第6話 一方的なアソール遊び
(ふん、調子に乗りやがって)
ボールの所持権を獲得していたギードチームの仲間の一人、ガーランドはニヤリと笑った。
アソールのルールは単純。
ボールを持ち、ゴールに投げるか自身ごと突っ込むか。 前者なら一点、後者なら三点。
最終的な点数が多い方の勝利。
此処までなら魔法が使えなくても出来そうなルールだが、アソールの場合は、箒にまたがって魔法で空を飛ぶ。
ボールを手で抱えたままフィールドを駆けるのはルール違反だ。
そして相手の妨害に、相手への衝突以外に魔法の行使が認められている。
一流プレイヤーとなれば、派手な魔法の応酬だ。
骨が折れたところで薬で治せるのだから、やりたい放題となるのも無理は無い。
もちろん最低限の決まりというものは存在する。
なんでもやりたい放題出来るわけではない。
ただ、この学院で最もアソールを得意とする生徒などは、相手を箒から叩き落したり、火傷を負わせることを行うらしい。
王侯貴族も通う名門魔法学院のチームでありながら、流血沙汰すら平気で行う生徒が許される。
アソールとは、そういう野蛮な面の存在する魔法競技だ。
今から行うのは、一年生のための初心者向けアソール。
少なくとも箒から落ちて骨が折れました、などということは起こらない。
せいぜい火傷、あとは転ぶぐらいだ。
ガーランドはチュリリイネが居る位置を確認し、ギードと視線を合わせた。
いくらチュリリイネが魔法に長けた教師でも、全てを同時に把握することは出来ない。
バレなければ不正ではないのだ。
試合が始まって、最初に行うと決まっているのは、仲間へのパス。
これはルールで決まっている。
その時、全員が自陣に居なければならない。
まずスタート担当のグランがすぐ真横に居るガーランドにパス。
そして走り出したギードへと素早くパスし、ゴールに入れる。
これで簡単に終わる。
今回の場合、正式なアソールの試合に使うフィールドの半分も無い広さで、かつ敵は魔法実技に乏しい生徒ばかり。
そしてガーランドもギードも実技に自信がある。
もはや相手を『敵』と認識することすら哀れなほどだ。
多少距離のあるパスだって余裕だろう。
「それでは、第一試合を始めるわヨ。 セット――」
ピィ、と教師チュリリイネは指笛を鳴らした。
それが開始の合図だ。
これを聞いて最初にボールを持っていたグランが魔法を唱える。
「『発射、動いて飛べ』」
素早くガーランドにパスが渡った。
走り出したギードの位置を見て、ガーランドは笑う。
「『発射、直線で届け』!」
ガーランドが魔法で投げたボールは、まっすぐにギードへ――ちょうどその間に、偉そうに立つユリウスの顔面めがけて飛んでいった。
(自分の実力を弁えてろっつーの!)
もしかしたら、驚きのあまり対処出来ず、顔面にボールが当たるかもしれない。
いいやあるいは、情けない悲鳴をあげてボールを避けるか。
ガーランドだって、来た瞬間から偉そうで暴言ばかりを吐くユリウスのことがとても気に入らなかった。
そのユリウスの、あの全てを見下したような顔が歪むなら、それは心躍る素晴らしい光景に違いない。
投げたボールは、正しくギードへ――その間に立つユリウスの方へ飛んだ。
どうなったところで『自分はちゃんとギードに投げた、まさかユリウスに当たるとは思わなかった』と言えるように。
でも思い切り。
秀才、いいや普通科期待の星であるギードならば受け止められるという、そんな速度で。
ユリウスは反応出来ないはずだ。
(当たれ! じゃなきゃ逃げるんだなッ!)
ガーランドは、ユリウスが情けない姿を晒すことを激しく期待した。
ギードだって期待した。
ワクワクして、その瞬間のことを想った。
だが。
「『止まれ』」
短い、単純な詠唱。
それだけで、ガーランドが投げたボールは、ユリウスの前でぴたりと停止した。
「……は?」
「え?」
ガーランド達だけではなく、ジョージ達からそういう声が出た。
ボールは、思い切り投げた。
アソールはあくまでも『ボールをゴールに入れる』競技であって、他人にぶつけるのはそれまでの工程に過ぎない。
大体、相手への妨害を意図するなら、ボールより魔法をぶつけた方がよっぽど効率的だろう。
だから『ただボールを相手に当てる』というのは、一番単純で最も簡単なことでありながら、あまり予想されない事だった。
だがボールはふわふわと──いや、正確に固定されたように、ユリウスが持つあの杖の先で浮いている。
間違いなくユリウスに当たるように、狙って投げたのに。
横からかけられたユリウスの魔法によって、ボールの支配をあっさりと奪われてしまった。
ユリウスは特に驚きもせず、ただいつも通りの顔をしている。
(な、なんだよ、まるで『やると分かってました』みたいな……!)
『予想外』を食らったのはガーランド達の方だった。
走り出していたはずのギードもつい立ち止まって、予想外のことに目を大きく開いている。
ボールを投げるのは魔法を使う決まりだが、受け止めるだけなら手足を使っても良い。
もしガーランドが、自分の方にボールが飛んで来たら、魔法ではなく普通に手で受け止めるだろう。
だが、ユリウスは魔法で受け止めた。
しかもあの使いにくい、子供用だとバカにされる杖で、短く魔法を唱えた。
完全に不意打ちだったはずなのに『やると思っていた』でないと対処出来ない。
ユリウスがガーランドを見る。
(――――ッ!!!)
ぞわ、とガーランドの背筋に冷たいものが走った。
『お前の考えていることは分かっている』と言わんばかりの、ひどく冷たい目。
ボールを浮かすユリウスの杖が、横に軽く振るわれる。
冷たい視線はガーランドに向けられたまま。
「『放て』」
ユリウスの冷たい声。
それと共にガーランドに向かって、ボールが発射された。
ひゅん、と音。
ガーランドが投げたものとは比較にならない速度。
ユリウスとガーランドの間に少しは距離があったはずなのに、ボールがガーランドの目の前に迫るまでは、ほんの一瞬だった。
「ッひぃ!?」
咄嗟にガーランドは頭を抱えて座り込む。
結果的に、それはとても正しい判断だった。
ユリウスの投げたボールはガーランドの真横を通り、ガーランドの真後ろにあったゴールへと向かう。
そしてボールは鋭利に飛んで、ゴールへと吸い込まれていった。
ボールはそこで止まらず、その勢いのまま壁にぶつかる。
ぱぁん、と耳障りなほど派手な音を立ててボールは破裂した。
壁にはボールがぶつかった跡が焦げたかのように残り、ボールだった残骸が床に落ちる。
「な、な、なッ……!」
その様子を見たガーランドの口からは、そんな意味の無い声だけが出る。
キーパーとして立っていた、ガーランドの仲間であるゴッツなどは、何が起きたのかまるで理解していない顔だ。
ただ『何かが起きた』という顔で恐る恐る、壊れた人形のように自分の後ろを振り向いた。
「う、うわああああ!?」
「きゃあああ!」
そして悲鳴。
見学をしていた女子生徒達からも悲鳴があがる。
ずっと見ていた教師チュリリイネも少し驚いた顔をしていた。
「何なの!?」
「い、今、ボールが……!」
「どういうこと!?」
「そうはならないでしょ……?」
女子達が驚いて口々に言っている。
「ボールが壊れたな」
冷淡で冷静な声が、辺りに響く。
声の主はユリウスだ。
自分のやった事にまるで驚くこともなく、ユリウスは点数表の周りに居る生徒達の方を見た。
「今のは、点数に入らないのか?」
「えっ、は、はいッ!! 入ります!!! 入れさせていただきます!!!」
点数計算担当の女子生徒は、見ていて可哀想なほど震えあがっていた。
あんな『早くしろ』と凶悪な視線で言われたら、たとえ危険反則行為であっても点数を入れたくなるだろう。
続けてユリウスはチュリリイネを見た。
「新しいボールの追加を要求する」
「えエ」
チュリリイネはじっとユリウスを見ている。
魔法以外には淡白な彼女のことだから、壊れた壁やボールのことより、ユリウスの行動が気になるのだろう。
チュリリイネはユリウスではなくグランにボールを渡した。
一度点数が入れば、入れた側と反対のチームからプレイが始まることになっている。
「う、『浮かんで、留まれ』」
グランは震えながらボールを浮かべる。
視線の先には、最初からずっと同じところに立っているユリウス。
『お前のやりたい事は分かっている』。
『わざと狙ったな』。
そう、ユリウスは視線だけで告げている。
(もし……もし今のを、避けなかったら……!)
それを想像すると、ぞっとする。
しかもユリウスは本気で投げたようには見えなかった。
おそらく
ではもしも、彼の本気を当てられてしまったら、自分はどうなるのか。
ボールのように破裂してしまうのか。
それを考えると寒気が止まらない。
「べべべべっ、いい、い、今のは、わざとじゃ……!」
用意していた言い訳を口にする。
想像では情けない姿を晒したり怒るユリウスに勝者の立場から余裕で言おうと思っていたのに、現実で情けないのはガーランドの方だ。
横には教師や女子生徒達が居て、ギードも居る。
それでもガーランドは言い訳をせずには居られなかった。
「それは何に対する弁解だ?」
分かってるくせに、ユリウスはそんな事を言う。
「な、なんのって……」
『お前にわざと当てようとした』と、ガーランドの口から言わせようとしている。
だがそんなこと、言えるわけがない。
あんなに恐ろしい、次は本気で当ててきそうなユリウスに向かって真実を言えば、さっきのボールと同じ末路を辿るのはガーランドの方だ。
「――おい! 何ふざけてるんだよ!!」
ギードが寄ってきて、ガーランドの肩を叩いた。
それでようやくガーランドは我に返る。
「お前ら、適当な魔法やってんじゃねえ! もっと真剣にやれ!」
「あぇ、で、でもよぉ……さっきぃ……」
「ギード君は、ちゃんと見てなかったから!」
ユリウスが怖い。
ギードは、間近で見なかったから、その恐怖が分からないのだ。
グランもそれを同じように訴えている。
「あのなあ」
ギードは小声で、二人に囁く。
「いいか、あんなの偶然に決まってるだろ! 杖を見ろ!」
「つ、杖……?」
ギードに言われるまま、ユリウスの杖を見る。
それは木の枝のように太く半端に短い。
まるで先端をごっそりと失ったような――剣の柄そのものだ。
『魔法剣』という魔法がある。
特別な形をした杖の先端から、魔法によって刃を生み出す魔法のことを云う。
主に式典などで使われる魔法だ。
魔法剣を使った魔法騎士たちが並んでいる様子は壮観で、ガーランドも小さい時に見たことがあるが、とても格好良いものだった。
魔法騎士は国内の子供なら一度は憧れるような職業だ。
そんな魔法騎士の代名詞ともいえる魔法剣は是非とも使いたい魔法になるし、よってそのための杖も人気である。
そして憧れの魔法騎士の真似をしてみて、誰もが気付く。
魔法剣とは使いにくい魔法だ。
ただ光や炎などの刃を作り出すのも大変なのに、それを常に一定の形に留めなければならない。
ましてや横に並ぶ者達と同じ、美しく壮麗な魔法剣を作ろうとするのは、簡単なことではない。
見栄えはするが、実戦向きではない。
それを維持することも、作ることも、どれも大変だ。
実際魔法騎士だって、代名詞といえる魔法剣を実戦で使うことはほぼ無い。
それぐらい使いにくいし、才能と激しい練習を必要とする。
魔法制御に長けた一部の人間だけが、魔法剣の儀礼に参加出来る。
魔法騎士に憧れた子供達は、そんな現実に気付いて諦める。
名誉と栄光の魔法騎士になるのは簡単ではないし、魔法剣なんて使えるようになっても実戦向きではない。
まともな魔法の練習をしている方がよっぽど現実的だろう。
そして子供達は『そんな杖をまだ持つなんてダサい』と揶揄し、揶揄され、杖を手放す。
もしまだその魔法剣用の杖を持っているとすれば、自分の実力と現実に気付けないバカか、新しい杖を買えない貧乏人だ。
どっちにしても侮りの対象である。
「あんな杖を使ってるようなダサい奴が、本当に強いわけないだろ!」
「でもさっき実際……」
「あれは偶然だっつーの!」
そうなんだろうか。
あんなの、偶然や奇跡で出来るのだろうか。
とは思いつつも、ガーランドとしては『そんなおかしい強さの人間が居るわけがない』という考えの方が信頼出来た。
そうであってほしい。
ギードの意見の方が正確だ。
もし今のを本当だと認めるということは、ユリウスを天才だと認めることになってしまう。
「考えてみろよ、あんな性格悪い奴、オレ達がやろうとしてたことを見抜いてたんだ。 さっきだってガーランドに当てようとしてただろ」
「あ、ああ……」
ユリウスが他人を見下すとんでもなく嫌味な人間なのは、この短い時間で既に把握出来ている。
確かに彼なら『ギード達は人間にボールをぶつける』と予想するだろう。
きっと人間嫌いのはずだから、そんな品行方正に礼儀正しいアソールをするとは思わなかったに違いない。
そして、その仕返しとしてガーランドにボールを当てようとした。
なんと性格が悪くて嫌味な人間なのだろう。
その無慈悲な性格が顔面によく出ている。
「そうだよ、そうだよな。 今のは偶然、そうに違いない……!」
ガーランドは己を奮い立たせる。
今のは偶然だ。
そうでないと、色々とおかしい。
そういうことにしておく。
「作戦会議は終わりか?」
ユリウスの声。
さっきと全く同じような声音であるにも関わらず、さっきほど恐ろしいと思わない。
(そうだ、さっきのは偶然、初心者が運良く出来ただけなんだ……!)
そう言い聞かせて、ユリウスに向かう。
相手で脅威になりそうなのはユリウスだけなので、何ならユリウスさえ避ければ余裕だ。
「あ、なんだよ転校生クン。 ちょーっと運が良かった程度でさぁ」
「偶然一点取れた程度で調子に乗るんじゃねえぞ!」
「次はもうボコボコにしてやるからよぉ!」
「まだ本気出してねーから!」
ガーランド達五人は口々に言う。
「ああ、それなら実に楽しみだな」
「…………!」
ガーランドは戦慄した。
相手を上から叩きのめすことを心の底から楽しんでいる――そういう顔だ。
それからギードと視線を合わせて、残りのキーパーであるゴッツ以外の面々でかかることにする。
まずガーランドが投げて、ギードにパスする。
ユリウスさえ避ければあとは簡単。 狙わなければもうそれでいい。
――『偶然だ』とか言いつつ、それでもガーランド達はユリウスを脅威に思わずには居られなかった。
「それじゃいくわヨ。 セット」
ぴい、とチュリリイネの指笛。
それと共に動くギード、ボールを投げるグラン、受け取るガーランド。
「『発射、曲線で届け』!」
今度はユリウスを避けるように、ユリウスの頭よりも高いところに投げる。
さっきよりも距離が近いギードには、今度こそ確実にパスが渡るだろう。
ガーランドのコントロールは正確だ。
ボールはギードのところへと投げられ――投げられたのに――ユリウスは高く飛んで、その間に入ってきた。
「――ッはああ!?」
慌てて立ち止まるギード。
キキッと床を鳴らし、大きく目を開いてユリウスを見る。
ユリウスはその場に着地する。
魔法を使ったのか何なのか、その着地はとても颯爽としていた。
もちろんボールは杖の先で浮いている。
「何をやったんだよ……!?」
「『何』とは?」
ユリウスの声。
『何かおかしいか』と言わんばかりに見開かれた目には、何の躊躇も無い。
獣を前にした狩人だってもっと情緒があるような、そういう。
さっきと全く同じように、ユリウスは杖を振るう。
すると起きるのは、さっきと全く同じ展開。
暴力としか思えない速度のボールが、ゴールに真っすぐ飛んでいく。
それがガーランド達の横をかすめる。
「うわああああ!!!」
さっきよりも酷い悲鳴をあげて、ゴッツが逃げる。
がら空きになったゴールにボールは飛び込み、さっきと同じくまた壁に向かった。
さっきと同じだ、と女子生徒達は衝撃や音に備えて目をつぶり耳を塞いだ。
しかし今度は何も起こらない。
「……!?」
ボールは壁にぶつからなかった。
ただ壁の前でふわふわと、さっきの勢いが嘘のように浮いている。
「ちょっとちょっと、いくらヴィオーザ魔法学院でも、ボールを何回でも壊して良いなんてことにはならないのヨ? ボール一つだってお金がかかるのヨ? 誰が直すと思ってるノ?」
チュリリイネが杖を持って、軽く言っていた。
どうやらユリウスが投げたボールを、壁に当たる前にチュリリイネが止めてくれたらしい。
「次からは考慮する」
「そうしてくれないと困るワ」
ユリウスとチュリリイネが何やら話している。
とはいえ、ユリウス側には反省の文字はまるで見えないが。
(何だよ、今の……!)
少なくとも一年生の動きではない。
良かったとか、助かったとか、そういう問題ではない。
「先生! 今の、反則じゃないんですかぁ!?」
ギードがチュリリイネに食ってかかる。
流石にユリウスに食ってかかろうとは思えなかったのだろう。
「反則? どこガ?」
「今浮いて、浮いてたじゃないですか! アソールでは、浮いて良いのは箒を使った時だけですよ! 箒無しに浮くのは、反則じゃないですかッ!?」
「そ、そうだ! 今飛んでましたよ!」
呆気に取られていたガーランドも我に返る。
グランもゲィジェスも、ゴッツも同意して続いた。
アソールの基本的なルールのうち一つ、それは『箒を使って浮遊すること』だ。
世の中、何も無くても浮いているチュリリイネのような人間や箒で飛ぶ人間、杖で飛ぶ人間、その他で飛ぶ人間など様々存在する。
だがアソールのルールを決める際に色々と揉めた結果、『箒でのみ飛行を認める』とされた。
箒を使わずに飛ぶことは禁止。
つまり、今のユリウスのような行動は反則だ。
「俺は飛んでいない、ただジャンプしただけだ」
「嘘つくな! あんな高いところまでジャンプ出来る人間が居るわけが無いだろ! ねえ先生ッ、そうですよねェ!?」
「そうねエ」
チュリリイネは冷静な顔で軽く首を傾げる。
「今使われたのはボールを受け止める魔法だケ。 ジャンプ自体には、魔法は使われてないわネ。 着地にも使ってないワ」
「そんなわけが……!」
「疑うのは勝手だけど、私よりも目が良いノ? ならそう言うのは仕方ないわネ。 だけどいくら私でも、今日来たばかりの子を贔屓なんてしないわヨ?」
チュリリイネは言う。
彼女の言葉の意味が分からない人間は、この場に一人しか居ない。
「……やはり、魔視だったか」
そしてそのユリウスも、納得したように頷いた。
魔法は、人の目には見えない。
いいや確かに『炎を出す』といった具合のものなら、結果だけは見える。
しかし『魔法を使っている気配』は見えない。
一般的には『魔力』と呼ばれるそれが見えるのが『魔視』だ。
一流の魔法使いの誰もが魔視というわけではないが、魔視のほとんどが一流の魔法使いになる。
そういう、需要に対して極めて珍しく、この魔法使いが多い国において大変有用な才能が魔視だ。
強力な魔視の中には未来予知や死者との交流、人の心を読むということも可能らしい。
その魔視であるチュリリイネが『魔法を使っていない』と言うのなら、もう信じる他には無かった。
少なくともガーランドもギードも、グランもゲィジェスもゴッツも、魔視ではないのだから。
(でも、じゃあ、じゃあ……!)
ガーランドは戦慄する。
ズルをしていないのなら、今のは正真正銘ユリウスの実力ということになる。
ボールを受け止めるのだって、投げるのだって、嘘偽り無く、夢や冗談ではなく、本当に――。
認めたくないことが現実だと思い知らされる。
無慈悲なチュリリイネは無事なボールを、グランに投げて渡す。
だがグランはそのボールを受け止めはしたものの、浮かすことはしない。
「投げたら、またさっきみたいになるのか……?」
グランが震えながら呟く。
彼の頭の中で思い出されるのも、さっきの光景だ。
ガーランドにとっても同じだった。
自分を鋭くかすめるように飛んでいったボールは、とんでもない速度をしていた。
一応公平な人物であるチュリリイネならきっと、不正や反則があればその場で試合を止めただろう。
つまり、今のユリウスの行動には、そういった反則行為が無かったというわけで。
「まだか?」
この場で最も聞きたくない声が響く。
ガーランドもグランもびくりと肩を震わせて、その人物を見た。
「試合はまだ終わっていない」
ユリウスが居る。
無表情で、続きを催促している。
「俺はまだ楽しいと思えていない。 さっさと投げるといい」
「た、楽し……い……!?」
どういう意味だ、とガーランドは恐怖で焦る頭で考える。
そして気付いた。
試合の前に、ユリウスは『ギードと同じ趣味に目覚める』と言っていた。
ギードと同じ趣味というのは、きっと『弱い者苛め』だろう。
(ま……まさか……!)
ユリウスが言っているのは、
(俺達を甚振って……! ボコボコにしてやろうって……!)
さっきボールがガーランドやグランのすぐ近くをかすめたのは、決してユリウスの魔法制御が下手だからということではない。
彼は魔法がとても上手だ。
きっと、そうしようと思えばいくらでもガーランドとグランに当てることが出来た。
もっと強く鋭く、重いボールを投げようと思えば、出来るのに。
ガーランドはユリウスを見た。
やはり無表情。
でも、あの血のように真っ赤な両目は爛々と輝き、殺戮に喜んでいるような。
「ヒィッ……!」
殺される。
間違いなく、殺される。
そうでなくとも恐怖を煽られて、女子達の目の前でバカにされて、ボコボコにされる。
どうしようもなく徹底的で、圧倒的な差。
目の前に居る相手はただの同年代の少年ではなく、自分達を殺しに現れた不死身の怪物のように見えた。
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