第9話 とても残念だ





(正直な感想を言えば、とても残念だ)


 ギード・ストレリウスは普通科の天才だと知られている。

 なのでアソールなどという制限のあるルールではなく、こういった場なら、彼の本当の実力が見えるかと思った。



 空間転移をああ何度も連続して行えるのは立派だ。

 ユリウスだって、落ち着いた状況でもないと空間転移は連続三回ぐらいまでしか使えない。

 その点に関してはギードはユリウスの上を行っている。



 だがおそらく彼は、そこだけを褒められてきたのだろう。

 競技のように整えられた場で、ただ『どんな事が出来るのか』だけを見られてきたはずだ。

 魔法決闘のような実戦があったところで、空間転移を見て驚いて何も出来ないような、そういう相手ばかりだったに違いない。


 才能はある。

 が、完全にそこで停止している。

  

 何処に転移するのか視線などで示し、その後に繋げる魔法だって稚拙。

 仮に一度しか空間転移を使えなかったとしても、第四魔法騎士団の人間の方がずっとギードより上だ。



「ざ……残念って、何がだよッ!」


 腰を抜かしたギードが吠えている。

 負けを認めたのに、勢いだけはあるようだ。


「言葉通りの意味だ。 天才と呼ばれるお前の強さを少しは期待したが、残念だった。 という意味でしかない」


 ユリウスは素直な感想を述べた。

 


(少なくとも現時点の彼では、俺の鍛錬相手になれそうにない……とても残念だ)


 少しは期待からこそ、魔法決闘を受け入れたのだ。

 だというのにこれでは残念すぎる。


(希望があるとすれば彼がまだ十三歳という点だ。 彼に決定的に欠けているのは『経験』、故にもっと上手くその特性を使いこなせれば、いつか俺の鍛錬相手になれるかもしれない。 ……あと期待出来る要素があるとすれば『魔法決闘』の存在と、それに鍛えられただろう上級生の存在だ)


 元々、ユリウスの目的は『友達を千人作る』だ。

 強い上級生と友達になり、鍛錬の相手になってもらえれば、まさに一石二鳥である。


 


「そんな事より、ギード・ストレリウスは降参した。 つまり魔法決闘の勝者は俺ということで、間違いは無いな?」


 最後はジョージに尋ねていた。

 

 ジョージはユリウスの友達だが、それ以前からギードの友達でもある。

 今日友達になったばかりのユリウスよりギードを優先するのが人情というものだろう。

 しかし、だからといってギードを贔屓するなど、公明正大なジョージがやるわけがない。

 

 もっともどんな不正があったところで、ギード自身が負けを認めてしまっては、まるで意味が無いのだ

が。



「う、うん……魔法決闘の勝者は! ユリウス・ヴォイド! ……君!」


 まるで付け足したように敬称をつけ、ジョージは大声をあげた。


(敬称など付けずとも普通にユリウスと呼べばいいものを)


 少なくともユリウスは呼び捨てにされたところで気にしない。

 が、ジョージは気にするのだろう。 実に奥ゆかしい性格だ。



「魔法決闘に勝ったことで、俺はお前を下僕にするが、何も異論は無いな?」


 もちろんこれは『改めて友達としてよろしくね』という意味である。

 ギード含めたこの場の全員には、ユリウスの真意などまるで理解されていないが。


「げ……下僕ッ……!?」


 分かりきったことを、真っ青な顔でギードは言った。



「何を言っている。 お前が先に俺に『下僕になれ』と言ったのだろう?」

「で、でも、下僕って……」

「心配するな。 俺がお前に期待し求めることは、だ」

「――――!」


 何を想像しているのか、ただでさえ青い顔が、もっと青くなった。



(……流石に少し、やりすぎたか)


 自分の魔法が直撃するのはまずいので、当たらないように努力はした。

 しかしギードとユリウスの信頼関係はまだ構築しきったとは言いがたい。

 ユリウスが長く威嚇してしまったせいで、怖かったので顔が青くなったに違いない。

 


(俺とギード・ストレリウスは既に友達だと俺は思っている。 しかしギード・ストレリウスは照れ屋なのではっきりと『友達』という単語を使うことが難しいらしい……が……)


 思い返してみれば、ギードはジョージに対しては気安かった。

 ユリウスには心の壁があるが、ジョージにはそんなことは無いのだろう。


(ジョージ・ベパルツキンを『友達』と言うことに躊躇いは無いが、俺には無理だと……これは何としてでも解決するべき事案だな。 俺のこともジョージ・ベパルツキンと同じように扱ってほしいのだが)


 なので、ユリウスは言った。



「お前が今までジョージ・ベパルツキンへしてきたのと同じ関係になるだけだ」

「お、俺、がッ……!」

 

 体が硬い。 表情も硬い。

 きっと緊張しているのかもしれない――――と、ユリウスだけが思った。


 周囲の人間には文字通り『下僕になれ』という意味で伝わっているのに、ユリウスだけが知らなかった。



 ギードは何故かガチガチと歯を鳴らしている。

 生き物によってはこれは威嚇行為だが、彼は人間なのでそういう意図は無いはずだ。

 とするとこれはきっと、激しい緊張から来ているのだろう。



(人前では言えないのかもしれない)


 いきなりこんな大勢の前で『友達』を宣言し主張するのは、彼には難しいに違いない。

 そういった年頃の少年の複雑な感情は汲んでやるべきだろう。


 ユリウスとしてはその『複雑な感情』というのは『時間の無駄』の一言なのだが、他人はそうもいかない。

 流石のユリウスも、自分が同年代の子供らしくない感情や感性をしていることぐらいは、自覚があった。



「ギード・ストレリウス」


 ユリウスは腰を抜かしているギードの側まで行き、手を差し出す。

 ギードは呆けた顔でユリウスの手を見た。

 

「な、にを」

「俺とお前の関係性が確定したので『よろしく』という意味の握手だが?」



(師匠も、よく握手をしていたからな)


 師匠と初めて会った時もそうだった。


 何処の馬の骨とも知れない自分に、師匠は手を差し出してくれた。

 どんなことが起きたとしても、あの時の輝くような光景と、師匠への恩義だけは絶対に忘れないだろう。



「よろ、しく、だと……!?」


 ギードの両目が大きく開かれる。


「バカにするなッッ!!!」


 何を思っているのか怒っている。


「オレは、オレはっ――調子に乗るなァッ!!」


 腰を抜かしていたはずが勢いよく立ち上がり、ユリウスを睨み付けたかと思えば、走って第一グラウンドから去ってしまった。



「あっ、逃げた!」

「魔法決闘から逃げるなんて!」

「下僕になれって自分から言ったのに」

「イキっておいて、大したことなかったな」

「転移魔法連発だけして、それで自分の弱点とかバラして対策されてんのダサすぎ」

「あんな弱いなら、俺にだって簡単に倒せたぜ」


 この魔法決闘を見ていた生徒達は驚いた。

 ざわざわと互いの顔を見て話し合い、ギードを指差す。

 その多くが、逃げたギードを非難するものだった。



「そんなに屈辱的だったか」


 ユリウスはぽつりと呟く。



(まさか『友達』と思っていたのは、俺だけだったのか?)


 走り去るギードの背を見ながら、ユリウスは今更なことに気付いて焦った。

 

 ユリウスの中ではギードと篤い友情の握手を交わし、友達としての絆を確かめるつもりだったのだ。

 だがギードから飛び出たのは『調子に乗るな』の言葉。

 流石のユリウスだって、浮かれていた頭は冷える。



(そうか……ギード・ストレリウスの『友達』を名乗るには、俺はまだ未熟だったということか。 精進しなければなるまい)


 ユリウスだって別に『すべての人間は仲良く友達になれる』などと甘ったるい思想の持ち主ではない。

 ただどのような重罪人であれ、友達になれる可能性が微塵も存在しないわけではない、とは思っている。


 問題があるとすれば、生まれ育った環境や嗜好の差による無理解だ。

 相手を知り、理解することこそが、友達への第一歩だと、ユリウスは思っていた。 

 それもこれもユリウスの師匠が『何処の誰だろうと、仲良く出来ないことはない』なんて、極めて器が大きく大雑把な人間だから至る思想である。



(待っていろ、ギード・ストレリウス。 お前の口から『友達』と言わせてみせる)


 そしてユリウスは一方的な思い込みで、一方的に心の中で宣言した。



「ね、ねえ、ユリウス君……良いのッ?」

「『良い』とは、何がだ」


 ジョージが恐る恐る話しかけて来た。

 周囲の生徒はギードに呆れたのか飽きたのか、それぞれに解散していっている。



「だって、逃げちゃったんだよ!?」

「彼は負けを宣言した。 だったら追いかける必要は無い」


 確かに、もしギードが負けを認めずに逃げていたら、ユリウスはそれを追跡する必要があった。

 でも結果は決まっているのだから、彼がどうしようと自由だろう。


「魔法決闘で、それも自分で宣言したことから逃げたのよ、これはとんでもない事だわ!」


 残っていたベアトリスが歩きながら寄ってくる。

 これが彼女の通常運転なのか、それともそうでないのか、肩を怒らせていた。


「魔法決闘の宣言はそれぐらい重いの! それから逃げ出すのは見下げ果てた意気地無しよ。 下僕になると言った以上、それはもう絶対なの!」

「しかし彼は認めたくないらしい」

「関係無い。 自分が勝てると思い込んだからって簡単に結んだ宣言を無かったことにするなんて、許されることじゃないわよ」


 ベアトリスは怒っている。

 ギードの情けない態度がよっぽどベアトリスの怒りの琴線に触れるものだったらしい。



「そうは言うが、これから午後の授業で彼は嫌でも俺と顔を合わせなくてはならない、クラスも同じだ」

「あ」

「それも……そうね」


 そんな簡単な事実に気付いたのか、ジョージとベアトリスはそれぞれの反応をする。

 

「それに、俺は時間をかけてでも彼との関係性を構築してみせる」

「下僕としての関係性?」

「ああ。 いずれギード・ストレリウスに『自分はお前の奴隷だ』と言わせよう」


 大真面目にユリウスは頷いた。

 

「……心が広いのか狭いのか分からないわ」

「狭いとは思っていない」


 ユリウスと、それ以外。

 この間には物事に対する解釈に大きすぎる差があったが、誰も気付いていない。

 

 ユリウスはあくまでも『ギードの心が狭いか広いか』という解釈だ。

 その場の全員がこれを『友達と認めるかどうか』の勝負だと思っている、と勝手に思っている。


 だがベアトリス等は『あんな対応を受け入れるユリウスの心が狭いか広いか』についての話をしている。


 しかし両者の間でそれなりに納得が出来てしまっているので、また違う解釈の存在があるなど思っていないので、両者わざわざ意味を尋ねようとは思わなかった。

 


「……でも、ユリウス君って、凄いや!」


 興奮したようにジョージは言う。

 自分の両手で拳を作って、興奮しきった目をユリウスに向ける。


「ギード君は空間転移なんて凄い魔法特性を使いこなせるのに、全然相手になってなかった! ユリウス君はやっぱり天才なんだ!」

「俺は天才ではない。 本当の天才は他に居る」


 ユリウスが最も天才だと思うのは師匠だ。


 自分に多少の才能があったところで、その師匠の足元にも及んでいないのだから、ユリウスが自分を天才だと思えるわけがなかった。

 それぐらい、師匠は本当に強い。

 


「ギード・ストレリウスは確かに恵まれた魔法特性の持ち主だ。 しかし彼は整えられた場でのみ使っていたのだろう、使い方自体は稚拙だ」

「……整えられた場って何よ?」

「遮蔽物の無い、魔法使用を焦らされることもない場だ」


 空間転移という魔法は、確かに強力だ。

 間に何があろうと無視出来る、移動のための挙動が無視される、一瞬で移動出来るなど、魅力的な点は多い。

 それを連発出来てしまうのだからギードは強い。 天才と言われてもおかしくない。


 しかし強力ではあるが、決して無敵なわけではない。


 おそらくギードは今まで遮蔽物が無い平らな広場で『どうぞ貴方の魔法を見せてください』とだけ言われる場でしか魔法を使ってこなかったのだろう。

 冷静さを欠いた状態、更に遮蔽物の多い森や山などでは無かったはずだ。

 


「先程も言ったが始まって最初に空間転移で俺を魔法で吹き飛ばしに来れば勝機はあった、俺は彼の魔法の練度を正確に知らないからな。 だが彼は魔法を見せびらかし説明までした。 彼は自分の移動先の安全を目視しなければ移動が出来ない、なら対策は容易だ」

「……そ、それでも! そんなの分かってても、対応なんか出来るわけないよ……だって一瞬で移動するんだよ!? 空間転移の魔法だよ!?」

「それはお前に実戦経験が乏しいからだ」


 ユリウスははっきりと告げた。

 本人の言う通り、実技能力が低いジョージが実戦経験豊富なわけがないし、仮にギードの魔法の弱点を理解していても対策は出来なかっただろう。

 


(逆を言えば実戦経験さえ積めば多少の才能差など覆せる。 ジョージ・ベパルツキンがギード・ストレリウスに絶対に勝てないわけではない)


 そう思いつつ、ユリウスは。


「そ、そうだよね……あはは、うん、こんな僕なんかじゃ無理だよ、分かってる」


 と自分の能力の低さを認めて、自分の頭をかいて笑うジョージの様子を見て。



(自分の現時点での能力の低さと課題を既に理解しているとは……流石だ、ジョージ・ベパルツキン。 公明正大なだけでなく、聡明な人物だ)


 などと、心の中でたくさん誉めちぎっていた。

 

「己の位置を理解しているのなら、俺からはこれ以上言うことはない」

「う、うん……」


 ジョージは頷く。

 この時、二人の間には致命的な理解と解釈の差があったが、そこは誰も知らない。

 


「………………」


 ベアトリスは腕を組んで、非常に厳しい目でジョージを睨む。

 それからジョージを見捨てて、ユリウスへと視線を移した。



「それで、実戦経験が豊富なアンタは、いったい何者なの?」

「ユリウス・ヴォイド。 ごく普通の平民だ。 生まれはヴィオーザ領のララウサ村、父親の名は――」

「『ごく普通の平民』は、あんな風に魔法を使えない」


 ユリウスの言葉を最後まで聞くことなく、ベアトリスははっきりと言いきった。


「アンタは、何処の誰なのよ」

「俺は今、自己の紹介をしていたのだが」

「あんな紹介で誤魔化されるバカは居ないわ」

「最後まで聞いていないのに何故分かる」


 とはいえユリウスも、本当のことを言うつもりは微塵も無かった。

 決められた書類上の設定を並べるだけだ。 



(第四魔法騎士団は秘匿された組織だからな……)


 秘密にしなければならないことをベラベラと喋るなど、ただの間抜けだ。

 ましてや自分が特殊な部類だと知っているなら猶更。

 相手が友達だろうと何だろうと、関係ない。



 何より、師匠に迷惑がかかる。

 そうでなかったらユリウスは最初から『ユリウス・ヴォイド』などという偽名で来なかった。

 

 ユリウスにとって、師匠が何よりも上の存在だ。

 師匠を敵に回すぐらいなら国だろうと誰だろうと見捨てるぐらいには、師匠のことを最上の存在に置いている。

 この学院に来たのも、友達作りをするのも、師匠に命令されたからに過ぎない。



「じゃあ、普通の平民のくせにどうやったら他人に実戦経験の有無を語れるようになるのよ。 アンタのお師匠様が普通じゃないの?」

「…………」


 何故ベアトリスがユリウスの師匠の存在を知っているのかと、ユリウスは一回考えた。

 が、よく考えなくても、授業において自分で口を滑らせたのだから、その場に居た人間なら知っていても全くおかしくはない。


(……ああも簡単に師匠について口を滑らせてしまった以上、今後そうならないとは限らない。 師匠について上手く暈しつつ答えるか)


 ユリウスは冷静にそう判断する。



「ああ、俺の師匠はとても優れている。 俺が普通でないとすれば、それは俺の師匠のおかげだろう。 師匠は強く賢く勇気があり美しく自信に満ち溢れ、まさに無敵だ。 師匠が居なければ俺は此処に居ない。 俺を構成するほとんどが師匠のおかげだ」


 ユリウスはドヤ顔で答えた。


 師匠の話が出来るのが嬉しいので、つい必要以上に喋ってしまったかもしれない。

 が、これでもユリウスとしては『控えめに褒めた』つもりだ。



「…………その性格も?」

「無論」


 ユリウスはドヤ顔で頷いた。


(師匠が構成しなかった部分があるとすれば、俺の容姿ぐらいだ。 それも仕方ない。 師匠が居なければ俺はこの学院どころか、今生きているかも分からんからな)


 ユリウスはその性格故に『目上の人間には敬語を使いなさい』と他人から諭されたことがある。

 その人物が言っていることはユリウスにも理解出来る。

 ユリウスにしてみれば、自分以外の大抵の人間が、どんなに理解出来ない言動をする変人であったとしても、尊敬に値する存在だからだ。


 そして助言を活かし、出会うもの全てに、たとえ自分より年下だろうと犬猫だろうと何だろうと敬語を使っていた頃がユリウスにはあった。



 が、師匠に敬語を使ってみたところ『アタシにその喋り方はしないで』と言われた。

 なのでユリウスは敬語を使うのを止めた。


 何故なら『師匠より敬える存在は居ない』からである。

 ユリウスにとっては師匠こそが至上の存在であり、それに比べたら国王だろうと神だろうと大したものではない。

 その師匠が『敬語を使うな』と言うのだから、全ての生き物に敬語を使う必要は無いだろう。



 やたらと偉そうな態度をしてはいるが、これでもユリウスは全ての相手に敬意は持っているのだ。

 ギードにもジョージにもベアトリスにも、ユリウスなりに遠慮をしているつもり。 

 相手をいちいちフルネームで呼ぶのだって、相手への敬意だ。


 

「さぞかしご立派なお師匠様なのでしょうねぇ」

「俺はごく普通の平民だ。 そして師匠もまた、特に魔法騎士団に所属もしていない、世間に名を知られていない、この学院の誰に聞いたところで何も分からないだろう無名の、ただとても強いだけのごく普通の人間だ」


 別に嘘は言っていない。

 師匠ニーケはごく普通に生まれたこの国の平民だ。


 普通に生まれ、普通に家族が居て、普通に育ち、普通にこの学院に通っただけの、一般人であるらしい。 なのに強い。

『どっかの貴族の隠し子でしたと言われた方が助かる』とぼやいていたのはニーケの知人の一人だった。

 それぐらい、とんでもなくニーケは強かった。



(俺については……戸籍も何も無いので、平民ですらないのだが)


 ユリウスが最初に戸籍に登録されたのは、師匠の養子兼弟子としてだ。


 それ以前の情報は何も無い。

 自分でもよく分からないし、思い出せるような内容も無い。

 母親の情報はよく知らないも同然で、父親など『自分の容姿は父譲りであるらしい』という情報しか知らない。


 なのでもしかしたら何処かの貴族の隠し子とか、異国の王族の血筋だったとか、そういう可能性も否定出来ない。

 真面目に調べれば父親の素性も分かるかもしれない。

 ユリウスの容姿はこの国では目立つので、同じく父親も目立っているはずだ。


 しかし何であろうとユリウスにとってはどうでもいいことだった。 



「アンタ、色々と普通じゃないのよ……本当に同じ十三歳?」

「そこまで言うならお前が自由に想像すればいい」


 ちなみにユリウスは自分の年齢も知らない。


 実母はユリウスのためにそんなものを数えたことがないし、ユリウスもその当時は数の数え方もよく知らなかった。

 誕生日も、師匠に会った日ということにしている。


 なのでユリウスは自分が今本当は何歳なのか知らない。

 本当は十五歳以上かもしれないし、もしかしたら発育が良いだけの十歳以下かもしれない。

 師匠も『これぐらいじゃない?』と適当に決めた。


 大事なのは戸籍上では『そうなっている』という点だけだ。

 


「何を言えばお前は信じられるんだ」

「真実だけよ」


 これだけ言葉を尽くしても、ベアトリスは何も信じていなかった。

 頭から疑った目をユリウスに向け、睨んでいる。


(別に探られても痛い腹は無いのだが……) 


 ユリウスも、調子に乗って師匠の情報を喋りかねない自分を認識していた。

 余計なことを自分から言う前に、先制しておくことにする。



「そういうお前こそ、貴族でもないのに貴族のような名前をしている。 法律に違反していないとはいえ、お前の方こそなかなか普通ではないな、ベアトリス=アルマ・フェイタ・アードラー?」

「…………親の意向よ」


 よほど触れられたくないことらしい。

 ベアトリスは露骨に顔を顰めて耳の前にある髪を軽くかき上げた。



 この国の貴族には二種類ある。

『所領貴族』と『無所領貴族』だ。

 分かりやすく言うと領地を持つ貴族と、持たない貴族である。


 魔法使いとして名を馳せた人間は、貴族としての爵位を貰うことが出来る。

 だが国内の土地など限られているし、元々領地を持つ貴族に譲ってもらうなど簡単には出来ない。


 そうやって領地を持つことが出来なかった貴族を『無所領貴族』と呼ぶ。

 国内の、比較的歴史の浅い貴族はほとんどがこれだ。



 アードラー家は元々前者、つまり領地を持つ名家、アードラー伯爵家として存在していた。

 歴史もなかなかで、第一あるいは第二魔法騎士団に所属し活躍した優秀な魔法使いも一定数輩出したほど。

 だというのに爵位を没収されてしまい、名家の血を引く長女でありながらベアトリスは不幸にも普通科に入れられてしまったというわけだ。


 ベアトリスが生まれた頃には既に貴族でなかったはずだが、彼女の名前は貴族のように長い。

 父母の執念が、よっぽど強かったのだろう。 



「……まあいいわ。 こっちに迷惑さえかけなかったら、アンタが何処の誰だろうとどうでもいいもの」

「安心しろ。 お前に迷惑がかかることはない」


 ユリウスの目標は『友達を千人作る』だ。

 もちろんベアトリスのことだって友達にする気で居る。


 そのベアトリスに自主的に迷惑をかけるつもりは、ユリウスには一切無い。


「どうだか……アンタの存在自体が、騒動の種でしかないんじゃない?」

「それは誤解というものだ」

「ふん」


 ベアトリスはその高い位置でツインテールにした赤毛を揺らし、高貴そうにスカートを翻し背を向けた。

 そして颯爽と去っていく。


 とても気の強い少女だ。

 ギードによる一見するとユリウスに対して不利な決闘にも物申したり、授業でも女子達の代表で発言をしたり、きっと正々堂々とした性格なのだろう。

 成績も優秀なことだし、おそらく彼女は生まれるのが遅かったに違いない。



「……す、すごいや、あのアードラーさんとも普通にお喋り出来るなんて……」


 ベアトリスに気圧されて何も喋れなかったらしいジョージが、恐る恐る口を開く。


「彼女は噛みついたりはしない」

「そうかな……あの人、気に入らないことははっきりと口にするし、元貴族だからかいつもちょっと偉そうにしてるし……」

「大した問題ではない」


 プライドが高いことは決して悪ではない。

 問題はそのプライドの方向性だ。

 自分を奮い立たせるためならともかく、無駄に高いプライドで他人を見下しては意味が無い。

 

 それでいけばベアトリスは前者に見えた。

 他人を見下していると言うより、ただ理想が高く高潔で、それを自分にも他人にも要求しているだけのことだ。


 ジョージのように遠慮がちで謙虚な人間にとっては、ああもはっきりと喋る人間は怖いに違いない。

 しかしユリウスから見れば、ベアトリスは威嚇する子猫のように見えて、むしろ好感しかなかった。



 

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