第16話 誤解の発覚

  


(まさか……冗談とかじゃなくて、本気で言ってる?)


 困惑のままにジョージは考える。

 ユリウスの反応はそれくらいおかしい。



 だって、何故なら、ユリウスはギードからこういう対応をされると、最初から分かっていたはずなのだ。

 だからこそ此処に来た。


 

 なのにユリウスは、まさか本気でケーキでも出されると思い込んでいたような――――そんな果てしない勘違いがあるような、気がする。

 ユリウスは何の迷いも無い顔をしていた。

 しかし、そんなおかしな勘違いをする理由が、今までに一度でもあったのだろうか。




(確か、ユリウス君は『開くと分かってた』って言ってて……だからこうなるって分かってたはずで……)


 だがそこが間違ってたから、こうなってるわけで。



(…………え、あれ?)


 ユリウスが師匠の話をした時、どういう反応をしたか。

 ジョージが『憧れる』とか適当な事を言った時、ユリウスは静かに怒ったような――殺意とかそういうものをすら感じる様子だった。


 でも実際は、ジョージの慧眼だか何だかにとても感心していると、そういう反応だったつもりらしい。

 その時ジョージは『それで相手に伝わってると思うのか』なんて思ったりした。



(あれ?)


 仮に、そういう互いの認識が間違っていることが何度も起きているとしたら。

 もし、それが最初からだとしたら。

 そして、ユリウス側の認識だって間違っているとしたら。


(『仲良くしよう』って、確かに最初に言ってたけどっ、まさかそんな、本気で言ってた?)


 なんだか嫌な予感がして、背中に変な汗が流れた。



(でも――待って!? そんな勘違いする人間、この世に居る!? ましてやユリウス君みたいな頭が良くて冷静な人が!?)


 ジョージは自分の頭に浮かんだ考えを振り払うように、ユリウスを見た。


 どんな世間知らずな人間なら、そういう間違いが出来るのだろう。

 そう、ユリウスは間違えていない。


 何故ならユリウスは天才で、冷静で、冷血で、頭が良くて、最強で、優れているから。

 ジョージみたいな凡人なんて興味も無い、師匠以外の他人に一切の興味も無い、冷酷で無慈悲な人間の、物語の登場人物のように浮世離れしているはずだ。


 しかし目の前に居る実物のユリウスは、まるで意外と普通の少年のような感性をしているような、そんな気がしてしまう。



「ユリウス君……! ユリウス君が言ってた『この学院の全員を下僕にする』って、どういう意味!? 本当に下僕――奴隷にするって、そういう意味だよね!?」


 そんなユリウスに対する幻想を守りたくて、ジョージは必死に声を荒げた。


「奴隷?」


 しかしユリウスは冷静にジョージを見る。

 あまりにも愚かでどうしようもなく下らないことを言う間抜けを見下す、何の感情も無い目で。


「お前は何を言っている。 俺は奴隷など必要としたことはない」


 バカを見る目だ。

 この無表情の向こうに、本気で『何を言ってるのか分からない』という感情がうかがえるような気がする。

 あまりのことにジョージは絶句した。


 しかし流石のユリウスもジョージの顔を見て、自分が何かを致命的に間違えていることに気付いたらしい。

 やや困惑をこめた間を置く。


「……下僕とは、友達の隠喩だろう?」

「―――――――」


 ジョージは唖然とした。

 あまりにも明後日な方向に投げられたユリウスの返事に、空いた口がふさがらなかった。



「と、友達の隠喩……? なにそれ……そんなわけないじゃん……」


 そんなの、ユリウスには無縁のはずだ。

 ジョージみたいなのと違って、そんなものを最初から必要としていない人のはずだ。


 

「では何故、ギード・ストレリウスは俺に『下僕になれ』と言った。 そういう意味以外の、何がある?」


 そうだろう、と言わんばかりにユリウスは腕を組んで、ギードを見る。


 普通に考えればそんなの有り得ないと分かるはずなのに、ユリウスはまるで間違っているのがジョージだと言わんばかりに、とても大真面目だ。

 例えるのならそう、事件の真相を解き明かしきったばかりの探偵のように見えた。


 問題はその推理が見当違いにも程があるということだ。



「お前は何も分かっていなかったのか?」


『俺は分かっていたが』とでも、自分はギードの理解者だとでも言わんばかりだった。


 もちろん、ユリウスは何も分かってない。

 ジョージもギードも、そんな解釈を一切しなかった。


 ユリウスだけがそんなおかしい解釈をして今此処に立っているのだ。



(友達が下僕の隠喩とか、どうひっくり返ってもそんな事にならないよ。 どれだけ常識とズレて違う方向を見て思考してたらそうなっちゃうのさ?)


 しかし、ユリウスは本当に大真面目に言っているように見える。


 本気でそう思ったし、本気でそうだと信じたようだ。

 でなければ、今この意味の分からない状況にも説明がつかない。



 おそらくユリウスだけは一方的に、ギードのことを友達だと思っていたのだ。

 

 あるいは、もしかしたら他の、ジョージを含めたクラスの全員のことも。




「何も分かってないのは、お前だろ、このバカが」


 ずっと黙って聞いていたギードが、ようやく口を開いた。

 ジョージと同じ感想をもって――違うことを考えている、そういう顔だった。


「歓迎会? 友達の隠喩? は? バカじゃねえのお前? 夢みたいな話してんじゃねえぞバカか、現実見えてないのかお前?」

 

 ギードは笑っている。 同時に、ひどく怒っている風にも見える。


「お前の言動の何処を見てたらそう思うバカが居るんだ? 仲良く? 歓迎会? 隠喩? そんなの開いてもらえると思ってるのか? ハッ、バカかお前?」

「そう何度もバカと言うな」

「バカだろ! はー? バッッッカじゃねえの!?」


 ギードは息を吸いながら、吐くように怒っていた。

 笑いに変えようとした感情が、喋るだけで一気に怒りに転がっていくようだった。


「何が友達だァ!?」


 今までで一番怒った顔でギードは杖を振りかぶる。


 するとギードの周囲に光が五つ、六つ、七つと浮かぶ。

 詠唱は、していない。

 もはやそんなもの、必要としていないような。 


「お前みたいなのと友達になりたいと思う奴、居るわけねーだろ! バカが!!!」


 杖を振るえば、周囲に浮いた光球が順番に、乱れてユリウスへと飛んでいく。

 その足元や顔面を狙って鋭く。

 次々と新しい光球は生まれて、指揮者のように杖を振るい続けるギードに従って飛んでいく。


 

「お前には、他に表現は無いのか」

 

 ユリウスは平然と、詠唱も無しに空間転移を使う。

 そんな彼を見抜いていたようにギードはニヤリと笑った。



「お前には友達なんていねぇよ! 嫌われてるんだからなッ!!!」


 次々と新しく生まれる光球が、縦横無尽に飛んでいく。



 もはやユリウスが居るとか居ないとか関係ない。

 凄まじい勢いの光球が舞台を荒らし、轟音を立てて第三グラウンドを破壊する。

 

「ハハッハハハハハアハハ!!!」

「ギード君――!」


 介添人として立っているジョージも、そこに居ては危険だった。

 そうやっている間に横をかすめていった光球がジョージの真後ろを破壊してしまう。

 あんなのに直撃したらどうなるか分かったものではない。



 ジョージは慌てて背を向け逃げようとして、誰かに腕を掴まれたのを感じた。


 かと思えば山道を行く馬車に閉じ込められたような、そんな一瞬の激しい眩暈と浮遊感、そして暗転。

 気付けばジョージの体は舞台の上ではなく、客席それも貴賓席の一番上というバルコニーのように飛び出した高所に移動していた。



「急だった」

「え!?」


 横からユリウスの声がして、驚いて横を見る。

 するとそこにはユリウスが居て、舞台に立っているギードの姿を眺めていた。


 ギードはまだまだ魔力が尽きないのか、ユリウスどころかジョージすら居ないと気付いていないのか、高笑いをしながら魔法を使い続けている。

 明らかに普通の状態ではない。


「ユリウス君!?」


 おそらく鈍臭いジョージを、適当に安全そうなところにまで空間転移で連れてきてくれたのだろう。

 客席が安全といっても、あのギードの様子ではそれも時間の問題だが。



(空間転移? 今、僕を連れて空間転移した?)


 空間転移なんて平民にはまず触れる機会の無い魔法だ。

 その初体験がこんなあっさりといきなり行われた事に驚いて、同時に『他人を連れての空間転移』がどれだけ高度なことなのか思い出して、しかしジョージはもはや驚けなかった。


 ユリウスだったら仕方ない。

 きっと城を持ちながらの空間転移だって出来てしまうに違いない。

 何をしてたって、いちいち驚いていたらキリが無い。

 

「ジョージ・ベパルツキン、ギード・ストレリウスは魔法薬を服用していたか」


 こんな眩しい状況で、やはりユリウスは淡々と冷静だった。

 彼は何が起きたらその表情筋を激しく動かすのだろう。


「ま、魔法薬? 服用、してたけどっ、ついさっき、ユリウス君が来てから」

「大した効果だ」


 おそらく真面目に褒めているのだろう。

 言葉だけで言っているように聞こえるが、なんとなくそう思う。


 しかし確かに、いくら魔法薬で強化しているといってもあんなに強くなれてしまうのか。

 どんな凄い魔法薬を使えばそんなことが出来るのだろう。


「あれだけの効果だ、おそらく幾つか制約がある中での強化だろう。 副作用もそれに比例して重くなっていると思われる」

「副作用!?」


 当たり前のことだ。

 どんなに大したことがない魔法薬でだって、最低でも『すごくまずい』『口臭がくさくなる』みたいな欠点を持っている。

 ギードをあれだけ強くしてしまう魔法薬なら猶更だろう。


 いったい、どんなに酷い副作用があるのか。



「まさか、ギード君は死ぬ――――」

「それは無い」


 はっきりとユリウスはそう言い切った。

 未だに光球を放って笑いながら第三グラウンドを破壊し続けているギードの姿を、とても冷静に見下ろす。

 

「俺は殺しを好まない」


 その手には柄杖が握られている。



「そしてギード・ストレリウスは俺の友達だ。 友達とは見捨てないものだ、師匠がそう言っていた」

「と、友達って――ギード君がっ?」


 ついさっき、本人によって思いきり否定されたばかりだ。

 ユリウスはギードの話を聞いていなかったのだろうか。



「どうやら俺は嫌われているらしい。 俺からの溢れる好意は、ギード・ストレリウスには正しく伝わらなかったようだ」

「…………」


『何処にそんなものが』とジョージは言いたかった。

 そんな場合ではなかったから、黙ったが。



「しかし今日友達でないからと、明日も友達になれないとは限らない」

「――――」


 ユリウスは、きっと本気でそう言っている。

 本気でそう思っているから、そう言っているのだ。


 おそらくは『師匠にそう言われたから』なんだろうが、それでも彼は本当に信じている。


 ユリウスは客席のバルコニーから身を乗り出し飛び出そうとして、ふとジョージに視線だけで振り向いた。


「……俺はジョージ・ベパルツキンとも友達だと思っていたのだが、それも勘違いなのか」

「え」


 ジョージが何か言う前に、ユリウスは飛び出してしまった。


 二階ぐらいの高さ、それも円舞台とは結構な距離があるにも関わらず、軽々と舞台に飛んでいってしまう。

 普通の人間の身体能力ではない。 ジョージにはとても出来ないことだ。



(ユリウス君は僕なんかのことも友達だと思って――)


 ユリウスから見て、ジョージは何のメリットも無い存在だ。

 別に魔法が優れているわけではないし、運動だって下手、実家はふつうの平民、容姿も平凡。

 性格なんて、つまらないどころか苛々する部類だと思う。


 ジョージなんて、友達になる価値が無い。

 自分でも分かってる。


 

 ユリウスがそう言ってるのは、たぶん師匠に言われたからとか、そんなのだろう。

 あの調子だと友達が何なのかもよく分かっていなさそうだ。


 それでも、きっとユリウスは本心から言ってるのだと思う。

 ジョージなんかに向かって。

 たぶん、ユリウスはジョージにこだわってなんかいない、大勢の中の一人だろうけど。 だけど。



 光の球が次々と嵐のように吹き荒れる中、ユリウスは平然と舞台に下りる。

 

「ギード・ストレリウス」


 そう淡々とギードに声をかける。

 ギードは魔法を停止させ、ユリウスの方を振り向いた。



「あー? なーんだお前ぇ、まだ生きてたのかよぉお?」

「あの程度で死ぬなら俺はもう死んでいる」


 そう、煽っているのかバカにしているのか何なのか分からないことをユリウスは言った。

 それが聞こえているのかいないのか、ギードはニィと笑みを作る。


「ハハハハ!! じゃあ今すぐ死ねよ、死ね!!!」


 光球が大きさと数を増やす。

 いったいどこまで今のギードには出来てしまうのだろう。

 第三グラウンドが壊れてしまうのも時間の問題だ。


 

「申し訳ないが、死ぬ事は出来ない――『抜剣』」

 

 静かな、短い詠唱。

 同時に柄杖から伸びる、真っ白な光。


 まるで、光だけで出来た剣のよう。


 純白の光はギードの光球よりも静かに、朝に見る雪よりも綺麗に輝いている。

 長さはユリウスに合わせたぐらい。

 それが真っ直ぐに、何の歪みや揺らぎもなく、確かに存在していた。


 


「ま、魔法剣!?」


 ジョージは驚いて声をあげた。


 魔法剣とは、魔法騎士が使う魔法を代表するものである。

 柄杖と呼ばれる剣の柄を模したものから、己の魔力を用いた剣を作り出す。


 それこそが魔法剣。

 細くてもいい杖を、わざと刃の無い柄のような形にしなければならない理由。


 輝きが美しくかつ華々しい魔法剣は、極めて見栄えの良い魔法だ。

 これを持った魔法騎士達が整列する壮麗な姿を見て、魔法騎士に憧れない少年少女が果たして存在するだろうか。

 ジョージも小規模なものを見たことがあるが、あれは確かに憧れて当然なものだった。



 同時に、魔法剣とは極めて難しい魔法だ。

 

 なんと言ってもまず『人に見られても恥ずかしくない』程度に剣を作り出すのが難しい。

 空間転移なども難しい魔法とされているが、これらは準備が大変なのであって、実際に使うのはほんの一瞬のことだ。

 しかし魔法剣は、魔法を使ったまま維持し続けなければならない。


 ジョージには無理だし、実際多くの魔法騎士達にとっても難しいものなのだろう。

 魔法剣はとても見栄えの良い魔法だが、しかし儀礼以外で用いられることはまずない。

 儀礼の際に魔法剣を持って並ぶ魔法騎士達も、実はいつも同じ面々だという。




 その魔法剣を、ユリウスはこの場で出している。

 歪み一つ無く美しい純白の輝きを放つそれは、きっと魔法騎士達の最前列に立たせても見劣りしないと思えるほど、完璧に維持されていた。

 

 その美しい輝きに、ジョージはつい目を奪われてしまった。



「――ッ、ハハハハ! イハハハハハッハ! 魔法剣、魔法剣だ! 魔法剣なんて使って、ハッ、どのツラ下げて魔法騎士に憧れちゃってンですかァ、ってナハハハハハ!!!」


 血走った目でギードが叫ぶ。

 次に来る光球は今までより遥かに強力に膨れ上がって、今にもはちきれそうだった。

 その様子は、ギードの体調と同期しているようにも見える。


「ィーーハハハッハッハァ!!」


 ギードの飲んだ魔法薬はよっぽど強力なものらしい。

 もはや人格が狂気に呑まれつつある。


 光球は存在するだけで強風を吹き荒らし、真昼の太陽のように眩しく輝く。

 それを前にしてもユリウスの魔法剣は静かに、月のように輝いていた。


 そして光球が雨のように降り注ぐ。

 標的であるユリウスが目の前にはっきりと立っていることで、狙いをはっきりとつけられているらしい。

 光球は確実に、ユリウスを逃さないように飛んできた。



 ユリウスが魔法剣を出したから、何だというのだろう。

 確かに魔法剣は難しい魔法だ、なんといっても維持が大変。

 そして何より『実際に剣か棍棒でも持ってきた方がマシ』と言われるほど、実戦で使えるものにするのは更に大変な魔法だというのに――。



「よく分かったな」


 だというのに、ユリウスは光球の全てを魔法剣で叩き斬った。


 一つ、二つ、三つ。

 全てがあっという間、瞬間で終わる。

 ユリウスにとっては何もかもが簡単で容易い。


 剣の達人のように剣を扱い、ユリウスはその場に立ったまま剣を振るい続ける。



 魔法と魔法のぶつかり合いにおいて、勝つのはより強力な魔法を使った方だ。


 ただでさえ色々と難しく酷い魔法剣なのに、ギードとユリウスの間にある力量や才能の差がどれほど残酷なのか、はっきりと示されている。

 ギードは息を切らすように発狂していくのに、ユリウスや息一つ乱さず冷静に対処していく。

 必死で行われるギードの魔法は、あっさりと切り刻まれてしまう。



 ユリウスは本当に、本物の天才なのだ。


『そこに並ぼう』などと思う方が思い上がっているような、そんな、本物の。


 

「アアアアアアア!!!!」

 

 残酷な現実を否定するようにギードは大声をあげる。

 魔法の光球はより多く、限界を遥かに超えて引き出され、ギードの人格が狂気の最中まともに残っているようには見えなかった。


 そんなギードの、魔法と魔法の合間。

 僅かに出来た隙間を縫うように、ユリウスは身一つで前に飛び出した。


 そうやって飛び出した瞬間にも光球は飛んでくるのに、ユリウスはまるで構わない。

 自殺志願の人間よりも遥かに無謀に、ただ真っ直ぐ突き進んで、迫る光球を全て魔法剣で斬り捨てていく。



「ユリウスヴォイドォォァアアア!!!」


 光球を作り続けるギードの、本当にすぐ前にまでユリウスは迫る。

 そして魔法杖を持つのとは反対の手で、危険も構わずにギードの顔面を鷲掴みにした。


 そのまま無理やりに倒し、舞台へ乱暴に頭を打ち付ける。

 人の頭部に与えて良いとは思えない音が響いて、舞台に穴が開いた。

 周囲に浮かんでいた光球が全て消失する。


 魔法とは無意識で発動するものではない。

 その光球が消えたということは、ギードが気絶したということ。


 ユリウスはそうやって倒れたギードの上に乗ると、顔を鷲掴みにしたまま魔法剣を消し、沈黙する。

 気絶して動きそうにもないのだから離れてもいいはずなのに、ユリウスは動かない。

 

 何を考えているのか、次の瞬間にはギードに危害を加えそうな、嫌に重い静かさだった。



「ユリウス君!?」

 

 ジョージは安心する間も無く叫ぶ。


 ジョージはユリウスと同じように飛び降りようとして、そんな身体能力は微塵も無いとすぐ思い出す。

 これで魔法実技が得意なら飛んだりも出来るだろうがそれも出来ない。

 

 なので通路の方に向かい、大慌てで普通の客席の方に出る。


 やはりユリウスはギードの上に乗ったまま、顔を鷲掴みにし、今にもギードの首を締めてしまいそうな顔をしていた。

 何処か鬼気迫る表情だ。

 集中しているような、それ以上に殺意を堪えているような、ひどく不安になるもの。


 首を絞めるのでなくても、今からギードを殺そうとしているようで、ジョージは恐ろしくなった。

 

 本当にユリウスは、平気で人を殺せるのではないかと、そう思ってしまう。



「何してるの!?」


 大慌てで普通席を駆け下りる。

 そしてさっきもそうやったように壁を乗り越えて舞台の方にまで下りて二人に駆け寄る。

 せっかくの大きな舞台は見る影も無く破壊されていた。


「…………」


 ジョージが駆けよれば、ユリウスが何事も無かったような顔でギードの上から退いた。

 あれだけ動いて、汗一つかいていない。



「危険は無い、ギード・ストレリウスは気絶している」

「そうじゃなくて!」


 ユリウスの心配はしていない。

 しているのは、気絶させられたギードの心配だ。

 

 


「……ギード・ストレリウスの体の内部にある魔法薬を、少々消した」

「け、消した?」


 何をしたのか、凡人のジョージにはまるで分からない。


「どうやって、そんなことしたの?」


 いくらユリウスが天才だからって、そんな事が出来るとは思えなかった。

 そういった魔法だろうか。

 しかしだったら、腹を殴って薬を吐かせた方が効果的に思える。

 

 それに何より、魔法の無効化なんて出来る魔法、高度とか難しいとか以前に、使える人間は本当に限られているはずだ。



「それは秘密だ」


 そう、ユリウスに言われた。

 わざわざ口元に人差し指を当てて、でも無表情で、人形が無理に人間の真似をしているかのようだった。



「出来ればギード・ストレリウスやお前の家族を含めた誰にも、今見たことを言い触らさないでもらいたいのだが」

「どうして?」

「記憶の操作は大変だからだ」


 記憶操作といえばやはり極めて高度――というか、免許を持つ医師以外がやるのは基本的に犯罪である。

 味を変える魔法薬だって禁止されるかされないかなのに、記憶操作の魔法は余裕でまずい。 魔法騎士がやっても批判されるのに。


 そんなことをあっさりと、無表情で言われてしまった。

 ジョージの背中を冷たいものが駆け上がった、気がした。


 だがなんと言ってもユリウスが言っていることだ。

 きっと、本気で言ってる。

 ジョージが言い触らせば、ジョージを含めた全員が記憶を消されてしまう。


「わ、分かった、言わない、この秘密は墓まで持ってくよ!」


 ジョージは慌てて首を横に振る。


 記憶操作はただ記憶を消されたり変えられて終わりではなく、場合によっては後遺症が出てしまうという。

 難しく複雑な魔法を平気で何度も使うユリウスなら後遺症も残らず大丈夫だろうが、そんな魔法を使われてしまう可能性を考えるだけでゾッとした。



「とにかくッ、ギード君はもう大丈夫ってこと?」

「副作用は出る、ただ本来よりやや軽くなる程度だ。 どんな副作用が出るかは――この薬を渡した本人に聞かなければ分からない」

「なるほど……」


 魔法薬の副作用は、魔法薬によって異なる。

 一般的に見られるような薬なら大体決まっているが、これだけ強力な薬なら作った本人ぐらいにしか分からないだろう。



(誰がそんな凄い薬を渡したんだろう……)


 ギードは学院から出ていないはずだ。

 それも半日も無く薬を手に入れている。


 となると魔法薬を入手する機会は限られているはず。

 生徒か教師、あるいは学院で働く職員がギードに渡したのだろう――学院内に限るとはいえ、範囲が広すぎる。



 それと同時に、先程のユリウスの鬼気迫る表情も、ジョージには忘れられそうになかった。



 

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