第20話 突撃
(さてどうしたものか)
ユリウスは『色持ち』の学生寮を少し遠くから見ながら考える。
目の前に有力な手掛かりがありそうなのに、手を伸ばすことが出来ずもどかしい気分だ。
「まさか誰も協力してくれないなんて……せめてあの特等職員だけでも、僕達の味方してくれたらいいのに」
「彼は全員の味方だ。 同時に誰の味方でもない」
ただ、比較的『色持ち』を庇うだけで。
そんな事をすればバティスタールへの疑いが深まるだけだろうに、あちらにはそんな事知ったことではないようだ。 義務的に庇っている。
「…………あっ、そうだ!」
ジョージが何か思いついたように手を叩いた。
「ねえ、『
「知り合いが居るのか?」
『色持ち』の中には一人だけ平民が居るらしい。
その人物と知り合いなのかもしれない。
ジョージの血縁関係にそのような人物は居ないが、しかしユリウスが知らないだけという可能性も十分にある。
「ううん、居ないけど……でも、平民のお願いも聞いてくれる親切な方も居るって――――」
「それって誰のことよ」
声がして、ユリウスとジョージでそちらを向いた。
そこに居るのは真っ赤な髪を高い位置にツインテールにした気の強そうな少女、そしてそれより背が高く黒髪を三つ編みにした眼鏡の穏やかそうな少女だった。
どちらもユリウスと同じクラスのベアトリス=アルマ・フェイタ・アードラー、そしてコレット・ローズだった。
「言ってみなさい、その『平民のお願いも聞いてくれる親切な方』って誰?」
ベアトリスは非常に咎めるような目でジョージを睨む。
この鋭い視線にジョージは怯えたような体を震わせた。
「え、ええっ、その『黄』とか、『紫』とか……?」
「だと思った」
ベアトリスは腕を組みながら肩を竦める。
それから無知なバカを見るような目でユリウスを見た。
「アンタ達が特等職員にゴチャゴチャ言ってるの聞いてたけど、今の『色持ち』に借りを作るのは止めなさい。 冗談じゃなくて、本気よ」
「何故だ」
「………………」
ベアトリスは何故か黙った。
何か言いたいが、言うのは憚られるらしい。
「あの方々に借りを作ろうものなら、対価に何を要求してくるか分からないからよ。 フランシス様もそうよ、やめなさい」
物凄い顔になった。
何やら、嫌な思い出が彼女達の間にあったらしい。
「彼らに借りを作ったことがあるのか?」
「…………………」
黙って睨まれてしまった。
どうやら本当に何かがあったらしい。
「ベアトリスさんはぁ、『紫』のマルグリット様のお気に入りなんですよねぇ」
黙って聞いていたコレットが、のんびりと穏やかに言った。
剣呑なベアトリスとは極めて対照的な少女である。
「以前ですねぇ、マルグリット様がベアトリスさんの――」
「もう、コレット! それ言うの止めて!? よりによってコイツの前で!」
ベアトリスはまるで年頃の少女のように顔を赤らめた。
コレットがそれ以上何も言わないようにと慌てたが、のんびり屋のコレットには遅すぎたようだ。
「と、とにかく! 止めなさい! マルグリット様とルナタラーラ様――『紫』と『黄』のお二人は! 特にアンタみたいなの見たら、嬉々としてひどく屈辱的なことを要求してくるわ!」
「俺みたいなのとは」
「アンタみたいな! 反抗的で人をイラつかせる変人よ!」
「………………人違いじゃないか?」
ユリウスは反抗的になった覚えも、人をイラつかせた覚えも、変人だった覚えも無い。
そう評価されるような事をした覚えも無い――自覚としては。
「ハッ、自覚が無いの? アンタみたいな無愛想無表情男が――」
「俺は日々、溌剌と朗らかに生きている。 目が悪いのか」
「そう言うアンタの家には鏡が無いのね!」
「有るぞ」
「曇ってるから新調しなさい!」
「毎日磨いているが?」
ユリウスは大真面目に答えた。
家、つまり師匠の家にはもちろん師匠が『アタシって美人よね』と言うための鏡以外にも鏡は存在している。
寮にも鏡はあるし、ユリウスだって自分の顔を何度も見たことがある。
その上で『自分はとても朗らかだ』と認識しているだけだ。
「私ぃ、昨日も思ってましたけどぉ、お二人はとーっても仲良くて、楽しそうですねぇ……」
のほほんとコレットは言った。
ジョージは苦笑いしている。
「何処がよ! こんな奴、こんな奴ッーーーー!!!!」
ベアトリスは顔を真っ赤にしていた。
何が恥ずかしくて、何に対して怒っているのか、ユリウスには分からない。
無論、ユリウスとしては否定するようなところではないので『仲良し』でも構わないのだが。
「ベアトリス=アルマ・フェイタ・アードラー」
何故か怒るベアトリスに、ユリウスは話しかける。
「何よ!」
まるで興奮している子犬だ。
今にも噛みつきそうだが、そうやって吠えている様子が同時に可愛らしい。
そうやって睨まれてもユリウスはまるで怯まなかった。
「お前がその『紫』に頼めば、俺は『緑』と接触出来るのではないか?」
「今の話聞いてた!?」
「聞いていた。 しかし事は急を要する、屈辱的な要求とやらも俺が代わりに行えば――――」
「うるさいうるさいうるさいッ!」
ベアトリスはついに地団駄した。
顔を真っ赤にしながら、自分より背の高いユリウスを震えて睨みつける。
「せっかく人が善意で言ってあげてるっていうのに、もういいわ! そこでそうやって、太鼓持ちと二人で悩んでなさい! アンタなんか嫌いよ!」
「そうか。 俺はお前を好ましいと思っているが」
「は!?」
「まあ」
ベアトリスは凄く嫌そうな顔となり、コレットは自分の両頬にのんびりと手を当てた。
そしてジョージは『またか』という顔をした。
ベアトリスは言われたことを咀嚼するように、真っ赤な顔になる。
「わ、私はっ……アンタのことが大大大嫌いですけどねッ!」
今にも沸騰しそうな真っ赤な顔で、自身の高い位置に二つ結びにした髪を鞭のようにしならせて、ベアトリスは慌ただしく去っていった。
怒り肩で、基本的に優雅な立ち振る舞いをしようとしているベアトリスらしくない足取りだ。
「嫌われたらしい」
「でもベアトリスさんは、とっても良い子なんですよ?」
「それは分かっている」
残ったコレットがにこにこと楽しそうに言い、ユリウスは真面目に答える。
「あ、そうそう、言い忘れてましたぁ……」
コレットはユリウスの前に立ち、ゆっくりを頭を下げた。
分厚い黒縁眼鏡が軽く傾いたので自分で直す。
「はじめまして。 私は、コレット・ローズって言うんです。 実はユリウスさんと同じクラスなんですよ」
「知っている」
「え、そうなんですかぁ? わあっ、すごく嬉しいですぅ。 これからも、よろしくお願いしますねぇ」
「よろしく頼む」
言動も感情も何もかもが早いベアトリスとは正反対に、コレットは何もかもがのんびりとしていた。
大変、対照的な二人である。
ユリウスとこうやって対面しても全く驚きも怖がりもしていない。
「コレット! 変なのが移るわよ!」
「はぁい。 じゃあ、失礼しますねぇ」
遠く離れたところからベアトリスが叫んでいる。
これを聞いてコレットはのんびりと手を振り、非常にのんびりと走って追いかけていった。
「ユリウス君ってさあ」
「なんだ?」
ずっと黙って聞いていたジョージが言うので、ユリウスは振り向いた。
苦笑いしながら、物凄く何か言いたげだ。
「…………………………やっぱりいいや」
「言いたいことがあるなら言え」
「ううん、いいよ…………言っても絶対分からないから……」
ジョージは首を横に振った。
~・~・~・~・~・~
(あれこそ『朴念仁』って言うんだろうなぁ……)
そう思いながらジョージはユリウスを見る。
何の成果も得られないまま時間は過ぎて昼となり、昼食の時間になった。
頼めば時間はずらしてもらえるが、別にずらす理由は無い。
ジョージ達は時間通り食堂に向かい、食事を始めていた。
生徒どころか教師のほぼ全員が揃う食事だ。
五百人以上居る空間なのに、しかし貴族のようなテーブルマナーが要求されるせいか、二階含めてあまり賑やかではない。
(ユリウス君ってあの調子で今まで生きて来て、何の疑いも無かったのかな)
ちらりと、斜め向かいに座って黙々と食事しているユリウスを見る。
悪い人ではないのだ。
別に悪意があるわけでも、親切でないだけでもない。
むしろ純粋とか純朴とか世間知らずとか、そういう部類である。
ただただ、言い方とか雰囲気とか、そういった致命的な部分が悪い。
しかしそう思うのはジョージがユリウスがどんな人物なのか、なんとなく分かったから思うことである。
未だ偏見と勘違いまみれのガーランドやベアトリスその他大勢が勘違いするのも仕方ない。
これはユリウス自身が悪い。 改善するべき点だろう。
(でもそんなこと言ったって『俺は彼らを好ましいと思っているのは事実だ』とか言いそう)
確実にそう言う。
ユリウスは他人から嫌われたところで気にしないのだ。
きっと言動を勘違いされても明後日の方向に解釈するか、怒りもせず許してしまうに違いない。
別に良い人とは言えないが、しかし悪い人でもない。
いいや『良い人すぎる』というか。
今までどういう風に育てばこうなってしまうのだろう。
(ユリウス君の師匠さんは『友達を作れば強くなれる』って言ったらしいけど……本当に強くなれるのかな)
なんだか、すごくズレている気がする。
今まで人里離れた山奥で育ったのだろうか。
でも少なくとも彼の師匠はこの学院の卒業生でしかも『色持ち』になれるほどの人なのだから、常識外れではあっても常識知らずではない。
常識を教えようと思えばいくらでも教えられたはず――――はず。
(なんだろう……ニーケって名前、どこかで聞いたことがあるような……)
『色持ち』になれる程の人だから凄い人物だ。
まずジョージごときが出会えるような人ではないだろうし、となると何かの噂を聞いたとかそういうのであるはず。
ユリウスの師匠なのだから、物凄く偉大で、格好良い噂話かもしれない。
どうしても思い出せないのが非常にもどかしいが。
(……ユリウス君は本気でギード君のことを助けようと思ってるんだろうな)
別に義務感とか親切心からではなく、ただ『友達になりたいから』だ。
それだって世間や普通に憧れてるからではなく師匠に言われたから。
ユリウスにとってギードは面白いとか好ましいとか、そういうのなんだろう。
でもジョージにとってのギードはそうではなく。 ただの、凄く嫌な奴で。
ギードの魔法特性を知らなかった当時のジョージを、空間転移で簡単に倒して、宿題担当にした奴で。
仲良くなんか、なりたくない。
(だけどユリウス君はギード君とも友達に……ううん、ユリウス君は、この場に居る全員と友達になろうと思ってて)
今現在のユリウスは、浮いた人物だ。
本人がどういうつもりだったとしても、その容姿と言動と強さはどうしても異物に見える。
そのユリウスのたった一人の友達という地位は、ジョージにとっては甘いものに思えてしまった。
特別で、独占出来て、自慢だって出来てしまうもの。
人によっては羨ましがったり、恐れたりするトロフィーのような、そういうもの。
それが、あっさりジョージの手から消えそうになっている。
ギードが目を覚ませば、すぐにでもユリウスはギードの誤解を解いて今度こそ友達になろうとするはずだ。
何ならガーランドのあの態度も、ギードが目を覚ますのならあっさりと陥落しそうである。
『ずっと目を覚まさなければいいのに』とすら、思ってしまうのだ。
(こんな事考えるなんて本当に最低だな、僕って)
理由はどうあれ、ユリウスはただ純粋に友達を作ろうとしているだけだ。
自分の性格の悪さに溜息が出る。
ジョージに友達が出来ないのは、偏に自分の卑屈な性格だ。
能力が低いとか、いうことをただ言い訳にしているだけ。
ユリウスにも昨日指摘されたばかりだというのに、どうしても後ろ向きになってしまう。
ユリウスをちらりと見る。
黙々と食事しており、その仕草はとても綺麗だ。
死んでいるのかと思う程に物音を立てず素早く、しかし汚くない。
山奥で育った野生児かと思えば貴族にも劣らない礼儀作法を身に着けている。
(やろうと思えば、敬語とか丁寧なこととか、出来るんだろうな)
ただ言動がアレなだけで。
「…………」
ユリウスは突然食事をやめた。
不気味なほど突然だ。
食べたくないものを食べて吐きそう、というのでもなさそうに見える。
かと思えばユリウスは突然立ち上がった。
椅子を動かす音が聞こえた全員が、男女問わず今にも飛び上がりそうだった。
食事は始まったばかり。
よっぽど素早い人間でない限り、もう食事を終えたと言う事は無い。
何人かが思わずユリウスの皿を見ている。
もちろん、ユリウスの更にはまだ肉と野菜が残っている。
(え、何?)
ユリウスの顔はいつも通りの無表情。
何を考えているのか読ませないもの。
しかしその目には、何かの決意が見て取れた。
「あ、あの、何か問題がございました、か……?」
慌てて近寄って来た職員達を、見向きもしない。
職員を避けて、どこか明確に目的をもって歩き出す。
突然のことに、この場の普通科の生徒全員がユリウスを見る。
ただでさえ浮いた容姿と言動と強さ、そして昨日やった事。
全てがユリウスを、良くも悪くも注目させている。
職員も無理して止めることが出来ないのか、凄く困ったように互いに顔を見合わせていた。
(ユリウス君、何処に行――――)
ユリウスが向かうのは、普通科の学生寮に繋がる通路――ではない。
そうではなく。
普段ほぼ誰も使わない、二階の席に繋がる階段。
(え?)
ユリウスは階段に向かっている。
階段の先には二階席があり、そちらに居るのは貴族科の生徒と教師達で――――――。
「――――アっ、嘘ッ!!??」
ジョージは派手に立ち上がった。
椅子が派手な音を立て倒れる。
ユリウスは
寮でバティスタールに会わせてもらえないなら、どうやって会うのか。
普段の生活範囲が異なる貴族科に、どうやって会うのか。
そうだ、今この食事の時間、食堂にはほとんどの生徒が揃うわけで。
「待って待ってユリウス君、ユリウス君!?」
ジョージは慌てて走る。
普通科全生徒の注目を浴びてしまって変な気分だが、そんな場合ではない。
「お待ちください、どうかされましたか!? 上に用事なら、別に今でなくとも」
「緊急事態だ」
階段を登るユリウスの前に、流石に看過できないと思ったのか職員が立ち塞がる。
が、それで退くユリウスではなかった。
自分こそが重病人を運んでいると言わんばかりに突っ切る。
「ユリウス君ッ……!?」
あっさりと、二階にたどり着いてしまった。
そのユリウスを追いかけて、息を切らせながらジョージも追いつく。
ただしジョージだけは職員に遮られてしまったが。
見れば、貴族科の二階席は普通科の席とはまた異なる配置らしい。
人数が少ないからか机と席にはゆとりがあり、丸い椅子に座り、それぞれ男女で分けられている。
貴族科の生徒達の視線が、一斉にユリウスに向けられている。
その種類は嫌悪とか、そういうものだ。
無作法な平民がいきなり上がってきたのだから、仕方ない。
~・~・~・~・~・~
(バティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイルは――)
二階にたどり着いたユリウスは、バティスタールの姿を探す。
しかし百人以上居る中から一瞬で見つけ出すのは難しい。
何より、逃げられてしまっては意味が無い。
バティスタールを見つけて、シラを切れないようにこの場に呼び出す方法は一つ。
(あまり、慣れないが)
ユリウスは息を吸う。
そして思いきり。
「バティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイルは居るか!!!」
食堂いっぱいに響き渡るような大声をあげた。
これにより、闖入者に興味を示そうとも思わなかった生徒ですら煩わしげにユリウスを見る。
この場の全員が、ユリウスを見ていた。
教師も職員も生徒も区別無く。
(この場に俺の修行相手に――いいや、俺より強い人間が居れば良いのだがな)
そう思いながら、ユリウスは全生徒を見る。
ユリウスが大声で呼んだことにより、貴族科の生徒の視線が、その名をした人物にも向けられる。
そうすることにより、見られた本人は仕方ないと言わんばかりに立ち上がった。
肩に届くぐらいの茶髪と、金色の目をした神経質そうで細身な体型の眼鏡の青年。
とても不機嫌で、ひどく苛立っている。
その胸にはフランシスに見たのと色違いなだけの『緑』の記章。
「こんな紳士淑女の前で、こうも下劣に僕を呼び捨てるとは――平民とは、極めて無作法なものだね。 貴族への態度というものを知らないのかな?」
「居留守するお前が悪い」
『お前』と言った、のに対し貴族科の生徒達は不愉快そうになる。
ユリウスはただの平民で、それに呼び捨てや『お前』呼ばわりされるのは不愉快でしかないのだろう。
ユリウスにとっては、全てどうでもいいことだが。
「お前の親戚、ギード・ストレリウスが倒れた。 魔法薬によるものだ。 これはお前の仕業か?」
「どうして平民ごときに僕が、この僕が、わざわざ答えてあげなければならないんだい?」
「いいから答えろ」
有無を言わせずユリウスは言う。
このあまりにも冷徹な様子に怯む貴族科は居た。
ただし、その中にバティスタールは含まれていない。
「お前が無関係なら、平気で答えられることだ」
「は、何なんだい君はいったい、生意気な……」
そう言ってからバティスタールは何か気付いたように笑う。
「なるほど、君が例の転校生か。 ふん、噂通り実に野蛮で不敬で無作法、尊き目上の人間への言葉遣いも知らない愚かな人間だ。 育ちが悪すぎて、敬語も使えないのかい?」
そう言われて、周囲の生徒達もうんうんと頷いた。
この場に居合わせる教師達と職員達は『どうすればいいものか』と不安そうにしつつも、手出しをする様子は無い。
仕方ないので、ユリウスは溜息を吐いた。
「そこが気になると仰るのなら、敬語などいくらでも使いますが」
ユリウスは丁寧に口を開く。
別にユリウスは敬語が使えないわけではない。
ただ、使う理由が無いからだ。
「バティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイル様が、敬語を使われた程度で『目上の人間』になれたとお思いになられるような器でいらっしゃることは、この場に居るご皆様のうち誰も責めないことが幸いです」
「……それ、どういう意味かな?」
「正しくそのままの意味です」
ユリウスは笑って、警戒を解くつもりで言った。
本人だけは『朗らかに』のつもりだったが、周囲の誰一人としてその意図は通じなかった。
別にバティスタールを煽る意図ではなく、単に本人が言うので仕方なくである。
相手に敬語を使わせないと会話が出来ない系統の人間が存在するぐらい、ユリウスは既に知っていた。
「それよりも本題を。 バティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイル様は、貴方の親族であるギード・ストレリウス様が現在昏倒し寝台から起き上がれない状態であることをご存知ですか?」
「だから、急に現れて失礼だね、これだから平民は――」
「もう一度問います。 バティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイル様は、貴方の親族であるギード・ストレリウス様が現在昏倒し寝台から起き上がれない状態であることをご存知ですか?」
そっくりそのまま、ユリウスはバティスタールに問い返す。
丁寧な物言いではあるものの、その表情や雰囲気にまるで『丁寧さ』はなかった。
それをどう解釈したのかバティスタールは眉を顰める。
「……君が言いたいことは分かったよ? でも僕は、ギード君と君の間に起きたことは一切無関係だ。 いいからさっさと下がりたまえ、君も転校してすぐから『愚か者』の誹りを受けたくないだろう? と言っても、後悔したところでもう遅いけどね」
くすくすと貴族科の生徒達からユリウスを嘲笑う声。
この場にユリウスの味方をしようという人間は、それこそジョージぐらいらしい。
ちなみにそのジョージが今にも昼食を全て吐きそうなほど青い顔をしてユリウスを見ているのは、気付いていない。
「転校生ではなく、新入生でございます。 親族というものは、貴族であろうと勘違いの仕方が同じなのですね。 血縁というものは極めて愉快なものですね」
「僕をバカにしているのかい、平民の分際で」
「ただ訂正しただけです」
そうして、ユリウスは腕を組み、自分より若干背が高いバティスタールを冷たい目で見た。
「無関係だと言ったな」
面倒なので、敬語を止めた。
ユリウスにとっては、敬語を使わないと敬われてないと怒る程度の相手には、そんなものである。
「しかしお前は第三グラウンドの夜間使用許可をギード・ストレリウスに出した、そんなお前が無関係なわけがない」
「彼に求められたから出しただけだよ? 親族として、向上心溢れる若者の願いに、心を打たれてしまってね」
そんなバティスタールのことを『流石です』や『ご立派な心です』と称える声。
場は明らかにユリウスにとって不利である。
彼、あるいは彼女にとっては、ユリウスなど異分子でしかないのだ。
「では魔法薬を渡したのはお前か?」
「違うよ?」
「お前は過去に、生徒達にお手製の薬を渡し、医務室に運ばれる事態を起こしたそうだが?」
「だから?」
バティスタールは苛々しつつ、しかしユリウスを完全に見下した顔で嘲笑った。
「それが一体何だというのかい? ギード君が目を覚まして、『バティスタール様に渡されました』と言ったのかい? そして『バティスタール様に誤った薬の使い方を指導されました』とでも、言ったのかい?」
「彼はまだ寝ている。 起きる気配はない」
「では証拠があって僕を糾弾しているのかな?」
「無い」
「……ははっ」
バティスタールは大袈裟に肩を竦める。
「突然無作法に現れたかと思えば、無礼な口を叩き、挙句の果てに証拠も無く犯人扱い。 何なんだ君は? 無礼にも程がある。 君がギード君に酷いことをした罪を、僕に押し付けているのでは? 僕が寛大で無ければ、いったいどうなっていた事か!」
「そうだそうだ!」
「バティスタール様は正しい!」
「何なんだお前は! バティスタール様に向かって、なんという口を!」
「平民は下で草でも食ってろ!」
貴族科の生徒達が騒ぎ出した。
分かりやすく騒いでいるのはごく一部だが、それでも残りの貴族科の生徒達のユリウスを見る目は冷ややかだ。
が、そんなものを受けたからってしり込みするユリウスではなかった。
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