第12話 裏のある問題





(僕もユリウス君に着いていきたかったな……)


 そんなことをぼんやりと考えながら、ジョージは空を見上げた。


 

 秋空は涼しい青空だ。

 ちぎれたような白い雲だって、呑気に伸びて広がっていた。


 その空を遮るように、箒に乗った生徒達がアソールをしている。

 この学院のアソールチームは物凄く強いと有名だ。

 その足元では、マネージャーである男子生徒が色々と指示を出していた。



(でも僕が『一緒に行きたい』とか言ったら、きっと凄く迷惑なんだろうな……)


 突然現れたユリウス・ヴォイドという少年。

 同い年とはとても思えない雰囲気、誰が相手でも決して退かない強い態度、独特な容姿。 

 そのどれもがジョージには無い部分だ。


 しかも魔法の腕前ですら卓越している。

 空間転移なんて凄い魔法特性を持つ相手に勝っておいて、ユリウスは汗一つかかなかった。

 むしろ『勝つのが当たり前』とばかりに、この秋空のように涼しい顔をしていた。


 あれは魔力が凄いとか才能があるとか、そんな低いものではない。

 もっと単純に――ユリウスは『強い』のだ。

 魔法が凄いからってちやほやされてきた程度の人間では比較にもならない、そういう圧倒的な経験や知識を、彼は持っている。


 

 そんなもの。

『格好良い』としか、言いようが無かった。



 

(ギード君、すごく悔しそうな顔してた……)


 ジョージにとって、ギードとは恐ろしい人間だ。

 名家に生まれ、恵まれた才能を持ち、性格や体格だってジョージなどより自信に満ち溢れている。

 ユリウスのことだって怖いが、ギードとは方向性が全く違う。

 

 頭は良いし魔法の才能は優れていて、将来有望。

 きっと本人も言う通り、将来は第一魔法騎士団に入ることが出来るだろう。

 この国で最も目立つ、花形で憧れの仕事だ。



 そんなギードに、ジョージはこの一ヶ月、ずっと譲って生きてきた。 

 もちろん本気を出したってギードに勝てるわけがないのだから、惨めで弱い生き物としては当然だ。

 才能ある人間が弱者の上に君臨することの、いったい何が悪いというのだろう。



 そしてそのギードに、ユリウスはあっさりと勝った。


 あのギードが弱くて間抜けで無様な存在に見えるような、そんな調子で勝った。

 今までギードのことを天才だと思っていたことが、とても愚かな考えだったのだと悟るしか無かった。


 今までの常識が全部覆された気分だ。



 ギードなどまるで相手にしていなかった、疲れも見せないユリウスの姿を見て、ジョージは震えた。

 それは恐怖を超えた憧れや尊敬だ。

 雷で全身を打たれたような、そういう気分だった。





(すごいなあ、ユリウス君ならこの学院の頂点になれて……本物の、天才なんだ……)


 どうしても憧れる。

 ギードなんかみたいな、普通科でちょっと成績が良いからって調子に乗っている人間とは全く違う人だ。

 憧れる。 どうしても憧れてしまう。

 

 これは尊敬ですらない。 恐怖だ。

 全身を駆け巡るような、そういう畏怖だ。

 


 ユリウスみたいな傑物が、この学院で成り上がっていく様子を見たい。

 ギードみたいに偉そうにしている人々が、ユリウスに負けて悔しがっていく様子も見たい。

 彼なら、どんな障害が立ちはだかったところで簡単に踏みつぶしてしまえるだろう。




「よお、ジョージィ」


 ふと自分の上に影が落ちていて、しかもその声がとても聞きたくない声だと気付いて、ジョージは思わず震えた。

 視線を上げることも怖い。

 しかし、上げないといけないのだろう。


 嫌々で恐る恐る、目の前に立っているだろう人を見た。



「ぎ……ギード、君ッ」


 声がつい上ずった。


 ジョージを上から覗き込むように腰を軽く曲げて、ギードが笑みを浮かべていた。

 あまり見ていたくないような、そういう顔をしていた。


 視線を逸らしたい。

 出来ることならこの場から逃げたい。

 だけどそんな事をしたら、次はもっと酷い目に合わされる。


「あの野郎は?」

「あのや――」

「オレがあの野郎つったら、あの野郎に決まってるだろうが!」


 ギードが大声をあげた。

 ジョージはびくりと体を縮こまらせる。


 周囲の生徒達も驚いてジョージ達に注目した。

 その視線に気付いてギードは分かりやすく舌打ちをする。


「ユリウス・ヴォイド、一緒に居るんじゃねえのかよ」


 さっきの半分も無い小さな声で囁いた。

 そんな小さな声でも、やっぱりジョージには恐ろしい声に聞こえた。


「ゆ……ユリウス君は、居ないよ……何処に行ったのかは、知らない、けど……」


 何も教えてもらってないし、そういう関係性でもない。

 彼が何処に行ったのかは不明だ。

 もしかしたらこの学院の誰か、あるいは『色持ち』の誰かに喧嘩を売りに行ったのかもしれない。



「ふうん……まあいいや、おいジョージ君」


 衆目がある場で、ジョージに直接手出しは出来なかったらしい。

 それでも十分な威圧感を与えながらギードはジョージを見下ろす。


「今日の夜、あいつを第三グラウンドの舞台に呼び出せ、許可は取った」

「えっ、今日の……夜っ? 第三グラウンド? って、どうして……」

「お前なんかがいちいち質問するなッ!」


 ギードの手が伸ばされて、ジョージの制服を掴み上げた。

 はっきりと持ち上げることはせず、それでもジョージの腰が軽く浮く。


「おいおいおいおいおい、お前まさかさあ……あの野郎と友達にでもなったおつもりですかァ? 自分まで偉くなったって、そう勘違いしてンじゃねえだろうなぁ……?」


 事実だ。

 ギードの言っていることは何も間違っていない。

 全て『その通り』だ。


 今朝までジョージはギードに媚を売っていた。

 そこにユリウスみたいなのが現れて、ギードより強かったからって、周囲にはただ媚を売る相手を変えたように見えるだろう。

 実際、それが理由でベアトリスみたいな人間からジョージは嫌われているわけで。



「でも、あんな自分以外の他人なんか全部見下してるような偉そうな奴が、お前みたいなお勉強しか出来ないゴミと友達になりたいなんて思うわけがないだろ?」

「…………」


 事実だ。

 何も間違えていない。


 もしジョージがユリウスの立場だったら、ジョージみたいな能無しの役立たずと仲良くしたいと思うわけがない。


 せめてジョージの家が金持ちだったら。

 あるいは貴族だったり、ジョージがすごい美形で賢かったりすれば、少しは価値があったかもしれない。

 または魔法の才能に優れていたり、そういうのだったりすれば、ユリウスに『見どころのある奴』として見てもらえただろう。


 でも実際はそんなことはない。

 残念ながら、ジョージには小説の主人公めいた特別なものは持っていなかった。



「そう……だよね」


 朝や昼に道案内を言い出したのだって、心の中では迷惑がられてたに決まってる。

 ジョージは媚を売ることだってまともに出来ない。

 出来るのは、自分より強い相手に流されることだけだ。



「でも……今日の夜、第三グラウンドにユリウス君を来させろって、夜って消灯時間だよね? 許可が無かったら寮の外に出ちゃいけないんじゃ……どうやって行かせたらいいの?」

「それを考えるのがお前の仕事だろうがよ。 ほんっと、出来ることはお勉強だけか? 役に立たねえな」

「…………」


 無茶だ、とジョージは思った。


 ユリウスはギードが散々に言った通りの人物だ。

 性格は冷静沈着で、他人に流されないし信用もしない。

 そんな人物に向かって『理由は言えないけど第三グラウンドに夜寮を抜け出して行ってほしいんだ』なんて、恐ろしくて言えるわけがない。



 言えたとして、ユリウスは来てくれるのか。


 あのユリウスがジョージなんかが言ったことを信じて、来てくれるというのか。

 そんなのでホイホイと寮の規則を無視して抜け出すなんて、有り得るのか。




「あ、ギード君が会いたがってるからって言ったら来てくれるかも――――」

「オレの名前は出すなよ」

「…………」


 無理だ。

 ユリウスにとってジョージには何の価値も無いっていうのに。


「……呼び出して、どうするの?」

「あ?」

「あっ、だ、だって、魔法決闘でギード君は、その……『下僕にする』っていうので、負けて……」


 言いにくい。


 しかし真実だ。

 ギードはユリウスに負けて、そこから惨めにも逃亡した人物だ。


 かと言ってそんな真実をギードに向かって言えるほどの勇気をジョージは持っていなかった。



「……ハッ。 まあいいぜ、教えてやるよ」


 ギードはポケットに大事にしまっていた薬を取り出した。


 血とはまた違う色の、半透明に輝くような美しい真紅の液体が、ガラスの瓶の中に入っている。

 きっと魔法薬か何かに違いない。

 それも、とても高い魔法薬だ。


「こいつはな、特別な薬なんだ。 これを飲めばそいつの持ってる力を完璧に、完全に引き出してくれる……オレはこいつを飲んで、あの野郎を倒してやる」

「ええっ、で、でも、だって、ギード君はユリウス君に――」

「負けてねえ!!!」


 大声を出されて、ジョージの身は竦んだ。

 殴られるわけがないのに、つい頭を手で庇ってしまった。


「オレが負けたのは間違いなんだ、間違いなんだよッ! オレが本気になればユリウスなんか簡単に倒せる、そうに決まってるだろ!?」

「あ、いや、う、うん、そうだよ、そうだよね……! ギード君は天才だから……!」


 ジョージは思わず、慌てて頷く。

 そう肯定しないと本当に殴られてしまいそうな、そういう気がした。



「だけどそ、そんな魔法薬をどうやって……」


 一年生が教わるような魔法薬は、せいぜいちょっとした怪我を治したり、咳止めを作ったりする程度だ。

 そんな、本人の限界以上を引き出してしまいかねないものを作れるわけがない。


 たとえギードがストレリウス家の人間で、ジョージなどよりずっと有利な立場だとしても、たったの半日ぐらいで手に入れることが出来るわけがない。

 もしあるとすればこの学院の誰かがギードに渡したということだが、そんな高そうな薬をあっさり手放すなんてするのだろうか。



「お前に教えてやるもんかよ、バーカ! オレが特別だから手に入れられたんだよ」

「でも本当にそんな凄い薬だったら、副作用だってあるんじゃ……」

「だから、特別な薬だつってんだろ。 お前なんかが思いつくような問題はぜーんぶクリア出来てるんだよ、バカが!」


 ジョージには分からない。

 しかしギードはとても自慢げに薬を見せびらかしてくるので、きっと本当のことなのだろう。

 よっぽど暇な誰かがギードのために薬を渡したのだ。



「なあ、『天才のジョージ』君よお? お前が本当はザコで、オレに良いように使われてるってお前の親が知ったら、お前の親はどう思うだろうな?」

「――――」


 ジョージの背筋に、とても冷たいものが落とされた気分だった。

 頭の中で両親や故郷の皆の姿がよぎる。


『魔法の才能がある』と知って、喜んでくれた両親。

 故郷一番の出世頭だとか、魔法騎士にだってなれるとか、エリートだとか、褒めてくれた皆。

 それから良い先生を紹介してくれて、勉強をさせてくれて、魔法の練習だってさせてくれて。


 ジョージはただの平民で若いのだから、魔法の勉強なんかよりも農業や商売の勉強をした方が良いに決まってるのに。

 なのにそんな無駄な時間を応援してくれた、少ないお金だって出してくれた、素晴らしくて暖かい故郷の皆。



 その皆に、この学院でのジョージの立ち位置を知られる。

 考えたくない。 

 いったいどれぐらい、失望されるだろう。

 

 

「オレは覚えてんだぜぇ? この学院に来たばかりの頃のお前が、どんだけイキってたかよお?」

「……わ、忘れてほしいな……」


 入学したばかりの頃は、自分は天才だとジョージも信じていた。

 ギードにだって偉そうに、まるで対等であるかのように振る舞っていた。

 しかしそれからすぐ、ジョージの才能がどれほど退屈なのか思い知ってしまった。


 魔法特性も無い。

 実技だって大したことがない。

 出来るのは勉強だけ、そんなの意味が無い。


 ジョージは本当に退屈でつまらない、生きているのも恥ずかしい凡人だ。 

 この学院に居られるのはきっとお情けか、最下位でギリギリ通ることが出来ただけだろう。


「分かったな?」


 ギードはジョージを強く突き飛ばす。

 さっきまで座っていた椅子の上に戻されたが、腰を強く打ってしまった。


 ギードが去っていく。

 その背中は、ジョージに言いたい放題が出来たからか、少しだけ機嫌が良くなっているように見えた。

 それかあるいは、未来に訪れるだろう景色を思い描いているのか。



「……ふ、復讐とか、するつもりなんだ……」


 ジョージは背筋に雪でも落とされたような思いでそう呟く。



 きっとそうに違いない。


 ギードが本当の本気になったところでユリウスを倒せるのかは疑問だが、それでもギードは本気になっている。

 どんな卑怯な手段を使ってでもユリウスを倒すつもりだ。



(ユリウス君に言った方がいいよね……!?)


 どうするべきかジョージは迷った。

 言うべきだ。 ユリウスには、何が起きるのか言うべきかもしれない。

 あの薬がどれほど効果があるのか知らないが、中途半端にでも効果があったら問題だ。



 だが、もし。

 ジョージが告げ口したせいでユリウスが戦いを回避してしまったら、ギードはその責任をジョージに押し付けるに決まっている。

 ユリウスが、ギードに睨まれたジョージを助けてくれるわけがない。

 

 しかしだからと黙っていれば、今度は騙されたユリウスの怒りはジョージへと向けられるだろう。

 ギードがユリウスに勝ったとしても、今度はギードがジョージを助けてくれるわけがない。

 どっちにしても最悪だ。

 


 いいやそもそも、どういう理由があればユリウスを第三グラウンドまで連れ出すことが出来るのだろう。

 ユリウスがジョージなんかの言葉を信じるわけがない。

 でも行かせないと、怒ったギードはジョージを責めるに決まっている。



「ど、どうしよう……」


 どうあがいても絶望しかジョージには待っていない。

 嫌な未来しか想像出来なくて足が震える。


 ジョージはただ、平穏で無事で地味に学院を卒業出来れば良いだけだ。

 だというのにどうしてこうなってしまったのか。


 

(僕がユリウス君に声をかけちゃったから……!?)


 でもそれは、彼がジョージの隣に座ったからだ。

 だから仕方なく、渋々で声をかけた。

 そうでもなければあんな怖そうな人間に声をかけたりなんかしなかった。


 どうしてユリウスはジョージの隣に座ったのか、それはモチちゃん先生がそう言ったから。

 でもそれだって、教室の一番後ろとかいう地味で退屈な席に座っていて、友達が居ないジョージのせいだ。


 ジョージに友達が一人でも居たら、こんなことにはならなかった。

 もし居たら、ギードとユリウスのやり取りだって自分には関係ない世界の話として流すことが出来た。

 怖い人に囲まれることは決してなかった。



「……僕のせい、かぁ……」


 ジョージが弱くて、頭が悪くて、つまらなくて、退屈だから、こうなってしまった。

 自分でも思う。

 こんな人間が居たら苛々するに決まっている。 友達が居なくて当然だ。


(……ユリウス君、何処に居るんだろ)


 ジョージは肩を落とし、とぼとぼと歩きだした。


 最悪、夕食の席で会える。

 同じ普通科男子寮に居るのだから、ユリウスの部屋を尋ねればいい。


 最大の問題は『どういう理由で第三グラウンドに行かせるか』だ。


 ジョージなんかの言葉を聞いて、ユリウスが行ってくれるのだろうか。

 いったいどんな理由があれば良いのか。


 そもそも、昼の魔法決闘に勝ったのはユリウスだ。


 ギードがユリウスの下僕になってしまったのは否定するまでもない事実。

 その証人なら、ジョージ以外にもたくさん居る。

 だからユリウスから見れば、夜に行われようとしているのは、受ける必要なんて全く無い魔法決闘だということになる。


 むしろユリウスに直接言うことも出来ず、こそこそと隠れるように魔法決闘のやり直しをしようというギードの方が恥ずかしい。

 ユリウスが行かなかったとして、恥をかくのはギードだ。


 そして、その報復を受けるのはジョージだ。


(……大丈夫。 だってユリウス君は強いんだ。 一人でだって、何でも出来る。 ギード君よりもずっとずっと強い人なんだ)


 とても足が重い。

 体も心も、何もかもが重かった。




 ~・~・~・~・~・~




(流石だ師匠……こんなにも功績を出しているとは、俺も弟子として鼻が高い)



 石煉瓦を重ねた荘厳であり歴史を感じる校舎の一角。

 そこでは廊下を派手に占領して、歴代の卒業生を称える証拠が飾られていた。

 

 流石はヴィオーザ魔法学院。

 様々な大会や方面で活躍した生徒達の賞状やトロフィーが、ガラス棚に丁寧に飾られている。

 毎日丁寧に掃除されているようで、どれも新品のように輝いていた。


 そういった中にユリウスの師匠、ニーケ・アマルディの名も当然のようにあった。



(『第五回 三種耐久杯 優勝』に『アソール・フィーリリア杯 最優秀賞』、『第十四回 箒障害レース 優勝』……おそらくは、これらは師匠の活躍の一部でしかないだろうな。 師匠がたかが三つのトロフィー程度で満足するわけがない)


 どれもユリウスの知っている大会だ。

 いずれも、単純な魔法の技術だけでなく肉体的な能力も大きく要求される競技である。 


 師匠はきっと在学中、ありとあらゆる大会に出て、素晴らしい成績を出したに違いない。 


(師匠はアソールの大会にも出ていたのか。 だというのに俺は師匠の活躍をまるで知らなかった……なんという不覚。 この学院に在籍していたこともロクに知らなかった。 それでよく弟子を名乗れる)


 師匠ニーケが学院に居た頃は、まだアソールも今ほど流行っていなかった頃だろう。

 もし今居れば、師匠は第四騎士団ではなくプロのアソールチームに将来の進路を定めていたかもしれない。


 きっと師匠なら、どんな競技でも大活躍だったはずだ。



 若かりし頃の師匠について、ユリウスは思いを馳せた。

 今も強い。

 きっと当時だって、並ぶ者が居ないぐらいに強かったに違いない。


 魔法とは、様々な理屈は言われているが、何よりも自信や暗示が無ければ意味が無い。

 師匠のように自分への圧倒的な信頼と自信を持つ人間が卓越した魔法使いなのは当たり前だ。


 そこに加えてあの魔力量とコントロールに敵う人間が、当時にだって居るとは思えなかった。

 


(俺もアソールを真面目にやるべきか…………いいやアソールだけではない、師匠が出た大会に全て出たい)


 言うまでもなくユリウスは師匠が大好きだ。

 尊敬と親愛という意味で師匠のことを深く愛している。


 その師匠が若い頃に出た大会。

 出たいに決まっている。



「あのー」

「なんだ」


 声をかけられて、ユリウスは背後に振り向いた。

 もちろんそこに人が立っていたことに気付いていたが、悪意も害意も感じなかったので、声をかけられるのでもなければ放置しようと思っていた。



 そこに立っていたのは、長い銀髪をした、非常に優美な容姿をした青年だった。


 瞳も紫水晶のような色合いをしている。

 男だとかろうじて分かるものの、遠目に見ればただ容姿端麗な女に見えていただろう。

 それぐらいに細身で華奢であり、顔立ちはとても中性的だった。


 彼の胸には学年と所属科を示す記章がある。

 花の形に結ばれたリボンは黄で、中央の飾りは金。

 つまり彼は貴族科の四年生ということだろう。


 その記章の隣には黒いリボンがあったが、そちらのリボンとその中央の色の意味まではユリウスには分からなかった。



「………………」


 しかしそんな部分を見るまでもなく、この青年はただ立っている姿すら優雅だ。

『こんなのが普通科の平民であるわけがない』とすら思える。


 見れば見るほど美形だ。 宗教画で表現される天使などは彼をモデルにすると良いだろう。

 ユリウスにとって相手の美醜などどうでもいいことだったが、男と女の長所を全て取ったような完璧な顔の造作には、少し言葉が詰まってしまった。


 

 だがユリウスが言葉を詰まらせた理由はもう一つある。

 


「……フランシス=ルシエ・サン・セルヴェンドネイズが何の用事だ?」


 この国を代表する、五つの名家。

 そこらの平民どころか所領貴族ですら比較にもならない名門中の名門。


 そのうち一つであり、ヴィオーザ侯爵家と一二を争う筆頭、この国全ての貴族のほぼ頂点、それがセルヴェンドネイズ公爵家。

 

 現国王の妻つまり王妃の兄が当主であり、その血筋を遡ればやはり王家や国内外の名だたる家が並ぶ、およそ最高の血筋と歴史を持つ家柄だ。


 目の前に居るのはその輝けるセルヴェンドネイズ公爵家の直系、それも長男である。

 現国王には子供が三人居るが、彼らとは従兄妹の関係だ。


 彼がこの学院の四年生として居ることは知っていたが、そんな正に『雲の上の存在』が、まさか自分に話しかけてくるとは思っていなかった。

『第四魔法騎士団所属』としてならともかく、今此処に居るのは『ごく普通の平民』である。

 顔には一切出なかったがユリウスだって驚いた。



「『有名』というのは便利ですね。 ええ、私はフランシス=ルシエ・サン・セルヴェンドネイズと申します」

 

 銀髪の美青年――フランシスは優雅に一礼した。

 この国の貴族社会でほぼ頂点に存在する人間が、たかが一平民にするとは思えない優美さと丁寧さだった。


 そんなフランシスをユリウスは、特に礼をするのでもなく見ていた。


 

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