第8話 魔法決闘
ユリウス達はヴィオーザ魔法学院に複数あるグラウンドの一つ、第一グラウンドまでやってきた。
芝生の生えた広々とした敷地はとても見通しがいい。
障害物が一切無いのが気になるが、此処をひたすら走り回れば心地良いだろう。
ギードはユリウスの向かいに立つ。
魔法決闘を見たい生徒達はグラウンドの外に立ち、介添人をやらされることになったジョージだけが二人の近くに立つことになった。
暇なのか、観客の数は三十人以上居ると思われる。
「下僕になる心の準備は、出来ているのかよ?」
「先程も言ったが、俺がお前に負ける方が難しい」
ギードは――もとい、ギード本人を含めた全員が、ユリウスに向かって言われた『下僕になれ』を言葉通りに解釈している。
それ以外であるわけがない。
負けた結果、ユリウスに待っているのは屈辱的な日々だ。
この場のほぼ全員が、そういう解釈をしていた。
しかし、ユリウスだけはそう解釈しなかった。
(ギード・ストレリウスは積極的だが、照れ屋だな。 照れたあまりに『友達になりたい』をそのように言うとは……)
そういう解釈をした。
二人――いいや、ユリウスとそれ以外の人間の間にある解釈の溝は、とんでもなく深かった。
ユリウスが、ギードのことを好意的に解釈しすぎなのである。
「言ってくれるじゃねえかよ――おいジョージくぅーん! 早くやれ!」
ギードはジョージに声をかける。
緊張しているのかジョージは一度びくりと肩を震わせて、ユリウスとギードを交互に見た。
「じゃ、じゃあ……これから魔法による決闘を始めます。 相手が降参するか、戦闘を継続出来なくなるかの、どちらかで勝敗が決まります」
「後悔するなよ、転入生!」
「………………」
ギードは余裕の笑みを見せて杖を構え、ユリウスも杖を手にギードを見据える。
周囲は勝手に息を呑んで、二人の様子を見つめた。
「血よりも深く、水よりも清らかに――決闘、はじめ!」
ジョージが、挙げた手を振り下ろす。
これにより魔法決闘が始まった。
~・~・~・~・~・~
そもそも、見た瞬間から気に食わなかったのだ。
他人など一切寄せ付けない傲岸不遜な雰囲気。
冷たい眼光。
目立つ容姿。
それまでギードが集めていたはずの教師からの注目を一気に奪う存在感。
それでいて、それら全てを『大したことがない』と言ってしまう性格。
ユリウス・ヴォイドの何もかもが、不愉快だった。
ヴィオーザ魔法学院は名門だ。
その門を潜れるだけでも優秀だが、たかが田舎でちやほやされた程度の天才は一気に凡人となる。
そんな中で天才と言われたギード・ストレリウスは、間違いなく天才なのだ。
もちろん世の中、上には上が居ることをギードは知っている。
普通科の上澄みが平均に落ちる貴族科で頂点として輝く者達のような、何代も重ねられた研鑽と決闘には勝てないのだ。
それでもギードは貴族になる。
今までは子供を貴族の婿や嫁にし血縁関係を結ぶことしか出来なかったストレリウス家が、本当の意味で貴族となる。
歴代のストレリウス家の人間が夢見てきたことを、ギードこそが達成するのだ。
そのためには、ぽっと出の意味不明で変で尊大で傲慢なユリウスのことなど、圧倒しなければならなかった。
「ユリウス・ヴォイド……って、誰? なに、あの人……髪の色とか目の色とか……どこの国?」
「なんであんな偉そうなの」
「見ろよあの杖、貧乏人の杖だぜ」
「柄杖を使うなんてダサい」
「偉そうだけどハッタリだね。 この勝負はストレリウスの勝ちだ、賭けにもならない」
「柄杖使って強い奴なんて、そう何人も居るかよ」
観客たちはギードに期待している。
当然だ。
ギードはストレリウス家の人間で、ギードはとても成績が良い生徒なのだから。
それでも観客たちの視線は、何故かユリウスに向けられる。
南の国出身としても妙に違和感のある容姿のせいだろうか、それともあの剣呑な雰囲気や無慈悲な目つきのせいだろうか。
ただそこに居るだけで、ユリウスは注目されてしまう。
誰もがギードの方が優秀だと知っているはずなのに、だっていうのにユリウスから目を離せない。
なんとなく『出来る奴』に見えてしまう。
その事実が、その理由が何となく分かってしまうせいで、ギードにはとても腹立たしかった。
「血よりも深く、水よりも清らかに――決闘、はじめ!」
ジョージが声高に宣言する。
緊張のせいか声がやたらと甲高かったが、ギードにはどうでもいいことだ。
(偉そうにしやがって。 ちょっと自信があるんだろうが、残念だったなあ……!)
ストレリウス家が持つ魔法特性。
強力でありながら、扱いの難しさと危険性故に、ギード以外の誰もあまり使いこなせなかった魔法。
これを使えば、ユリウスのあの仮面のような顔だって崩れるに決まっている。
ギードは杖を振るい、ユリウスが居ない方向に向ける。
そして、魔法特性を発動するための詠唱を、短く口にした。
「『転移』!」
ギードの姿がその場から消えた。
かと思えば瞬きするほどの一瞬の後、ユリウスの目の前にギードが現れていた。
一瞬で走って移動出来る距離ではない。
足を動かすような素振りをギードは誰にも見せなかった。
だというのにギードはそこに居る。
頭突きが出来そうなほど至近距離にあるユリウスの、冷ややかに自分を見つめる真紅の目を見て、ギードはニヤリと笑った。
「『転移』」
また発動。
ギードの位置は、最初と同じところに戻っていた。
「ハハッ、驚いたかァ? 言い忘れてて悪いなぁ、これがストレリウス家の――俺の魔法特性、『空間転移』だ!」
誇らしくギードは叫ぶ。
「知ってるだろ! 空間魔法! それは、ありとあらゆる魔法の中でも上位に位置する、扱いの難しい系統! これをオレは――『転移』!」
最初より右にギードは一瞬で移動する。
「短い詠唱で、何度だって――『転移』!」
今度は左へ。
「移動出来てしまうのさァ! ハハハ! 『転移』ィ!」
そして、最初の位置に戻る。
「どうだ、驚いたかよ転入生!」
驚くに決まっている。
空間転移を使うのは大変な労力が必要で、魔法騎士に選ばれるような人間であっても簡単なことではない。
それをギードは『転移』の短い言葉だけで、短時間で何度だって移動出来てしまうのだ。
「すげえ……」
「あれがストレリウス家の魔法特性!」
「いいなぁ、魔法特性があるなんて……」
「ストレリウス家の空間転移、強すぎるだろ!」
「いいぞー! やってしまえー!」
「柄杖を使う奴なんて倒せ倒せー!」
周囲の生徒達がざわざわと褒めたたえる声を聞いて、ギードはとても気持ちが良かった。
どうも集まっているのは普通科の生徒がほとんどらしく、貴族科の生徒の姿はまばらなのが残念だ。
どうせなら高貴な貴族の前で魔法の腕を見せたかった。
なんといっても今年の貴族科一年生には、五大名門の子供が三人も揃っている。
そんな彼らに実力をアピール出来るのはギードにとっては得しか無いのに。
ユリウスは多少は腕に自信があるのだろう。
しかし、仮に炎をどんなに素早く飛ばしてきたところで、その時ギードは既に到達地点には居ないのだ。
ユリウスがギードに攻撃するには近寄るか、位置を把握するしかない。
反対にギードは、わざわざ走ったりしなくても、ユリウスを攻撃することが出来る。
空間転移魔法の使い手達が課題としてきた『消費魔力量』だって、魔法特性だったら半分以下にもなる。
なんという無敵にして完璧な魔法か。
扱いを間違えれば大怪我どころではなかったり単純な魔力量の問題で、ギードの他の家族は上手く使いこなせなかった。
しかしギードは使いこなすことが出来た。
それこそがギード・ストレリウスが天才と言われる由縁である。
空間転移の魔法を完璧に使いこなせる逸材ともなれば、ギードの存在はどんな貴族も無視できないだろう。
「はっ! まさか『ズルい』なんて言わないよな? だってこれは魔法決闘だ、魔法を使うことの何が悪い? さっき格好付けてアードラーから聞かなかった、情報収集出来ないお前が悪いんだぜ?」
ギードはユリウスを見る。
空間転移に勝てるわけがない。 どんな小細工をしたって無駄だ。
「さあて、オレはこの次、いったい何処に出て来るでしょう?」
今更『魔法決闘なんかするんじゃなかった』と言われたってもう遅い。
作戦はこうだ。
また転移で目の前に現れて、杖による魔法で攻撃する。
そうして一撃でユリウスの生意気な顔面に魔法をお見舞いし、倒してしまえばいい。
とても単純、しかしなんて有効的な手段なのだろう。
仮にユリウスが何か卑怯を訴えたとしても、ジョージはギードの味方をするに決まっている。
反対に、ユリウスが何かしらの手段を持っていたとしても、ジョージが反則を訴えればいい。
それに、だ。
ギードには、一撃でユリウスを倒すつもりなんて無い。
授業で恥をかかされた分、ユリウスにやり返してやらないと満足出来ない。
「後悔したってもう遅いんだぜ! 『転移』ィ!」
ギードの姿が消え、瞬きほどの一瞬でユリウスの目の前に移動する。
ユリウスは反応出来ていない。
腹が立つほど冷淡な眼光を、ただギードへ向ける。
全部遅い。
今から準備するユリウスとは反対に、ギードは既に準備が出来ていた。
「『光よ唸れ』!」
杖先に光が灯る。
『光よ唸れ、激しく飛び撃て』。
何をするのかをはっきりと明示するのが魔法の詠唱。
これはただ質量があるだけの眩しい光だ。
顔面に食らったところで、授業で使ったボールにぶつかった程度にしか痛くはない。
もっとも、不意打ちで食らえば鼻血ぐらい出るだろう。
そんなところを見たら、誰もが『ギードの方がユリウスより上だ』と気付くだろう。
クラスで最も優秀で目立つ立場は、ギードのものに戻る。
今後のギードの学院生活も安泰だ。
「『激しく飛』――ゴボォッ!」
口から、息の塊が出たような声が出た。
その瞬間、ギードは自分の身に起きたことが分からなかった。
気が付いた時には、ギードは初期位置よりも後ろに吹っ飛ばされていた。
「ご、な、何がッ……!?」
お腹が痛い。 落ちた時に打った頭も痛い。
凄く痛い。 呼吸が苦しい。 腹部にあるものが全部、昼食どころか内臓まで出て来るかと思った。
腹痛を起こしたとかそんなものじゃない。
例えば、そう。
腹を抉るように殴られた、みたいな。
ギードは慌てて起き上がる。
倒れているのは、ユリウスの方であるべきだ。
自分が倒れるのはおかしい。
でもユリウスは、最初から全く変わらない位置に立って、ギードを冷ややかに見下ろしている。
あの柄杖を構えた様子も、ギードの魔法に驚いた様子も無い。
「何が起きたの?」
「さあ……勝手に吹っ飛んだような」
「魔法使ってた?」
「全然分からなかった」
「今何やったんだ?」
観客がざわざわとしている。
「な、何を、したんだ……?」
思わずギードはユリウスに尋ねる。
「蹴った」
そう、ユリウスはとても普通に返事をした。
内容は、とてもありえなかった。
「蹴った、蹴っただとォ……!?」
ギードは空間転移をしている。
文字通り、間にある空間をすっ飛ばして動いているのだ。
予備動作なんか必要無い。
本当に突然現れるものに、対策が出来るわけがない。
きっと、驚いたユリウスの手や足が当たった、そうに違いない。
「は、ハハッ、偶然ちょっと吹っ飛ばせたからって、調子に乗るなよ?」
へらりと笑ってギードは立つ。
空間転移の魔法に、対策など出来るわけがない。
ましてや相手はたかが十三歳の思い上がった平民、負ける理由の方が無い。
しかし今起きた衝撃と、腹部に残る痛みは、どうしても否定できないものだった。
心臓がドキドキと跳ねている。
「……偶然?」
ユリウスは顔色一つ変えずにギードを見る。
「おかしいだろ! 俺は空間魔法を使ってるんだ、俺がどうするのか見えるわけない!」
「『転移』!」
今のは間違いだ、とギードは再び魔法を唱えた。
今度はユリウスの背後。 後ろなら、偶然足が当たるなどということはない。
空間転移は無敵だ。
仮に多少見えた程度では問題にもならない。
それにユリウスは、今の今まで、ギードの魔法特性がどんなものか、知らないはずなのだ。
「『光よう』――」
詠唱を半分も言えなかった。
ギードはユリウスの背後に回った。
回ったはずなのに、ユリウスは何故か振り向いて、微塵も驚くことなくギードを見てきた。
「はあ!?」
やはり淡々とした鋭い眼光をあびて、ギードは悲鳴に似た声をあげる。
自分が何をするのか、何処に移動するのか、ユリウスにはまるで読めないはずだ。
そうであってこその空間転移魔法なのに。
なのにユリウスは、全く驚かずにギードに振り向いていた。
「ひ、『光よ唸れ、激しく飛び』――」
ギードが詠唱している間にユリウスは動いていた。
詠唱して魔法が発動しようとしている杖を、ギードの手の上から堂々と掴んできた。
「ひっ」
杖を持った手を捻られた。
軽く、しかしとんでもなく強い力で、ギードの体は手と一緒に捻られる。
「この程度で魔法を中断するな」
ユリウスがギードを見下ろす目は、とても冷たかった。
生き物ではなく、道具を見ているかのように、ひどく淡々としていた。
「――!」
ひゅ、とギードは喉を鳴らす。
『死ぬ』と一瞬ギードは思った。
そう思うほど、命の尊厳や人権など微塵も感じていないほど、冷たい目をしていた。
次の瞬間には殺されると思ってしまった。
「じ、ジョージィ!!!」
「あっ、ま、待ったー!!!」
ギードが叫べば、ぼーっとしていたジョージが慌てて声をあげる。
ユリウスはギードの手を掴み捻ったまま、ジョージのことを睥睨してきた。
「ひっ」
気の弱いジョージは、鋭すぎる眼光に思わず怯む。
「えっ、あ、あの! あの!!! これ、これは魔法決闘だから――」
「俺は正々堂々と勝負をしている、中断させられる謂れは無い」
「そうじゃなくて! 魔法決闘だから、魔法で勝負しないといけなくてッ! だ、だから! 殴るとか蹴るとか、暴力で解決しちゃ、ダメなんだよぉおお!」
「そうか」
ユリウスは手を離した。
解放され、ギードは思わず手を抑え唸りながら座り込む。
魔法決闘は、魔法による勝負でないといけない。
間違っても暴力ではない。
それで勝つのは反則だ。
ジョージは安心したように大きく息を吐いた。
(な、なんだよ、こいつ! 腕力おかしいだろ!?)
掴まれた手が赤くなって、何かが起きた腹部と一緒に痛みを訴えている。
振り払えそうにない腕力だった。
さっきの、腹部を殴るだか蹴るだかされた痛みも、内蔵に響き続けていた。
「おい! ど、どうやって、俺が何処に移動するのか分かった!? おかしいだろ、これは空間転移なんだぞ!?」
「お前が何処に移動するかは、お前自身が教えている」
「は!?」
ユリウスは淡々としているが、言っていることの意味が分からない。
ギードにはもちろん、ユリウスにそんなものを教えた覚えがなかった。
「お前は移動する先を常に確認している。 その視線から着地点を予測することはとても簡単だ。 あとはそこに攻撃を加えればいい」
「は、いや、だからって」
仮にそんなのが見えたとして、そんなのごく一瞬の話だ。
分かるわけがない。
「俺は学院に来るにあたって、関わるだろう人間の情報を入手している。 お前の名前も、出身地も、家族構成も、既に記憶している」
「――――」
「ましてやストレリウス家という名家の『空間転移』は有名な魔法特性だ。 家の誰よりもそれを上手く使いこなすことが出来るというギード・ストレリウスが空間転移魔法を使うことの、いったい何処を驚く必要がある?」
事実だ。
間違いなく事実だ。
しかし有名な貴族ならともかく、ストレリウス家なんて貴族になれない一族の魔法特性を、たかが田舎育ちの平民が知っているわけがない。
「まさか、勝てるって自信があったから決闘を――」
「お前が何度も何度も空間転移を見せて来たので予測は容易になった。 それまではただの慢心だ。 お前が初手から攻撃していればまた違っただろう」
「…………!」
つまりギードは、自分で勝手に負けたのだ。
有利なのは自分だったはずだ。
なのに自慢げに空間転移魔法を見せびらかして、相手に情報を与えてしまった。
まるで自分の足に自分で引っかかって転んだような、そんな情けなさを感じる。
「さっきまでの俺の行動は完全に反則だったようだ、非礼を詫びるために――――俺はこの場所から一歩も動かない」
ユリウスは自分の杖を持ち、その太い枝のようなそれをギードへと向ける。
「そしてこれから俺が使う魔法も一つだけだ。 『光よ唸れ、激しく飛び撃て』」
一瞬でユリウスの杖先に光が灯り、凄まじい勢いと共にに発射された。
空気を切り裂くような音が、聞こえた。
ギードの頬をかすめて地面にぶつかったと思えば、轟音を立てる。
「……は、え?」
あまりにも一瞬すぎて、何が起きたのか分からなかった。
ユリウスが魔法を使って、使おうと、していたような、そんな気がする。
「い、今の」
ギードは震えながら、光がぶつかったところを見る。
文字通り、えぐれている。
そこにあったはずの芝生と土が、派手に無くなっている。
ギードの光球が当たったって、こんな無惨なことにはならない。
「実に申し訳ないが――威力までお前と同じ水準にすることは難しい。 手加減が出来るほど、俺は能力が高くはない。 当たれば痛い」
何よりも恐ろしいユリウスの声が聞こえる。
「速やかな降参を勧める」
「――!! 『転移』!」
当たったら死ぬ、ギードは確信した。
ユリウスから離れた、更に後ろに転移する。
そんなギードの足元をユリウスの放った魔法の光球が打ち抜き、芝生がまた抉れた。
(見えなかった……!)
弾道がまるで見えなかった。
本来ならギリギリ見える程度なのに、音のような速さで、砲弾よりも重く飛んでいる。
詠唱を終えてからの発動速度だって早すぎる。
威力も速度も、こんなの普通の魔法使いではありえない。
経験も、根本的な魔力量も才能も、何もかもがギードより上でないと、こんなことにならない。
全身に寒気がほとばしった。
「て、『転移』ッ!!」
今度はユリウスの後ろに移動する。
なんとかして体勢を立て直さなければならない――そう思ったギードの顔の横を光の球が掠めていった。
予測されている。
確実に、ギードの行動は全部バレている。
決闘が始まる前まではギードの一方的な狩りになるはずだったのに、完全に反対だ。
ギードが狩られている。
ユリウスは、ギードの全てを把握している。
「お前に必要以上の怪我をさせるつもりは無い。 降参を勧める――『光よ唸れ、激しく飛び撃て』」
目視すら難しい速度の光球が次々と飛んで来る。
迷いがまるで無い、淡々とした詠唱。
ユリウスは何もかもがギードの上を行っている。
故郷では天才と褒めたたえられた人間が、凡人になる。 それがヴィオーザ魔法学院。
ギードはその中でも、天才で在り続けるはずだ。
だっていうのに。
「『光よ唸れ』」
「『転移』!」
ユリウスの動きを見てギードは飛ぶ。
「『激しく飛び撃て』」
しかし冷静にユリウスは照準を変えて、転移した直後のギードの足元を撃ち貫いた。
ギードには当たらないよう的確に、しかし同時に恐怖を与えるには十分なものを。
「『転移』ッ、『転移』ッ、『転移』ッ!」
ギードは何度も転移を繰り返す。
だが何処にどう移動してもユリウスには無意味だ。
暗殺者のように鋭い眼光は、どんなに逃げてもギードの姿を決して逃がさなかった。
ギードの行動は何もかもが読まれていて、ユリウスの背後に回ったところで完全に見抜かれていた。
背後から転移しても、その出現位置にまた光球が飛んで来る。
何もかもがユリウスの手のひらの上で起きているかのようだった。
空間転移の魔法には、大きな集中力を必要とする。
たとえギードであっても、何の苦労も対価も必要しないわけではないのだ。
自分の体の大きさと重さ、移動する場所の安全、そして問題なく転移するための魔力など、たくさんの計算と集中が要る。
(俺はギード・ストレリウスだ! 栄光のっ、第一魔法騎士団に所属出来る! 未来の貴族で! 『
だというのに、ギードは何度も何度も魔法を繰り返した。
ただただ消耗していく。
無限ではない集中力も、底無しではない魔力も、焦りと共に無くなっていく。
反対にユリウスはずっと涼しい顔で簡単な、それでいて猛烈な勢いの光球の魔法を、何度も何度も繰り返すだけだ。
同じ場所に立ったまま一歩も動くことなく、ギードに一方的な攻撃を加えていく。
そんなことが、ギードを更に慌てさせるのだ。
「うわっ!」
ただでさえ大きな集中力を必要とする空間転移を、ギードは失敗した。
目的よりも高い場所にうっかり移動してしまい、空中で足を踏み外す。
そこで踏むはずだった地面が無くて、心臓が跳ね上がるような驚きと焦りと一緒に、ギードはその場に転んでしまった。
「こ、のっ――――!!!」
視線の先にはユリウスが居る。
最初と全く同じ場所に立ち続けたまま、ギードに杖を向けている。
「ッヒ――――」
つい悲鳴をあげる。
何の慈悲も無く、これからギードをゴミのように殺そうとしている、感情の無い目。
きっとギードを殺しても、何の後悔も無いに違いない。
「『光よ唸れ』――」
『殺される』。
ギードははっきりと、そう思った。
杖先に光が灯る。
「降参! 降参降参降参降参! だからもう止めろォ!」
「分かった」
ユリウスはあっさりと魔法を中断させた。
恐ろしい光を放っていた杖を下ろし、これでようやくギードも呼吸が――――。
「とても残念だ」
ユリウスが冷たく呟いた一言が、何よりもギードを打ちのめした。
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