第24話 次は無いのか




 合図が行われた瞬間、第三グラウンドは興奮が一気に解放されたように盛り上がった。


 大勢が応援や渇を入れはじめる。

 ただし、彼らの多くが予想しているのはバティスタールの圧倒的で華麗なる大勝利だろう。



「ああ残念だ、この学院に入学出来る程度には才能がある若者が、こうもあっさり姿を消すことになるとはね」

 

 彼らとは正反対にユリウスもバティスタールも冷静だった。


 これは、バティスタールは大勢に注目されることに慣れいるから。

 ユリウスは誰に見られていようと気にならないからだ。





「さあ平民、君がこの学院で行う最後の魔法だ。 せめて魔法剣を使う時間をあげようじゃないか」


 バティスタールはそう鷹揚に言った。

 どうやらユリウスが魔法剣を使うために時間がかかると思っているらしい。


「おっと……それとも、魔法剣も使えないのにそんな杖を使っていたのかな? だったら失礼、そこまでの貧乏人だったとは」

 

 くつくつと喉を鳴らし笑う。



 こんな態度だが、バティスタールは彼なりに公正な人物なのだろう。


 バティスタールもまたギードと同じく実戦慣れしていない人物に違いない。

 これが殺し合いの類であれば、そんな無駄な時間を設けることはただの命取りだというのに。


 その辺りをユリウスは、少しだけ、残念に思った。



(……俺がしたいのは殺し合いではない、あくまでも己の鍛錬に繋がればいい。 その程度の時間を設けられることは不快にもならない。 重要なのは、彼が強いかどうかだ)


 そう思い、バティスタールを見る。



「『抜剣』」


 短く唱えたユリウスの柄杖から、純白の光の刃が生まれる。

 それを見てバティスタール達は感心した風の反応をした。



「……へ、へえ、ふうん。 自信満々な態度なだけあって……まずまずの速度じゃないか」


 魔法剣が難しい魔法だということは、ユリウスも知っている。


 どの程度の幅、どの程度の輝き、どの程度の長さ、どの程度の切れ味、どの程度の持続。

 それら全てが、魔法使いの能力に依存しているからだ。


 ただ瞬間的に炎を出せばいい、ただ水が出ていればいい、などという類とはまるで異なる。

 未熟な魔法使いによる魔法剣など、それはそれは貧相なものだ。



 ユリウスは師匠の弟子になってすぐの頃、魔法騎士団の者達が魔法剣を使っているところを見たことがある。


 輝く剣を持ち構え整列するあれらは、とても良い、美しく整然とした光景だった。

 多くの少年少女達が憧れるのも無理はない。

 

 だからこそユリウスは彼らの真似をしたいと思った。

 師匠のように直接的な魔法も好きだが、やるなら魔法剣の方が良い。


 それ以来、ユリウスは魔法剣の鍛錬を続けている。 

 己の魔法特性の次に最も練習してきた魔法こそが、魔法剣だろう。



「しかしねえ、魔法剣を作るのが少しばかり速いから何だと言うんだい? 見映えだけ、中身など無い魔法だ。 実戦ではまるで使えない魔法だっていうのに、それをやって自分は退学に相応しくない有能ですって言い訳がしたいのかい?」

「御託はいい。 それよりお前こそ、時間は要らないのか」


 ユリウスはバティスタールの姿を見る。

 昼間に見たのと同じ服装、ただ手に杖を持っている程度だ。

 


「お前には薬を飲む時間が必要だろう。 お前が俺の詠唱を待つのなら、俺もお前が薬を服用するまで待機する」

「アハハハ! 平民に気使われてるじゃんバティスタール君!」


 ルナタラーラが楽しそうに、足をばたつかせていた。


「……ふん、本当に生意気な平民だ。 それで気を遣ったつもりか? 貴族たる、この僕を!」


 苛立ったように言ったかと思えば、バティスタールは懐から灰色の液体が入った小さな瓶を一つ取り出した。



「でも君はまるで分かってない。 魔法薬をだって? ハッ、無学なド素人め。 魔法薬とは飲むものではないのだよ!」


 小さい瓶が舞台に叩きつけられる。

 ただの硝子で作られたのだろう瓶は勢いのままに割れ、灰色の液体を落とす。


 うっかり落としたのではなく、バティスタールは自分の意志で瓶を割ったのだ。



 ティーカップに入る程度の量をした液体は、飛び散ることなく一か所に集まる。

 かと思えば沸騰して泡立ち、巨大化し、舞台の床を巻き込んで持ち上げられた。

 


「おごおぉーーー!」


 下半身を舞台という海に沈めた、液状の灰色の巨人が現れる。 


 この巨大な第三グラウンドの舞台の半分近くを埋め尽くすほどの幅、ユリウスが見上げなければ顔が見えないほどの高さ。

 全身を舞台と同じ岩で構成され、首と肩の区別がつかず、目と口の部分にだけ穴が空いた妙に愛嬌のある顔をしている。

 上半身だけであるにも関わらず結構な巨体だ。



「ゴーレム錬成の魔法薬か」


 魔法薬とはどうやっても副作用から離れられないものだ、と言われている。 

 そこで用いられるのが、自分以外に魔法薬を使うという方法だ。


 自身を強化するのではなく、他の物を強化し代わりに戦わせる。 もちろん副作用は受けなくても良い。

 魔法薬を扱う者が戦闘するにあたって、最も使われる方法だった。



「まさか、僕直々に戦ってもらえると思ったのかな? 生憎と僕は、君達のように野蛮なのと違って、もっと優雅に戦うのさ!」

「おごーーー!」


 ゴーレムは両腕を上げて、高らかに咆哮した。

 主人に逆らう気は皆無、やる気も十分といったところだろう。



「実に合理的だ」

 

 バティスタールは驚かれることを期待していたようだが、ユリウスは全く驚かなかった。


 せいぜいギードは魔法薬を飲んで自身を強化したようなので、バティスタールも同じ事をするのかと思っていたが、そうではなかったので驚いた。

 その程度でしかない。


 一般人ならともかく、ユリウスは危険な犯罪者や魔法生物を相手にする第四魔法騎士団の所属だ。

 自分以外のものに魔法薬を与えて戦うという方法は、別に目新しいものではなかった。



 それに使い魔などと違って持ち運びが比較的楽である。

 これを安全に商品化することが出来れば、使用人や騎士の需要が減ってしまうに違いない。



(となると彼がギード・ストレリウスに与えた薬は、自身でもやらない方法ということだ。 ギード・ストレリウスの性格上、使い魔などを作るより自分で戦いたがるだろうが……)


 薬を危険だと分かっていて渡したに違いない。

 もちろんバティスタールの魔法薬錬成に関する能力は本物だと思われるので、本気で危険な薬は与えていないだろうが。



「言っておくけどこいつはただのゴーレムではない! この場所に合わせ完璧に調整したゴーレムだ! 時間、温度、湿度、舞台の材質、全てに適合し、こいつの能力はより一層高まる!」

「おごごごごーーー!」


 主人の期待に応えるべく、ゴーレムはまた咆哮した。

 実に愛嬌がある。

 観客たちはこのゴーレムを見て盛大な拍手を送った。


 バティスタールは自慢げに笑うと、眼鏡を軽く指で押した。



「おっと、反則などと言うんじゃないよ平民。 僕は『色持ち』が『緑』であり、この学院の四年生だ。 君などよりずっとこの地への理解に優れている、この程度の有利は当然だろう?」

「俺は発言していない」

「それに対し君は何だい? 魔法剣を持って構えて、魔法騎士団の真似! それで、次はどうする? その剣を持って突撃するのかい? 無駄だと思うけどねぇ?」


 バティスタールは勝ち誇っていた。



「いっけーバティスタールくーん! やっちゃえやっちゃえー!」

「バティスタール様ー!」

「はははっ、魔法剣なんかでどうやって勝つっていうんだ?」

「これだから愚かな平民は!」

「傷一つでも入れば良いだろう!」

「なんて強そうなゴーレムなんだ!」


 バティスタールとゴーレムを賛美し応援する声。

 巨大なゴーレムと、その足元で満足気に笑うバティスタール。



(……この舞台を構成する石材は、簡単な魔法では傷もつかない程度に上質だ。 それを取り込んだこいつは、バティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイルの言う通り、そこらのゴーレム等とは比べ物にならない硬度だろうな)


 何ならバティスタールは『色持ち』だ。

 あの土地憑きの精霊メリソンが何か特別な贔屓をしている可能性がある。

  


 きっと凄く硬くて、凄く強いのだ。

 本当に。 きっと。 確実に。



「本当に強いのだろうな、それは」



 この場で出して来るぐらいなのだから。

 昼食の時間からこの六の刻までの、短いようで長い時間で作ったものなのだから。

 国内外から選ばれた生徒達が集まるこのヴィオーザ魔法学院で、中でも特に選ばれた天才の『色持ち』が出すのだから。


 そこらの魔法使いでは、勝てないに決まっている。




「ほら走るといい平民、魔法剣を精一杯振り回せばいいさ! 届くといいねぇ!」

「――――届く」



 ただ見栄えだけを重視して作った光の剣。

 その表面を揺らがせることなく、ただただ美しいだけのそれ。


 ユリウスはそんなものを、ただ出力を上げて、ただ大上段に振り上げる。



 走る必要も、飛ぶ必要も無い。

 どんなに遠かろうと、どんなに大きかろうと、届けばいいだけなのだから。


 届くのなら、この場に立っているだけで十分だ。



 まるで山から噴き上がる炎のような形。


 ユリウスの体格に合わせた大きさをしていただけの目映い剣の刃が、滝のような音を放ち巨大化する。

 純白の輝きを放つ光はユリウスに動かされ、あっさりとゴーレムの姿を呑み込んだ。


「おご」


 上半身を横から両断されたゴーレムの体が、悲鳴をあげながら背後の舞台下に落ちた。

 派手な落下音と衝撃。

 残されるのは、ゴーレムの下半身だけ。



「――――は?」


 遅れてバティスタールが間抜けな声をあげた。

 何が起きたのか分からない、という顔で後ろを振り向く。


「おごっ、おごごごっ、おごぉー!」


 舞台下に落ちたゴーレムが、腕を振り回して呻いていた。

 すぐにただの岩の瓦礫と化す。


 舞台上に残った部分は滑らかな断面を晒し、片腕と共に呆然と佇んだ。



「……は? 何? は?」

「今何起きた?」

「え? 魔法剣?」

「なんで?」

「魔法剣今伸びた?」


 困惑の声が観客席からもする。

 


「………………ち、ちょっと君、ねえ、今、何したの?」


 代表としてルナタラーラが尋ねた。

 

「魔法剣で斬った」

「斬ッ――魔法剣は、そんな動きしないよ!」

「する。 お前達が無知なだけだ」


 ユリウスはそう、当たり前のように返事する。

 そうとしか言いようが無かった。




 この場に居るほとんどの者はこう思ったのだろう。

『あの魔法剣は見栄えだけだ』と。



 確かに、基本的に魔法剣とはそういうものだ。

 見栄えは良いが、実戦的な魔法ではない。 非効率だ。


『こんなものを無意味に振り回すぐらいなら、刺さる瞬間だけ刃があればいい』というのが現実的な判断だろう。


 なので多くの魔法騎士にとって、魔法剣とは儀礼用の魔法でしかない。

 実戦で使うなどもってのほかだ。




 しかし、ユリウスはそれで終わらせなかった。


 刃など伸びればいい。 大きくなればいい。

 自在に振り回せる武器であればいい。

 切れ味を鋭くし、最後に剣の形をしていればいい。


 そんな、とても単純な理屈だ。



 魔法剣は格好良い魔法だ。

 だからユリウスは、その魔法を使うことを極めようと思った。


 それは剣のように。

 あるいは槍のように、弓のように、鞭のように、槌のように、斧のように、盾のように。 


 魔法を使わない戦士の真似をするように、武器を作ればいいだけ。

 全てを切断する武器が存在すれば、それで良い。

 全てを切り裂いてしまう魔法を光とし、剣の形にすればいい。

 

 そういう、極めて単純なことでしかない。


 

 ――そんな簡単な事が、普通の目線から見ればひたすら難しい。

 ただ、それだけの話である。




「斬った……斬った? 僕の、ゴーレムを、一歩も動かず、ただの魔法剣で……?」

「斬った」


 バティスタールが何故か呆然としているので、ユリウスは素直に答える。

 その上で、今はただ剣の形をしている剣をバティスタールに向けた。



「お前のゴーレムはもう品切れか?」

「……何?」


 何故か、呆けている。

 仕方ないのでユリウスは全てを言うことにした。



「次は無いのか? おかわりを要求する」


 ユリウスは今を、この新しい鍛錬の相手の存在を楽しんでいた。


 バティスタールの魔法薬錬成の才能、能力は本物だ。

 今のゴーレムは、彼が自信を持つのに相応しいだけの頑丈さをしている。



 それを斬るのは、もちろん大変だった。

 出力を上げなければ斬ることは難しかったに違いない。



(流石は『色持ち』、この学院の中でも天才と呼ばれる人物が作ったゴーレムだ。 これを次はもっと――もっと速く斬りたい)


 ユリウスは喜んでいた。



 正直なところ、昨夜のギードには少しがっかりしていた。

 将来性はあるが、あれぐらいでは今すぐの鍛錬の相手にならない。

 


 しかし今さっき目の前に居たのは、ぐらいにはなる、非常に良いゴーレムだ。


 それが後何体も出て来るかもしれない。

 そう思うと、とても心地良い。


 生き物ではない、声も生態も仮初のゴーレムが相手なら、これをいくら両断しても構わないときている。

 なんと良い試し斬りの相手だろう。



「バティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイル、次は無いのか?」


 これは友達を千人作るより、昨日一人作った結果よりも、自身の鍛錬に繋がる。

 そう思いユリウスは次を要求した。



「無いのなら、新しい魔法薬を錬成するといい」

「……な、何を言っているんだ君は……!?」

「変な事は言っていない。 錬成する時間を与えてやる」


 ユリウスは次を求めていた。

 きっと今のと同じ、あるいはもっと強いのが出るかもしれない。

 そう思うと待つぐらい何とも思わなかった。



「……そうか、舞台から降りると敗北になるのか」


 そういえばそうだった、と思い出した。

 ユリウスとしてはそんな条件はどうでもいいのだが、そこは大事だろう。


 今すぐ実験室にでも走って、もっと強力な魔法薬を作るまでの時間を待ってもユリウスは気にならなかった。



「負けを認めるなら、今すぐ認めても構わない」

「――――ば、バカにするんじゃない! 平民ごときが!!!」


 バティスタールは懐から新たな魔法薬をいくつも取り出した。

 それぞれの液体の色は違うが、いずれも用途は同じはずだ。


 瓶を舞台に投げつければ、それぞれの箇所で床が持ち上がる。


 今度は巨人ではなく巨大な蛇、いいや東の国で見る龍だとか言うドラゴンのような生き物に似た岩。

 それが首だけ、四匹も生えて来る。

 いずれもユリウスを一呑み出来てしまいそうな大きさをし、口を広げて咆哮する。



「ふん、僕の薬が一つだと思ったら大間違いだ。 言っておくがこいつらはさっきのよりずっと強力な――」

「良い」


 

 さっきより硬いものが、しかも数まで増えているときた。

 なんと素晴らしいことだろう。


 ユリウスの気分だって、そんな事に喜ぶ場合ではないというのに、高揚してくるというものである。



 ユリウスはその場に立ったまま、魔法剣を横に薙ぎ払った。

 巨大な刃が鞭のようにしなり、ドラゴンの首を全て断ち切る。

 

 首、だった岩が舞台外に落ちていく音。



「――きょ、強力、なんだぞ?」


 唖然とするバティスタールの声が、なんとも空しくその場に響いた。



「えっ」

「魔法剣って……実戦向きじゃないでしょう?」

「じゃなかったら皆使ってるよ」

「なにあれ」

「魔法剣ってあんなのだっけ」

「うそ」



 ざわざわとする観客。

 騒ぎに加わらず平然と構えていた貴族達も、それなり以上に反応していく。


 

「な――何、なんだ。 君は、君が、いや、今のは僕の薬が、いやっ、違う! 僕の魔法薬は優れている! 今のなんかより、もっと、もっと凄いのが!」

「それは朗報だ」


 ユリウスは高揚する気分のままで言う。



 相手が強い、練習相手になる。 それは何と素晴らしいことだろう。


 ユリウスは、バティスタールがユリウスのことをどう思っていようと構わない。

 鍛練の相手を一つ見つけられたのだからこんなに喜ばしいことはない。 


 彼と友達になれば今後も安定した供給が得られるかもしれないと思えば、少しは興奮する。



(……待った。 私欲に走っている場合ではない、今はギード・ストレリウスの治療が最優先だ。 目的を見失うな。 鍛練など後でいくらでも出来る)


 と、最も大事なことを思い出してユリウスは短く息を吐く。



「お前が負けを認めるまで、俺は続ける。 降参と言いたくないなら、今すぐ飛び降りろ」

「――――ッ!」


 バティスタールは確かに怯んだ顔をした。

 思わず一歩下がりそうになり、しかし何とか踏み留まる。

 それからユリウスを激しく睨み付けた。



「ぼ――僕を見下そうとするなッ、平民風情がァっ!!!」


 バティスタールはまだ持っていたらしい真っ黒な薬を叩きつける。


 さっきよりも激しい勢いで割れたそれは黒い煙を噴き上げて第三グラウンドを覆った。

 煙を間近で食らった観客達の咳の音が響く。


 

(これが本命か?)

 

 魔視ではないユリウスの視界にはただの煙幕のように映る。

 しかし今までのが今までだっただけに、何が来るのか分からない。



 そう見ていたユリウスの目の前に、煙の向こうから巨大なドラゴンの首が生えて来た。


 ユリウスの体を平気で丸のみ出来てしまえるほどの大きさ。

 それが大口を開けて勢いよく迫ってくるものだから、ユリウスはつい後ろに飛び退いた。


 そしてユリウスの背後に、また別の大口。

 形状がやや異なる、しかし間違いなくドラゴンの巨大な首像だ。


 肉感の足りない口だった。

 しかしその中の牙は鋭利で、喉奥まで丁寧に作られている。

 口の中に放り込まれでもすれば、手足のどれかを砕こうと噛みつくに違いない。



 背後から現れた口を、ユリウスは魔法剣で斬り落とした。

 激しい音を立てて体がただの石塊と化して崩れる。


 斬れるものだ。

 しかしその頑丈さ――先程とは異なっている。

 先程と同じように斬ろうと思えば、確実に異なる手応えを感じた。



(なるほど、本当の意味でこれが本命らしい。 煙が邪魔だな)


 ユリウスはそう思うと軽く指を動かし、風の魔法を作り出す。

 自身を中心とし風が渦を巻いて第三グラウンドに吹き荒れ、黒い煙を吹き飛ばした。


 そしてその視界の先に、ユリウスが見たドラゴンの首が現れる。



「……なるほど」


 ユリウスはドラゴンを見上げた。



 間違いなく石像のドラゴン。

 しかしその形は、さっきまで見ていたいずれとも違う。


 何と言っても、首から下が存在する。

 山かと思うほどの巨体、鱗の一枚一枚が輝き、背の一対の翼は巨大、手足の爪は鋭く、尻尾は太い。


 今までのも石像としてなかなか見事なものだったが、これは凄まじい出来栄えだ。

 あとは色を塗れば本物と見分けがつかなくなるだろう。

 作り物特有の無機質さも感じない。



(アンジュがこれを見たら、俺とどっちが格好良いと言うだろう。 ……こっちの方が格好良いと言われたら、兄として非常に困るが)


 ドラゴンのあまりの威容と完成度に、観客たちは感心と悲鳴の声を上げていた。

 


 このドラゴンの最も凄まじい点は、首が二つ生えていることだ。


 正確には三つのようだが、うち一つは首の先端を失っている。

 おそらくこれは先程ユリウスが切り落としたものだろう。



(しかし……下半身と尻尾は確実に舞台から落ちている。 バティスタール本人ではないので、問題ないのか)


 そんなことをユリウスは思っていた。



「ハハハッ、たかが平民の一年生ごときにコレを使う事になるとは思っていなかったよ! 君用じゃなかったんだけどねェ!」


 バティスタールはドラゴンの前に立っていた。

 ちょうどドラゴンの逞しい腕に守られるような、微妙に邪魔なような位置だ。



「しかしだよ。 まさか、たった首一本を一回切り落とした程度で、勝った気になっているんじゃないだろうね?」


 ちっちっ、とバティスタールは自慢げに指を振る。

 

「それじゃ足りない、こいつを殺すにはとても足りないんだ!」


 ユリウスの背後にある石塊が蠢いた。

 まるで意志を持ったスライムのように粘着的に這い、本体である三つ首のドラゴンの元へと戻る。

 かと思えば、無くなったはずのドラゴンの首は、元々そうであったように再生した。


 

「ふふ、驚いている、驚いているね。 でもコレだけじゃない」


 バティスタールの声と共に、今までユリウスが切り捨てた石塊たちも、この巨大なドラゴンの元へと向かう。

 ドラゴンはその石塊を鎧のように纏い、より堅固で大きな体と、四つ、五つ目の首を手に入れた。


「グォオ―――!」


 翼を広げ、高らかに威嚇の声を轟かせる。

 雷のように激しい音で、声だけで嵐を起こしているかのようだった。

 


 ドラゴンは唸り声をあげ、ユリウスに向かって腕を振り下ろした。


 なんて大きな手だろう。

 あの鋭利な爪に軽くひっかけただけで大怪我間違いなしに見える。


 ユリウスは魔法剣を振るう――が、思っている以上に硬い。

 さっきとまるで比較にならない硬さだ。

 切れ味の悪いナイフで硬い肉を切ろうとした時ぐらいに、手応えが悪い。



「――なるほど」


 ユリウスはさっさと斬ることを諦め、剣で手を受け止めた。

 ドラゴンの巨体や体格差から来る、そしてそれ以上の重量を全て感じながら、その重さに押されて後退する。

 石で出来ているからか、見た目以上にとても重いようだ。


 ユリウスより明らかに大きなものであるため、体勢から見てもドラゴンの方が圧倒的に有利である。



「はっはっは、見たかい! これこそが僕の奥の手だ!」

「わーい! バティスタールくん、すっごーい! こんなの有るならさっさと出せばぁ?」


 バティスタールはとても自慢げで、ルナタラーラはそれを褒めたたえる。

 聞けば、同じようにバティスタールを褒めている貴族の生徒の姿もちらほら見えた。



「本当はこんな、ただの平民ごときに使うつもりは無かったよ! しかしこいつがあまりにも生意気で、非常に苛々するような物言いばかりだからね! 気品ある貴族として、僕は鉄槌を下してやることにしたのさ!」

「うんうん、分かるよー! バティスタールくんが日頃からどれぐらいストレス溜めてたのか、僕知ってるからね、偉い偉い! でもそのドラゴン、危なくない?」

「ふんっ、こいつは僕の命令に絶対に従う。 そうなるように設定している! 間違っても僕を――いいや、僕に逆らってこの場の全員に危害を加えることは無いのさ!」


 何か語っている。

 ゴーレムが主人に逆らうか逆らわないかという話題のようだが、まず主人に逆らうゴーレムなど存在しないだろう。


 このドラゴンも、ユリウスを見下ろし睨みつけるその視線の苛烈さは生きているかのように凄まじいが、それ以上のことは無い。




「さあ平民、逆に言わせてもらおうか――――君が負けを認めるまで、僕は続ける。 降参と言いたくないなら、今すぐ飛び降りるがいい!」

「おおっ! バティスタールくん、かっこいー!!!」


 ルナタラーラの拍手。

 この場にはバティスタールを称える声と、今にも踏みつぶされそうなユリウスを心配する者しか居なかった。



 

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