第22話 俺にはお前の考えが分からない




「ユユユユユユユリウス君何考えてるのッ!?」


 本日何度目になるのか分からないことをジョージは言った。




 場所は第三グラウンド。

 その舞台に上がる者達が、出番になるまで控えておく部屋だった。



 石レンガで作られた古代のコロセウムじみた見た目だが、窓などは一切無いのに空気はいつも整っている。


 持ち込んだものを仕舞うためのロッカーに磨かれた椅子、ゴミ一つ無い床、何もかもが綺麗だ。

 毎日使っているのか分からない場所でありながら、毎日丁寧に掃除をしているのだと思われた。

 一度に二三人が使うぐらいの広さである。


 ユリウス一人だけなら静かな控室だったが、ジョージが現れたことでとても五月蠅くなっている。



「あんな風に目立って! 貴族科の人達にあんな大声出して! フランシス様が仲裁してくれたから良かったけど、そうならなかったら大変なことになってたんだよ!?」

「お前はそれをあと何度言うつもりだ」


 舞台に上がらないジョージは、今にも処刑台に上がる直前の死刑囚のように顔を真っ青にし震えている。

 反対にユリウスは全く顔色を変えず、まるで緊張していなかった。



「負けたら、負けちゃったら、ユリウス君は退学になるんだよ!?」

「そうだな」

「『そうだな』じゃないよ! どうするの!? あんなの受けちゃダメだよ! この学院では貴族の人達が、平民にまともな条件出してくれるわけなかったじゃん!」


 ジョージはひどく興奮している。

 まるで自分が退学の危機にあるかのようだ。



(退学になった時は……師匠に酷く申し訳ないだけだな)


 そして師匠は怒るとか以前に『なんでそこで負けるのよ』と言う程度だろう。

 

 自分を学院に入れるために方々に連絡を取ってくれただろう師匠にはとても申し訳ない。

 そこだけは本当に申し訳ない。



 が、退学になれば以前通りに第四魔法騎士団で働けば済む話だ。

 むしろユリウスとしてはそちらの方が本望である。

  

 なんといっても、この学院では『強くなる』という点においては期待が持てそうにない。

 第四魔法騎士団に戻った方がよっぽど強くなれる。

 相手は犯罪者などの危険な存在。 世間知らずの子供を相手にするよりも練習になる。 



(師匠は友達を、俺にとって足りないものであり、俺が強くなるのに必要だと言っていた。 しかしジョージ・ベパルツキンという友を得た今の俺が、以前の俺より強くなったとはとても思えない……)


 それでは困るのだ。

 もっと具体的に分かりやすく、各段に強くなりたい。



『弟子とは師匠より強くなるもの』と師匠は言ったのだ。


 だったら、そうしなければならない。


 でなければ師匠がユリウスエドゥアルを拾ってくれた意味が無いし、何の縁も無いのに今まで育ててもらった恩も返すことが出来ない。

 師匠に恩を返せないなど、ユリウスにとっては死んだ方がいいような事態だ。



 思えばこの学院にこだわる未練なんて、ユリウスには無かった。

『べつに退学になっても構わない』とすら思っている。



(…………アンジュに知られれば、実に情けない兄の姿を見せることになるが)


 未練があるとすれば、『強くて格好良くて凄い兄』の姿を維持出来なくなること。

 可愛い妹には兄としての威厳を見せたいのである。




「ユリウス君は良いの!? 師匠さんとの約束も果たせなくなるよ!?」

「そうだな、大問題だ」


 ユリウスは淡々と、焦りなど見せず頷いた。



(しかし友達を千人作るというのも……学院にこだわらなければいい。 師匠は、友達の年齢や性別や立場を指定しなかった)


 この学院の外には、学院内の何倍も人間が居る。

 それこそ、一万人もの友達を作ることだって可能なはずだ。


 ユリウスはこの魔法決闘や退学というものに対して、あまり後ろ向きな感想を持っていなかった。



「それに相手は『色持ち』だよ!? そりゃあ学院最強の『白』じゃないし、戦ってる話も聞いたことがない人だけど……それでも、学院で功績があるから『緑』になれてるんだよ!?」

「そうだな」


 現状、ユリウスが最も前向きに見たい部分だ。


 ギードは残念だった。

 もちろん将来性には期待出来るが、しかしユリウスが今求めているのは、今鍛錬になる相手である。

 

 少しでも強くなるため。

 今より弱くなるなどということが絶対に無いように。

 鍛錬は、続けなければならない。



「ああっ、そんなユリウス君、入学二日目で退学だなんて……」

「在学最短記録の持ち主として名が残るな」

「そんなの言ってる場合じゃないよ!?」


 面白いと思って言ったことだったが、ジョージは本気だった。 

 どうやらつまらなかったらしい。



「負けて退学になるのは俺だ、ジョージ・ベパルツキンには無関係だ。 何を焦っている?」 


 ユリウスにはそこが分からなかった。


 退学になるのはユリウスであって、ジョージには何の関係もない。

 そんな大袈裟に騒ぐようなことでもないはずだ。


「え、…………ああっ! ごめん、ユリウス君が負けると思ってるとかっ、そういうことじゃなくてッ! ただ!」


 ジョージは何やら勝手に慌てている。

 そんなことを責めた覚えは無いのだが、どうやら責められたと思っているようだった。



「……友達って、心配するものじゃないの?」

「………………」


『そういうもの』と言われて、ユリウスは特に返事出来なかった。


 今のところ友達を証明する物品が存在しないので、『そういうものに違いない』という思い込みで進めるしかユリウスには出来ない。

 なのでジョージにそう言われては反論することも出来なかった。



 それに、思い出されるのは昨日のガーランド達の行動である。

 医務室でのこともそうだ。 ユリウスを責め立てるようなあの言動は、つまりギードを心配した結果だろう。

 


(……つまり友達とは心配するもの、なのか? その理論で行くと俺はアンジュのことも心配で、師匠は家の掃除が出来ているかと心配になるが……要するにアンジュと師匠の家は、俺の友達だということか?)


 とんでもなく解釈を間違えている気がした。



 師匠は師匠であり、それ以上でも以下でもない。

 アンジュのことも『可愛い妹』であって、それ以上でも以下でもない。

 家だって師匠が運んだものであって、それ以上でも以下でもない。 



「つまりお前を心配しない俺は友達ではないのか?」

「ええ? ………………そんなことはない、と思うけど……」


 ジョージも困ったように首を傾げてしまった。

 彼の中でも明確に『友達』を定義出来ていないに違いない。



(……まさか、俺が未だ強くなれていないのは、まだ『友達』の基準を満たせていないからなのか?)


 難解で困る。

 しかし、だからこそ師匠はユリウスに友達を作るように求めたのかもしれない。

 

(座学の成績が良いジョージ・ベパルツキンでも明確に基準を定められないほど、極めて難解なものらしいからな。 それを百、いいや千も作るように言うとは、師匠は流石だ)


 ユリウスは師匠への尊敬をより一層高めた。



 そんな時、コツコツと扉が叩かれたので、ユリウスとジョージはそちらを見る。

 唯一の扉が返事を待つことなく開かれた。



「ご歓談中失礼、緊張してますかー?」


 中性的を飛び越えて女に見える銀髪の美青年、フランシスだった。

 ニコニコと笑いながら、呑気に手を振りながら控室に入ってくる。


「ふっ、フランシス様ッ!?」


 最高位の貴族の登場に、ジョージは全身を石像のように硬くした。


 普通に生きている平民なら絶対に近くで見ることの無い存在だ。

 それが突然現れたのだから、多少は驚くのだろう。



(……彼は多少病弱なだけの人間なのに、それほど緊張する必要があるか?)


 ユリウスには、ジョージの緊張がまるで理解出来なかった。


 相手はただの人間。

 恐ろしい牙も爪も無いし、言葉も通じている。 

 そんな大げさに緊張する必要は皆無だろう――とユリウスは思った。

 


「うんうん、特に問題は無さそうですね。 安心しました」

「問題はある」

「はい? なんでしょう?」


 フランシスは軽く首を傾げる。 非常にわざとらしい態度だ。


「俺にはお前の考えが分からない」

「おまッ――――」


 何やらジョージが慌てている。


 

 おそらくこういう時、貴族相手には面倒で無駄に長い挨拶を挟む必要があるのだろう。

 

 が、少なくとも師匠ならそんな伝統や礼儀など無視して、すぐ本題に入る。

 師匠にとって重要なのは『楽しい』であって、長ったらしい前置きなど時間の無駄なのだ。

 

 なのでそんな師匠を尊敬するユリウスは、師匠を見習っている。



「ゆゆゆゆゆユリウス君っ! ああっ、相手がっ、どなたか、分かっててやってる!?」


 フランシスに聞こえないよう、しかし聞こえていそうな小声でジョージは囁いた。


「フランシス様だよっ? セルヴェンドネイズ公爵家のっ! ご長男のっ!」

「知っているが?」

「五大名門の直系で! 王族とも親戚の!」

「そうだな」


 知っていた事なので、特に驚かずにユリウスは頷いた。


 だというのに、ジョージは何故か真っ青である。

 ただでさえ青かった顔が、もはや血の気が一切消え去ったようなことになっていた。


「もっと相応しい態度があるっていうか……せめて敬語っ。 敬語にしないと不敬罪だよっ」

「そうか?」


 ユリウスはフランシスを見やる。


「お前も、敬語を使わないと敬われていないと感じる人間なのか?」

「『お前』もダメだよっ!?」


 ジョージはやたらと慌てている。

 何故なのかはよく分からなかったが、『友達なので心配している』ということなら仕方ない。


(悪い気はしないからな)


 きっと昨夜のガーランド達も、今のジョージと似たような気持ちなのだろう。



「私は気にしてませんよ? むしろこの扱い、滅多に無いから楽しいですねー」

「楽しいらしい、ジョージ・ベパルツキンもどうだ」

「むりだよぉ!?」


 ジョージは今にも泣きそうだ。


 

「それでこんな魔法決闘をやらせて、お前には何の得がある?」

「迷惑でした?」

「迷惑ではない、むしろ感謝している。 しかし、俺がどうなろうとお前には関係無いはずだ」


 少なくとも、フランシスにとっては確実にそうであるはずだ。


 寮の前では突き放したくせに、あの場でわざわざ仲裁してくるなど行動の意味が分からない。

 ユリウスがつまみ出されたところでフランシスは困らなかっただろう。


「関係無いことはないですよ。 ヴィオーザ侯爵が後見についてる貴方に騒動を起こされると迷惑です」


 確かに、それもそうだ。


 この学院と同じ名前、学院創設の一族であり学院長に代々就任しているヴィオーザ侯爵。

 五大名門の名はとても重い。 味方と同時に敵も多いはずだ。



 ユリウスが問題を起こせば、それはそのままそんな人間を学院に入れさせたヴィオーザ侯爵の問題となる。

 そうなれば、ヴィオーザ侯爵の娘の婚約者であるフランシスにとっても迷惑となるのだろう。


 ただでさえユリウスは真っ当に試験を受けて学院に入ってないのに、ヴィオーザ侯爵の信用問題に繋がってしまう。

 

 しかし。



「その俺が二日目に退学する方が問題では?」

「ですねぇ。 でも『色持ち』の能力をあんな大勢の前で堂々と疑われては、仕方ないでしょう? それとも『一生バティスタール君の命令に全て従う』にすれば良かったので?」


 バティスタール君は嫌がりそうですけど、とフランシスは付け加えた。


(一生というのは……流石に困るが……)


 ユリウスもそれは嫌だった。



「それに貴方が勝ってしまえば、何の問題も無いでしょう?」

「そうだな」


 ユリウスは頷いた。

 結局、そこである。

 勝ってしまえば、今ある問題の多くが終わりだ。


(問題はフランシス=ルシエ・サン・セルヴェンドネイズにはまだ目的があるだろう、ということだが……)


 深掘りすればユリウスについて余計なことを言われかねない。

 なんといっても今この場にはジョージが居るのだ。


 第四魔法騎士団の事などをフランシスが言及しないのは、彼もそれなりに事情を分かってくれているからだろう。


 そこで必要以上に踏み込めば、余計なことをジョージに吹き込む可能性があった。

 これ以上はジョージが居ない場所でするべき話だろう。



「そろそろ開始時間です、貴方には期待していますよ」


 どうやらフランシスは、わざわざユリウスを呼びに来てくれたようだった。

 他の誰かにやらせればいいのに、ご苦労なことである。


 それとも、この魔法決闘を開かせた本人としてそれなりに義務を感じているのだろうか。


 

 ユリウスはフランシスとジョージと共に控え室を出る。


 長い廊下に人は居ないが、向こうから大勢の人間の声が聞こえてくる。

 その熱狂が此処にも伝わってくるようだ。



「あちらの道が舞台です。 貴方の活躍をお祈りしていますよ」

「ああ」


 ユリウスは頷き、フランシスに言われた方に向かった。


「勝たないと退学だからね!?」

「知っている」


 なんとなく振り返れば笑顔で手を振るフランシスと、ひどく緊張したままのジョージが立って見送りをしていた。




~・~・~・~・~




「それで」


 ユリウスの背が遠くなってから、フランシスは隣に居るジョージに話しかけた。


「貴方はどっちが勝つと思います?」

「?」


 ジョージは不思議そうな顔をして、思わず後ろを振り向いた。

 どれをとっても高貴なフランシスが平民になど話しかけるわけがないので、後ろに居る誰かに話しかけたと思ったからだ。

 

 が、誰も居ない。

 ただ廊下が広がるのみである。



「此処には私と貴方しか居ませんよ」

「…………えっ!? ぼぼぼぼぼぼ僕にお話しかけでいらっしゃいますですかッ!?」

「はい」


 あまりのことにジョージは口をパクパクとさせた。



(ヴィオーザ学院には貴族がいっぱい居るからすごい人と話しかけられることは一回ぐらいあるかもって思ってたけどそれが『色持ち』でしかも五大名門の直系でいらっしゃるフランシス様だなんて思わないって!!!!!!!)


 ジョージは心のなかで絶叫する。


 さっきも昨日もフランシスの関心はユリウスにあるようだったからまだ大丈夫だったが、直接話しかけられて意見を求められるなんて思わなかった。

 少なくとも一昨日、いや昨日の朝までは全く想像出来なかったことだ。



「どっちがっていうのは、バティスタール様とユリウス君のことでよろしいでしょうカッ!?」

「ええ。 貴方はどっちが勝つと思います?」


 そう聞かれても困る。


 ジョージとしてはユリウスと即答したいところだが、フランシスに向かってそれは言えない。

 ユリウスがどれほど強かったとしても、貴族が負けるなんて貴族相手に言えるわけがないだろう。



「僕はッ、バティスタール様だと思いますッ!」

「おや」


 フランシスは軽く肩を竦めた。


「貴方達って友達では? 少しぐらい信じてあげた方がいいと思いますけどね」

「え!? そ、その、あのっ」


 ガッカリされた、と思った。

 平民として常識的な回答をしたつもりだったが、どうもフランシスが望むものではなかったらしい。



「と、友達です……けど! でもバティスタール様は『緑』で貴族でいらっしゃるわけでして……!」


 心臓がバクバクしている。

 とても煩い。

 フランシスがその気になれば、ジョージとその家族を消すことなど問題ではないというのに。



「本気でバティスタール君が勝つと思ってるなら、私は構わないのですけどね」

「は、はぁっ……!!!」


 フランシスの笑みは、ジョージの中のすべてを見透かしているかのようだった。


 どういう返事をすればいいのか分からない。

 今すぐこの場から全力で逃げ出してしまいたい気分だ。



「ふ、フランシス様は、バティスタール様が勝つと思ってらっしゃるのでは……!?」

「思ってませんけど?」


 普通に言われた。

 まるで、大したことが無いかのように。



「バティスタール君ぐらいには勝ってくれないと、こんな茶番を開いた意味が無いじゃないですか」

「え、茶番……?」


 言ってることが分からない。


 

(茶番、茶番? どれが? この魔法決闘そのものが? なんで?)


 もしバティスタールが負ければ、『色持ち』の能力の信用問題になるはずだ。

 いくらバティスタールが戦闘における能力をウリにしてる人物ではないとはいえ、傷にはなる。


 それはフランシスにとっても『色持ち』にとっても、不利益なことのはずで。


 

「まさか、フランシス様はユリウス君が勝つと本気で思って……?」

「そうでないと私達は困ります」

「……私、達?」


 フランシスと誰か、最低でも一人。

 それが誰なのか、その最終目的は何なのか、ジョージはとても気になった。


 しかしフランシスはあっけらかんと笑う。


「早くしないとせっかくの魔法決闘を見逃してしまいますよ。 貴方は、彼が勝つと信じてるのでしょう?」


 言うだけ言って、何も教えてくれるつもりは無いようだ。

 お喋りは終わりだとばかりに、フランシスはジョージのことなど置いてさっさと歩きだしてしまった。


 

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