第19話 俺は好ましいと思っているが




「せめて薬に用いられた素材が何なのかが分かれば、どの程度の副作用があるのか対処も出来るのだけど。 でも特定が難しいのよねぇ……まあ、魔法全般に言えることだけど」

「魔視はこの学院の教師にも居るだろう」


 女職員が愚痴のように呟いたので、ユリウスが言う。

 


 魔法とは目に見えないもの、しかしそれが分かるのが魔視。


 結果が見えるかどうかの魔法を、その経過や感情や種類、痕跡まではっきりと見ることが出来るという特別な才能。

 中にはそれどころか遥か遠く彼方の景色や未来や他人の思考まで読めてしまうという、とんでもなく強力な魔視まで居るという。


 最大の問題は、その圧倒的な需要に対し、魔視が非常に少ないという点だ。

 魔法騎士団に既に何人か居るが、それでも魔視であるというだけで歓迎されるだろう。




「チュリリイネとか叩き起こして当たれるだけ当たったけど、どなたも『魔法薬の副作用は薄すぎて判別できない』とか『なんだか複雑』なんて言ってたもの。 正確に見えるのなんてそうそう居ないわ」

「…………そうか」


 魔視の範囲には個人差がある。

 全員が全員、同じように見えているわけではない。


 使われようとする魔法の種類を瞬時に見抜ける者、相手の魔法の才能だけが分かる者、魔法の痕跡を追う能力に長けた者、相手の感情が見える者、色々だ。

 見え方だって、本当に色々あるらしい。 魔視でないユリウスには、彼らの視界は分からない。


(魔法薬を飲んだ直後なら見えただろうが……やはり副作用は見えにくいものなのか。 アンジュやヒーランカ・マギアが此処に居ればと悔やまれる)


 どちらもユリウスが知る魔視であり、その場に残った魔力も見ることが出来る。



 アンジュはユリウスの妹もとい妹弟子、感情と痕跡と才能が見える。

 師匠の弟子だが第四魔法騎士団のことは一言も伝えていない、ただの一般人だ。

 目に入れても痛くない程度には可愛いと思っている。


 ヒーランカは第三魔法騎士団所属で、多くの魔法が見える。

 師匠の友人の一人であり、師匠が第四魔法騎士団に所属していると知るうち一人でもある。

 そして彼女が居なければ、勉強の意味でもユリウスは此処にいないだろう。



 無論、何を語ったところでどちらもこの場には居ないし呼び出せもしない。


 ヒーランカには通常、第三魔法騎士団としての仕事がある。

 アンジュは再来年にはこの学院に来る目標はあるものの、しかし普段は故郷の両親の元に居る。



(…………アンジュか。 最後に会った時から少しは背丈も成長しただろうか……制服姿もさぞや可愛いだろう……なんでも似合うが……)


 ユリウスはこの場に無関係な想像をした。

 すぐに振り払う。



「あの、それでギード君は大丈夫なんですか? ただ寝てるように見えるんですけど……」

「それはもう、素人が見ても分かる通り。 本当に、ただただ寝てるだけ、毒物により内臓が破壊されてるとか、そういうことも特に無し。 でも今日起きるか、今後何も起こらないかどうかは分からないわ」

「そんな…………」


 ジョージは顔を曇らせる。

 自分が目の前に居たのに止められなかった、だとかそういう理由だろう。

 


「ギード・ストレリウスにそのような薬を渡しそうな人物は誰だ?」

「は?」


 ユリウスがガーランドに尋ねれば、露骨に嫌そうな顔をした。


 追い出されたくないのでずっと静かにしていたようだが、ユリウスに直接尋ねられるのは嫌らしい。

 それに、未だにユリウスのことを信用していないようだった。


「なんでお前がそんなこと知りたがるんだよ」

「ギード・ストレリウスに薬を渡した人物であれば、薬の素材も副作用も全て知っているはずだ」


 長期保存もその特性上面倒なヘェンナ硝子の瓶。

 それにわざわざ容れてあるということは、ほぼ作った張本人だろう。


 

「そうじゃなくて。 なんで、お前が、それを知りたがるんだよ。 お前にはどうでもいい事だろうが」

「ギード・ストレリウスを友達だと認識しているからだが?」


 ユリウスは何の照れも無く言った。


 その内容が内容なだけに、ガーランドもきょとんとした顔になる。

 時間をかけてようやく単語を理解し、同時に『信じられない』と言わんばかりに顔を歪ませた。



「もっともこれは俺の一方的な認識であり、ギード・ストレリウスやお前がどう認識しようとそれは仕方のないことだ。 嘘だと思いたいなら思っていればいい。 しかし俺は嘘など言っていない」

「…………」

「俺が薬を渡した人物を探し出すことに、お前に何の不利益があるのか甚だしく疑問だな」


 ガーランドは物凄く渋い顔になる。

 口をとがらせてユリウスの顔を睨み、視線だけジョージに移す。



「知らねえよ…………俺だってこの学院に来てからギードに会ったんだしよ……。 ストレリウス家ってすごい有名で、貴族にも知り合いどころか親戚が居るんだぞ。 その中で凄い魔法薬をくれそうな人って……」

「…………」


 ガーランドは渋い顔で、しかし何か思い出そうとする。

 

(ストレリウス家の親戚といえばボイスターン子爵、ルクサンドラ男爵、マイメス伯爵、レグムダイル伯爵…………なるほど)


 一つ考えて、ユリウスはガーランドを見る。



「バティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイルだ」


 突然名前を挙げると、ガーランドとジョージは驚いたように目を見開く。

 

「そ、その名前って……」

「バティスタール様って、今の『色持ちカラーズ』の『緑』じゃないかよ」

「そしてギード・ストレリウスの祖父の従姉の孫でもある」


 その名前はユリウスも、学院に来る前から知っている。

 魔法薬学の若き天才。

 彼に作られた魔法薬は既に高値で貴族にも売られているそうだ。


 学院には実家が金持ちだという生徒は少なくないが、その中でバティスタールは自分自身すら金持ちだという系統だった。



「聞いておいて自分で解決するなよ…………確かに、ギードは『今の色持ちの緑が親戚だ』って言ってたことあるけど……でも、実際に学院で喋ってるところは俺も見たことないぞ。 それに、な?」


 ガーランドはいまいち信じきれていない顔をする。


「お前さ、バティスタール様が危険な薬を作ってギードに渡したって言いたいんだろ? でも親戚にそんなことするか?」

「絶対にやらないとは限らない」

「普通はしないんだよ」


 それを聞いてジョージもうんうんと頷いた。

 彼もガーランドと同じ意見らしい。


「子が親を殺すこともある。 『絶対に有り得ない』というのなら、その根拠を全て並べてみろ」

「それは……」


 ガーランドは苦い顔をした。


『そんなの有り得ない』と言いたいが、しかし確たる根拠はないらしい。

 あくまでも願望を述べているだけ、ということだろう。



「……それに、『緑』のバティスタールなら過去に問題を起こしたことがある」


 女職員は呟く。

 

「作った薬を渡して、その副作用で倒れた人が医務室に運び込まれたことは何度かあったわ。 『色持ち』になってからはすっかり無くなったので、人間を実験体扱いにすることは無くなったと油断していたけど…………」


 はあ、と女職員は溜息を吐いた。

『何度か』ということは、二度や三度ではなかったのだろう。


「無論、絶対にバティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイルだと言い切る事は出来ない。 過去に何をしていようと、今回がそうだとは限らない。 あくまでも可能性だ」

「今のところ最も有力な候補だけど」

「魔法薬を作ることに置いて、この学院では最上位だろう。 話を聞いてみる価値は十分にある」


 問題は、相手が貴族科であり『色持ち』ということだ。

 一介の普通科生徒に過ぎないユリウスでは、簡単に会うことは出来ない相手だろう。



「でも、もしバティスタール様が本当にそんな酷いことしてたとして……そんな酷いことする人でも『色持ち』になれてしまうの?」


 ジョージが言う。

 

「『緑』のバティスタールは過去にそういう事件は起こしたけど、それ以上に薬の効果は本物で価値がある。 運び込まれた生徒は全員揃って『効果も副作用も問題点も本人に説明されていた、無視したのは自分だ』って言うもの、仕方ない」

「効果を事前に説明されているのなら、それを無視した服用側の問題だ」


 ユリウスと女職員の二人で淡々と言った。

 しかしジョージは認められないのかまだ食い下がる。



「『色持ち』は貴族だって通うこの学院の代表なんだから、その人の人格とか、過去に問題をやってないかとか、そういうのも見るんじゃないの……!?」

「そんな事言ったら他の『色持ち』にも、過去の『色持ち』にも、相応しくない人物はたくさん居るわ」

「でも……」


 ジョージは『そんな人間』が『色持ち』であることが認められないようだった。



「過去の被験者たちは全員無事なのか」

「ええ、普通に卒業した生徒と今も在籍している生徒ばかりよ。 何なら『飲んだ後の方が体の調子が良い』と言う生徒も居る。 バティスタールを犯罪者とするには証拠も証人も足りないわ」


 この調子では、本気で犯罪になりかねない副作用が起きないよう計算されているのだろう。

 ギードの身に起きている副作用も、『ただ眠り続けるだけ』という可能性もある。


 これで心身に後遺症が出たりすれば激しく責められもするだろうが『その程度』となってしまっては強く出ることも難しい。

 なんと言っても『破ったのは自分だ』と被害者も認識しているのだから。

 ナイフで指を切ったからって、ナイフ職人を責めることは出来ない。



「では行く」

 

 ユリウスはギードを一度見て、踵を返す。


「何処行くの?」

「バティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイルの元へだ」

「ええッ!?」


 ジョージは、今にもその場から飛び上がりそうな顔をした。

 大声をあげてからも真っ青な顔で、大変浮足立っている。


「本気で!? 本気で会いに行くつもり!?」

「貴方も追い出されたいの?」


 女職員はユリウス、ではなくジョージを睨んだ。

 その視線に負けてジョージは激しく動揺し、さっきまでの半分も無い音量で続けた。



「――相手は貴族科だよっ? 絶対に会ってくれないし、会えても認めるわけないよ……」

「勿論だ、困難を極めるだろう」


 それでも可能性がある限りは無視出来なかった。

 バティスタールは、今思いつく生徒の中では最有力である。

 

「仮に本人だったとしても俺は糾弾するつもりは無い。 必要なのはギード・ストレリウスの状態と副作用の確認だ」


 それに、とユリウスは付け加える。


「バティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイルが善人なら、親戚のために快く協力してもらえるだろう。 、身内を危機に追いやらないからな」

「…………」

「…………」


 ガーランドとジョージは、互いに顔を見合わせた。

 どうやら二人揃って同じことを考えているらしい。



「………………じゃあ、その」


 ガーランドは時間をかけて、勿体つけるように視線を右往左往させた。

 ユリウスの顔を見ることすら難しいようだ。

 

「…………ギードのこと助けてくれるっていうなら、その、まあ、なんだ、お前のことを少しは頼ってやってもいいけどよ……」

「お前が頼らなくても俺は調査するが?」

 

 ユリウスははっきりと言う。

 本人にそんなつもりは無いが、その『お前の信頼とかどうでもいい』と言わんばかりの物言いにガーランドは顔を顰めた。

 


「やっぱ俺、お前のこと嫌い」

「そうか。 俺は好ましいと思っているが」

「はっ???」


 ガーランドは変な顔をする。

 その腰は浮いて、少しユリウスから逃げるように距離を取った。


 ジョージも女職員も変な顔をする。


 どうやら、ユリウスの意図とはまるで違う意味に捉えられたらしい。

 


「友達の為に嫌っている俺を信頼しようというお前の感性が好ましいという意味だが、違う意味が介在する余地があったか?」

「………………………………」


 ガーランドは黙った。

 警戒するのを半分だけ止めた顔で、椅子に座り直す。


 どうやら話は終わったようなのでユリウスは改めて、一人で病室から出た。



「ユリウス君、本気で行くつもり? 相手は貴族科で、しかも『色持ち』だよ?」

「ああ」


 難しいだろう。

 が、同じ敷地内に居る限り、決して不可能ではない。


「ジョージ・ベパルツキン。 無理に着いて来る必要は無い、好きに過ごすといい」

「え、ええっ」


 現状のユリウスが見て把握している範囲から考えると、ジョージには貴族に正面から啖呵を切れる胆力は無いだろう。

 そればかりか、会話することも難しいかもしれない。



(『貴族を敵に回す』のがどれほど面倒かは、俺も分かってはいる。 友達だからと無理強いは出来ない)


 少し機嫌を損ねた程度でも何が起きるか分からない。

 全部無視して好き勝手出来るのは、それこそ師匠ニーケのような人物だけだ。

 

 

「でも、だけど」


 ジョージは困った顔をする。

 やはり色々と本人の中で思うことがあるようで、逡巡した様子だ。


 貴族は怖いが、最終的に好奇心が勝ったらしく、不安を呑みこむように体を動かした。



「い、行く! 僕も!」

「そうか、実に心強い話だな」

「えええと…………僕はただ一緒に居るだけで、何の役にも立たないと思うけど……」


 一気に自信を無くして、自分の頭をかき苦笑いしながらジョージは言った。




 ~・~・~・~・~・~




 ヴィオーザ魔法学院に、学生寮は五つある。


 まず普通科の学生寮。 男子用と、女子用だ。

 この二つを行き来することは、同じ普通科同士であっても難しい。

 警備の為に各性別の職員が夜間も問わず立っており、厳しく監視されている。


 そして貴族科の学生寮。 こちらも男子用と女子用。

 やはり同じ貴族科であっても性別を跨いでも行き来することは難しいと思われる。

 普通科より警備は厳しいように見えた。


 これら四つは向かい合うように建ち、その間の廊下で繋がった位置に食堂が存在している。


 

 そして食堂の近く、どの学生寮とも繋がっていない中間位置に、もう一つの学生寮がある。


 円形を描いた高塔のごとき外観。

 他のどの学生寮と異なる見た目であり、とてもよく目立つ。

 

 なんでも最上階に学生のための部屋があり、その下の階には学生個人のために用意された部屋や会議室があるという。

 この寮を使う生徒に快適に生活させるための、貴族科にも許されていない特別な施設がいくつもあるそうだ。



 そして、こんな特別な寮を使うことが出来る生徒は、たったの七人だけ。

 

 つまるところ、ユリウスとジョージの目の前にあるのは『色持ちカラーズ』のための寮だ。

 威圧感たっぷりにそびえたっている。



「『色持ち』とはそんなに特別なのか」

「う、うん……だって、この学院の代表の七人だよ? 学院の方針に口出しも出来るし、授業に出なくてもいいし、個人の研究施設を持てるし、他にも色々と権力があって、僕とは生まれついての身分も才能も大違いな人ばかりで…………」


 言っていて、ジョージは分かりやすく元気を失った。

 そのうち一人を今から相手にしようとしているのだから、かろうじて振り絞った勇気も無くなるのだろう。



「……お前はもう『黒』のフランシス=ルシエ・サン・セルヴェンドネイズと話をしただろう? 身分から言えば彼の方が『緑』より上だ、なのに何を恐れる必要が――」

「あんなの『喋った』うちに入らないよっ!? それに、おおお、恐れ多くて、今会ってもお話にならないよ!」


 どうやら胃が痛いらしい。

 昨日フランシスに会ったことを思い出したのか、ジョージは分かりやすく顔を青くしていた。


「逃げたいなら逃げるといい」

「…………ユリウス君はいいよね、緊張なんか無縁そうで……」

「そんなことも無い」


 少なくとも昨日、皆の前に出る時は緊張した。



(どれも同じ人間には違いないというのに……違うのは生まれと環境ぐらいではないか)


 ユリウスには、ジョージの緊張や恐怖の理由が分からなかった。


 今から会おうとする人間は自分と同じ人間。

 それの何が怖いのか、全く理解出来ない。

 気が引けたばかりに折角の機会を失っては、それこそ無意味だろう。


 

 怯んでいるジョージを放って、ユリウスは『色持ち』の寮に一歩踏み込んだ。

 正確には、踏み込もうとして止めた。



「何かご用でしょうか」


 昨日の夜も見た老紳士――特等職員の精霊、メリソンが居た。


 柔和な笑みを浮かべているが、二人の前を遮るように立っている。

 異様に背の高い人物に堂々と立たれると、ユリウスだって威圧感はそれなりに感じた。

 ジョージはもう悲鳴をあげそうになっている。

  

 特等職員の仕事のうち一つは『色持ち』の生徒の世話。

 此処で門番のように現れるのは、当たり前の職務に違いない。



(……空間転移、ではないな。 此処は奴が支配する土地、移動は自由自在といったところか)


 精霊とは特別な存在だ。

 中でも『土地憑き』とくれば、その土地の中であればほぼ敵など居ない。

 

 本来であればもっと自然豊かな場所に居るような存在だが、そんな土地憑きの精霊が居るような場所を堂々と学院として使う。

 そんな事をやってしまうヴィオーザ侯爵は豪胆なのか何も考えていないのか、いずれにせよとんでもない話である。

 


「バティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイルに会いに来た」

「左様ですか」


 高い背を少しだけ屈めて、メリソンは笑顔である。


「バティスタール様と、会うお約束はございますか?」

「無い。 さっき用事が出来たばかりだ」

「そうですか、それは残念ですね」


 話は終わった、とばかりにメリソンは黙った。

 どうやら、通すどころか会わせるつもりすら微塵も存在しないらしい。



「会えない状況か?」

「会う約束も無い方とはお会いになられません」

「ギード・ストレリウスのことは通したのにか?」

「何のことですか?」


 そればかりか、まともに取り合うつもりも無いようだ。


「では聞くが、昨日ギード・ストレリウスは何をしていた? お前なら全て把握しているだろう」


 おそらく、自分の管理する範囲で起きることは本当に全て把握しているはずだ。


 ギードに薬を渡した人間が誰なのか、その副作用は何なのかすら、メリソンは全部分かっているのだ。

 その上で沈黙している。

 これが『緑』を庇っているからなのか、全ての生徒の個人的な事情を語る必要が無いという職員としての判断からなのかが分からない。

 

「はて、私めは一介の職員でございますので、生徒様お一人お一人が何をなさろうと私めに止める権限はございませんよ。 それに、何が起きても私めには分かりませんから」

「…………」


 絶対に嘘だ。

 嘘だと分かるが、メリソンの態度は崩せそうにもない。



(師匠なら暴力で脅していたところだな)


 ユリウスは、流石にその手段はまだ早いと思っている。



「師匠の真似事は止めておいた方が賢明かと存じます」

「…………」


 ユリウスの考えでも呼んだように、笑顔でメリソンは言った。

 


「俺はバティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイルに会う必要がある。 彼は今、何処に居る? 此処に居るか?」

「と仰られましても、私には答えられませんよ」

 

 この調子ではバティスタールが居留守を使っているのかどうかも分からない。

 

「ご用は以上ですか?」

「…………」

「もう無いのでしたら、どうぞお引き取りを」


 本当に困った。

 しかしこれ以上に言うことも無い。


 土地憑きの精霊を堂々と相手にするのはユリウスだって避けたい。

 仮に能力面でユリウスが勝っていたとしても、明らかに場所が悪すぎる。



「…………あ、あのッ!!!」


 ユリウスが困っていれば、ジョージが声をあげた。


 

「昨日、夜間の第三グラウンドの使用許可は、誰が申請したのですか!?」

「それはバティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイル様です」


 間髪入れずにメリソンは答えた。

 個人的な情報ではなく、公の情報であれば答えてくれるらしい。


 この新しい情報とジョージの行動に、ユリウスの心は驚きと歓喜で打ち震えた。


(使用許可、使用許可か。 その考えは無かった)


 目から鱗が取れるような気分だ。

 第三グラウンドの使用許可を事前に出してギードに渡せる人物、そんな人物が無関係なわけがない。

 

 そんな質問をしようなどという発想は、ユリウスには存在しなかった。



「よくやったジョージ・ベパルツキン」

「えっ、あ、あはは……ありがとう」


 心からの賞賛を送れば、ジョージは物凄く照れたように顔を赤らめた。



「その、ギード君は『許可は取った』みたいに言っててあの短い時間で使用許可取れるものなんだって思ってたからずっと気になってて…………でもこんなの、すぐ誰にでも思いつくよ」

「俺は思いついていなかった」


 仮に一億人が『そこを聞けばいい』と思っていたとしても、ユリウスには思いつかなかったことだ。

 十分に素晴らしいことだろう。

 

 なら、と新たな武器を得たユリウスはメリソンに向き合う。


「バティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイルがこの件に無関係とはとても思えない。 バティスタール=イシャーロ・ルブスタ・レグムダイルとの面会を求める」


 もしバティスタールを庇うのだとしても、今起きている全ての問題と責任から庇うことは出来ないはずだ。


 今度こそバティスタールに会える。

 ようやく、一歩前に進める。

 無関係だとしても、ギードの治療に協力してもらえるかもしれない。



「バティスタール様は貴方様に『会わない』と仰られています」


 が、メリソンは無慈悲に首を横に振った。

 今この場に居ない人物の代弁が出来るのは、きっと分身か何かでも送って本人から直接聞いているのだろう。

 土地憑きなら、その程度のことは出来る。


 ユリウスはその勝手な話に、やや不快な気持ちになった。


「……こっちは緊急の、それも『緑』の身内の用事だが?」

「『色持ち』の皆様が快適に過ごせるように場を整えることほど重要ではありません」


 取りつく島も無い、とはこのことだ。


 一応生徒全員の世話をするのが彼の役割だが、『色持ち』の生徒の方が重要度が上らしい。

 あるいは、ギードの状態が緊急ではないから、低い扱いなのかもしれなかった。



(ジョージ・ベパルツキンのおかげで情報が一つ分かったが……それでも、本人に聞けないと意味が無いな……)


『あくまでも場所を提供しただけ、薬のことなんて知らない』と言われてしまう可能性もある。

 何よりもまず本人に聞かなければ、疑いが晴れることはない。

 そして出来るだけ早く対処しなければ、ギードの身にまさかの事態が起きてしまうかもしれない。


(どうにかして会わなければ……だが俺が侵入してもすぐにこの精霊は気付くだろう)


 そして貴族科の生徒の行動予定など分からない。

『色持ち』の生徒が授業を休んでもいいのなら、猶更読めないだろう。



「…………では、フランシス=ルシエ・サン・セルヴェンドネイズとの面会を求める」


 バティスタールがダメなら、こちらの縁だ。

 

 今の『色持ち』の名は把握しているが、その中でユリウスと接点があるのはフランシスしか居ない。

 生徒としては同格、貴族としては格上のフランシスに言われたらバティスタールも拒否出来ないだろう――と思ってのことだったが。



「『黒』のフランシス様も、貴方に会わないと仰られています」

「えっ?」


 ジョージも驚きの声をあげる。


「な、なんでですか? ユリウス君とフランシス様って知り合いなんじゃ……」


 だよね、と言いたげな顔でユリウスを見た。



「許可がありますので、フランシス様のお言葉をそのまま私の口から申し上げましょう。 『ユリウス・ヴォイド? ただヴィオーザ侯爵が後見人をしているだけの生徒に、何故私が時間を割いてまで会わなければならないのですか?』――だそうです」

「そんな…………」

「……なるほど」


 ユリウスは納得した。


 昨日フランシスは『今の貴方が私に何か助けてもらえるなどと期待はしないでください』と言っていた。

 それは、こういう意味なのだ。


 ユリウスとフランシスの間には何の縁も無い。

 わざわざ彼が親切にするほどの絆も無い。

 ただの平民が、貴族の中でもほぼ頂点に近い位置に居る人間に会えるわけがない。


 今の彼にとって『ユリウス・ヴォイド』は、何処にでも居る、特別でもなんでもない生徒のうち一人でしかないのだ。

 


(困ったな……)


 バティスタールが犯人だと決まっていないのに、このまま強硬突破すれば糾弾しに来たようになってしまう。

 別にそうなったとしてもユリウスが謝れば済む話――とユリウスは思っている――だが、必要以上に大事にするべきなのだろうか。



「もうご用は終わりましたか?」

「…………そうだな」


 あとはバティスタールと接点がある生徒も当たるしかないのだが、その人物が協力してくれるだろうか。

 探すだけでも時間がかかる。



「失礼した。 今回は諦めよう」

「賢明ですね」


 嫌味でも何でもなくメリソンは一礼した。

 慇懃無礼に見えたが、彼はきっとただ仕事を忠実にこなしているだけなのだろう。

 

 ユリウスには言いたいことが幾つかあった、師匠の思い出話も聞きたかったが、しかし今は無意味に違いない。


 ユリウスは大人しく引くことにする。

 ジョージを伴ってその場を離れて、ふと振り向いてみればメリソンの姿はもうそこには無かった。



 

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