3. 春待ち草たち

 居酒屋の中を重苦しい沈黙が支配した。


 その沈黙は、この魔導士に聞きたいことが山ほどあるであろうことの裏返しに違いなかった。そしてそれは俺にとっても同じだった。

 俺は、今それを聞ける権利は最初に声をかけた自分にある……と思うことにした。


「ほう……あのささくれ巨人をか。見たところ、あんたは一人みたいだが連れはいるのかい? 巨人退治のために組んでる戦士や魔導士は?」

「いや、いない。だからこの店はちょうどいいところにあったと思ってる。お客はみんな戦士殿のようだからな」


 そう言うと、魔導士ドルイエは振り返って店中の客に語りかけた。

「わしは戦士を探しておる。ささくれ巨人の討伐に手を貸してくれる者をな。我こそはと思う者はおらんか?」


 戦士たちは皆顔を見合わせて後ずさった。

 その中から、いつの間にか立ち上がっていたロマゴクが一歩進み出た。

「実は……俺たちもささくれ巨人を狙っているんだ。だが、あいつはそう簡単には倒せねえ。だからここで仲間を増やしている最中なんだ」

 ドルイエは言った。

「なんだ。じゃあお前たち皆、志願者じゃないか。これだけの人数なら……」

 別の戦士が首を振った。

「いや、いや。まだ人数が足りてねえ。ささくれ巨人をやるには、腕ききがもう三人……いや、五人はほしいところだ」

 ドルイエはため息をついた。

「じゃあ、メンツが揃うまでいつまでかかるんだ? そんなことを言ってたら春になっちまうぞ。巨人は寒さを嫌う。巨人退治は冬場に限るってことを知らんわけでもあるまい」

「……」


 さっきまでの剣呑な雰囲気はどこへやら。居酒屋の戦士たちは皆うつむいて沈黙した。

 ドルイエはポラナ酒のカップを空けるとカウンターにカッと置いた。

 その音だけで、戦士たちはビクッと震えたりした。


「もう一度聞くぞ。たった今、わしと巨人討伐に出向く勇者はおらんか? 一人もいないのか?」


「一人は、いる」


 俺は手を挙げた。

 店中の視線が再び俺に刺さる。

 驚きとあざけり……悪意のある期待と、もしかしたらという怖れ……そんなものがない混ぜとなった視線が。


 ドルイエは俺の顔を見てから店の中を見まわし、続く者も止める者もいないことを確かめて言った。

「どうやらあとは剣を持った春待ち草しかいないようだ……では、行こうか」


 言葉通りのたった今、魔導士は七芒星の杖を取ると、カウンターに飲み代を置いて扉に向かった。

 後に続きながら、俺は店の一角で急激に殺気がわくのを感じた。

「!」

 ドルイエめがけて飛んできたボウガンの矢を、俺は間一髪のところでナイフを抜き弾き飛ばした。

 ドルイエは振り向いて言った。

「かたじけない……と言いたいところだがな、若いの。そんな気を遣わずとも構わぬよ」


 見ると、弾き飛ばした矢とは反対の方向からも別の矢が二本飛んで来て……空中で静止していた。

 ポトリと床に落ちた矢の音をきっかけに、春待ち草たちは本来の気性を取り戻して俺たちに襲いかかってきた。

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