第18話 友達が一人なら、二倍強くなる理屈





 ユリウスは寮の部屋に戻り、そして翌日となった。


 寮の一人部屋に危険物が仕掛けられていないか一通り確認し、師匠ニーケに送る手紙を書くのに夢中になっていたら、気付けば朝。

 寝ないのは幼い頃から慣れているが、師匠には『出来るだけ毎日寝るように』と言われていたのを守れなかったのだけは大変な不覚である。



 しかし使い慣れないベッドを使おうという気にもなれなかった。

 何故なら、ユリウスは横になって寝ることが未だに苦手だからである。


 師匠にバレたら確実に笑われてしまうだろう。



 そして今日起きたこととそれらに対する感想を覚えている限り丁寧に書き綴れば、本になりそうな厚さになった。

 これでも文字数を抑えた方だが、考えれば考えるほど書きたいことがどんどん増えるのだから仕方ない。

 

 

「あの、ユリウス・ヴォイド様は初めての手紙の使用ですよね? 無料ですが三日ごとに他の方と纏めてから行う『無料配達』、お金を支払っていただければ今すぐ届けるという『特別配達』の二種類がございますが――」

「金は払う、今すぐ届けてもらいたい」

「は、ハイッ!!!」


 ユリウスはごく普通に頼んだつもりだったが、若い男の職員は別の解釈をしたらしい。

 金を受け取ると物凄く青い顔をして何度も頭を下げ、手紙をまるで爆発するもののように丁重に持ち、慌てて素早く運んでいった。



(金に余裕はあるが……手紙の用紙と配達に毎日金を払ってしまうと、四年生になった頃には大幅に減っていることになるな)


 ユリウスには第四魔法騎士団として活動していたお金がある。

 そうでなくとも師匠が持たせてくれたお小遣いがあって、そこらの平民よりはずっと金持ちだ。


 ちなみに特別配達に要求される金額は銀貨三枚、比較的貧乏な平民が一日働いて得る金と同額である。 

 これを毎日、四年生まで続けたとしてもお金は残るだろう。


 だとしても無制限に使って良いわけではない。

 師匠に『手紙を書きたいからお金が欲しい』と言えばくれるだろうが、なんでも頼るわけにはいかない。



(金を得る手段が求められる。 ……この学院に金を稼ぐ手段はあるのだろうか)


 どうやら職員なら、主に金持ちの生徒から特別に金をもらえたりするらしい。

 それをされることによってより上質なサービスを提供するだとか。


 しかしユリウスはただの生徒、そんな手段でお金を稼ぐことは難しい。


 掃除も料理も護衛も得意ではあるものの、本来の職員の仕事を奪ってまで稼げるとは思えない。

 なんといっても、金を払わなくても職員達は正しく料理や掃除を提供してくれるのだから、求められているのはそれ以上のことだ。

 此処の職員達は全員ヴィオーザ侯爵の元で厳しい指導を受けてから務めているので、ただの一般的な技術しかない今のユリウスでは追いつけないだろう。



(この学院の生徒は全員が全員金持ちではない、しかし通常のサービス以上を受けるには金がかかる。 何か手段があると思うが……まあいい、無理に今すぐ得なければならないわけでもない。 今はそんなことより、大事なことがある)


 ユリウスは制服を着替えながら、窓の向こうを見た。



 広大な敷地、長い歴史、そして大勢の将来有望な生徒と教師を抱えるこの学院。

 この何処かに、ギードに危険な薬を渡した張本人が居るのだ。


 ある程度抑えたとはいえ、あれだけの効果の薬の副作用は楽観視することは出来ない。




 ~・~・~・~・~・~




 全員揃っての朝食を終えると、ユリウスは早々に席を立った。


 今日は休日、ほとんどの生徒に授業は無い。

 それもあってか、朝とは思えないほどのんびりとした生徒が多かった。

 それぞれに過ごす予定があるのだろう。



「お、おい、噂聞いたか?」

「あいつ、なんでもまた魔法決闘したらしいぜ? それもギードと……」

「えっ? ギードを一回倒して、奴隷にしたって聞いたけど?」

「その上でもう一回、しかも夜中にギードを呼び出してボコボコにして医務室送りにしたそうだ。 お前昨日爆睡してたのか? すげぇ音してたじゃん」

「第三グラウンドも物凄くぶっ壊したんだってさ」

「ひぇー怖っ、どんだけ戦闘狂なんだよ……」

「『魔女』じゃあるまいし……」


 ユリウスを見て、生徒達がひそひそと話をする。

 昨日のことは音が寮まで響いていたらしく、知らない生徒は少ないようだ。

 上級生すらひそひそと話をし、ユリウスがそちらを見れば黙ってしまった。



(そんなに真相が気になるのなら俺に直接聞けばいいものを)


 とはいえ彼らにそんな度胸はないらしい。

 好奇心だけはたっぷりと、何か言いたげに話をしていた。

 

(情報がねじ曲がっているようだが、俺が第三グラウンドを一部破壊したのは事実だ。 概ね合っていると言ってもいい)


 特に、情報を糺そうという気は無かった。

 ユリウス自身がどう思っていようと、彼らがそう解釈してしまうのなら『そう』なのだ。


 むしろそういう話になっていることを面白がっている風にも見えたので、彼らの不興を買ってでも訂正しようとは思えなかった。


(俺には、この学院の生徒全員を友達にするという壮大な任務があるからな。 彼らが俺に関心のある状況は、そう悪くはない)


 ユリウスにとって問題なのは『無関心』である方だ。

 嫌われたり怒鳴ったりする程度ならむしろ関心を持たれているので、この嫌悪を好意に変えることも可能だろう。


 昨日の一件があっても、ユリウスは『友達を千人作る』という師匠の命令をまるで諦める気は無かった。

 ギードもあのような態度だが、どれほど嫌われたとしても無関心よりはよっぽど友達になる可能性を持っているからだ。

 まだまだ可能性と希望に溢れている。



 何を言われたところで、ユリウスからギードへの好感度は一切揺らがなかった。

 それどころか『彼にはっきりと伝えてもらわなければ自分はずっと勘違いしていた可能性がある』という理由で、むしろ好感度は上がっている。


 それに、今はもっと重要な任務があった。



「ユリウス君っ、今日はどうするの?」


 ジョージが駆け寄ってきた。

 遠巻きにする生徒が多い中で寄ってくるジョージは、まるで尻尾を振る子犬のようにユリウスに見えた。

 

「まず医務室に向かう」

「医務室? 何処か悪いの?」

「ギード・ストレリウスの様子を見る」


 朝食の場にギードは居なかった。

 おそらくまだ医務室に居るのだと思われる。


 ガーランド達に聞いても良いが、それより直接本人の様子を見た方がいいだろう。



「ギード君とは昨日あんなことがあったのに?」

「昨日は昨日、今日は今日だ」


 それにギードは薬を用いたとはいえあれだけ強くなれるのだ。

 魔法薬はあくまで近道をしただけ、堅実に努力すればいずれはあの境地に至ることが出来る。

 理性がある分、ギードは昨日よりも強くなることが出来るだろう。



(咄嗟とはいえ空間転移魔法を回避に使ってしまったぐらいだ、ギード・ストレリウスは将来有望だな)


 基本的に魔法とは『受ける』ものではない。 『避ける』ものだ。

 その魔法にどんな効果があるのかも分からないのに、それを受けるなど危険すぎる。

 

 空間転移魔法は、最上の回避方法だろう。

 それを自分に使わせたのだから、ギードはもっと強くなれるに決まっている――――とユリウスは思っていた。


 

「勿論、最終的に認めるかどうかは彼の意志次第だ。 しかし俺は、いずれギード・ストレリウスとも友達になれると信じている――――」


 そう言って、ユリウスは食堂を振り向いた。

 舞踏会を開けるほど豪華な内装と外装をした食堂から生徒達が次々と出て来ていて、それぞれの休日を過ごすために歩いていた。

 

「そして俺はこの学院の人間全員と友達になり、友達を千人作ってみせる」

「千人ッ!?」


 その数字があまりにも圧倒的だったからか、ジョージは驚いた。

 


(驚くか、それもそうだ。 この学院の全生徒でも五百人にも満たない、来年以降入学の生徒と職員と教員を含めて千に届くかという程だからな)


 決して無理な数字ではない。

 


「なんで千人も!?」

「友達を作れば俺は強くなることが出来ると師匠は言っていた。 つまり、千人作れば千倍強くなる」


 確信をもってユリウスは頷いた。

 千倍も強くなった自分がどれぐらい強いのか、それでも師匠に届くかどうか分からないとユリウスは実に楽しみにしていた。



(ということは、ジョージ・ベパルツキンという友達を得た今の俺は昨日の俺の倍は強くなっている、はずだ)

 

 問題は、その感覚が無いということである。

 師匠の元で修行し磨いた経験と感覚が研ぎ澄まされたように思えないし、魔法技術が向上したようにも思えない。



 昨日のギードは目覚ましい成長をしていたが――それでも、ユリウスの鍛錬相手としては物足りなかった。


 もっと強い魔法を放ってほしい。

 一度避けた程度でなんとかなる程度であってはならない。

 呼吸すら許さないほどの密度で魔法を放ってほしい。

 死ぬかと思うほどの限界を攻めてほしい。

 

 残念ながら、今のユリウスは昨日と比べて特に強くなったとは思えなかった。



(……この学院には、昨日のギード・ストレリウスより強い人間が居るのだろうか)


 そうであってくれると、非常に嬉しい。


 たとえば『色持ち』と呼ばれる人々――実に興味がある。

 フランシスには断られたが、一人ぐらいは戦ってくれてもいいはずだ。




「千倍も……強くなれるんだ……?」

「友達にはそれだけの効果がある、師匠がそう言っていた」


 ユリウスは大真面目に言った。


「そっか……知らなかった……」


 ジョージも大真面目に呟く。



 師匠が『強くなれる』とか『足りないものが得られる』とか言うのだから、そうに決まっている。

 もし強くなれないのだとしたら、ユリウスに問題があるのだ。

 決してジョージのせいでも、師匠のせいでもない。



「でもユリウス君、今だってすごく強いのに、もっと強くなりたいの?」

「俺は師匠より強くなることが生涯の目標だ。 今程度で満足するなどあってはならない」

「お師匠さんってそんなに強いんだ。 ……確か、名前はニーケさんだよね?」

「………………」


 ユリウスは思わず黙った。


 せっかく昨日一日、ユリウスは師匠の話をすることを極力控え、師匠が何者でどれほど偉大なのか分からないように努めていたというのに。

 最後の最後で現れたあの土地憑きの精霊が、ジョージに師匠の名を勝手にバラしてしまった。


 あの場にはジョージしか居なかったとはいえ、本当に余計な事を言う精霊だ。


 名前がバレた程度では大丈夫だと思うものの、それでも警戒するべきだろう。

 どうもあちらはユリウスを妙に警戒しているようだったが、ユリウスはあちらに何かした覚えは一切無かった。



(……まさかとは思うがあの精霊、他の事にも気付いているのか?)


 ユリウスが知る魔視はいずれもユリウスの魔法特性には気付かなかった。

 だから油断していたが、精霊なら人間より遥かに上質な魔視であっても何もおかしくない。


 普通だったら分からないものに気付く可能性は十分にある。

 


(あちらは俺が何もしなければ余計な手出しをしないだろうが……)


 ユリウスが生まれ持ってしまった魔法特性は師匠と妹のアンジュしか知らない秘密だ。

 誰にも言うつもりは無いし、人前で使うつもりも無い。

 師匠からも『どうしても使わないといけない時以外は使わないように』と言われている。



 それを好き勝手に言い触らされるなど困る。


 一億歩譲って、ユリウスの居る場所で暴露されるのはまだいい。

 しかしもし万が一、いや兆が一、ユリウスの知らないところで言い触らそうものなら。



(そうなったら、土地が半分無くなるぐらいは覚悟してもらわなくては困る。 せっかく秘匿してくれている師匠にひどく申し訳ない)


 ユリウス自身、自分の魔法特性をあまり好んでいない。

 あんなものを持っていると言い触らされては、今後の活動に影響が出るだろう。


 そしてあの精霊に余計なことを聞かされているジョージにも、たとえ友達だろうと教えるつもりは皆無だった。



「医務室に向かう」


 ユリウスは会話を無理やりに打ち切り、医務室に向かうことにした。

 



 ~・~・~・~・~・~




 ギードが運ばれた医務室に入る。

 本物の病院と比べても遜色の無い真っ白で清潔な医務室には薬の独特な香りが充満していた。


 この医務室には休日だろうと常に職員が待機しているらしい。

 白衣を纏った職員が何人か居て、書類に記入したりなど色々な作業をしているようだった。

 そのうち一人、若い白衣の職員がユリウスとジョージに気付いた。


「……ええと、体調不良でしょうか?」

 

 ユリウスを見て、すぐに後ろのジョージを見た。

 どうやら体調不良のジョージをユリウスを連れてきた、という勘違いをされているらしい。



「ギード・ストレリウスの見舞いに来た」


 ユリウスは正直に答える。

 

 ちなみにユリウスは生まれてこの方、風邪らしい風邪を引いたことがたったの一度しか無い。

 それだって一日寝ていればすぐ治った程度の経験だ。

 師匠と出会うまでは寝なくても平気だったのに、自分の弱さに呆れた覚えがある。



「見舞い?」


 別の職員が椅子から立ち上がる。

 褐色の肌と、幾つもの渦を巻いた黒髪、どう見ても南の生まれを思わせる容姿をした、眼鏡をかけた三十代ほどの女職員だった。


 どうもこの職員は医務室においては上の立場のようで、ユリウス達にまず声をかけた若い職員は仕事を譲り丁寧に頭を下げて去っていった。



「あら……もしかして、例の新入生って貴方? ユリウス・ヴォイド……だった、かしら」

「そうだ」


 ユリウスは淡々と職員を見て答える。

 反対にジョージは職員の服装を見て驚いた顔をし、それから物凄く『見てはいけないものを見た』という顔になり、視線を職員と壁で往復させた。



 裾の長い白衣は他と変わらないが、中に毛糸で編まれたと思われる薄い桃色のワンピースを着ていた。

 ワンピースは体の線をはっきりと見せ、実に豊かな体つきをしていると分からせる。


 何より上は首まで覆うくせに、下は太腿の非常に際どいところまでしかない。

 少し動くだけでも下着が見えるのではと思うほどの短さだ。

 おそらく、その場にしゃがめば確実に下着は見えてしまうのだろう。


 そんな裾の短いワンピースから伸びる生足は長く、極めて健康的だった。



 どうやらジョージはこの女職員の格好があまりにもギリギリなのが気になるのだろう。

 豊かで健康的な黒い太腿をちらちらと見ては慌てて視線を逸らしている。



(……そんなに気になるのなら、堂々と見ればいいものを)


 ユリウスはそう思うのだが、ジョージはそうもいかないようだ。



「あらそう、貴方が……じゃ、着いてきたら?」


 ジョージの青少年のような混乱にも構わず、女職員は背を向けた。

 ユリウスは迷わず後に続き、ジョージも慌てて続く。



 大きな医務室の中で、カーテンで仕切られた部屋がいくつも並んでいる。

 女職員はそのうち一つを迷い無く開けた。


「あっ先生、ギードは――――って、お前らッ!?」


 中には既に先客が居て、それは椅子に座っていたガーランドだった。

 女職員を見てすぐにユリウスを見て、警戒したように椅子から腰を浮かせる。


「先生、こいつがギードを――」

「此処は医務室、彼らは見舞い、目の前には患者、騒ぐなら追い出す」

「う」


 ガーランドは色々と言いたいことがあるらしい。

 しかし追い出されては困るらしく、ユリウスを睨みつつも渋々座った。



「……それで貴方、昨日彼と一緒に居たって?」

「ああ」

「どんな様子だった?」


 ユリウスとジョージは、ギードを見る。



 病室には先客はガーランド以外にもう一人居て、そこにはギードの姿があった。


 しかし起きるどころか目を開く様子も無い。

 真っ白なベッドの上で、真っ青な顔で静かに眠っているように見えた。



「精神に異常な興奮が見られた。 途中までは通常の会話が可能だったが、会話が成立しなかった」

「それで?」

「俺が殴って気絶させた。 その後は彼も知る通りだ」

「ふうん?」


 女職員は半信半疑な様子で肩を竦めた。

 

「嘘だ!」


 ガーランドが大声をあげる。

 すると女職員は渋い顔をするが、構うことなくユリウスを糾弾するように指さした。



「お前がギードに、こう、何かしたんだ! だからギードはずっと目を覚まさないんだ、そうだろ!?」

「違う」

「違うわけが――」


 女職員が、白衣のポケットに入っていたペンを取り出してガーランドの鼻先に突き付けた。

 ガーランドの視線はペン先に捕らわれ、思わず何も言えなくなる。



「次騒いだら追い出す」

「――は、はい」


 ガーランドはとても悔しそうに座った。

 女職員はペンを白衣に仕舞う――とても流れるような動きだった。

 ペンを取り出す動きも、仕舞う動きも、無駄が無い非常に素早いものだった。



(……彼女には特に魔法騎士団などに所属した記録も犯罪記録も無いが、素人の動きではないな)


 ユリウスには、今の動きが暗器の扱いに見えた。

 既婚者であるなどの情報は把握しているが、それ以上のことは何も知らない。


 とはいえ、今は彼女の素性など特に詮索するべきではないだろう。



「貴方達は昨夜もそうやって騒いでたけど、実際にその現場を見たわけではないのでしょう?」

「でも、こいつはそういう奴なんですよ……ギードのこと、下僕にするって」

「あ」


 ジョージは気付いたように声をあげた。

 つまるところ――ガーランドも勘違いの最中である。

 


(考えてもみれば、確かに下僕の対義語は主人で、格上を示す。 友達という意味に解釈するのは、俺に無理があったか)


 自省しながらユリウスはガーランドを見る。



「下僕というのは誤りだ、勘違いさせたことを謝罪しよう」


 ユリウスは誠心誠意を込めて謝った。


 が、どういうわけかガーランドは更に警戒心を強めたらしい。

『信じられない』と顔に書いていた。

 なのでユリウスは更に続ける。


「俺の言う『下僕』とは『友達』の暗喩だ」

「信じるバカが居ると思うか?」

「これをバカと言うのならお前にはバカになってもらう他無い」

「は? それが一応でも謝ってる奴の態度か?」


 何故かガーランドは信じない。


 ユリウスはまるで自覚していないが――ユリウスの言動は、どう控えめに見ても『謝っている』などというものではなかった。

 だから、それを信じられないガーランドの感性の方が正常である。



「なら何をすればお前は信じられる? 俺には言葉と態度で誠意を示すしか無い」

「じゃあギードを治せよ」

「俺に治せるなら、とっくにギード・ストレリウスは快復している」


 ユリウスは淡々と答えた。

 医務室に揃っているのは治療分野において一流の者達だ。


 自分に治せてしまえるのなら、彼らならば余裕で治療出来ているだろう――という意味での言葉だったが、どういうわけか余計にガーランドの疑いを深めてしまったようだった。



「今必要なのは客観的な情報。 一々邪魔するなら、騒がなくても出て行ってもらうわ」

「…………」


 ガーランドは非常に悔しそうにユリウスを睨む。

 


(そんなに俺がギード・ストレリウスに何かをするように見えるのか?)


 いったい自分の何処を見てそういう人間だと認識されたのかと、ユリウスは甚だしく疑問だった。


 少なくともユリウスは別に争いが好きなわけではないし、誰かを傷付けることを好んだ覚えも無い。

 


「興奮状態になった、ねえ? やっぱり魔法薬を飲んだのでしょう。 具体的な魔法薬の情報は?」

「その話ならジョージ・ベパルツキンの方が詳しい」


 ユリウスは後ろでずっと黙っていたジョージを見た。

 急に話を振られたジョージは、その場の全員の視線を一斉に浴びて体を震わせる。


『言え』と言われている。

 何ならガーランドはジョージに『本当の事を言え』と視線だけで訴えていた。



「あー……の、僕、ギード君と直前まで話をしてたんですけど……ギード君は確かに魔法薬を飲んでました」

「どんな魔法薬? 色は? 臭いは? 量は?」

「ええっと、物凄く真っ赤で半透明で、臭い……は、あまり覚えてないのですけど、量は……これぐらいの丸い瓶に、これぐらい?」


 ジョージは覚えている範囲を、身振り手振りで示す。



「他に特徴は? 一度に飲んだ量は? 飲んだ場所は? 管理方法は? 薬の入手方法は?」

「え、ええと……」


 手をもじもじとさせながら、なんとか記憶を掘り返す。


「場所は第三グラウンドで、どうやって手に入れたかは分からないんですけど、管理……は普通に手に持ってて、瓶に入ってた分を全部一気に飲んで、床に瓶ごと叩きつけてまして……」

「床に瓶を?」

「はいっ」

 

 でも、と思い出しながらジョージは更に付け加える。


「ヘェンナ硝子の瓶なので……跡形も、残ってないと思います……」

「……ヘェンナ硝子?」


 女職員は怪訝な顔をした。

 これを見てジョージも、今にも飛び上がりそうな真っ青な顔色になる。



「あれはヘェンナ硝子です信じてください! だって、第三グラウンドの床で溶けてたんですよ!? そんな何でも溶かすような危ない床な、そんなわけないじゃないですかぁ!?」

「誰もお前を疑っているわけではない」


 ガーランドはそうでもないだろうが、少なくともユリウスはジョージの言葉を信じて聞いていた。

 


(ヘェンナ硝子は、衝撃で溶けるという特性は消耗品に使うなら実に便利だが、その特性故に移動や運搬に耐えられるものではない。 更に消耗品に使うものとしては、金がかかりすぎる)


 ヘェンナ硝子に使われる鉱石は一部地域でしか採れず貴重なもの、入手にも苦労がある。

 つまり『使うのがもったいない』と言われる部類のものだ。


 消耗品に使える便利なものだが、同時に消耗品として使うことは普通の人間なら躊躇われてしまう。 



(それらの点から推測出来ることは、ギード・ストレリウスに薬を渡した人物はすぐ薬を使うと分かっていたということ。 またギード・ストレリウスに薬を渡した人物は、ヘェンナ硝子の稀少性を分かっていながらも渡したということ。 そして、やはりこの学院の関係者ということ)


 ギードに渡された薬の効果は間違いなく本物だ。

 闇市場にでも流せば結構な金額になるに違いない。


 金持ちなストレリウス家の嫡男であるギードが金を積んで手に入れたかもしれないが、ヘェンナ硝子の瓶に入っていることを含めればかなりの金額になるはず。

 誰かが親切心か悪意で提供した――という可能性が高い。



「ギード・ストレリウスが飲んだ薬の効果は俺が保証する、あれは上質なものだ。 魔力が倍以上に向上されていた」

「それで気絶させられてから、今も目が覚めないと……ふぅーん…………」


 全員の視線がギードに向いた。


 青い顔をして、ずっと寝ている。 起きる気配が無い。

 寝息は聞こえるが、まるで死人のようにも見えた。


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