トゲぬき

山樫 梢

トゲぬき

 ちょっとしたことでユッコとケンカした。いつもはあれぐらいそんなに気にならないのに、今回はなんか……心にトゲがささったみたいっていうか……


 いたっ! なに!?


 うぎゃ、心じゃなくて手にトゲがささってる! どっから出てきたのこれ!?

 あ、ここか。いつのまにかつくえカドがガサガサになってる……。どうしよ、うちに紙ヤスリあるかな。

 ――って、先にこれをどうにかしなきゃ。えーと、毛ぬきが引き出しに……。


 いま、なにか、引き出しの中で、動いた。


 ギャーッやだやだ虫!? おっきかったけどまさかネズミ!? 殺虫剤さっちゅうざいどこ!? お母さん家にいる!?

 まって、出てこようとしてない!?

 やめて助けて引っこんでろ出てくんなそっから顔を出すんじゃないっ!!

 ……顔?

 顔がある。目が合った。

 模様もようが顔っぽく見えるってレベルじゃない。ガチの顔がついてる。

 なんか……まるで……小人こびとみたいな……。

「おお、あなた見えてますね!? 私のことが見える人に出会ったのは初めてです!」

 出てきた小人(かり)がしゃべった。

 どうしよう。変なものが見えただけならメガネの度のせいにできたのに。耳はいいんだよなー、わたし。

 あわてない、あわてない。とにかく調べてみよう。画像検索がぞうけんさくしたら出てくるかも。

 あれ、スマホにうつらない……。

妖精ようせい映像えいぞうに映らないんですよ」

 ナゾの生物がバカにしたようにしゃべった。なにこいつ。チョーはら立つ。

 これじゃ本当にいるのか、わたしの幻覚げんかくなのか、わかんないじゃん!

「どっからわいて出たの?」

まど網戸あみどにしたまま外出しない方がいいですよ。不用心ぶようじんですので」

 つまりそっから入ってきたってこと? かってに入ってきといてなんでエラそうなの。

 不法侵入ふほうしんにゅう小人はうでと足を組んで引き出しにこしかけた。こいつ、生意気なまいきにも服を着ている。まあ全裸ぜんらでもこまるけど。

「それで、なんの妖怪ようかいだって?」

「妖精です」

「ぜんぜん妖精っぽくないじゃん」

 少なくともこいつの背中せなかに羽ははえてないし、顔もブサイクだ。

「ほかの妖精を見たことがおありで?」

「見たことはないけど、妖精っていったらティンカーベルとか、もっとかわいい感じの……」

 自称じしょう妖精がプッと鼻でわらった。こいつマジでかわいくない。

「だいたい、それ和服でしょ」

 ジンベイとかいうんだっけ? はいてるのもゾウリだかワラジだかってやつだし。妖精ならもっとファンシーなファッションのはず。

「日本の妖精が日本の服を着ているのは当然とうぜんのことでしょう」

 いちいち言い方がムカツク。日本人だって洋服着てるのに!

「妖精にもいろいろいるんでしょ? あんたはなんていう種類しゅるいなの?」

 写真がムリでも、名前で検索すれば出るかもしれない。がいのあるやつだったらつまみ出そう。

「私、今まで人に認識にんしきされたことがないので、種族名しゅぞくめいがないんですよね。あなたにセンスがあるなら、名づけてくれてもいいですよ」

 まさかの新種発見しんしゅはっけんだった。ぜんぜん感動しない。

「そう言われても、あんたのことなにも知らないし……。魔法まほうとか使えたりすんの?」

「もちろん使えますとも」

「どんなの?」

 空をべるようにしてくれたり、くつを作ってくれたり、なにかいい感じのことができるならこの態度たいどゆるしてあげよう。

「あらゆるものにささくれを作ることができます」

 は? ささくれ?

「ささくれって……指の横とかにぴょこって出てくる、あれ?」

「それです」

 そっかぁ。あれかぁ。

「私の力をもってすれば、指といわず物でも体でも心でも、どこでもささくれを作り放題ほうだいです」

 ショッボ!! ドヤ顔してなに言ってんのこいつ!?

「……まって、じゃあこの机こんなことにしたのあんた?」

「そうです」

「やっぱ妖怪じゃん!」

「妖精です」

迷惑めいわくなことすんのは妖怪でしょ」

「まったく、これだから日本の子どもは。なんでもかんでも妖怪のせいにする」

 なにそれ江戸えど時代の話?

「あなたの少ない知識ちしきで妖精を語らないでいただきたいですね。代表ヅラしているピクシーしかり、妖精とはイタズラ好きなものなのです」

「人にケガさせといてイタズラですむと思ってんの?」

「レッドキャップのようにオノで人を惨殺ざんさつするような連中れんちゅうにくらべたら、かわいいものでしょう?」

 知らなかった。妖精ってぜんぜんかわいくないんだ……。ほぼ妖怪じゃん。

「それで、なにか思いつきました?」

「じゃあ、妖怪ささくれ小僧こぞう

「妖精だっつってんだろこのアマ!! ブラウニーやレプラコーンみたいな、妖精図鑑ようせいずかんに名をのこすようなシャレた名をつけろや!! オメーのあらゆる指にささくれを作ってやろうか!?」

 うっわキレた。引くわー。

「そんなショボイ能力のうりょく立派りっぱな名前持ってたらぎゃくにはずかしいでしょ」

 だいたい、物や体は分かるけど、心にささくれって……。

「わかりました、百歩ひゃっぽゆずってUMAユーマなら許しましょう」

 ひとりでブツブツ文句もんくを言ってたささくれ小僧が、やれやれって感じで提案ていあんしてきた。

 妖怪よりUMAの方がグレードが高いわけ?

 って、そんなのはどうでもよくて。

「ねぇ、心にささくれができるとどうなんの?」

「そんなことも知らないんですか? トゲトゲしい気持ちになるんですよ」

「へー」

 ささくれ小僧をつまみあげて、メガネケースにおしこむ。

 ごちゃごちゃうるさいけど知ったことか。

 どうしよう。どこがいいかな。近くの公園だと遊具があるから、ささくれでケガする子が出てもこまるし……。

 ちょっと遠いけど、あそこにしよう。


 自転車を走らせて森林公園へ。公園なんていっても木しかない。

 こういう所で遊ぶのはヤンチャな子だから、木にささくれがあったとしても気にしないでしょ。

 メガネケースをふって、中身を草むらへポイ。

 じゃあね、ささくれ小僧。自然しぜんへお帰り。

 妖怪のポイてって不法投棄ふほうとうきになるのかな。ま、いいや。見えたのはわたしが初めてみたいなこと言ってたし、だれも気がつかないよね。

 迷惑、うるさい、態度がデカイのスリーアウト。

 あんなのがうちでらししてるなんて冗談じょうだんじゃない。犬みたいな帰巣本能きそうほんのうとかないといいけど。


 ささくれ小僧を捨てたらウソみたいに心のトゲがとれて、わたしはユッコと仲直なかなおりした。

 昔の人が妖怪のせいにしてたことって、本当に妖怪のせいだったのかも? なんて思ったら、頭の中のささくれ小僧が「妖精だっつってんだろ!!」とツッコミをいれてきた。

 ささくれと同じで、しつこい。

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