7. 風貍(フーリ)の谷
俺とドルイエはそれから一昼夜をかけて平原の外縁部に向かい、やがてとある渓谷へと足を踏み入れた。
なぜそこへ行ったかと言えば、ささくれ巨人の巨大な足跡がそっちへ向かっていたからにほかならなかった。
確かに、足跡から考えられるささくれ巨人の大きさは、想像を絶していた。
今までのどんな巨人狩りよりも難しい仕事になることは明らかだった。
だが、狩りの現場がこの渓谷の奥であれば、それはそれで都合が良かった。
両側にそそり立った崖をうまく利用すれば、平原よりも巨人の〈核〉に近づくのは容易になるからだ。
谷の奥に歩を進めるにつれ、俺は魔導士の表情が暗いものになっていることに気づいた。あたりを油断なく見回し、明らかに何かを警戒している物腰だ。
「気になることがあるみたいだな。この谷に来たことがあるのか?」
「いや……」
答えながらも、ドルイエの視線は鋭くまわりを睨めまわす。
「どうもこの谷にはおかしな気配がある……」
「巨人が近い、からか?」
「違うな……無頼の巨人だけならこんな気配は感じない。何か……魔の匂いがする……」
いつの間にか渓谷の上には低く雲がたれこめ、日光をさえぎっていた。
薄暗さに、魔の気配など感じない俺もいささか不安を感じ始める。
俺はドルイエに言った。
「早いところ、この谷を抜けた方がいいのかな。崖があった方がありがたいが、あんたの顔を見てると………!」
俺は見た。
ドルイエの肩越しに、崖の岩陰からこちらの様子を伺う一対の黄色い目を。
「何だ!」
俺の声にドルイエが振り返る。
同時に黄色い目の主がこちらへ飛んできた。
すかさずドルイエの杖が一閃し、その何者かを打った。
衝撃だけでなく、魔力に打たれたそれは地面に落ちると同時に塵と化して消え去っった。
「
ドルイエの声と同時に、まわりの崖からおびただしい数の黄色い目が現れた。
豹柄の毛皮に包まれ、猫のような姿をした動物……
動物と思ったが、その手には指があり、手に手に棒切れを握っている。
「ヒトヒトヒトヒト……」
「ヒトクウ、ヒトクウ、ヒトクウ……」
ドルイエがフーリと呼んだそいつらは囁くように人間の言葉を口にし、俺たちににじり寄ってきた。
ついにそのうちの一匹が襲いかかったきた。それをきっかけに、他の者たちも後に続こうとする。
俺は
「奴らの杖に気をつけろ! 毒が塗ってある! 触れると火傷するぞ!」
警告を放ちながら、ドルイエも七芒星の杖を振るっていた。
フーリを完全に消滅させる魔導師の杖は、ギムファーなんかより強力な武器に見える。
フーリたちはきりがないように入れ替わり立ち替わり襲いかかってきたが、突然攻撃をやめ、崖のそこここに開いている小さな穴に飛び込み、姿をくらませた。
まるで、誰かの命令を聞いたかのようだ……
ドルイエが杖で地面を突きながら言った。
「
俺は自分が感じたことを素直に明かしてみた。
「誰かに……操られているみたいに見えたな。呪術師の類が近くにいるのか?」
魔導士の懸念はさらに深いところにあるようだった。
「うむ……それがフーリだけならいいが、もしや……」
その時……
渓谷の奥から、恐ろしく大きな低い音が響いてきた。
地鳴りのような、巨大な角笛を吹き鳴らしたような……
長く尾を引くその音が完全に落ちると、ドルイエは言った。
「……巨人の声だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます