9. 飛翔

 勢いよく崖から転落しつつ、俺は確信していた。


 あれは……あの目は巨人のものではない。

 人の気配に反応する速度も、巨人のそれではない。


 少なくとも、あれは普通の巨人ではない。

 そうでなければこの奇襲は成功していたはずだ。


 なぜかは分からないが、俺には相手が巨人というよりも巨大化した人間そのものに感じられた。


 谷底に転げ落ちた俺は、痛む全身に鞭打って立ち上がろうとした。

 一瞬、濃い影が俺に覆いかぶさる。

 

「!」


 落ちてきた巨人の足から、俺は間一髪転がりながら逃れた。

 凄まじい震動に体がもてあそばれる。


 と、何者かが俺の手を取り引きずり起こした。

「走れ!」

 いつの間にかそばに来ていたドルイエは、七芒星の杖から牽制の衝撃波を背後に放ちながら、俺に肩を貸した。


 耳を弄する巨人の咆哮が渓谷に響き渡る。

 なんとか走り出した俺は後ろを振り返り、自分たちが絶望的な状況に陥っているのを悟った。

 あの巨大な足から逃れるのはまず無理だ。


「ドルイエ……なんとか破閃光術デルミナーを撃てないか? 足止めだけでもしてくれたら、俺がもう一度……」

「無理だ。標的が近すぎる。それにあいつはただの巨人じゃない。普通の手段で倒せる相手ではない!」

 どうやら魔導士も俺と同じことを感じているらしい。

「やっぱりか……奴は一体……」


 突然、巨大な岩が俺たちの頭上を掠めて眼前に落ちてきた。

 巨人が崖を崩して俺たちのゆく手を塞ごうとしているのだ。

 立ち止まってしまった俺たちに、巨人はあと一歩のところまで迫っていた。


 その時、ドルイエがささやいた。

「飛ぶぞ!」

 えっ? と聞き返す間もなく、魔導士は俺を羽交締めにした。

 次の瞬間、俺たちは重力から解放され巨人の体をかすめて崖の上目指して飛び上がっていた。


 魔導士がその飛翔術で短時間の飛行が出来るのは知っていたが、他人を抱えてもそれが出来るほどの力があるとは思っていなかった。

 ドルイエだから出来ることなのかもしれないが……


 と、巨人の顔の前を通過した時……


 俺は信じられないものを見た。


「!」


 それが見た通りのものだったか、瞬きをして目を見開いた俺の足元を熱があぶった。

 巨人が火炎を吐いたのだ。

 ドルイエは空中で身をひねり、俺の体をかばった。

 

「くそ!」


 ドルイエのマントを炎がなめていた。

 渓谷から飛び出した俺たちは、煙を引きながら崖の上に墜落した。

 

 再度の衝撃に、俺の全身が悲鳴をあげる。

 だが、休んではいられなかった。

 ドルイエの体が炎に包まれようとしていたのだ。


 俺は自分のマントを脱ぐと、ドルイエの体を包むようにしてなんとか消火した。

 しかし無傷というわけにはいかず、体中から煙をくすぶらせながら、魔導士はうめいた。


「ぐずぐずしてはおられん……奴はすぐにここまで登ってくるぞ……」

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