第21話 賭けの要求



「無関係、だというのなら」


 ユリウスは小さく息を吐く。

 貴族科の生徒と教師と職員、他にも下の階では普通科の生徒達が黙って状況を見ている状態だったが、そんな事に対する緊張感など最初から無かった。



「寛大なバティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイル様は、ギード・ストレリウスの治療に当然協力してくれるのだろう?」


 ユリウスは元々、バティスタールが認めるとは思っていなかった。

 使用許可を取っただけだとは思っていないが、だからと言ったところで認めるわけがない。

 しかし、そこはどうでもよかった。


 ギードの治療に協力するのなら、後はオマケだ。

『本当にただ使用許可を取っただけでした』でも構わないと思っている。



「どうして貴族たる僕が、平民のためにそんな事をしないといけないのだい?」


 が、バティスタールは親族にすら冷たかった。



「お前の親族である、向上心溢れる若者を助けようと思わないのか?」

「可哀想だとは思うけどねえ? 分かってて魔法薬を飲んだならその者自身の責任だなんて、魔法薬を扱うなら常識だろう?」


 ユリウスの、バティスタールを見る目は冷ややかだ。

 実に冷ややかだが――バティスタールは一切くじけなかった。




「それにお前は魔法薬において、この学院で一二を争う腕前だ。 その名は貴族にも魔法騎士団にも鳴り響いている。 その腕を、不幸なギード・ストレリウスに振るってみれば名誉が一つ増えるだろう」

「僕は既に十分な名誉を得ているのでね」

「だから、治療に協力が出来ないと?」


 ユリウスは呆れた。

 呆れた、ふりをした。



「つまり……お前には自信が無いと? どんな素材を用いて作られたか不明な魔法薬の副作用を見抜ける自信も、それによって倒れた親族を助ける自信も、無いのか?」

「は、そんなの有るに決まっている。 有った上で――」

「では何故出来ない? 繰り返すが、ギード・ストレリウスはお前の親族だ。 お前は向上心溢れるギード・ストレリウスのために素早く第三グラウンドの使用許可を取った。 なのに、看病だけはしないと?」

 

 今度はユリウスが大袈裟に肩を竦める番だった。


「平民だろうと親族であるギード・ストレリウスを、お前が看病することに不都合があるのか?」

「何を――」

「それとも本当は、薬なんか作れないと?」

「――――――」


 バティスタールは顔をひきつらせた。

 それが侮辱に対する怒りなのか、それとも真実を当てられて不愉快だったのか、ユリウスには分からない。


 ただ、バティスタールを怒らせるのには十分だった。



「下がりたまえ!」


 バティスタールは大声をあげる。


「突然現れて貴族を侮辱するとは、平民の分際で何事だい!? なんと酷い侮辱か! いいから下がりたまえ、実に不愉快だ!」

「何故断る? お前には何の不利益も無いことだ」

「不利益!? いいやあるね、君ごときに言われて動く間抜けは居ないということさ! さあ、ほら! こいつを下がらせろ!」


 職員が現れて、ユリウスの前に立ち、無理に下がらせようとする。

 今度こそ、これ以上のことはさせないと言わんばかりだ。


「俺は彼にまだ用事がある」

「いいえ、いいから下がってください! これは貴方のためでもあります!」


 職員達は必死だ。


 相手が貴族科、しかも『色持ち』だからこそだろう。

 彼らの心情としては、同じ平民のユリウスのことを心配してのことだと思われる。


「戻れ!」

「平民のくせに失礼だわ!」

「恥を知れ!」

「此処は貴族のための場だ!」

「どこぞの馬の骨とも知れぬ輩が…!」


 野次まで起こっている。

 この辺りの品性に平民も貴族も無いのだろう。


 しかしユリウスは下がれない。



(此処で下がれば、今度こそずっと逃げられる)


 ほとんどの学院関係者の前でこう扱われては、今後バティスタールに近寄ることが困難になってしまう。

 ユリウスは警戒され、反対にバティスタールの警備は厚くなるだろう。



 ギードはこのまま放置でもいいのかもしれない。

 ある日、普通に目を覚まして、何事も無かったかのようになるのかもしれない。

 

 だとしても、このまま放っておけるわけがない。


 最悪の事態だけはいつでも起き得る。

 起きてから『知らなかった』では済まされないのだ。

 

 離れようとしないユリウスとユリウスを動かせない職員に痺れを切らし、バティスタールは大声をあげる。


「メリソン! メリソン、来たまえ! 愚か者から『色持ち』を守ることも君の仕事だろう!」

「左様でございます」


 いつの間にか、メリソンが離れたところに現れていた。

 さっきと同じ柔和な笑み、この場でも目立つ真っ赤なスーツ、真っ直ぐ伸びた背。

 出現に全く気付いていなかったらしい貴族科の生徒が小さく悲鳴をあげていた。



 この場で精霊と戦うのは不利だ。

 更に此処にはバティスタールの他にも『色持ち』は居る。

 彼らがユリウスより弱いのだとしても警戒しなくていいわけではない。


 メリソンを最も警戒するべき対象として、ユリウスは杖を持ち身構える。



「私めの大きな仕事は『色持ち』の皆様に快適に過ごしていただくことでございますれば――――」


 そんなユリウスを見て、バティスタールも見て、メリソンは優雅に一礼した。


「だからこそ、私めは何も手を出すことが出来ないのです」


 柔和に、礼儀正しく、厳かにメリソンは言った。




「……は?」


 バティスタールは意味が分からないと首を傾げた。

 しかしメリソンは柔和な笑顔のまま、ただ立っている。

 言葉通り、本当に何もするつもりが無いようだ。



「何を言っているんだい。 『緑』たる僕がこいつをつまみ出せと言っているんだよ?」

「そして『黒』たる私が、手出しをするなと言っているのです」


 そうやって優雅に立ち上がった人物が居た。

 銀髪に紫の瞳、美少女にしか見えない細身の美青年――『黒』のフランシスである。

 フランシスはこの注目される場でも、たおやかな笑みを称えている。

 

 まさかの人物の登場に、ユリウスに野次を飛ばしていた貴族科の生徒も、ユリウスを追い出そうとした職員も驚いた。

 もちろん、バティスタール自身すら。



「ど、どうしてフランシス様が此処で……貴方には関係の無いことでは?」


 同じ貴族科、同じ『色持ち』でありながら、生まれもった身分の差はどうしても意識してしまうらしい。

 ついさっきまでのユリウスに対する態度を取ることは出来ず、分かりやすく狼狽している。

 


「先輩として、友達想いな若者の願いに心を打たれてしまいました」


 内心が読めない笑顔だ。

 同時にバティスタールの発言を引用して言い返し、バティスタールに反論を許さない。



「食事の場で騒ぎが起きたのです、私も、この場の誰も無関係ではないでしょう?」

「それは……そうですが……」


 バティスタールはフランシスを見て、何か言いたげにユリウスもちらりと見る。

『どうして自分が止められているんだ』とでも言いたいようだ。


 

「そしてこれは、この場に居る『色持ち』全員の意志です。 多数決の結果―――彼を追い出す必要は無し、というものになりました」


 フランシスは優雅に微笑む。

 一切の反論も許さない、高みからの笑みだった。



(……期待はしないでください、ではなかったのか?)


 少なくとも、さっき学生寮に行った時の対応はそれだった。

 だというのに今は堂々とユリウスを援護している。


『無関係ではないから』だけではないだろう。


 本当にそうなら、彼はさっさと出てきて仲裁していたはずだ。

 ずっと様子を見ていて、ユリウスが追い出されそうになったので出てきたようにしか見えない。



「……な、何が多数決の結果ですか! この場には『赤』も『白』も居ない、だから貴方の意見が通っただけではありませんか!」

「それでもこの場に居る『色持ち』全員の総意ですよ。 というわけでメリソンは下がってください」

「はい」


 優雅に一礼し、メリソンの姿は跡形も無く消えた。

 詠唱の気配も無くこれは、流石は土地憑きの精霊といったところだろう。


 特等職員が消えてしまったことにより、残された職員達もユリウスから離れる。

 それでも解放したわけではなく、何があっても対処出来るようにユリウスの横から離れるつもりは無いようだ。


 そんなユリウス達平民を見て、フランシスはにっこりと笑った。

 知り合いに対するものというよりは、馬車に乗っていたら通りすぎた知らない人に手を振るぐらいの距離感である。

『今初めて会いました』とでも言わんばかりだ。



(『ユリウス・ヴォイド』とは接点も、接触する理由もあまり存在しないからな)


 その辺り、師匠の弟子だろうとユリウスを特別に贔屓するつもりは無いということだろう。



「さて皆さん、この少年は、友達を心配するあまり思い詰めてしまったようだ。 なんと感動的な場面なのでしょう」


 フランシスはまるで舞台役者のように朗々と語りながら、バティスタールの方に歩きだす。

 まるでバティスタールの仲間のようだ。

 

「しかし、だからといきなり食事の場に現れて私達の親愛なる友人バティスタール君を証拠もなく糾弾するのは極めて失礼というもの。 そうですね?」

「…………フランシス様は何がおっしゃりたいのですか?」


 バティスタールはやや渋い顔をし、やや警戒してフランシスを見る。

 自分より格上の貴族を相手にしているとはあまり思えない警戒ぶりだった。


「彼は無礼な少年だ、でも友達のために必死だ。 そんな彼を『場違いだ』と摘まみ出しては、あまりにも無慈悲ですね…………そうだ」


 そんなバティスタールに構わず、フランシスは手を叩いた。

 大袈裟な身振り手振りで、今思い付いたと言わんばかりだった。


 

「では魔法決闘をしましょう」

「魔法決闘!?」

「決闘?」


 そういう流れになるとは思わず、ユリウスも思わず口に出す。

 それ以上に狼狽したのはバティスタールだった。


「い……一応お聞きしますが、フランシス様とあの平民がですか?」

「まさか。 バティスタール君とあちらの彼が、ですよ」


 聞いているだけの職員達と生徒達の視線が、バティスタールとユリウスの間で往復された。

 好奇心と嫌悪と困惑、三者三様だ。


 どちらかといえば『面白くなってきた』と言わんばかりの視線の方が多いようにユリウスは感じた。


「貴方、お名前は?」

「ユリウス・ヴォイドだ」


 知っているのに白々しく聞いてくるフランシスだが、普通に返事をする。

 それを聞いた貴族科の生徒達は互いに顔を見合わせた。


「ヴォイド家ってご存知?」

「何処の平民だ、聞いたこともない」

「その程度の存在がレグムダイル伯爵家のバティスタール様に噛み付くなんて……」

「口を開くことすら許されない下賤の民じゃないか」

「どいつもこいつも実に思い上がり甚だしい、近頃の平民はどうなっている」 



 フランシスの目的は分からない。

 完全な味方とも思えない。


 が、少なくとも今の流れはユリウスにとって悪いものではなかった。

 


「此処で宣言しましょう」


 フランシスはそう言いながら、ちょうど一階席を覗くことが出来る位置に移動した。

 そこには普通科の生徒達が何事かと興味深そうに見上げており、フランシスは両腕を広げて高らかに宣言をした。



「本日、六の刻が鳴った時間、ユリウス・ヴォイド君と『緑』バティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイル君の魔法決闘を開催します!」

「おお!」

「あのバティスタール様が!?」

「魔法決闘を!?」

「今年度初の『色持ち』による魔法決闘が『緑』とは!」

「えっ『白』じゃないの?」

「『白』は此処でご飯食べないでしょ」


 何やら盛り上がる生徒達。

 貴族科は驚きつつ、普通科は興奮していた。

 教師達は呆れ、職員達はただただ困惑しているようだった。 


 

「待ってくださいフランシス様!? 僕はそんなの一回も了承していません、なのに魔法決闘などしなければならないのですか!?」


 盛り上がっていく食堂で、バティスタールがフランシスに慌てて尋ねる。

 黙っていれば確実に魔法決闘を受けなければならなくなるから、黙ってなどいられないのだろう。


「え、嫌なんですか?」

「嫌に決まってるではありませんか! 僕は、戦いにしか興味が無いような奴とは違います、こんなの組まれたって――――」

「迷惑ですか?」


 繊細かつ優美。

 油断すれば女にしか見えない顔で、フランシスは軽く首を傾げた。



「同じ『色持ち』という仲間である貴方が、不名誉な疑いをかけられているので見ていられず、貴方の為に魔法決闘という名誉挽回の機会を作ったのですが……迷惑でしたか?」

「め――迷惑といいますか、そういうのではなく」

「栄光ある所領貴族、レグムダイル伯爵家ご出身で『色持ち』の座に居る貴方が、入学したての一年生に負けるわけないじゃないですか」

「で、ですがっ」


 バティスタールは口を開く。

 開くものの、上手い言い訳が思いつかないらしい。



「というか負ける理由あります? 無いですよね? だって相手は一年生ですよ? 昨日は何やら騒動を起こしたようですが……所詮は一年生同士ですよ? 大丈夫です」

「ですが、そうですけど、でもあの一年生は強化系の魔法薬を飲んだらしいギード君に勝った程度の実力はあるそうで……」

「えー?」


 フランシスは笑顔だった。

 眩しく輝くような笑顔で、皆の前でニコニコと笑っていた。


「でも、その彼が飲んだ魔法薬ってバティスタール君とは関係の無い薬ですよね? じゃあ大したことないですよ」

「――――」


 バティスタールが思わず黙る。

 この反応からして彼がどの程度関わっていたのかユリウスには一目瞭然だったが、その反応を間近で見たフランシスは、しかしバティスタールを見てニコニコと笑うだけだ。

 


「バティスタール君の魔法薬錬成の能力は、『色持ち』になるのに相応しいものです。 ね? 勝てますよね?」

「は――はい」

「期待していますよ。 私も、見せていただきますからね」


 引き攣ったように笑うバティスタールの肩を、フランシスは励ますように軽く叩いた。



「そちらの貴方も、よろしいですか?」

「異論は無い」

「よろしい」


 笑顔で頷いた。

 


(俺としては助かるのだが……彼はいったい何を考えているんだ?)


 全く読めない。


 こんな大騒ぎにして、フランシスに何の得があるというのだろう。


 ユリウスはフランシスを見るが、フランシスはただただ高貴なる者として笑みを返すだけだ。

 この場では本音など話すわけがない。


 

「魔法決闘ですから、やはり何か対価は必要ですね。 君、バティスタール君に何を求めます? 『緑』の座が欲しいですか?」

「『緑』など要らない」


 そうはっきりと言い返す。

 ユリウスが欲しい色があるとすればフランシスが今持っている、かつては師匠が持っていた『黒』だ。


 それ以外は、どれほど価値があったとしても、渡されたとしても絶対に要らない。

 


「そんなものより、俺はギード・ストレリウスの治療に全力で当たることを求める。 彼が目を覚ませば謝罪することも要求する」

「謝罪? バティスタール君は無関係ですよ?」

「倒れている親戚の見舞いにも来ていないだろう。 家族のことは大事にしなければならない、血が繋がるなら猶更だ」


 そう言い切ったユリウスの顔をフランシスは一瞬だけ驚いた風に見て、すぐにまた笑った。


「なるほど。 ではバティスタール君はどうします? 出来れば同じぐらいの対価が良いのですが、『貴方に冤罪吹っ掛けてごめんなさい』って皆の前で土下座でもさせます?」

「…………土下座? ハッ!」


 バティスタールは高らかに笑い、ユリウスを指さした。

 まるで開き直ったようにも見える。


「貴族が平民に謝罪など、相手が我が親類だろうとそれは死にも等しい屈辱でしょうよ! そんなことを要求するのなら、当然、あちらは命またはそれに等しいものを賭けるべきだ!」

「命の要求なんていつの時代ですか」


 フランシスはそう言って笑う。


 

「では負けたユリウス君は退学ってことにしましょう。 貴族を公然と批判した罪は重いけど、所詮は学生だから命までは取らないってことで」

「ええ!?」


 ジョージが叫んだのが聞こえた。


 ユリウスが要求するのが治療と謝罪、つまり一時のものであるのに対し、バティスタールの要求は退学。

 つまりユリウスの一生に関わることで、まるで釣り合っていない。


 釣り合って、いないのだが。


「了承した」


 ユリウスはそれでもよかった。

 



「ふん、ギード君に二度勝ったぐらいで調子に乗っているらしいけど……僕は『色持ち』だよ。 経験も能力も血統も僕の方が遥かに上だ。 君が勝てる理由など存在しない!」

「そうか、良かったな」


 決まったなら、もう話は終わりである。

 ユリウスは興味を失ったように踵を返し、驚きっぱなしの外野を放置して元来た階段を降りた。

 

「何をしている、早く席に戻れ」

「え、あ、はい」


 職員に捕まったままのジョージにそれだけ声をかけて、本人は何事も無かったように一階席に降り、自分の座っていた椅子に戻る。


 机の上にはまだ食べている途中の肉料理。

 すっかり冷めてしまったに違いないので、ユリウスはそこだけ料理人に申し訳なく思いながら食事を再開した。

 周囲から様々な視線を受けていたが、そんなものには一切構わなかった。




 ~・~・~・~・~・~




 事情があり遅れてやってきた平民の一年生、ユリウス・ヴォイド。

 貴族の生まれであり『緑』を得ている四年生、バティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイル。

 


 無礼で生意気な新参者と、傲慢で尊大な貴族による魔法決闘というのは、非常に刺激的な言葉ばかり並んでいるように多くの人には見えていた。

 しかも一年生の方は負ければ退学を賭けていて、『緑』の方は謝罪程度でいいという、明らかに釣り合っていない対価だ。

 どっちが負けても勝っても面白い。


 問題の張本人たちと大して近しくない人々にとっては、退屈をしのげる面白いイベントだった。


 

「凄かったんだって! いきなり席を立ちあがったかと思えば二階に上がって、いきなり『バティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイル出てこい!』って喧嘩を売りに行ったんだ!」


 現場を見ていた生徒は、興奮したようにその時の話をする。



 食堂で全員揃って食事をするのは、たとえどのような名門の貴族の子弟であっても避けられない規則だ。

 しかしその中には例外というのもあって、体調や伝統などの個人的な理由、人に会いたくない理由のある生徒、そもそも他人と食事などしたくない生徒というものも居る。

 そういった生徒にまで無理強いをすることは出来ないため、彼らは例外だ。


 そういった生徒にも、現場に居た生徒達が積極的に吹聴していった。

 職員も教員も同じ。


 おかげで学院内でこの魔法決闘を知らない者は、あっという間に存在しなくなっていた。



「『色持ち』と一年生の魔法決闘! しかもバティスタールだぜ、バティスタール!」

「誰だ」

「『緑』のバティスタール様だよ、それ言ったら本人めちゃくちゃ怒るよ」


 本日は休日、ほとんどの授業が存在しないために、ほとんどの生徒が暇である。

 この学院では、届を出さなければ学院外に出られないので、ほとんどの生徒が刺激に飢えていた。


 この魔法決闘の話をする生徒達は『見てみたい』『『色持ち』が戦うところが見たい』など色々と言っていた。



「魔法決闘なんか絶対しなさそうなあのバティスタールと、入学初日から二回も魔法決闘したっていうユリウス・ヴォイドっていう一年生による魔法決闘だ! しかも『黒』のフランシス様が二人を焚きつけてたんだ! そんなの、絶対に面白いやつじゃん!」


 校舎の陰、風通しが良くて誰も訪れないような場所にも一人、興奮して語る男子生徒が居た。


 しかし相手は大した興味も示さず、今から昼寝の体勢である。

 大抵の生徒は魔法決闘を面白がっていたが、そういう無関心な生徒も中には居る。



「なあなあー見に行こうぜー? 絶対面白いって! どう転んでも凄いって! 見なきゃ後悔するって!」

「一人で行け」

「えーやだやだ一緒に行こうぜ行こうぜー! ヤーさんってばー! 見ようよー! 俺一人じゃ寂しいよー! マルグリットちゃんを此処に呼ぶよ!? そうしたら酷い目に合うよ!?」


 建物の陰で起きているこのやり取りは、他でも似たようなことが起きていた。


 興味の無い生徒は徹底的に興味を持たなかったが、それでも『色持ちによる魔法決闘』とは魅力的だ。

 相手は『魔女』に匹敵するような無茶な事をする一年生だというから、尚更人々の興味を惹きつける。



「俺だって別にバティスタールに興味があるわけじゃないさ! でも一年生の方、なんか家庭の事情とかで実質入学は昨日だよ! 昨日入学、なのにもう魔法決闘を二回!」


 熱狂的に語る男子生徒は拳を作り、身振り手振りで語る。



「もしかしたら伝説の『魔女』ニーケ・アマルディぐらい強いかもしれないんだぜ、だったらヤーさんも見なきゃいけないだろ!」

「黙れ」


 そこまで五月蠅く熱狂的に語られて、昼寝直前で横たわっていた男子生徒は煩わしげに睨みつける。

 大抵の人間がつい黙るような、凍える眼光だった。

 


「もうどうでもいい」


 それを言ったきり、男子生徒は本気で黙ってしまった。

『起こすな』と言いたげに目を閉じている。



「えー? こんだけバリバリに戦いたいってしてる一年生なんだぜ? 今回勝ったら、ヤーさんともそのうち戦うことになるんじゃない?」


 熱狂的に語っていた方の男子生徒は肩を竦める。


 こうなってしまっては何を言っても無駄だろう。


 ただでさえ機嫌が良かった瞬間が無いのに、寝起き直後の最低最悪な機嫌を食らってはただでは済まないに違いない。

 日頃からこの付き合いの悪さだからこそ、特別に食堂で食事をしなくても許されているというのに。

 なので男子生徒はそれ以上何もしない。



「何なら『それ』を寄越せってことになるかもよ?」


 軽く笑って、寝ている男子生徒の胸元を見る。


 普通科の四年生を示す記章。

 その横には、黒リボンの記章がある。



「そうしたら、ヤーさんにとって楽しいことになるかもねー?」

「…………」


 七人しか居ない『色持ち』のうち一人。

 現時点の学院最強であり無敗の『白』は、何も答えなかった。



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