第11話 俺の歓迎会を開こうとしているのか?




 結局、ギード・ストレリウスがその日の授業に戻ってくることはなかった。


『あの彼が無断で授業を休むことはないのに』と教師は不思議そうにしていたが、ガーランド・ハーマ達が『ギードは医務室です』と伝えていた。

 友人である彼らがそう言うからにはそうに違いない。


 どうも昼の魔法決闘から体調不良になってしまったらしい。

 魔法の連続使用により、疲れたのだろう。

 今日中に会えると思っていたのに、これでは想定外だ。



(……俺も医務室に様子を見に行くべきなのか?)


 責任の一端はユリウスにある。

 だったら、友人として行くべきかもしれない。



「えっ、こ、今度は何をするのっ?」


 ユリウスが席を立つと、隣に座っていたジョージがびくりと肩を震わせた。

『今度は』も何も、今のところユリウスは大したことは何もしていないのだが。


「医務室に行く」

「どこか悪いの?」

「……ギード・ストレリウスの様子を見るためだが?」

 

 彼は何を言っているのだろう、とユリウスは思った。


 別にユリウスは病気ではないしそういった素振りを見せた覚えも無い。

 友人としてギードの様子を見るのは当然のことだ。


「え、本当に医務室に居るの?」

「居ないのか?」


 友人であるガーランド達がそう言っていたのだ。

 彼らが嘘を言う理由など無い。

 仮に医務室に居ないのなら、いったい何処に居るというのか。



「あっ、もしかして……ギード君に、『挨拶回り』ってやつをするって意味だった……?」

「そうだな」


 ユリウスは頷いた。 



(俺は基本的に健康体だが……医務室の人々に挨拶をすることは、決して無駄にはならないだろう。 運が良ければ治療魔法も見られるかもしれない)


 この学院の医務室なら、さぞや高等な治療が行われているに違いない。

 日頃はわざわざ病院に行ったりしないと治療が見られないのだ、これは貴重な機会だろう。



「……すごいやユリウス君は……僕なんかに出来ないことを、普通にやってみせるなんて!」

「ただの挨拶回りだ」


 ユリウスはただ医務室に挨拶しに行くだけだ。

 そんな褒めることではない。


「ううん! ユリウス君は凄いよ、ギード君に会うのだけでも僕には出来ないのに……医務室にわざわざ『挨拶』をしに行くなんて……!」


 何故かジョージは興奮している。

 


(まさか……『医務室にだけわざわざ挨拶をするなんて非効率だ』と言いたいのか?)


 ユリウスはそう思った。

 ジョージは頭が良いので、ユリウスが『医務室にだけ』行こうとするのはあまりにも非効率だと言いたいに違いない。


「貴族科にも挨拶をするべきだと言いたいのか?」

「ええ!? 貴族科にも、『挨拶回り』を!?」


 ジョージは驚いていた。

 流石に貴族科にまでユリウスが『挨拶』するとは思わなかったのだろうか。

『普通科に』と思っていたのかもしれない。



「なに――!?」

「やっぱりあいつ――」

「貴族科にまで『挨拶』を――」

「それが目的だったか――――」


 ユリウスの『貴族科』発言を受けて、生徒達がざわざわとした。

 何故か、ざわざわとした。



(驚く必要があるのか?)

 

 彼らがざわざわとした理由が、ユリウスには分からなかった。


(ああなるほど……俺はまだ普通科の人間すらごく一部しか友達に出来ていないくせに、まともな知り合いも居ない貴族科へ挨拶をするとは愚の骨頂……彼らは遠回しに、そう言いたいのか。 まったく、直接言えばいいものを)


 本当に奥ゆかしい人々だ、とユリウスは思った。

 彼らにはそんな意図や理由は無いのだが、ユリウスはそう思った。



(俺は彼らに認められていないのだろうな。 既に一日の授業を共にした気安い間柄だというのに……そんなに恥ずかしいのか)


 となってくるとジョージの言う通り、まずは普通科全員に挨拶回りをするべきだ。


 どうして色々すっ飛ばして貴族科に行こうとしたのだろう。

 友達の友達は友達なのだから、ユリウスが友達になった中には貴族科の人間と友達な人間が居てもおかしくない。



(愚かな俺を諫めるとは流石だジョージ・ベパルツキン――いいやこのクラスの全員が実に聡明だ。 流石はヴィオーザ魔法学院、生徒達はいずれも聡明であり奥ゆかしく、人格に優れている)


 ユリウスはちらりとベアトリスを見た。

 元とはいえ貴族の彼女なら、貴族のお友達だって居るかもしれない。


 ユリウスが見れば、ベアトリスもまたユリウスを見ていた。

 二人の目が合う。

 露骨に顔をしかめられて、ベアトリスは隣の席に座っていた眼鏡の女子生徒の手を引いて、教室から去ってしまった。


(ベアトリス=アルマ・フェイタ・アードラー……彼女もまた恥ずかしがり屋だな。 さっきはあんなにお話をしたのに、そこは俺が男で彼女が女だからなのか? 彼女が連れ出した女子生徒はコレット・ローズか……)


 ともかく、恥ずかしがって離れたのなら仕方ない。



「……貴族科には機会があれば赴く。 まずは普通科の挨拶回りをし、地盤を固める」


 とはいえ、流石に全員に挨拶するには時間がかかる。

 何より向こうの迷惑というものも考えなければならない。



「じゃ、じゃあやっぱり……ユリウス君は、この学院の全員を本当に下僕にするために来たんだね……!」

「その通りだ」


 ギードの言葉遣いはあまりにも便利だったらしい。

下僕ともだち』という単語をジョージも使っている。


「すごいや!」


 ジョージは喜んでいる。


(しかし友達を下僕と呼ぶとは、何も知らない人間が聞けば勘違いされる言葉だ。 俺やジョージ・ベパルツキン、ギード・ストレリウスの関係性が無ければ問題だったな……)


 もっともギード自信が大勢の前で使っていたし、ユリウス自身もそれを肯定して宣言した。

 今後も『下僕ともだち』ということでいいだろう。


 師匠も、友達を相手にそういう悪ふざけのような言葉をよく使っていた。

 だったら問題は無い。


「ユリウス君なら、きっと出来るんじゃないかなっ!?」

「『きっと』でない。 『確実に』やり遂げて見せる」

「あ、う、うん! そう! ユリウス君ならこの学院の、頂点とかっ、いけるよっ!」

「頂点?」


 何のことだ、とユリウスは思った。

 なんだか会話がずれている気がする。


(いや、友達とはそう多くないのが普通なのかもしれない。 師匠も最初は『百人』と言っていた。 百人ではこの学院、いや一年生の総数にも満たない。 師匠も、俺がそれぐらいしか出来ないと思っていたのだろう)


 とすれば、だ。

 ユリウスは真面目に考える。


(頂点――つまり、この学院で最も友達を作った人間。 友達の数、生徒数の上限すら超えた頂点に立った存在。 彼は、俺がそれを達成することが出来る存在だと確信したということか)


 とても大真面目に考える。


(待て。 俺はまだジョージ・ベパルツキンにこの学院に来た目的をはっきりと話していないにも関わらず、既に俺の目的を理解しているだと……!? 流石はジョージ・ベパルツキン。 やはり聡明だ、頭が良いl人格と頭脳まで兼ね備えているとはな)

 

 ユリウスは心の中で、ジョージのことをとても褒めていた。

 なんと頭が良いのだろう。

 何も言わなくても理解するとは、流石だ――とかなんとか。

 


「でもこの学院の全員を下僕にして……それで、どうするの?」

「…………」

「わあああっ、ごめん!!!」


 真を突かれてユリウスが黙ると、何を思ったのかジョージは謝罪した。

 何故謝罪されたのかユリウスはよく分からなかった。



(友達を千人にして……そう、師匠が言うには俺にとって必要なものだ……しかし現状の俺には、何が変わったのかさっぱり分からない)


 まだ入学一日目だからだろうか。

 明日やそれ以降になれば分かるのだろうか。


(俺の問題点にすら気付いてしまうとは、流石だな。 それでこそ友達というもの、というもの、だが……)


 結局、ユリウスには『友達』の価値が分からなかった。

 友達が出来た、だから何だというのか。


 今のところのユリウスには、何の変化も起きていない。

 昨日までと特に変わらない状態だ。 強くなったとも思えなかった。


「それを達成した時、全てが判明するだろう」


 とりあえず、そういう事にした。


 師匠が最も重要視しているのは『楽しい』ことだ。

 友達が居れば楽しいと言うのなら、そうに決まっている。

 きっと友達を百人、いいや千人作る頃には、ユリウスには大きな変化が起きているはずだ。



「まずその足掛かりとして、俺は医務室に行かなければならない」


 ユリウスは席を立つ。


 ギードが体調不良だというのなら、友達として、様子を見てやるべきだ。

 この学院の設備はきっと充実しているだろうから、ユリウスに出来ることは何も無いと思うが。


「ちょ、ちょっと待ってユリウス君……医務室の、場所とか」

「朝にも伝えた通り、俺はこの学院の建物の配置を把握している」

 

 なのでもちろん、この学院の医務室が二種類あることも把握している。

 ジョージが不安に思うことは何一つとして無い。

 

「あ、そうだよね……覚えてるって、言ってたもんね……」

「ああ」


 そして教室の出入り口である扉へと向かう。

 生徒の皆が、ユリウスを賞賛するために道を譲った。


 これをユリウスは、実に頼もしい声援のように感じていた。



「――待てよ!!!」


 声をかけられ、ユリウスは振り向く。

 ただ振り向くまでもなく声の主が誰なのか分かっていた。


 ガーランド・ハーマ、そしてグラン・ユスティ、ゲイジェス・ブランドール、ゴッツ・アモルの四人だ。

 ギードと仲が良い四人でもある。



「ギードに……何を、しに行くつもりなんだよっ?」

「ガーランドやめとけって……」


 ゴッツがガーランドの袖を引いて、何故か止めている。

 

「ただの挨拶だ」


 何故か彼らは警戒しているようだった。

 体は強張り、膝はがくがくと震え、ユリウスを激しく睨んでいる。


(警戒されるような事をした覚えは無いが)

  

 別に犯罪者でもないのに、怯える理由は一つも無いはずだ。

 だというのにユリウスを見る彼らの目には何らかの疑いとか怒りのようなものを感じる。

 

「挨拶、挨拶だって!? どんな挨拶だっていうんだよ!」

「お前が想像している通りの挨拶に相違ない」


 少なくともユリウスはごく普通の挨拶のつもりだ。


 寝ているなら起こすつもりは無いし、起きているなら様子を見て今後の話をする。

 本当にその程度のつもりだ。

 一般的に病人に対する『挨拶』とはそんなものだろう。



「俺がギード・ストレリウスに挨拶をすると、お前に不都合があると言うのか」

「そ、それは……!」


 ガーランドは怯む。


 どうやら彼はユリウスとギードが出会うことに何か問題があるが、それをはっきりと口に出すことは躊躇われるらしかった。

 その『問題』が何なのかはユリウスには分からない。



「お……お前が来てから、ギードはおかしいんだよ! それで、からの、あの魔法決闘で! もっとおかしくなって……!」

「俺に責任があると言いたいのか?」


 そんなに負けたのが悔しかったのだろうか。


「そうだよ! 全部、お前みたいなのが来たせいだ! なんだよ『家庭の事情』って、お前みたいな奴が!」

「俺の『家庭の事情』とギード・ストレリウスの間には、一切の因果関係が無い。 そして俺の都合などお前には関係ないことだ」


 その『家庭の事情』だって、本当に個人的な理由だ。

 まさかユリウスによる、師匠の深い考えを悟ることが出来ない愚かさに由縁するものとは思わないだろう。


「とにかくっ、お前みたいな奴がギードに会おうとするなッ! 確かにお前は魔法決闘に勝って、ギードを下僕にしただろうさ! でも、勝ったからって……だからって、迷惑なんだよッ!」

「迷惑?」

 

 何が迷惑なのか、ユリウスにはさっぱりと分からなかった。

 彼はあくまでも友達の体調を医務室にまで確認しに行きたいだけである。


「ギードにこ、これ以上迷惑かけるっていうのなら、俺達を倒してからにしろよっ!」

「『俺達』って、ガーランド……!」

「そ、そうだ! 俺達を倒してからにしろ!」

「俺達はお前の下僕になんかなってないんだからな!」


 何か四人で勝手に盛り上がっている。

 ユリウスは、彼らが勝手に盛り上がっている理由が分からなかった。



(……要約すると、俺はギード・ストレリウスに会ってはいけないらしい)


 何故かは分からない。


(いいやそんなことより。 今、ゴッツ・アモルは俺に向かって『下僕になっていない』と言ったか? 俺はまだ彼らと下僕――いいや、友人関係になっていないと、そういうことなのか……!?)


 ユリウスはそっちの方に深い衝撃を受けていた。


 もちろん彼らとは友達のつもりだ。

 何なら一緒に医務室に行ってもいいし、むしろジョージが医務室に行く素振りを見せない方を不思議に思っていた。

 だというのに正面きって拒否されてしまった。


 彼らの目は、ユリウスに対する親愛ではないように見える。

 激しい警戒とかそういう類のものだ。

 これは決して友達などではないだろう。



(これはとんでもない誤解をしていたことになる。 俺は一方的に勘違いし、勝手に舞い上がっていた可能性が高い。 俺の友達は――未だにギード・ストレリウスとジョージ・ベパルツキンだけだったのか……?)


 確かにユリウスは、友達の友達は友達だと思い込んでいた節がある。


 しかし『友達』の明確な基準や証拠など存在しない以上、基本的には友達だと思ったのならもう友達のはずだ。

 これが軍であれば勲章があるだろうが、友達にはそんなものは無い。



(優等生のギード・ストレリウスが授業を休むことは、この一ヵ月では無かったことだ。 それを今日に限って突然……それも、俺に魔法決闘で敗北し『下僕』となった直後……俺と彼が会うと困るという理由……)


 何か深い理由があるはずだ。

 ユリウスは大真面目に考える。



(――まさか)


 はっ、とユリウスはついに真理に到達した。

 もちろん、彼なりに大真面目に考えた結果の真理だ。



 ユリウスは、師匠の影響を良くも悪くも受けていた。

『前向きにも程がある』という性格だ。


 師匠は何を言われても全く気にせず笑い飛ばし、そんな師匠を見て育ったユリウスもそうなった。

 それなりの数の師匠の知り合いからは『考え直せ』と言われてきたが、師匠を最も尊敬するユリウスにそんなつもりは無かった。


 そして天才も天才の師匠を見て、その師匠から『アタシより強くなりなさい』と期待をかけられ伸び伸びと育ったユリウスに『挫折』などという文字は無かった。



(ギード・ストレリウスは、俺の歓迎会を開こうとしているのか?)



 なのでギードが『負けたのが悔しいので引きこもっている』などと言う可能性は、微塵も思いつかなかった。

 そういう人生だった。



「――なるほど」


 ユリウスは『正解』に気付いて笑みを浮かべた。

 その笑みを見て、ガーランド達は顔をひきつらせた。



「どうやら俺は大きな誤解をしていたらしい」


 ユリウスは静かに、淡々と自分の誤解を認めた。


「お前達は今後、時間をかけて、お前達が認めるやり方で認めさせるとしよう」

「――――ッ!!!」


 明らかに怯んだ顔をされた。

 顔色がとても悪い。

  

 あくまでもユリウスとしては『時間をかけて友達だと認めさせる』と言いたいだけだ。

 まさか――『時間をかけて下僕だと思い知らせてやる』などと周囲の全員に思われているとは、全く思っていない。


「ギード・ストレリウスを見に行くのも、止めておこう」


 ユリウスはそう続ける。



(俺の歓迎会を開くのなら、俺は何も見ない方が良いだろうからな……)


 思えば、師匠と初めて会ってからも『歓迎会』が開かれた。

 


 ユリウスを弟子にするからと、師匠はそれまであったはずの貴族からの仕事の依頼とか第四魔法騎士団の仕事とか、そういうのを全て捨てて一方的に『休業』を宣言した。

 そしてユリウスのためにケーキを買ってきて、自分で肉を焼いて、知り合いにユリウスと同じぐらいの年齢の子供用の服を無理やり運ばせて、歓迎会を開いてくれた。


 師匠は『何事も楽しい方が良いのよ』と笑っていた。

 ユリウスと師匠が出会ったのがユリウスにとっての誕生日であり、師匠との歓迎会は誕生日祝いのようなものだった。

 

 ユリウスにとって『歓迎会』とは、それはそれは特別なものなのである。



 なのでユリウスは、ギード達が自分のために歓迎会を開いてくれるのだと、信じて疑わなかった。



(やはりギード・ストレリウスは俺の友達だ、素晴らしい。 もちろんガーランド・ハーマ達も素晴らしい――顔に動揺が出ていて、サプライズ化することは失敗しているがな。 無論、俺は知らないフリをする)


 何故かガーランド達はユリウスが友達であることを認めてくれないらしいが、それは時間をかけて解決すればいい。


 元々、一日やそこらで友達を作れるとは最初から期待していなかったのだ。 

 ジョージやギードが特別だった。



「俺は『その時』を待っているとする」


 ユリウスは颯爽と、笑みを浮かべて、教室から去った。

 彼が去ったあとの教室では、ガーランド達が膝から崩れ落ちていたが、そんなことは知らなかった。


 もし仮に見ていたとしても『そんなに俺にバレるのが不安だったのか』と解釈しただろう。

 もちろん自分が去り際に見せた笑みが、目が一切笑っていないとんでもなく邪悪で、他者を虐げることを喜ぶ拷問官めいたものだとは、全く思っていなかった。



 それもこれも師匠が常日頃から『エドは笑った顔も可愛いわね』と肯定しまくったせいである。

 師匠の教育の成果がとてもよく出ている。

 師匠が可愛いと言うのだから、ユリウスは可愛いに決まっている。



(――と出てきたのは良いが、歓迎会までは暇だな……ギード・ストレリウスの見舞いに行くという予定も無くなってしまった……探索でもするか。 地図は頭に入っているが、実際に見るのとは異なる部分もあるはずだ)


 ユリウスは廊下を歩く。

 明確な目標があるわけではないが、とにかく学院を実際に見て回った方がいいだろう。



(……待て)


 ふと気付いた。


(暇になってしまったが、俺はジョージ・ベパルツキンに案内されるべきだったのか?)


 ジョージはユリウスを案内したいらしかった。

 だというのにユリウスは、自分の勘違いと思い込みを優先させて、ジョージに声をかけずに出てきてしまった。

 なんという失態だろう。


(今から戻って彼を誘うべきなのだろうか)


 朝は案内を買って出てくれた。

 昼だって、誘ってくれた。

 なのに夕の今は、何も言ってくれなかった。


 そこがちょっと、残念だったりする。


(俺は彼をついに失望させてしまったのだろうか。 俺の本日のありとあらゆる言動に、彼の反感を買ってしまうような問題があったとは思えないが……いや、俺の何かが彼の気に障った可能性はある。 なんということだ、せっかくの初めての友達が)


 そこまで考えてから、ユリウスは気付いた。


(…………なるほど、そうか。 ジョージ・ベパルツキンも俺の歓迎会に関わっているのだろう。 何といっても彼はギード・ストレリウスに心から信頼される人材だからな。 そうかそうか)


 なんと単純かつ明快な解答なのだろう。

 


(だとすれば、俺は彼らの計画を邪魔するわけにはいかない……)


 ジョージの邪魔をしてはいけない。

 今日はもう一人で自由行動をするべきだろう。


 となれば暇つぶしとして、この学院を探索するべきだ。

 地図は頭に入っているとはいえ、全てを完璧に把握出来ているわけではない。

 ジョージの案内でないのは残念だが、邪魔をしてはいけない。



(そういえば師匠はこの学院の卒業生だ。 師匠ならきっと何かしらの輝かしい功績を残しているに決まっている……そうだな、それを確かめに行くか)


 そう行く先を決めて、ユリウスは迷いなく体の向きを変えた。

 もちろん彼は、歴代の生徒達があげた功績を称えるものが何処にあるのか知っている。


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