずだ。



(俺はバティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイルとも、友達になったつもりなのだが……)


 が、流石にそこはユリウスも成長する。

 自分が一方的に主張しているだけでは無意味だと、ギードとの一件で学んだ。


 相手に『ユリウス・ヴォイド君と友達になりました』と言わせなければ意味が無い。


 

(やはりバティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイルとは直接話をする必要があるか。 ギード・ストレリウスの治療進捗についても話を聞かなくてはならない)


 ユリウスは、バティスタールから自分は好かれていると思っていた。

 正確には『嫌われる理由が無い』と思っていた。



 魔法決闘の時には大した余裕が無かったため返事を聞けなかったが、きっとバティスタールは頷いてくれるだろう。

 彼から見ても、ユリウスと『友達』になって、何も問題は無いのだから。




「あっ、ユリウス君!」


 遅れて、食堂にジョージが現れた。

 現状のユリウスにとって非常に珍しい、自分からユリウスに近寄ってくる人間だ。


 ユリウスを見ると嬉しそうに笑って犬のように駆け寄ってくる。


「おはよう」

「おはよう」


 ジョージに言われたので、ユリウスもそう返す。

 師匠にそういう挨拶はちゃんとするように躾られているので、そういったことを言う事にユリウスは何の恥じらいも無かった。


 食堂の席は一人一人決まっている。

 ジョージの席は、ユリウスから見て斜め向かいの席だ。

 他の人の椅子に勝手に座るほどの度胸はジョージには無いのか、ユリウスの近くに立ったままだった。



「ユリウス君……今日も目立ってるね……」

「ああ」


 好きの反対は無関心という、ならば悪い噂が含まれていようとも注目されるのは悪いことではない。

 ユリウスの目標にとっては問題の無いことだ。

 

 敢えて問題があるとすれば、妙に遠巻きにされていることぐらいか。



(もっと積極的に――そう、ジョージ・ベパルツキンのように関わろうとすれば良いものを。 そんなに恥じらっているのか……)


 ならばとユリウスから話しかけても、どういうわけか妙に緊張し、話が通らなくなる生徒ばかりだ。

 そうならない生徒が居るかと思えば何を思ったのか、ユリウスと『お話』すると顔を赤くし『喧嘩を売ってるのか』などと摩訶不思議な事を言う生徒が現れる。


 ユリウスは相手と喧嘩をしようと思っていない。

 むしろ積極的に仲良くし、友達になろうと思っている。

 そういった会話の術は師匠ニーケや妹弟子のアンジュ、あと師匠の知人達を観察してよく理解しているので、ユリウスは自分に問題があると思っていない。


 だというのに、どういうわけかジョージを含めた一部の人間以外はユリウスと会話をするのを避けたり、勝手な勘違いをされてばかりだ。

 世の中、ままならないものである。

 

 

「………………ジョージ・ベパルツキンは、何故恥じらいが無くなった?」

「え!?」


 ユリウスが純粋に質問をすれば、驚いた風にジョージは反応した。


「多くの生徒は未だに俺を遠巻きにしようとする。 お前はしないだろう」

「……えーっと…………恥じらいっていうのは……」


 困ったようにジョージは笑った。

 苦笑い、ともいう。


「お前には俺と会話することに対する羞恥心は無いのか?」

「………………ええと」


 ジョージは、何故か頬を掻いた。



「ユリウス君の……その、そういう感じに慣れたから?」

「………………そうか」


 納得したようにユリウスは頷いた。



(俺はこの学院に来てまだ五日目だ。 理由はどうあれ遅れて来た新入生である俺は、まだ違和感のある慣れない異物だということか……)


 そういう理由で、ユリウスは納得していた。

 まさかその他、たとえば態度や声、容姿、性格、表情、言動などに致命的な問題があるとは一切思っていない。



 何故なら師匠ニーケは日頃から『エドは素直で笑顔も可愛い』と言い続けており、他でもない師匠がそう言うのだから、これに反する発言など受け付けるわけがない。

 師匠の知り合い達も『初めて会った頃に比べたら表情豊かでよく喋る』などと言う。


 何より、ごく一般的な環境で育ってきた妹弟子のアンジュ(可愛い)だって『感情が分かりやすくて可愛い』などと言うのだ。

 一般的な思考と価値観を持っているアンジュがそう言うのだから、もう疑いようがない。


 ユリウスは可愛いし、表情豊かだし、言葉に誤りも無いのだ。


 よってユリウスがこの学院の生徒達から妙に避けられている理由は一つ。

  

『ユリウスの存在が慣れられていない』。

 これに尽きる。



(つまり――時間が解決するということだな。 俺は現状維持、積極的な他人との会話で問題が無いだろう)


 そう結論付けた。



「お前の発言により俺の憂いが一つ解消され、俺の取るべき方針も見えた。 感謝する」

「えっ、ううん、ありがとう……?」


 ジョージは不思議そうに首を傾げながら、しかし素直に頷いた。



「――おい! ユリウス・ヴォイド!!!」


 未だ朝食前の食堂に、やたらと大きな声が響いた。

 名指しで呼ばれたユリウスがそちらを振り向くと、五人も人が立っている。


 いずれもユリウスにとっては見覚えのある顔であり、中でもそのうち一人はこの場に居るのが目新しい人物であった。


「え、う、うわっ」


 人物を確認したジョージは、慌てて逃げるようにユリウスの後ろに隠れた。



「起きたのか、ギード・ストレリウス」

「――――」


 すっかりと元気そうなギードは、どういうわけかユリウスを激しく睨みつけていた。

 ギードの後ろにはガーランドとグランとゲィジェスとゴッツの姿があり、何か言いたげにユリウスをギードを交互に見ていた。



「起きたよ」


 ギードは猫背気味になりながら制服ズボンのポケットに両手を突っ込んでいた。

 まるで親の仇のように鋭く睨みつけながら、ギードはずかずかとユリウスに近付く。


「三日と半日ぶりだ」


 そんなギードを歓迎するようにユリウスは席を立つ。

 


 するとどういうわけか、周囲の席に座ろうとしていた生徒達は逃げるように、この場の七人から離れてしまった。



「どうやら治療は成功したらしい、喜ばしいことだ」

「あ? なんでお前なんかにそんな事言われなきゃいけないんだよ」

「俺は無関係ではない」


 向かい合いながらユリウスとギードで話し始めた。

 何を察知したのか、余計に生徒達は離れていく。

 ジョージも腰が引けていた。



「言っておくが、お前なんかが何もしなくてもオレは無事だった……つまりお前は、無駄なことしかしてねーんだよ! 恩を売ったと思うな!!!」


 びしりとギードはユリウスを指さし、大声をあげた。

 何故か妙に静かになった食堂内でギードの声がはっきりと響く。


「恩を売った覚えなどない」

「よりによってバティスタール様と魔法決闘しやがって! それも余計なお世話なんだよ! お前のせいで、ストレリウス家の立場が悪くなったらどうする!!!」 


 ギードから感じられるのはユリウスに対する敵対心だ。

 ユリウス以外の人間には、ギードとユリウスは仲が悪いのだろうと思わせる勢いだった。 



 ユリウスがバティスタールと魔法決闘をした理由は『ギードの治療』であり、それ以上の目的は無い。

 ストレリウス家とレグムダイル伯爵家の力関係は所領貴族であるレグムダイル家の方が上だろう。


 そのレグムダイル伯爵家から見て、魔法決闘はとても面白くないものだったはずだ。

 今後のストレリウス家の評価にも繋がるかもしれない。


 が、どれもユリウスには関係のないことだった。 



「根本的に、薬を飲んで負けたお前に問題がある」

「ンだとォ!?」

「間違えたことは言っていない。 お前が俺に勝てば良かっただけだ」


 図星を指され激昂するギードに対し、ユリウスはただ淡々と言った。


(バティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイルも、『その程度』の薬を渡したつもりは無いだろうからな)


 あの性格なら、バティスタールはつまらない薬は渡していないはずだ。

 多少の悪意や研究者としての熱意もあっただろうが、それでも効果自体は本物に違いない。



 ユリウスは、バティスタールがギードに薬を渡した張本人で間違いないと思っている。

 しかし本人がこう起きている以上は、もう追及するべき事ではないだろう。


 あとはギードと相手の問題だ。

 許すにしても、許さないにしても、何かするにしても、個人的な感情によるものである。

 別にユリウスもバティスタールを罰したいだとか思っていない。


 

「んの野郎ッ!!! 人が下手したてに出ていれば、調子に乗りやがって……ッ!!!」

「下手? お前の発言の何処にそんな要素が?」

「ああ!?」


 淡々としたユリウスの物言いに、ギードはついに腰から杖を抜いた。

 ユリウスとしては事実を並べているつもりなのだが、ギードにとっては都合が悪い話なのだろう。

 

 また魔法決闘か、と周りで見ていた生徒達は興奮とか恐怖とか呆れとか様々な反応を示した。



「おいっ! ギード!」


 するとガーランド達が顔色を変え、ギードの肩を掴む。


「喧嘩しに来たんじゃないだろ!?」

「ちゃんと言うこと話し合って来たよな!?」

「ほら言おう! ギード!」

「息吸ってー、吐いてー、落ち着いてー」


 四人でギードを宥める。

 怒った犬のように今にも唸りそうな状態のギードは、ユリウスを真正面から睨みつつ、なんとか落ち着いたようだった。



 何かユリウスに言う事があるらしいが、しかしユリウスを睨んだまま動かない。

 次の瞬間にはさっきと同じように噛みつきそうだ。

  


「早く言え」

「んのッ!!!」


 この沈黙を無駄と判断したユリウスが先に言えば、ギードはまた目をカッと開いた。

 激しく吠えようとしたものの、場が場なのもあって、その怒りをぐっと堪えて呑みこんだらしかった。



「――――何を、した?」


 低く唸りながらギードが言う。


「バティスタール様がおっしゃってたぞ……俺の状態は…………あと三日ほど寝てないとおかしいものだったって……」

「そうか、良かったな」


 そう頷きながら、ユリウスは密かに魔法を使う。

 周囲にまで声が届かないように結界を張るだけの、実に地味で密やかな魔法だ。


「お前は副作用を何日だと聞いていた?」

「そこはどうでもいいんだよ!!!」


 声を大きく張り上げる。

 どうやらギードはバティスタールを庇うつもりらしい。


 数日寝たきりだった身にこの大声はつらいものだったのか、ギードは大きく呼吸した。



「バティスタール様がいかに魔法薬学の天才でも、一回飲んだ薬の副作用を消すのは簡単じゃない。 そのバティスタール様が、『こんなに早いのは有り得ない』とおっしゃってるんだぞ! お前は何をしたんだ!!」

 

 ギードが言っているのは、もう四日ほど前となるギードとの夜間の戦いのことだ。



「俺が寝てる間はこいつらが居た! お前に何か出来るわけがない! じゃあやっぱり、あの夜だ! 何をやったんだ!?」


 ユリウスは、ギードが飲んだ薬の効果を消した。

 正確にはギードの口から魔法を侵入させて、ギードの内部にある魔法薬を消した。

 たったそれだけの単純な解答。


 一般的には、そんな魔法は存在しないという。

 しかし、それが出来てしまうのがユリウスの生まれ持った魔法特性だ。

  


 扱いを誤ればギードどころか、たまたまその場に居ただけのジョージも、その場に現れたガーランド達も全員見境なく殺すような非常に危険な魔法。

 精霊であるメリソン辺りがどうなるかは、まだ試したことがないので知らない。


 ただ、あの魔法を受けて平気だったのは師匠のニーケだけだ。

 他はどんなに腕に自信のある魔法使いも、ただの通りすがりの人間も、人間以外の獣も、生命でないものも、物質ではない魔法も、そしてユリウスの実母も、例外ではなかった。



 この魔法は、師匠に出会ってから何度も制御の練習を重ねた。

 アンジュにこれを見られた時はどうしようかと思ったが、今は人に危害がない程度に制御出来ている。

   

 ジョージには誰にも言わないように言ったのも、このように本来危険で嫌悪するべき魔法を使うことを周囲に広めたくないからという、極めて個人的な理由だ。



「バティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイルの腕が良かったのだろう、彼は魔法薬学の天才だ」


 だからユリウスはギードにこうして迫られても、本当の事を言うつもりなど一切無かった。

 この学院の誰にも説明するつもりは無いし、見せるつもりも無い。

 フランシスはユリウスの事情を多少は知っているようだが、それでもユリウスの魔法のことまでは知らないだろう。


 今思えばジョージ相手に『薬を消した』などと口走ったのも悪手だったと思っている。


 

「そのバティスタール様が、そうおっしゃってるんだけどな?」

「では医務室の職員陣の腕が良かったに違いない、感謝するといい」

「白々しいこと言いやがって……!」


 ユリウスには何を言っても無駄だと、今度はジョージを睨む。


「ジョージ君は全部見てただろ? 言え」

「え、ぼ、僕は……っ」

「言えよ」


 ユリウスも、ジョージがあの晩について言うのではないかと見る。

 この場に居る全員の視線を受けて、孤立を悟ったジョージは大いに怯んだように一歩後ずさる。


 縋るようにユリウスを見るが、ユリウスもジョージの次の言動を待っていた。

 


(ジョージ・ベパルツキンは魔視ではない、あれを見られたところで何も分からない。 言い訳が面倒な程度だ)


 ジョージではアレを具体的に見たところで何なのか分からないだろう。 

 魔視でも貴族でもないジョージに、分かるわけがない。


 彼に分かるなら、ユリウスも師匠もとっくにその辺りの問題を片付けられているはずなのだ。



(声は周囲に届かないようにしたが……ギード・ストレリウス、ガーランド・ハーマ、グラン・ユスティ、ゲィジェス・ブランドール、ゴッツ・アモルのうち誰かが、ジョージ・ベパルツキンの発言を聞いて、何か気付く可能性はある。 知ったことを周囲に言い触らすかもしれない)


 自分が何と蔑まれるのは構わない。

 だが師匠に迷惑がかかるのは、とても、非常に困る。


 

(記憶の操作は手間がかかる、この場の全員に適切な処置をするのは面倒だ。 そんな事をしている間にまた人が来る。 これを咎められたら一気に犯罪者だ。 ……ジョージ・ベパルツキンを放置せず、記憶の消去をしておくべきだったのか)


 ユリウスの頭の中で色々と考えが巡る。


(何故俺はジョージ・ベパルツキンの記憶を操作しなかったのか……していれば、こんな無意味な事を悩まずに済んだものを。 いっそ今からジョージ・ベパルツキンの口を塞ぐか。 この場で暴れて有耶無耶にするか。 あるいはギード・ストレリウス達を気絶させるか。 この場の全員の聴覚を破壊するべきか……)


 すべてはユリウスの未熟さ故だ。

 だが今何を後悔したところでもう遅い。


 今のユリウスに出来るのは、周囲には小声に聞こえるように結界の魔法を無言でかけること。 

 そして、ジョージが次に何を言うのか黙って見守ることだけだった。



「……ぼ、僕は、……何も、見てないよ……」

「はあ?」

「…………」


 ジョージの声は震えていた。

 ちらちらとユリウスとギードの間を視線が往復する。



「見てないワケないだろ! こいつが、何かしたんじゃないのか!」

「み、見てないよ! それにユリウス君は、そのっ」


 逃げ場が無いと悟ってか、ジョージが気持ちを落ち着かせるための呼吸をしたのが聞こえた。



「ギード君を殴って、気絶させて……それだけだよ……。 だからユリウス君は何もしてない!」

「………………」


 正直、これはユリウスにとって意外な回答だった。


 ジョージとギードは、ユリウスよりも付き合いが長い。

 ユリウスが知らない間に様々な事があって、知らない関係性なのだろう。



(ジョージ・ベパルツキンには、たかが俺との口約束を守る理由など微塵も無いはずだが)


 ギードに急かされれば言うに決まっていると、ユリウスは思っていた。

 だというのに意外な展開である。 


「………………」

 

 今まで考えていたことが全部無駄になって、ユリウスはどうすればいいのか分からなくなった。




「チッ、尻尾振る相手を変えたってのかよ、クソが」

「……自分の思い込みが外れた事を人のせいにするな、ギード・ストレリウス」

「五月蠅い!」


 ギードは一度吠えると諦めたように背を向けた。

 もうこれ以上言う事は無いらしい。

 


「おいギード、それで終わりか?」

「ちゃんと言うべきこと言おうぜ、な?」

「下僕のこともさ! 謝ろうぜ?」


 ギードの言動に問題があったようで、ガーランド達は慌てて宥めにかかった。

 

「ヴォイド! ギードはこんな態度だけど、これでもお前に謝罪とかお礼とか言いに来たんだ! 信じてやってくれ!」

「医務室でそういう話になって来たんだよ! 本当だ!」

「っていうか俺達も、色々勘違いで変な事言ったから! ごめん! 本当に! 授業とか! 色々!」

「ほらギードも!」

「五月蠅いなお前ら!!!」


 ガーランド達はギードを必死に引き留めにかかるが、ギードはそれらが全部気に入らなかったようだ。

 手を四人から引っ張られるが、どんな腕力なのか全部振りきって無理やり離れようとしている。



(……謝罪をされる覚えは無いが)


 ユリウスにとっては、どれも些末なことだった。

 別に気に病むような事をされた覚えは無い。



「俺からも言いたいことが一つある。 聞け、ギード・ストレリウス」

「なんだよ!」


 四人に引っ張られながら、しかし何故か拮抗出来ている。

 ギードの腕がすっぽ抜ける方が先かもしれない。


 そんな状態で顔を赤くしながら、ギードはユリウスを振り向いた。



「魔法決闘の際の下僕云々は勘違いだ。 あの時の俺がお前に本当に言いたかった事は、次の内容だ」


 そう言ってユリウスは自分の中の色んな高揚を抑えるように息を短く吐き、改めてギードを見る。




「ギード・ストレリウス。 お前は俺の友達になれ」

「…………ハァ?」


 内容が内容だったのか、ギードは拍子抜けした顔だった。



「俺は友達を千人作るために来た。 俺はお前に、俺の友達になる事を望む。 これが言いたかった」

「……そんなバカな話を信じるバカが居ると思うのかよ!」

「これをバカと言うのならお前にはバカになってもらう他無い」


 そしてユリウスは右手を差し出した。

 先日は断られた握手だ。

 友達の基準が分からない以上は、これを友達になった合図と見なそうとユリウスは思っている。


「再度言う、ギード・ストレリウス。 お前は俺の友達になれ」

「………………」


 ギードはユリウスの手を見る。

 色々思うことがあるのかその手を見て、ユリウスの顔も見る。



「あ、あれ、マジで言ってたのか……?」

「なんかの比喩表現だとばかり……」


 ガーランド達にはどうやらまるで信じてもらえていなかったらしい。

 いつだってユリウスは本気で言っていたのに。



 ギードは黙って顔を顰めて、唖然とするガーランド達の手を振り払った。

 去るのかと思えば踵を返しユリウスの元へ真っ直ぐ戻る。


「本気かよ」


 差し出されたユリウスの手を見る。



「冗談などで言った覚えは無い」


 そう言ってから、ユリウスは周囲に小声に聞こえる結界魔法をまだ解除していなかったことを思い出した。

 念のためにやっていたことだが、これも全部無駄だったらしい。

 黙って解除する。



 この和やかな光景と握手の様子を見れば、何やら妙な勘違いをしている周囲の人々も、ユリウスの本気を理解するだろう。

 ユリウスは周囲の人々と友好関係を結ぶ為に来たのだ。

 断じて、間違っても、避けられたり険悪になったりするためではない。



 ギードが手を差し出す。

 ようやく意志が伝わったかと、ユリウスは安堵した。



 かと思えば、ギードに思い切り手を叩かれて弾かれた。



「誰が! お前なんかの! 『お友達』になるかっつーの!」


 目の前にユリウスが居るのに、わざわざ大声。

 


「ちょっと魔法が強いからって、調子に乗んなッ!!! バーカ!!!」 


 それだけ言うと大きく肩で息をして、唖然とする全員を放置してギードは勢いよく去っていった。

 まるで風のようだ。



「――あっ! ギード! 待てって!」

「それじゃ意味無いじゃんかよぉ!」


 我に返ったガーランド達は大慌てでその後を追う。

 食堂が一気に静まった。


 ぽつんと残されたユリウスを、痛ましいものを見るような周囲の視線。




「……あ、あの、ユリウス君…………?」


 心配したのかジョージが恐る恐る尋ねてくる。

 結界魔法はもう解除したにも関わらず、周囲が妙に静かだ。



「ジョージ・ベパルツキン」

「は、はい!」


 ユリウスは、ギードに叩かれた手を見る。

 特に痛いわけではないが、妙にひりひりとしていた。


「今のは握手に入ると思うか?」


 ほんの僅かな時間だが、確かにギードとユリウスは握手していた。

 照れ隠しとはいえ握手としてはやや短かったと思う。



「えーーっと……今のは入らないと思う…………よ?」

「そうか……」


 ユリウスはユリウスなりにショックを受けながら、叩かれた手を見る。



「では次回に期待しよう」

「え、まだ次があるの?」

「止めるつもりは無い。 次回こそは成功させる」


 ユリウスは、今の言動で止めるつもりは毛頭無かった。


 ギードはユリウスに関心がある。

 あの状態から友達になるのは、次こそは容易だろう。


 次がダメならその次、その次がダメならそのまた次というだけの話だ。



「俺は友達を千人作る為に来た。 当初からの計画に変更は無い」


 そう言って改めて決意を口にする。


(そうして俺は、師匠への恩を返す)


 それが、師匠に拾われ育てられた者の義務だ。

 この海よりも深い恩は、一生をかけて返さなければならない。

 ユリウスはジョージを見る。



「ところで、お前には黙る必要が無かっただろう、何故言わなかった」

「え? ……言って良かったの?」

「俺は困る」


 ジョージはとても間抜けな顔をしていた。


 嘘を言ったつもりは無いが、言われて困るのも事実だ。

 その上で、ジョージがユリウスとの口約束を守るなどと思っていなかっただけの話である。


 

「理由は分からないし気になるけど……人に言い触らされたくないんでしょ?」

「ああ」

「じゃあ言わない方が良いんじゃないかな。 それに、その……」


 ジョージは少しだけ口ごもる。

 そして何故か頬を掻く。



「……友達の秘密を勝手に喋るの、良くないから」

「………………」


 ユリウスは黙った。

 何をどう言うべきなのか、全く分からなかった。



(友達というのは……そういうものなのか……?)

 

 友達だから、秘密は黙るべきなのだろうか。

 根本的に、交わした約束とは誰が相手だろうと守るべきものではないのか。



 しかし、ユリウスは友達をよく知らない。

 師匠やアンジュなどから色々『友達』についてなんとなく聞いては居るものの、今までの人生で必要だと思ったことは一度も無かった。

 友達とは『楽しい』ものなのか、得ることでどう強くなるのか、どんな効果があるのか、よく分かっていない。


 だからこそ『そういうものだ』と、自分より詳しいだろうジョージに言われてしまえば、何の否定も出来なかった。



(ジョージ・ペパルツキン……やはり素晴らしい人格の持ち主だ。 師匠に次ぐか……俺など足元にも及ばん)


 そんな彼を少しでも疑った自分が恥ずかしい。

 ましてや、暴力に訴えてでも彼を黙らせようと思ってしまっただなんて。

 

 ジョージは自分のために、書類のやり取りもしていない、詳細も分からない口約束を守ってくれているのだ。

 これを『人格者』と言わずしてどうするというのか。



「そうか」


 内心では猛烈に感動しているユリウスはそれだけ短く言って、席に戻った。


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