第15話 空間魔法を使えないとは言った覚えがない
(き、気になって、来てしまった……)
消灯時間、ジョージは第三グラウンドまで来ていた。
どうしても気になってしまったからだ。
ギードは許可を取っているようなことは言っていたが、ジョージのことは含まれていないだろう。
だというのに見つかったらどんな罰があるか分からない。
初犯なので流石に停学や退学とはならないと思うが、誰にも見つからない方が良いのは確実だ。
第三グラウンドは、歴史の本で見かけるコロセウムのような形状をしている。
すり鉢状に広がる客席、その中央には舞台。
天井は無く、月と星の光だけが舞台を美しく照らしだしていた。
このグラウンドの主な使用目的は魔法による実技で、客を招くような実技試験や大会、注目される魔法決闘も此処で行うことになっている。
そういう事情のため、席はどれも丁寧に整備され、五百人ほど居る全生徒よりも多くの人間が座れるほどに広い。
しかし今は客席にジョージしか居ない。
十月になって半ばの、半袖で過ごすには流石に寒すぎる空気をはっきりと感じた。
コロセウムに近い形だが、客席の比較的裕福な層のための通路には屋根がある。
そこをコソコソと隠れながらジョージは舞台を少しでも近くで見ようとしていたが。
「よお、ジョージィ」
「ひやあああ!」
背後から声がして、悲鳴をあげてジョージは尻餅をついた。
慌てて無様に振り返れば、ギードがニヤニヤしている。
「オレが勝つとこ、見に来たってか。 あいつはもちろん呼んだだろうなぁ?」
「う、うん……」
ジョージは頷く。
いつも通りギードは背が高く、高いところからジョージを見下ろしていた。
その表情にはユリウスとはまた違う自信に、非常に満ち溢れている。
そして手には、夕方にも見たのと同じ、ガラスに入った薬の液体があった。
「へえ、呼べたんだ。 どうやってあの傲慢で他人を見下してるような奴を呼んだ? 告げ口はしてねえだろうな?」
「…………か、歓迎会だって言って……」
「歓迎会! ははは! なんだそれ! 確かに『歓迎』だけどよぉ! 意味が違うってーの! ははは!」
ギードは笑った。
ツボに入ったように一頻り笑うと、すぐ感情を消し去ったような真顔になった。
ジョージの顔すぐ近くの壁へ蹴りを入れる。
「あの傲慢野郎が、そんなバカな理由で来るわけねえだろ! 歓迎会? ンなのにアイツが乗るわけないだろうが! ふざけてるのかよ!」
「ご、ごごごごめんなさいッ!!!!」
ジョージもそう思う。
「でも、行くって、本人が言ってたからッ」
ユリウスはそう言っていた。
「奴が来なかったら、分かってるだろうなぁ? な? ん? 真面目で才能に溢れた天才の、宿題担当のジョージくんよお?」
「わ、分かってる……」
少なくともユリウスは、行くと言えば本当に行くはずだ。
彼が嘘を言う理由など思いつかない。
「あーあ、天才だ天才だってちやほやして期待を込めて田舎から出て来た自分の息子が、オレにこんな漏らしそうな顔で怯えてるなんて知ったら、ジョージ君の親はどう思うかねぇ?」
「――――」
「こんな才能無い奴のために金を払うんだぜ? 普通科には安いとはいえ、ただの田舎出身の平民が払うには結構な金だっていうのにな? その金で本当だったら良い服も良い家も買えるってのによ、無駄だよなあ?」
全部事実だ。
この学院が貴族の寄付などで成立しているからって、無料になったりはしない。
ジョージを学院に行かせるために、両親がどれだけ故郷の皆からお金を借りたか。
今着ている制服一着を売れば、両親に良い食事を食べてもらう事が出来るっていうのに、それだけの高価な環境にありながらジョージの存在は無駄だった。
考えれば考えるほど、ジョージは自分のことが惨めになる。
「ああやだねやだね、オレは才能があって良かったぜ。 ジョージ君みたいな情けない底辺にだけはなりたくな――――ん?」
ギードは何かに気付いて舞台の方を見る。
「本当に来やがった」
今までの会話も忘れたように、そして嬉しそうに引き攣った声をあげた。
釣られてジョージもそちらを見る。
月だけが照らしている舞台に向かって歩く影が一つ。
ちょうど、ジョージ達とは反対の方向から現れる人物が居た。
真っ白な髪を少し結って、南の生まれを思わせる褐色の肌をして、血のように真っ赤な目をしている。
どれか一つだけならあまり目立たないかもしれないのに、これが三つ揃えばこの国では非常に目立つ。
表情は氷のように冷たく、目つきは非常に鋭い。
そんな男子生徒が、特に緊張などしていない様子で、舞台まで上がってきていた。
「ほ、本当に来た……」
来ると信じてはいた。
しかし、本当に来た姿をみると、なんともいえない意外な気持ちでいっぱいになった。
現れた男子生徒――ユリウスは舞台の上に立ち、黙ってギードが現れるのを待っていた。
「へえ……そんなバカみたいな話で本当に来るか。 ジョージ君、やるじゃん……」
ギードはにやりと笑い、瓶の蓋を開けて飲みだす。
ごくごくと、真っ赤な液体はあっという間に全て消える。
最後に、空っぽになった硝子瓶が残された。
「ああ……流石あの人の薬だぜ。 体から力が溢れてきやがるッ!」
ギードは飲み干したそれを床に強く叩きつけた。
破片が跳ぶと思って、ジョージは思わず目を閉じる。
だが割れたはずの硝子瓶は、まるで氷が熱にさらされて溶けるのと同じように溶けてしまった。
最後には蒸発し、無くなる。
「あ、こ、これ、ヘェンナ硝子……?」
驚きながらジョージは呟く。
ヘェンナ硝子とは普通の硝子とは違い、強い衝撃を感じると溶けて蒸発する性質を持つ植物を混ぜた珍しい硝子だ。
耐久性が低いため建築用や日用品には使えないが、魔法薬や水を容れる使い捨ての容器として扱う分には便利なものである。
ただし材料に使う植物が一部の地域でしか生えない植物なので、普通の硝子よりも高い。 脆いせいで加工も大変だときている。
そんなものを使い捨て前提で使うなんて、物凄くお金を持っていないと出来ないことだ。
この薬をギードに与えた人物はよっぽど金を持っているらしい。
少なくとも普通科の生徒ではないのだろう。 あるいは教師か。
ジョージの言葉に返事などせず、ギードは不気味なぐらいの笑みを湛えて舞台の方に歩いていった。
「待ってたぜェ、ユリウス・ヴォイドォ!」
両手を広げてギードは階段を降りる。
観客などジョージぐらいだったが、ギードの中では席を埋め尽くす客が主役に拍手をしているような気分なのだろう。
そんなギードのことを、ユリウスは顔色一つ変えないで見上げていた。
(今のがどれだけ凄い魔法薬か分からないけど……でも、そんなのが相手でも、ユリウス君の方が強いよね?)
そういう確信を込めてジョージは二人の様子を眺めた。
「ようこそ、来てくれて感謝するぜぇ?」
「お前だけか」
「いいやぁ? 観客なら居るぜ? なあジョージ君よお? 来い!」
隠れているはずのジョージに向かって、ニヤニヤと笑いながら声をかけた。
ユリウスには会いたくなかったジョージは思わずその場で跳ねる。
(なんで、なんで僕のこと呼ぶの……!?)
隠れて見ていたかった。
しかしギードが見ているのと同じようにユリウスまで見ていて、ギードに逆らえば何が起きるのか分からない。
「は、はい……どうもこんばんは……」
ジョージは今すぐ逃げたい気分で、嫌々で舞台に下りていく。
愛想笑いを浮かべて、この場の席を埋め尽くしているかもしれない見えない観客達に向かっても頭を下げるように階段を下りた。
「歓迎会と言われて来たが。 しかしお前達しか居ないらしい」
ジョージが出て来たところを見て、ジョージしか出てこないとユリウスは言う。
彼には『クラスの皆による歓迎会』と言ったから、全員居るはずだと思っているのだろう。
「ああ悪いねえ、どいつもこいつも意気地なしなんだよ。 だから主催はオレ、介添人はジョージ、そして客はお前だけだ」
「介添人?」
「そうだよ――――ジョージ! いいから介添人やれ!!!」
ギードが大声でジョージを呼んだ。
つまり昼間と全く同じようにさせたいのだろう。
「は、はいっ」
慌てて階段を降りて、舞台のある場所にまで下りる。
思わず足が絡まって転びそうになるがなんとか持ち直して、二人が向き合う舞台の上に立った。
コロセウムのようなこの第三グラウンドは、客を招いての大会や発表、大事な魔法決闘で用いられる。
そんなところに、ジョージは自分が立つ機会など無いと思っていた。
客側から見るのと舞台側から見るのでは圧迫感が違う。
これでもし満員の客が居たら、どんな気分になってしまうのだろう。
「お前は何をしようとしている」
「あ? 決まってンだろ、決まってンだろうがよぉーう、昼間の続きだってぇの」
「昼間の件なら、お前が自分で負けを認めたはずだが」
「アレは間違いなんだよッ!!!」
ギードは大声を張り上げた。
今日起きたこと全てを吐き捨てるような、そんな大きな声だった。
「オレは負けてない、オレは負けてない負けてない負けてないッ、オレはギード・ストレリウス、ストレリウスの長男、選ばれた、特別な、貴族になれる、魔法騎士にもなれる、特別な天才なんだよッ!」
ギードの目は血走っていた。
これは魔法薬の影響かもしれない。
「それを、このッ、無神経野郎ッ!」
ギードの手には杖。
対するユリウスの手には何も無い。
「ジョージィ! 早くやれ!!!」
「は、はいッ――ええっと」
ジョージは一瞬、ユリウスの顔色をうかがう。
動揺も何もしていない。
こうなると最初から分かっているのだから、当たり前なのだが。
「ど、どっちかが戦闘続行不可になるか負けを認めるかで勝敗が決まりますっ。 血よりも深く、水よりも清らかに――決闘、はじめ!」
ジョージは声を必死に張り上げた。
それを聞いてニヤリと笑ってギードは杖を構える。
「……俺が同意していない以上、この決闘は成立しないはずだが。 いつ成立した?」
服の袖から自分の杖を取り出しつつ、ユリウスがジョージを見る。
その目は明らかにジョージをギード側の人間として認定していた。
物凄く責められている気がして、目を見ることが出来なかった。
「あ、あの、これはっ」
目を逸らしながら言い訳を探す。
この歓迎会のことを言った段階ではまだギード側と思われていなかっただろうが、これで完全にギードの仲間と思われてしまった。
ユリウスから向けられていただろう僅かな信頼とか友好とか、それらすら全て失った気分だ。
「此処に来たってだけで、成立したってことになるんだよバカが! ――『迸れ』!!!」
全部を遮って大声をあげたギードの杖先に、白い光が迸る。
そして光の球がユリウスの顔面に向かって飛んでいった。
昼間とは比べられないほどの速度。
しかしユリウスは特に驚きもせず、軽く足を動かして避けてしまった。
本当に軽い、最小限の動きだ。
光球は真っ直ぐ飛んで、第三グラウンドの壁に当たって消える。
激しい音を立てて壁が壊れてしまった。
威力も昼間とは大違いらしい。
(あ、あの薬って本当に凄い薬なんだ――――)
ジョージは内心、少し興奮していた。
ギードは確かに強くなっていた。
自慢していたあの薬の効果は本物だったのだろう。
きっと昼間のだってギードは本気だっただろうに、これと比べれば手抜きに見えてしまう。
それぐらいの速度と威力。
しかも詠唱だって『迸れ』という短縮。
詠唱を短縮させると威力が弱くなってしまうことがあるのに、弱くなるどころか強くなっていた。
さっき飲んでいた薬が、嘘や詐欺などではない本物の薬であることを証明している。
(でも、ユリウス君の方が上だ!)
強くなったギードの魔法を、ユリウスは簡単に回避した。
ジョージだったら間抜けに顔面で受けていた。
壁に当たったあの威力から見るに、鼻血が出るなんてものでは済まないはずだ。
「ああ、避けた。 お前が、避けたな――!!」
とても簡単に避けられた。
だっていうのにギードは嬉しそうな顔をしていた。
「昼は『その場から動かない』なんて言ってたお前が! ああそうだ、授業でもオレを見下してやがったお前が、オレの攻撃を! 避けやがった!!」
せっかく薬で自分を強くしてもユリウスに避けられた――なんていう失望はギードには無い。
むしろ自分の力を確かめているような、そういう準備段階に見えた。
「ほらほら、出来るなら避けてみろよ! ユリウス・ヴォイドォ!!! 『迸れ』!」
杖先から光が迸る。
さっきと同じどころか、直視出来ないほどの強い光を放っている。
放とうとしているギードの方が吹っ飛びかねないほどの爆風や音も一緒に生まれてくる。
その光球がユリウスに向かって放たれた。
しかも。
「『迸れ』! 『迸れ』! 『迸れ』! 『迸れ』!」
何度も何度も連続で光球が放たれる。
ギードが命じる度に、ギードの意志通りに、ギードが杖を振るう度に。
昼間とは明らかに違う技術と練度で、速度や威力を失うことなく光球が放たれる。
それら全てをユリウスは軽く、苦労する様子もなく避けていた。
反撃だってするつもりは無いらしい。
しかしギードはそれでも笑っている。
「なあ、オレにはまだまだこんな事も出来るんだぜ!? 『光よ』ッ!」
ギードが杖を振り上げれば、ギードの周囲に光球が五つほど浮かんだ。
いつでも発射出来る――という様子だ。
この後何が起きるのか、ジョージでも想像出来る。
「『唸れ』ッ!」
杖を振り下ろせば、五つの光球が全て同時に動く。
今までのは一つだけだったのが、速度などの技術的な緩急をつけながら一斉にユリウスに襲い掛かった。
「いつまで涼しい顔してられるかねぇ!? 『光よ』」
また光球が浮かぶ――さっきの倍、十個以上。
全部同じように輝いて、全部同じ威力をしているように見える。
にぃ、とギードは笑う。
「『転移』ィ――――」
ギードの姿が消えた。
光球も同時に姿を消し、直後にユリウスの真横に移動していた。
ユリウスの視線がそちらに向けられる。
「遅い――『迸れ』!」
ユリウスが動く前に、至近距離で光球が全て放たれた。
その足元や全身を打ち抜くように、轟音を立てながら光球が衝突する。
(ま、魔法の同時使用!?)
ジョージは驚く。
一つの魔法を維持しながら別の、それも全く異なる魔法を使うなんて、高度な技術だ。
いくらストレリウス家の魔法特性が空間転移だからって、簡単に出来ることではない。
あまりの光と音に、ジョージは見ていられなくて手を前にやりながら目を閉じた。
直後に目を開く。
まだ目はチカチカしているが、立ち上がった土煙の中にギードが平気で立っている姿を見た。
ユリウスの姿は――無い。
「はっ、ははは! どうだよ、オレは強いんだ! 驚いただろ、この無表情無感動野郎! オレはギード・ストレリウスだッ。 オレは『色持ち』になれる、第一魔法騎士団にも入れる、貴族にもなれる、特別な存在なんだ!」
ギードが立って、笑っている。
すごく嬉しそうに、勝ち誇って空に向かい両手を広げた。
きっと彼の頭の中では、この第三グラウンドいっぱいに観客が居て自分に惜しみ無い拍手を送っているような気分なんだろう。
「え、う、嘘っ!?」
ジョージも目を大きく開き、信じられないと声をあげた。
ユリウスが負けるわけがない。
物語の主人公のように、いいやそんなのより理不尽に強いのがユリウスのはずだ。
それぐらい強いに決まっている。
しかし、なのに土煙の中にユリウスの姿は無い。
まさか今の直撃を食らって、倒れてしまったのか。
(ま、まさか、本当に……!?)
あの威力の魔法だ。
流石に死ぬことは無いだろうが、それでも結構な傷になっているはず。
土煙が晴れる。
ギードの足元に、魔法が直撃し倒れ伏すユリウスの姿は――――無かった。
「ん?」
ギードは驚く。
ジョージも驚いた。
「おい……どこいった?」
ユリウスは魔法がいくつも直撃したはずだ。
だからそこには倒れたユリウスが転がっているはずで、でも誰も居ない。
あるのは破壊された舞台だけである。
「此方だ」
涼しい声が舞台に響いた。
煙が完全に晴れた中、さっきと全く異なる場所にユリウスが無傷で立っていた。
ギードはとても驚いた顔でユリウスと足元を何度か視線を往復させた。
「――――へ、へえ? 走って、避けたか? へえ。 へええ!」
驚いたギードの顔が、すぐに勝ち誇った笑みに変わる。
「偉そうなお前が、走って避けた! オレの魔法を! ははは! オレの魔法を、慌てて避けたんだ! そうなんだろ? はははは!」
ギードはユリウスを鋭く指さす。
「どうだよ、オレは! 強いだろ! すごく強いだろ!? お前が、慌てて走って逃げるしか出来ないぐらい、強いんだ! 空間転移の魔法特性を持った、特別な天才なんだ!」
「そうだな」
ユリウスは何も否定しなかった。
特にギードのことを認めてもいなさそうな顔で頷く。
「お前が魔法の平行使用をするとは思っていなかった。 威力は下がるどころか上がっている。 俺は非常に驚愕した」
そんなこと微塵も思っていない顔だ。
慌てた、などとは微塵も縁の無いような顔をしている。
「はははっ、そうだ、そうだろう!」
しかしギードはユリウスの言をなんだか嬉しそうな顔をして聞いていた。
まるで自分が認められた気分なんだろう。
「これは俺がお前の実力を見誤ったからだろう。 まさか入学初日で、
「――――は?」
嬉しそうな顔をしていたギードが、顔色を変える。
さっきまでの感情を全て消し去ったように表情を引きつらせた。
「転移……?」
「俺はお前が魔法の平行使用をすると思わず――」
「だッ、どういう意味だよ! 空間転移を使っ、はあ!?」
あまりの驚愕にギードは両目を開く。
しかしユリウスはそんなギードを見て相変わらず淡々としている。
「空間、転移だぞ!? そんなの、簡単に使えるわけがっ! お前みたいな奴が! 今の、今のはそう、走っただけで! オレの魔法に驚いてッ!!!」
「俺が空間魔法を使えないとは言っていない」
「なっ、そん、そんな、おかしい、おかしいだろッ!!?? 空間転移は、そんな簡単に使えるもんじゃなくてッ!」
ギードは悲鳴のような声をあげた。
ジョージも正直、ギード側と同じような気持ちだ。
べつにユリウスが転移魔法を使えないと思っていたわけではない。
しかしギードのように魔法特性を持っていないなら、空間転移魔法を使うことへの難易度は普通と同じだろう。
極めて高度であり、優れた技術や経験が無ければ使いこなすことが出来ない。
いっそ体を動かして走ってしまった方が、生き物としてまともな本能をしているはずだ。
だというのにユリウスは、あの一瞬で空間転移を使ってみせた。
「何を驚く必要がある。 お前は俺より楽に、何度も何度も空間転移魔法を使うことが出来るだろう。 驚くことでは一切無い」
ユリウスはとても簡単に言う。
それがどれだけ高度なことなのか、ユリウスは分かっているのだろうか。
少なくともたかが十三歳の魔法使いがやっていいことではない。
そんなの上級生――それどころか、一流の、魔法騎士とか、そういう人達の領域だ。
「それより、これがお前達流の歓迎会か?」
「そんなのどうでもいいだろ!」
「これは極めて重要な質問だ」
苛々しているギードに対し、ユリウスは淡々と言う。
そんなわけがない。
空間転移の魔法を、魔法特性でもないのに簡単に咄嗟に使ったことを、そんなあっさり流して良いわけがない。
「お前達はこれが歓迎会だとでも言うつもりか?」
「ハッ、じゃなかったら何だって思ってるんだお前は! まさか、皆でケーキでも持ってきて『来てくれてありがとう! これからもよろしく!』って一人一人が祝辞でも述べてもらえちゃうとか、そんなバカみたいなこと考えてたんじゃねえだろうなッ!?」
有り得ないことをギードは言った。
そんなバカな、頭の中が愉快なお花畑になっている人間でもない限りそんな妄想は出来ない。
ユリウスの態度やクラスの皆の様子は、そんな歓迎状態などではなかった。
(……じゃなかったら、いったい何が起きるって思って来たんだろう……)
ユリウスだって、こういうことが起きると分かって此処に来たはずだ。
そういうことをジョージに言ったのだから。
まさか、分からないで来るわけがない。
「…………違うのか?」
ユリウスは真顔でそう言った。
なんだか間抜けな、完全に虚でも突かれたような声音だった。
「え?」
ジョージは思わず声を出す。
ユリウスは、分かってこの場に現れたはずだ。
ギードが復讐のために、でなくともまともな歓迎会など決して有り得ないと、そう分かっていたはずだ。
そういう会話を夕方したばかり、なのに。
「歓迎会とは、ケーキと食事を出して歓迎の意を込めた祝辞を述べるものだろう?」
「はっ?」
「えぇ?」
ユリウスがあまりにも素っ頓狂なことを言うので、ギードとジョージは二人同時に変な声を出した。
「お前達は歓迎会を開かれたことがないのか? それは大変だ、一度開いてみればいい」
本気でそう思っているから、だから『歓迎会が分からないのだろう』という意味でそう言っていた。
ユリウスは本当にそう言っている。
この場で――あんな言動をしておきながら、ユリウスは本気でクラスの皆に受け入れられていると思っているのだ。
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