8. 遭遇

 谷はいつの間にか、もやに包まれていた。


 両側に切り立った崖の上はそのもやによって見えなくなっている。

 頭上のもやの奥から、パラパラと転がり落ちてくる石くれ。

 谷の奥から聞こえてくる地響きが、崖の表面を崩しているのだ。


「奴か……?」


 俺はつぶやいてドルイエの方を見たが、魔導士はもやを見通すようにじっと地響きのする方をにらんでいる。

「タキオ、崖を登れ。なるべく高いところまで登って身を隠せ」


 初めて名前を呼ばれたことで、俺はドルイエが感じている緊張に強く共感させられた。


「ここでやるのか?」

「いや……まずは様子見だ。あれが本当にささくれ巨人なのかの判断もふくめて、な」


 そう言っている間にも、地響きは有無を言わさぬ強さになって、俺たちの足元を揺るがし始めていた。

 何か、とてつもなく大きなものがこちらへ近づいているのは間違いない。

 俺は左側の崖をよじ登り出した。

 ドルイエは反対に右側を登り始めている。


 崖の上は穴や岩陰で身を隠すところに困らない。

 俺は谷底から五十シャック(約十五メートル)ほどのところにせり出した、大岩の陰に隠れた。

 見るとドルイエは俺とほぼ同じ高さまで登ったところで、パッと身をひるがえし……

 ……そのまま姿を消した。

 魔導士の隠行術だ。


 地響きはさらに大きくなり、俺は岩陰から谷の奥へ目をこらした。

 不思議な暗さをはらんだもやが、淀んだように揺れている。


 そのもやの中に巨大な赤い影が浮かび上がった。


 地響き……足音の一歩一歩に連れ、赤い影ははっきりと人の形をとってゆく。

 そしてついに、一体の巨人が姿を現した。


 でかい。

 今まで俺が戦ったどの巨人よりも、それは大きかった。

 そしてこんなに赤く、また人間のようになめらかな姿をしている巨人を見たことがなかった。

 俺は巨人の指先に親父が残したささくれがないか見極めようとしたが、よく見えなかった。


 やがて巨人は、俺と姿を隠したドルイエの間を通り過ぎようとした。

 ちょうど巨人の肩が、俺たちの目の前を通過するようだ。


 これはチャンスだ。

 俺はマントから油圧式投擲筒グリューブを取り出すと、岩陰から出ようと身構えた。

 この位置なら、ドルイエの助けがなくてもなんとか出来そうだ。

 

 反対側の崖を見ると、魔導士がマントで半身を隠すようにしてこちらを見ていた。

 俺がやろうとしていることを察したのか、しきりに「待て」というように手を上下に振っている。


 だが俺はこのチャンスを逃すつもりはなかった。

 俺が巨人を刺激しないよう、そっと岩陰から出てグリューブを構えたその時……


 巨人が首をめぐらして、俺を見た。


 その落ちくぼんだ眼窩の奥で燃える、青い炎のような目に射すくめられて、俺は一瞬立ちすくんだ。


「逃げろ!」

 ドルイエの声が響くと同時に、巨人は右手を上げて俺に伸ばしてきた。

 その人差し指に、俺は剣が刺さっているのをはっきりと見た。


 親父が残した「ささくれ」を……


 巨人の手は危ういところで俺を掴み損ね、バランスを崩した俺は土煙を上げながら崖を転げ落ちていった。

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