第17話 握手



「…………あの」


 静かになった第三グラウンドで、今更ジョージは冷静になってきた。


 冬が近くなった秋の夜風はとても冷たい。

 ギードによって破壊されまくったせいで第三グラウンドは無惨な姿になっている。

 そんな現実のおかげで、頭はようやく冴えてきた。



 自分がユリウスを結果的に騙したことも思い出す。

 それに、さっきバルコニーを飛び出す前のユリウスの発言も。



「僕はユリウス君に――」

「離れろ!!!」


 何か言おうとしたら、それを遮るように荒々しく声をかけられた。

 ユリウスでもジョージでも、ましてやギードでもない声だ。


 見れば舞台の出入口の方からガーランドとグラン、ゲィジェス、ゴッツの四人が立っていた。

 全員が寝間着姿で息を切らしているのは、ついさっきまで寮で寝ていたからに違いない。


 その手には杖が握られていて、先端を震わせながらユリウスへ必死に向けていた。



「ギードから離れろ、この野郎!」

「何しやがったんだ!?」

「いくらなんでも、ここまでやる必要はあるか!?」

「こんなにめちゃくちゃにして!」


 ガーランド達はユリウスに敵意を燃やし、杖先を向けながら警戒しつつ近寄る。

 視線は倒れたギードとユリウス、ついでにジョージの間を往復していた。



「ま、待ってよ! ユリウス君は何もしてない、全部ギード君が自分で――」

「ジョージは黙ってろ!」


 大した敵だと思われていないのだろう。

 ジョージが慌てて四人を制しようとすれば大声で怒鳴られ、でも杖先はユリウスに向けられたままだった。


「ほぼギード・ストレリウスが自分でやったことだ」

「五月蠅い!」


 ユリウス自身が否定してもガーランド達は聞く耳を持っていなかった。



 今来た者から見れば、ユリウスがギードに何かをしたように見えてしまうだろう。

 ギードには第三グラウンドを此処まで破壊する力は無いはずなのだから。


 しかもユリウスは無傷で息も切らさず、ギードだけが怪我をしている。

 それはもう、一方的に酷い事をしたように見えるはずだ。



 ユリウスは特に敵対の意志は無いのか、それ以上弁解することはせず柄杖を仕舞い両手を挙げてまでギードから離れた。

 ジョージもそれに合わせてギードから離れる。


 それを見てガーランド達はユリウスを警戒しつつも走ってギードに駆け寄った。

 


「ギード! 大丈夫か!?」

「ああ、気絶してる……たぶん」

「酷いよこんなの……」

「おい、ギードに何をしたんだ!?」


 ギードに気を遣いつつも、ユリウスへの警戒は忘れない。

 少しでも近寄ろうものなら本気で何らかの魔法を使いかねない様子だ。

 同時に、ユリウスとジョージがどんな言い訳をしたとしても信じないだろう。


「気絶させた以外は何もしていない」

「それ以外にもしたからこんなことになってるんだろうが!」

 

 ユリウスは信用されていない。

 おそらくそれはジョージも同じだっただろう。

 

「ギード・ストレリウスは気絶しているだけだ、だがすぐ医務室に運んでやるといい。 精神が混濁するような魔法薬も服用していることも伝えろ」

「ッ、そんなの言われなくても分かってる!!!」


 グランはそう言いながらギードを担ぐ。

 ただし一人では気絶した人間を担げないとすぐ気付いて、ゴッツと協力して運びだした。

 残ったガーランドとゲィジェスはユリウスを睨み、警戒しながらもその後に続いていった。



「……あれが、友情というやつか」


 小さく呟くユリウスは、やはり何も表情を変えなかった。

 おそらく本人は人に聞かせるつもりは無かっただろうが、ジョージの耳にははっきりと責められているように聞こえた。



「あの!」


 何か言わなければ、とジョージは口を開く。


 しかし何を言えばいいのか分からない。

 互いに勘違いしていたとはいえ、嘘を吐いたのはジョージの方だ。

 なら勘違いさせたのも、ジョージの方だろう。


 だというのにこの期に及んで、ユリウスに言い訳をしようとしている。


(……僕って卑怯だな、分かってたけど……)


 何を言うべきか困って、ユリウスを見ることも出来ず視線を右往左往させた。



「素人の俺が看るより、この学院の医師の方が信用出来る。 明日が休日なのも運がいい」


 ジョージより先にユリウスが言う。


 その声に、ジョージに対する失望や怒りは全く含まれていない。

『許されている』と勘違いしたくなるほど、とても軽く聞こえる。



「ジョージ・ベパルツキンは着いて行かなくてもいいのか」

「え、どうして?」

「お前はギード・ストレリウスの友達だろう?」


 違う。

 そんなことはない。

 ギードにとってジョージは都合の良い玩具だ、友達などでは決してない。


 それにそんな事をユリウスに言われると、とても困る。


「ぼ、僕は友達じゃないよ……僕がそう思ってたとしても、ギード君はそんなこと絶対思ってないし」


 でもユリウスの目には、そう見えていたのだろうか。



「ならすぐ寮に戻るといい。 学生が寮を夜間に抜け出すのは規則違反だ」

「う、うん…………でも、ユリウス君もだよね?」

「俺には修復作業がある」


 そう言って、柄杖を持つ。

 まさかこの壊れた第三グラウンドを、元に戻すつもりだろうか。

 


(あれだけ難しい魔法使ってたのに、まだそんな作業もするつもり!?)


 しかも壊れたのはユリウスのせいではない。

 壊したギードが責任をもって修復するべきことのはずだが、ユリウスは自分でやろうとしている。

 

「自分で壊したわけじゃないのに!?」

「俺も当事者だ。 それに、ヴィオーザ侯爵家には借りがある。 壊したままでは申し訳ないだろう」


『借り』というのが何なのかジョージには分からなかった。

 相手は五大名門の一角、この学院の創設一族であるヴィオーザ侯爵だ。

 が、ユリウスなので直接の知り合いでも何もおかしくはない、とジョージは判断した。


(……って、そっか。 フランシス様と喋ってたし、前からの知り合いなんだ)


 フランシスの婚約者は、今のヴィオーザ侯爵の娘であり現学院長の孫だ。

 それはもう、知り合いも知り合いだろう。

 もしかしたらユリウスがこの学院の入学に使った後見人はヴィオーザ侯爵なのかもしれない。



「いいえ、修復の必要はありません」

 

 また知らない声がして、ジョージはとても驚いた。

 この場にあまり似合わないような――明らかに大人の、それも年老いた人の声だったからだ。


 ジョージが弾かれるように見れば、柔和な笑みを浮かべた老紳士がいつの間にか立っていた。

 老いて白くなったに違いない白髪を撫でつけたような髪型に、夜でもとても目立つ真っ赤なスーツ。

 年齢は五十代を超えたぐらいに見えるものの、しかしその背は真っ直ぐ礼儀正しく伸びている。


 明らかに浮いた人だ。

 赤いスーツも目立つが、何よりその背がとんでもなく高い。

 ユリウスもギードも背が高い方だが、この老紳士は群衆の中に混ざっても頭一つどころか二つ以上出るだろう。


 ユリウスはこの老人に気付いていたのかと見れば、ユリウスも驚いているように見えた。


(まさかこの人も空間転移魔法で?)


 今日一日で何回も見過ぎて、空間転移魔法の価値がジョージの中で大暴落していた。

 しかしそうとしか思えないほど急に現れている。


「お二人とも、このまま寮にお戻りください。 修復はこちらで行います」


 老紳士はとても礼儀正しいように見える。

 よく見ればその胸に着けた記章はこの学院の職員のものだった、しかしこんな目立つ格好の職員をジョージは知らない。

 職員の格好はどれも基本的に同じはずだ。 こんな真っ赤なスーツがあるだろうか。


 ユリウスも似たことを考えているのか、老紳士の言う事を聞かずただジョージより前に立っている。

 警戒されていると気付いているのか、老紳士は全く驚いた様子も見せず、深々と優雅に一礼した。


「私めはヴィオーザ魔法学院の特等職員の座を主君より拝命しているメリソンと申す者です。 ただ職員が此処を修理しに参っただけでございます。 生徒の皆様を傷付けるなど到底有り得ないことです」

「……特等職員とは?」


 ジョージも聞いたことがある。

 職員には能力に応じて階級分けがされていて、三等から二等、一等、特等まで存在すると。

 三等は入って一年やそこらの新人、一等となれば今すぐ貴族の使用人にもなれるほどだとか。


 そして、特等職員は常にたったの一人、職員の頂点にだけ与えられている特別な称号だ。

 その主な仕事といえば。


「職員は分かるよね? 特等職員は一人しか居なくて、学院長とか学院でも上の人達しか会えないし、生徒だと『色持ちカラーズ』の人達のお世話担当で、まず僕達が会える人じゃないよ……」

「その認識で概ね正解でございます」


 また恭しく一礼された。


 普通科どころか貴族科の生徒の世話すら担当しなくてもいい人だ。

 ジョージも初めて見たが、『目立つ』とだけ聞いていたが本当に凄く目立っている。

 もしかしなくても生徒より目立つのではないだろうか。


「お前の主君とは?」

「歴代のヴィオーザ侯爵、並びに歴代の学院長様でございます」


 ニコニコと笑っている。

 威圧感のあるユリウスを見ても何も思っていないらしい。



「流石はヴィオーザ侯爵だな、精霊憑きの地に学院を建てたのか」

「……精霊、憑き?」

 

 今度は分からないのはジョージの方だった。

 精霊という単語は分かるが、『精霊憑き』となると変わってくる。

 言葉から察せられる雰囲気だけなら、なんとなく分かるのだが。


「御身からのご理解がいただけて、大変光栄です」


 ジョージにはユリウスが言っていることの意味が分からないが、しかし向こうには通じたらしい。

 警戒の必要も無いと分かったのか、ユリウスはあっさりと背を向けた。



「という事は、全て見ていたのか」

「ええ、この地で起きますこと、話される音は、全て」

「…………」


 ユリウスの顔が無表情ながら険しくなる。

 よく分からないが、おそらくさっきユリウスがギードにやっていたことも見ていたし把握されているということだろう。



『精霊』とは孤高の存在で、自然の色が濃い土地に生息する存在だ。

 人間より遥かに魔法寄りの存在で、見た目も精神も人間とは違う構成だという。

 ある意味ではドラゴンより人間に親切で、同じぐらい人間と敵対しているというぐらいには中立の存在でもある。


 格は上から下まであり、下は言葉も話せないが、上を見れば天候すら操り嵐を呼ぶという。

 もちろん、格下の存在である人間なんかに従うわけがない。

 なのでヴィオーザ侯爵を主君だ何だと言っているのは一般的な知識から言えばおかしいのだが、しかし相手が五大名門のヴィオーザ侯爵なので、なんでもアリな気がした。



「私めが主君より与えられた仕事は、この土地で起きることの監視と外部の者の侵入阻止、魔法などによって破壊された建物の修復、『色持ち』の生徒様の世話、そしてこの土地で過ごす皆様の安全保障にございますれば。 それ以外のことは、管轄外でございます」


 全く笑顔を崩さず老紳士はユリウスを見る。


「まさか貴方様には、この地に居る皆様の安全と平和を乱すような事をなさるご予定が?」

「そんなものは無い」

「ええ、貴方様は一介の生徒様としていらしているのですから、生徒として過ごす以上の事は起きない。 はい、そうでしょうとも。 大変安心しました、御身とは戦いたくありません」


 老紳士は、なんだか大袈裟な身振りで一礼する。

 慇懃無礼というほどではないが、本当に何やら大袈裟だ。



(精霊って人間よりずっと魔法的に優れた存在のはずだけど……その精霊が戦いたくないって、よっぽどなんじゃ……)


 もちろん、ただの社交辞令という可能性もある。

 が、今さっきのユリウスの戦いがまるで本気でなかったことを思えば、その警戒もあながち嘘ではない。



「私めとしましてはそれよりも、生徒様の夜間無断外出の方が気になりますね」

「え」


 ちらりと初めて視線がジョージへと向く。

 言われて、ジョージは気付いた。


 夜間の生徒の外出は、許可が無ければ認められない。

 ギード自身やギードに呼び出されたユリウスはまだ大丈夫だとしても、ジョージは無関係なので別となる。

 明らかに怒られる。 処罰の対象だ。


 今更すぎることに気付いて、ジョージは物凄く焦った。


「す、すみませんッ! 寮を勝手に――」

「お前は見たことをヴィオーザ侯爵に伝えるのか」


 ジョージを遮るようにユリウスは言う。

 老紳士側は何かを信じたようだが、ユリウスは全く警戒を解けないらしかった。

 


「主君は『全ての判断はお前に任せる』と仰りました。 貴方様が生徒としての埒外でなければ、貴方様が何をしようと主君に伝えることはありません」

「……そうか」


 特に警戒を解いた風でもなく、ユリウスはそう言った。

 そして老紳士はまたジョージを見る。


「そちらにいらっしゃるユリウス・ヴォイド様の師匠は、夜間に何度も無断外出をしていましたよ。 私めが何を言ってもまるで聞く耳を持たず、彼女が『色持ち』になるまで何度捕まえて罰を与えたことか」

「え?」


『師匠』と言われてユリウスを見る。


 ユリウスの師匠が女なのは今初めて知ったが、どうやらこの学院の卒業生らしい。

 それも『色持ち』に加えられるほどの凄い人。


 その弟子であるユリウスが凄いのは当たり前というか、凄いからこそ弟子になれたというか。


「そんな迷惑――失礼、賑やかな方の弟子であるユリウス様のお友達であるジョージ様が一度ぐらい夜間の無断外出をしようと、ニーケ様のやらかしの方が圧倒的過ぎて霞みますね」

「え、と、友達!?」

「ふふふ」


 物凄く情報量が多くてジョージは混乱した。

 とにかく『ユリウスの友達』扱いされて、でもさっきまでの流れが流れだったのでそう名乗ることも否定することも出来ない。



「行くぞ」


 色々と考えることが多かったジョージの迷いを振り払わせるように、ユリウスは老紳士に背を向けてジョージの手を掴む。

 意外でもなく強い力だ。

 ジョージは簡単に引きずられ、ただ壊れた舞台に残る老紳士がまた一礼している様子だけが見えた。



 

 ~・~・~・~・~・~




「あの精霊は余計なことばかり言う」

 

 第三グラウンドから離れて、ようやくユリウスはジョージから手を離した。


 痕が残るのではないかと思うほど強い力でジョージを引きずったにも関わらず、ユリウスは息一つ乱さない。

 ユリウスが今日使った魔法はどれも高度なはずだが、今からもう一度やれと言われても特に問題なくやれそうに見えた。


 ジョージから手を話してからも、ユリウスは歩き続ける。

 向かう先は寮だ。



「…………あの、ユリウス君、その、僕は。 ユリウス君に、嘘を」


 言うべきことが頭の中でまとまらない。

 しかし何か言うべきだと、思いついたままにジョージは喋る。


「ユリウス君に、歓迎会だって言って」


 勘違いしていたのはユリウスの方だ。

 が、そんなの言ったところで嘘を吐いたジョージの方が悪いに決まっている。


(それでユリウス君は、こんな僕のことを友達だと思ってたみたいで)


 流石に『嘘つき』と罵られるだろうか。

 でも仕方ない。

 嘘を吐いてユリウスを騙したのは、ジョージの方なのだから。


「ごめん、ごめんなさい! 嘘なんか吐いて!」


 思い切り頭を下げた。

 ごちゃごちゃと考えてしまうぐらいなら、そうした方が早かった。

 それすら思考放棄だと言われてしまいそうだが。



「お前は何を謝っている?」


 そう、ユリウスは言った。

 やはり淡々とした低い声で、怒っているように聞こえない。


「歓迎されていると勘違いしたのは俺だ。 お前達を友達だと思い込んだのも俺だ。 俺自身がどう思ったとしても、お前達が俺を敵だと認識したのならそれがお前達にとっての正解だ」

「で、でも」

「何も悪くないのに謝るな」


 違う、そんなことはない。

 ジョージが何も悪くないなどということは、全く無い。


「悪いよ!」


 ジョージはユリウスに向かって、思わず大声をあげていた。


「僕は、ユリウス君が友達だって思っててくれてたのに、見捨てたんだよ!? 実は歓迎会なんかじゃなくて、ギード君がユリウス君を襲うための呼び出しだって、そう言おうと思ったら言えたんだよ!? なのに言わなかったんだから、悪いに決まってるじゃん!? 片棒担いでるよ! 十分悪いよ!」


 肩で息をする。

 自分でも信じられないような大声で、それもユリウスに向かってこんな大きな声を出すとは、自分でも思っていなかった。



「僕みたいな奴のこと、友達だって思わない方がいいよ……ユリウス君みたいな凄い人には、もっと相応しい人が居るからさ」

「相応しいとはどんな人物だ」

「えっ、いや、その……とにかく頭が良くて魔法も凄くて実家も凄い人……貴族科の人とか、ギード君みたいな人とか」


 とにかくユリウスとジョージは不釣り合いだ。

『ユリウスの友達』などいう大役、ジョージには役者不足も良いところだろう。

 


「夕方にも聞いたが、ジョージ・ベパルツキンは自分を蔑むのが趣味なのか? あまり有意義な趣味とは思えない」

「そ、そんなことどうでもいいよ……」

「どうでもよくない」


 ユリウスは真顔だった。

 無表情で、でも真っ直ぐジョージのことを見ている。

 その真紅の目を見るのも怖い。



「……ジョージ・ベパルツキンは、俺に最初に声をかけてくれた人間だ」


 淡々と。


「ジョージ・ベパルツキンは、俺に道案内をしてくれた人間だ。 ジョージ・ベパルツキンは、俺の隣に座った人間だ。 ジョージ・ベパルツキンは、俺と同じチームでアソールをした人間だ」


 ただ淡々と、抑揚も無くユリウスは言う。

 己の胸に手を当てて、その思いや記憶を噛みしめるように。


「ジョージ・ベパルツキンは俺を昼間も誘ってくれた人間だ。 ジョージ・ベパルツキンは、俺に伝言するために学院中を走り回ってくれた人間だ。 ジョージ・ベパルツキンは、俺と同じ人に憧れる人間だ。 ジョージ・ベパルツキンは、偽りだろうと俺を歓迎会に誘ってくれた人間だ」


 間違ってはいない。

 いないが、同時に大したことは何も言っていない。

 ジョージがユリウスの道案内を申し出たのは、最初は皆に押し付けられたからで、次は自己中心的な好奇心だ。


「ジョージ・ベパルツキンは、嘘を吐いたと俺に謝る人間だ」

 

 それでもユリウスは、一つ一つがまるで命を救われた事件であるように言っている。


「以上、省略しても尚余りあるほどの素晴らしい美徳をもって、ジョージ・ベパルツキンを俺の友達であると認定する。 そこにいったい、何の不思議がある?」


 そう、誇らしげに確信をもってユリウスはそう言った。

 普通の人間には到底理解出来ない理由で。 ユリウスは、ジョージのことを友達だと言った。



「これだけ素晴らしい事が出来るのだから、自分を卑下するな」

「……いや、でも、どれも全然大したことが――」

「俺にとっては大したことがある、誇るといい」


 どれも偶然。

 ただただそうなったというだけで、普通に考えたら美徳などでは決してない。

 ジョージは別にユリウスを歓迎したわけではない。


 だというのに、そんなものをユリウスは美徳だとか言って褒めたたえる。



「では友達の条件とは何だ」

「条件……?」

「金が無いと友達になってはいけないのか、才能が無ければ友達になってはいけないのか、友達には身分が必要なのか、特定の容姿でなければ友達になれないのか、友達は店に売っているのか、友達を証明する勲章は存在するのか、何があれば友達だと認められる」

「ええと」


 そう畳みかけられても分からないものは分からない。


 そんなことを聞かれたって、答えられるわけがない。

 ジョージにだって、この学院に友達なんか居ないのだから。


「俺は、友達を認定する称号や勲章が無いせいで困惑している、このままでは目的を果たすことが極めて困難となる。 友達の条件とは何だ」

「…………条件とか、そんなの、無いと思う。 けど」

「ならば意志一つで決めつけるしかない。 俺はジョージ・ベパルツキンを友達だと思っている」


 そうはっきり正面から言われても、困る。

 何が困るのかジョージには分からないが、困ってしまうものは困ってしまうのだ。

 

 

「お前は俺が友達であると問題が発生するのか? 金銭の問題か? 俺の出自が不安か?」

「そ、そんなこと無いけど」

「俺は南生まれのような肌色を見て『肌が黒い奴に商品は売らない』と言われたことがある。 この国には黒い肌の人間が居ては困る人間が居るらしい。 お前もそうか?」

「そんなの考えたことないけどっ!」


 ジョージは思い切り声を出す。

 するとユリウスは黙って、ただジョージの返事を促した。



「僕みたいな奴、友達になってもユリウス君には何の利益も無いよ?」

「利益の有無が条件なのか?」

「そうじゃなくて」


 ジョージは首を横に振る。


 そう理屈を聞かれても、友達の条件なんて考えたこともない。

 やっぱり身分が釣り合わないといけないんじゃないかと思うし、魔法の才能だって釣り合わないとダメなんじゃないかと思う。

 

「俺が聞いているのは、お前が俺の友達になることに何の問題があるのかという事だけだ。 お前に不都合があるなら仕方ない」

「……本当に良いの? 後悔しない?」

「俺がする『後悔』とやらを今此処で全て並べてみろ」

「………………」


 何を言っても、ユリウスは納得しないように見えた。


 でも『ジョージを友達にしてもいい理由』を聞いたところでさっきと同じようなことを言われるのだろう。

 必要なのはジョージの意志一つだけだ。


「…………本当に、友達になっていいの?」

「俺に問題は無い」


 そう言って、ユリウスは右手を差し出した。

 握手、とでも言わんばかりだ。


「握手?」

「『よろしく』という意味だ」


 そういえば、ユリウスはギードとも握手しようとしていたと思い出す。

 やはりあれは、ユリウスなりの『友達』の証だったのかもしれない。


 それをあんな風に振りきったギードのこともやはりまだ友達だと思っていて、ユリウスの心が広いのか何も考えていないのか、ただ純粋なのか、もう何がなんだかジョージには分からなかった。

 

「…………う、うん。 よろしくね、ユリウス君」

「ああ」


 ユリウスの手は、やはり硬かった。

 ジョージの手だってそれなりに苦労してきて硬いつもりだが、ユリウスの手はそんなのとは違う。

 武器や杖を振るい慣れた、戦士の手だった。


 友達になった証として握手している、と思うとなんだかこそばゆい。

 別に、握手しなくてもいいだろうに。



「これで師匠に良い報告が出来る」

「あ、師匠さんに手紙送るの?」

「ああ。 日々起きたことを毎日手紙で報告する予定だ」


 それは送りすぎだ、とジョージは思った。


 故郷に手紙を送る生徒は居るが、その生徒だってべつに毎日送ったりはしないだろう。

 なんといってもこの学院は手紙を出せばすぐに届けられるのではなく、数日ごとに纏めて届けられる仕組みなのだから。

 一応お金を払えば特急で届けてもらえるのだが、それほどの緊急の手紙はそうそうない。



(……でもユリウス君はお金払ってでも毎日の報告の手紙を師匠さんに送るんだろうなぁ)


 それが予想出来てしまって、ジョージは笑った。



 

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