第14話 下僕のことだ
「それでジョージ・ベパルツキンの用事は何だ」
「え、ぼ、僕ッ!?」
急に話題が変わって、ジョージは露骨に狼狽えた。
「俺を探していたのだろう」
ごもっともな疑問だ。
探す理由があったからこそ、ジョージは今ユリウスに話しかけているのだから。
「え、えーっと……そのー……」
言うべきことは一つ。
『ギードが呼んでいるので、今日の夜、寮を抜け出して第三グラウンドにまで来てほしい』だ。
それだけを言えば良い。
だっていうのに、ジョージは言えなかった。
「言いたい事があるなら言え」
ユリウスが先を催促してきた。
自分から用事があるように話しかけておいて、視線をさまよわせたり自分の指を絡ませたり女々しいジョージに、でも苛立った様子は見せなかった。
(ユリウス君なら……何が起きたって大丈夫。 だって強いんだ。 ギード君があの薬で何を企んだって、ユリウス君は強いから、何があったって大丈夫)
そうに決まってる。
ユリウスは強い。 あんなに強い姿を昼に見たばかりだ。
だからギードにだまし討ちされたって、ユリウスが勝つに決まっている。
「…………じ、実は…………その、今日の夜、消灯時間に、第三グラウンドに来てほしい、んだ……」
行くわけがない。
どんなバカなら行くのだ。
「今日の夜?」
「うん、今日の夜、消灯後……許可は取ってある、って」
少なくともギードはそう言っていた。
「えーっと、なんでかっていうと、その、そう――――そう、歓迎会! 歓迎会を開くから!」
苦し紛れの言い訳だった。
だが、ジョージが個人的に用事があるなら自分の寮部屋に誘えばいいだけだ。
わざわざ寮の外に呼び出す理由にはならない。
「遅れて来ちゃったユリウス君は入学式も経験してないよね!? だから、ユリウス君の歓迎会を開きたいって、そういうことになって……」
自分でも呆れるほどよく回る口だ。
ジョージの制服の下で、嫌な汗がじわりと滲み出ている。
(それにしても、昼から夕方までの短い時間でそんなすぐ許可が取れるなんて、ギード君は凄いな)
自分の家からより強い子孫を輩出することが出来れば貴族の名誉になるので、ストレリウス家の親戚には貴族や権力者が多かった。
ギード自身も将来有望な魔法使いだから、学院もギードの申請には甘いのかもしれない。
(でもユリウス君がそんなのに興味あるわけがない……)
歓迎会など喜ぶわけがない。
むしろ迷惑極まりないだろう。
ユリウスが喜ぶとしたら、やはり先程のフランシスのような身分も実力も申し分なく優秀な人の誘いだ。
が、言ってしまったからには、何としてでもユリウスの興味を歓迎会へと向けなければならなかった。
それが今の、愚かで矮小なジョージに出来る唯一のことだ。
しかし、少なくとも今のクラスの空気も、ユリウス自身も、『仲良くしたい』と互いに歩み寄るものではない。
『ただ隣の席だっただけ』のジョージの接点程度で、ユリウスと最も仲が良いと言えてしまうほどのものだった。
むしろ積極的に話しかけてきたベアトリスやギードのあの態度でも、友好的に振る舞っている部類だろう。
しかも、せっかく信じてもらえたとしても、ユリウスを待っているのはギードによる不意打ちだけ。
自分はなんて最低なことをしているのかと、ジョージの心の中はとても複雑なことになっていた。
「理解した」
「え!?」
と思っていたら、まさかの返事がユリウスから出て来た。
ジョージはこれを『自分の願望が幻聴として聞こえた』のだと勘違いした。
「な、なんて!?」
「歓迎会の件だ。 承諾した」
が、ユリウスはごく普通に返してくる。
「――――」
ジョージは思わず絶句した。
どうやら都合の良い幻聴ではなく、しっかりとユリウスは理解しているらしい。
『今日の夜、ユリウスのために皆が歓迎会を開いてくれる』などという嘘を真に受けて。
「い――いいの!?」
ユリウスはどう見ても『歓迎会』など喜ぶ人間ではない。
自分以下の有象無象に何をされたって何も嬉しくないに決まっている。
「無論、それを開くだろうと思っていた」
「わ……分かってた……!?」
ユリウスが何を言っているのか、ジョージには全く分からなかった。
これは、夢でも見ているのだろうか。
(――あっ、違う!)
そしてジョージは気付いた。
どう考えても『そう』に決まっている、とても正しい答えに。
そして――ユリウスの考えとは決定的にすれ違っている。
(ユリウス君は、全部気付いてるんだ! これがギード君の罠だって……! 歓迎会っていうのは間違いで、何が待っているのか、何もかも、全部、ちゃんと分かってるんだ!)
そう気付いてしまえば、ユリウスがあっさり承諾したのもうなずける。
何故なら彼は、分かっているから。
第三グラウンドで開かれるのは『歓迎会』などではないものだって、正しく理解している。
(ユリウス君はすごいや!)
ジョージごときの心配など、ただの杞憂だった。
彼にはそんな小細工など一切効かない。
「うん! じゃあ、今日の夜、第三グラウンドね!」
「了解した」
ユリウスは頷いた。
本当に、しっかりと真実を理解しているのだろう。
冷静なユリウスとは反対に、『全部分かられている』と思ったジョージは非常に興奮していた。
「ユリウス君は凄いなあ! 頭が良くて運動も魔法も得意でいつも堂々としていて……ユリウス君みたいな人こそが天才なんだね!」
「俺は天才ではない」
「ううん! 大天才だよ!」
しかも『謙虚』でもある。
ギードに対しては『負ける方が難しい』だとか言っていたが、それでもユリウスは『上には上が居る』と理解しているのだ。
ジョージなど、この学院に来るまでは全く弁えていなかったことなのに。
「違う。 俺など、未だ師匠の半分にも至っていない」
謙虚だ。
ユリウスはどこまでも謙虚だ。
しかし、ユリウスは自分の実力を知らないわけではない。
ギードに向かって『負ける方が難しい』などと言っていたり、まるで強者のような落ち着きを常に放っているのがその証拠だろう。
ベアトリスも不思議がっていたように、ジョージもユリウスのことを『普通の平民』だとはまるで信じていなかった。
きっと特別な訓練を受けて来た、特別な存在に違いない。
おそらくは何か事情があって素性を隠しているのだ。
そのユリウスが『半分にも至っていない』なんて謙虚にも程がある発言をするなんて、ジョージはユリウスの師匠にも興味があった。
「ユリウス君のお師匠さんって、そんなに凄いの?」
授業中でも他でも、ユリウスはやたらと師匠を褒めたたえているようだった。
しかしジョージから見れば、ユリウスの段階でとんでもなく高い場所に立っているように見える。
そのユリウスに此処まで言わせるとは、とんでもない人の可能性がある。
「師匠は本物の天才だ。 幼少期には自分より大きな熊をなぎ倒し馬の代わりに乗っていた。 触れただけで人間を殺す魔法も、不死身を騙る部隊も、地の底から蘇った魔族も、師匠の前では無意味だ」
「ふ、ふうん……?」
ジョージは曖昧に返事した。
ユリウスが言っていることは夢物語みたいだった。
熊を馬の代わりにするなんて童話の世界の話だ。
そんな危険な魔法だって出会うことはまず無い。
不死身の部隊とか意味が分からない。
地の底から蘇った魔族云々も『そういうのが居るかもしれない』という程度の、少なくとも一般人が出会うわけがない部類である。
しかしユリウスの言葉には嘘や冗談など感じられない。
まるで全部見てきたかのように、しかし淡々と真顔で語っていた。
「えっと……ユリウス君の師匠さんって本当に凄い人、なんだね? そんな怖そうな魔法が効かない? とか……」
そう曖昧な態度で誤魔化すしか、ジョージには出来なかった。
『それ嘘じゃん』『話盛ってるでしょ』などとユリウスに向かって言えるわけがなかった。
「あ、あこがれちゃうなー?」
やや棒読みだった。
誰が見ても愛想笑いの類の返事しかジョージには出来なかった。
ユリウスだって『ジョージは適当なことを言っている』と分かるだろう。
「そんなに凄い師匠さん、きっと、そう――そう! たとえば大きなドラゴンを一人で倒すとか! そんなことも出来ちゃうんだろうなー!」
そこを自分で気付いたので、ジョージは慌てて余計な言葉を付け加えていく。
しかし早口だ。
明らかに慌てているし、明らかに適当なことを言っている。
(ドラゴンを一人で倒すとか普通無理だよー、そもそもドラゴン自体が珍しくて僕だって一回も見たことないっていうのに!)
ドラゴン。 それはどんな物語でも強者として語られ、憧れられる生き物。
この国にも居るが、少なくとも人が全く立ち入らないような山や森に生息しているらしい。
一般人が見られるものではないし、『弱い』と言われている部類のドラゴンだってそこらの人間より強いそうだ。
ジョージ程度では、生涯で一度見られたら良い方だろう。
「……お前は何を言っている?」
ユリウスは、顔を顰めているようだった。
どうやらジョージが余計なことを言ってしまったのを、非常に不愉快に思っているようだ。
「ジョージ・ベパルツキン。 お前は、師匠に会ったことがあるのか?」
低い声と鋭い眼光。
ジョージよりも高い背から繰り出される冷徹すぎる目は、たとえジョージが殺す価値も無いような人間であったとしても、次の瞬間には躊躇い無く殺してしまいそうだった。
「あああっごめん!! ごめんなさい!!!」
背筋に冷たいものが走って、ジョージは激しく謝る。
「違うんです! 違います! ただそんなに強い人なら、すごく強いっていうドラゴンだって簡単に倒せるんじゃないかなとか! そういうこと思っただけなんです! 師匠さんのこと何も知らないんです! ごめんなさい! 知らないくせに勝手なこと言ってしまいました!!!」
べらべらと喋りながら、深々と頭を下げる。
こういう時ばかり流暢に喋る自分が嫌だ。
こんな事を言ったってユリウスが許してくれるとは限らないのに。
(どうしよう! こういう格好良い武勇伝って『ドラゴンを片手で倒した』とかそういう話だって聞いたから! ドラゴンを倒したとかそういう話があっても不思議じゃないって思ったから!!!)
それでも、やりすぎてしまったのかもしれない。
よく知らないくせに妄想を語るなんてどうかしていた。
あるいはユリウスやその師匠がドラゴンを崇拝しているので、ドラゴンを傷付けた経歴があると言ったのを許せなかったか。
いずれにしても、ユリウスは怒っているのだ。
ジョージには謝ることしか出来なかった。
「俺は感心している、お前はなにを慌てている」
「え?」
何を言われたのかと、ゆっくりとユリウスの表情を伺った。
怒ってない――最初から全く変わらない顔をして、淡々とした顔をしていた。
「ジョージ・ベパルツキンの言う通り、師匠の武勇伝の中には『ドラゴンよりも強い』がある。 師匠の華麗なる武勇は一日で語り尽くせない量なので、俺は超大幅に省略しかつ端的に説明した。 だというのにお前は師匠の武勇に気付いた」
そう言ってユリウスは両手を組んだ。
「お前のその慧眼、俺は猛烈に感心している」
「――――――え、あ、えっと……ありがとうございます?」
褒められた。
なんか褒められた。
たぶん、すごく褒められてる。
適当に言ったことだったが、どうやら正解だったらしい。
問題は『猛烈に感心している』など微塵も感じられない点だが、そんな分かりやすい嘘を言うとも思えなかった。
じゃあ今の『殺すぞ』と言いかねない雰囲気は何だったのか。
(まさかと思うけど、そんな態度で『相手に伝わってる』なんて思ってないよね……?)
だとしたらとんでもない勘違いだ。
いったい今までどんな人生を送ればそんな勘違いが出来るのだろう。
(ユリウス君がそこまで慕うって、どんな人なんだろう?)
白いひげが立派なおじいさんだろうか。
あるいは怖い顔をした男の人。
あるいは厳格なおばあさん。
このユリウスがおそらく本気で尊敬するのだから、何もかもが完璧で、物凄く立派な人なんだろう。
たとえば何処かの有名な貴族とか。
魔法騎士団の団長をしてたとか、貴族の護衛や先生をしていたことがあるとか、名の知られてない賢者とか、そういうのかもしれない。
「その師匠のことをよく知らずに『憧れる』などと言うお前の先見の明にも俺は感心している。 機会があれば師匠に会ってみるといい」
「あ、ありがとう……?」
褒められていないように聞こえるが、褒められてる気もする。
ジョージは素直に受け取っていいものか分からず、困ったようにお礼を言った。
「しかし一つ困っていることがある。 このままでは俺は師匠からの試練を達成することが出来ない。 ジョージ・ベパルツキンに助言を求める」
「助言? ユリウス君が分からないことが、僕なんかに分かるかな」
あるはずがない。
運動も魔法も何もかもが圧倒的にジョージを上回っているのがユリウスだ。
座学系だって教師に質問されてもすらすらと答えられていたことだし、きっと試験の成績だって良いに違いない。
そんなユリウスを困らせるようなものが、ジョージなんかに解決出来るわけがない。
「友達を得ると、肉体や魔法はどう強化される?」
「え?」
何を言われてるのかよく分からなかった。
「と……トモダチ? えっ?」
それは何だろう。
店で売られているのだろうか。 金で買えるのか。
『トモダチ』なんてもの、野菜でも肉でも魚でも卵でも聞いたことがない。
魔法に関係あるのだろうか。
それとも運動なのか。
本の名前、鉱石や植物、あるいは人の名前。
この学院に関わるものか、歴史上の事件か。
(トモダチって、なに? まさか友達のことじゃないよね? ユリウス君がそんなもの必要としてるとは思えないし……きっとこう、不老不死ぐらい凄い魔法薬とか凄く珍しい宝石のことだよね……?)
頭の中でグルグルと考えが回る。
しかし考えれば考えるほど『友達』のこととしか思えなかった。
ユリウスがそんなものを必要としているとは、とても考えられないのに。
「知らないのか」
「う」
ジョージは実技こそ酷い成績だが、座っての勉強ならなんとか得意だ。
それを知って頼られているに違いないのに、どうしても分からない。
ユリウスの視線はそんな不甲斐ないジョージを静かに、しかし厳しく責め立てているようだった。
「お前にも分かる言葉で表現すると、下僕のことだ」
「下僕ッ!?」
下僕と友達はまるで違うものだ。
仮にそういう認識をする人間が居るとすれば、日常生活に不安があるほどの超天然に違いない。
現実からどれほど切り離されていればそんな勘違いが出来てしまうのだろう。
(ユリウス君はそんな天然じゃないだろうから、やっぱり珍しい何かのことだよね……)
ジョージの知らない言葉だ。
「友達とは、得ると実に愉快なものらしい。 そして強くなることが出来る。 よって俺は師匠に命じられた通り、友達を最低でも千は得なければならない」
「そ、そうなんだ……大変だね」
たぶん魔法薬のことだ。 そうに違いない。
魔法薬は、一応制限があるとはいえ、魔法決闘に用いてもいいものだ。
杖を良いものに変えれば魔法が上手くなるのと同じである。
「ユリウス君ほど強い人でも、もっと強くなりたいんだね……」
なんという上昇志向だろう。
ユリウスほど強ければ、ジョージなら満足してしまうのに。
「俺はまだ弱い」
「え、だって、昼間の魔法決闘はめちゃくちゃ手加減してたでしょ? つまりユリウス君は本気になったら、もっと強いんだよね!?」
あんなのギードのことをバカにしているとしか思えない。
つまり、ユリウスの本気はあの程度ではないのだ。
「俺は師匠より強くならなければならない。 そのためには、今程度で収まるなど、あってはならない」
「……でも師匠さんってすごく強いんでしょ? ユリウス君が天才だって認めるぐらい……そんな人より強くなるなんて、難しいんじゃない?」
ジョージなら無理だ。
ユリウスどころかギードにだって勝てない。
そのユリウスがこう言うのなら、ユリウスの師匠とは本当に凄いはずだ。
「とても難しいだろう。 しかし諦める理由にはならない」
「…………」
そんなことを言うユリウスが、ジョージには眩しく見えた。
才能に溢れているからそんなことが言えるのだ。
凡人凡才には出来ない。
「やっぱりユリウス君は特別だよ」
「特別ではない」
「特別だよ、僕なんかと違う」
その師匠をどう誉めようと、ユリウスは十分に特別な存在だ。
才能や自信など、ジョージには無いものを彼はたくさん持っている。
(それでいて、もっと強くなるための努力まで出来ちゃうんだもんなぁ……)
本当に『選ばれた』存在だった。
ジョージ程度では追いつくなんてとても出来ないだろう。
「ジョージ・ベパルツキン、お前は自分を蔑むのが趣味なのか?」
「え? そんなこと……」
否定しようとした。
実際、ジョージは劣っているのだ。
本当のことを言っているだけにすぎない。
「では何故お前は自分を悪く言う?」
淡々とした口調でユリウスはジョージを追い詰めた。
入学した直後のジョージは自分を天才だと信じていた。
だから皆の注目を浴びるギードに喧嘩を売って、魔法決闘を行い、極めて無様に敗北した。
その結果、ジョージはギードの宿題を一年間毎日やることになったのである。
ジョージは本当に才能が無い。
自分を卑下しても仕方がないほど、本当に能力が無かった。
入学したての頃の自分を思い出すと顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
「僕は、弱いから……魔法も運動も……授業で見てたでしょ」
「この学院に入学したのだから最低限の才能はあるだろう」
「そ、そうかもしれないけど……でも、その中で実技が最低なのが僕なんだよ。 僕は弱くて、本当にダメだから」
勉強が出来る、だから何だというのだろう。
理論を頭に入れるなど、魔法が使えない人間にだって出来ることだ。
でもこの学院に居るのなら、魔法が使えないと意味が無い。
(もしかしたら僕なんかより此処に相応しい人が居たかもしれないのに、僕が入ったせいでその人は夢を諦めちゃったかも……)
そう思うと辛い。
しかしだからって逃げたら、送り出してくれた両親や故郷の皆に対して本当に申し訳ない。
「ジョージ・ベパルツキン。 お前は自分に出来る努力や鍛錬を全て行った上でその発言をしているのか」
ユリウスのその目は、ジョージの情けない心を見抜いているようだった。
「でも僕は、才能が無いから」
「才能を怠惰の言い訳にするな」
「――――」
ユリウスの言葉は、ジョージに容赦なく突き刺さった。
何か言い返さないといけないのに、ユリウスを言い負かすことが出来るような言葉はちっとも思いつかない。
(僕みたいな奴はユリウス君みたいな天才とは違うんだ。 努力とか怠惰とか、簡単に言わないでよ……)
ユリウスは師匠を褒めているが、そんな凄い師匠の元で弟子が出来ているのはユリウスが優れているからだ。
師匠がどんな人物であれ、ユリウスは実際に天才としか思えないほど強い。
全部、ユリウスに才能があるからだ。
ジョージとユリウスは全く違う。
無能に天才が努力を説いたって、結局は才能があるから出来ているに過ぎない。
頑張ったって絶対に届かない差が、二人の間にはある。
「お前は何故この学院に来た」
「……で、『出来るかも』って勘違いしちゃったから……」
「何が出来ると思った」
「………………」
何故か汗が止まらない。
胸がやたらと鼓動を早くしているのが耳元で響いている。
「…………す、凄い魔法使いになって、家族に自慢したかったから……」
歴史書に名前を遺すような。
魔法騎士団とかに入って大活躍したり、新しい魔法薬を作ったり、新しい触媒を発見したり、魔法スポーツ競技で活躍したり。
そんな、凄い魔法使いに自分はなれると思った。
そして家族に『こんな凄い魔法使いになった』と自慢したかった。
本当に才能があって、選ばれて、優れた存在など言いたかった。
そうやって、家族に恩返ししたかった。
全部恥ずかしい勘違いだ。
金も無い、能力も才能も無い、そんな人間がなれるものではなかった。
この学院に居るのは、田舎で少しチヤホヤされた程度の人間など、とても足元にも及ばないような人間ばかりなのだから。
「今のお前は、家族に『凄くなった』と言える人間になれているのか」
「…………」
本当に、ユリウスの言葉が胸に突き刺さる。
家族に胸を張れるような人間、そんなのなれているわけがない。
ジョージの情けない内心が全て見抜かれているようだ。
ジョージはユリウスの顔を見ることが出来なかった。
思わず自分の服の袖を掴んで、下を向いていた。
ふいに音が聞こえてジョージが顔をあげると、ユリウスはもう背を向けて歩きだしていた。
「あっ、ゆ、ユリウス君……!」
「なんだ」
思わず声をかければ、軽く振り向かれた。
でも、あの真っ赤な目には何もまともな事を言える自信がない。
「か……歓迎会には、出てくれるよね?」
そして、そんなどうでもいい言葉が出てきてしまった。
「ああ」
冷ややかな声と共にユリウスは去っていく。
『呆れられた』とジョージはその背を見ながら思った。
今まで、ただでさえ無能で役立たずな場面ばかり見せてきて、今ので完全に見捨てられたのだ。
ジョージには何の価値も無くて、つまらない存在だと、分かられてしまった。
結局ジョージは、ギードのことすら、何も言えなかった。
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