2. 魔導士ドルイエ

 居酒屋に入って来た男は、あたりに満ちた暴力の気配など意にも介さずカウンターに近づいた。

 俺のすぐ隣に立つと、男はつぶやいた。


「ポラナ酒とメイダラの干物があったら頼む……」


 そう言って、七芒星を掲げた杖をそっと傍に置く。

 不思議なことに、その男の存在だけでまわりの雰囲気が鎮まり、喧嘩腰だった戦士たちは声をひそめて囁き合った。


「ドルイエだ……」

「七芒星の魔導士だ…」

 

 俺は静かな驚きを感じながら、隣の男の顔をそっと覗き見た。

 確かにその風貌は、話に聞いていた伝説の魔導士ドルイエのそれに似ているようだった。

 長身に、後ろで束ねた灰色の長い髪。

 伝説通りなら五十にほど近いはずだが、髭のない整った細面ははるかに若く見える。

 何より杖の先端に掲げられた七芒星が、只者ではないことを示している。

 この地方で七芒星の杖を持っている魔導士は、ドルイエを置いて他にない。


 よもや、杖だけのニセ物では……?


 違う。その物腰……佇まい……滲み出るような妖しの匂い……ドルイエ本人でなかったら、俺は見る目のなさで戦士失格だ。


「わしの顔が珍しいか? 若いの」

 ポラナ酒を一口含んで男が言った。俺の不躾な視線は完全に無視したまま。

 不躾ついでに、俺は聞いてみた。

「あんた……魔導士のドルイエだよな」

「いかにも……」

 まるで、今日は晴れか? と聞かれた時のような気軽さで男は答えた。

 まわりの戦士たちが恐れと羨望が入り混じったようなため息をつく。


 そうなるだろう。

 魔導士ドルイエはこの大陸で……いや、あまねく世界で知らぬ者のない、魔導界の最高峰に立つ男だ。

 かつて魔物や巨人族の軍勢を率い、幾つもの国を滅ぼした呪詛王コロベギガムと戦った征魔軍の指揮官にしてただ一人の魔導士。

 人の世の終わりかとまで言われるほど追い詰められた世界を、並ぶもののない魔の力で崖っぷちから救った英雄。

 その破閃光術デルミナーは巨人を数体まとめて切り裂き、呪詛王の城郭を紙のように破ったという。


 戦士ならば、戦いの伴としていつか組んでみたい相手でもある。

 だが、この居酒屋にたむろしているような連中では、ドルイエの側からは役不足もいいところだろう。


 そんな魔導士の頂点がこんな田舎で何をしているのだろう?


 俺は単刀直入に聞いてみた。

「ここへは仕事かい?」

 魔導士は初めて振り向き、俺の顔を見た。深緑色の双眸が闇の奥で光る燐光のようだ。


「そうだ……このあたりに、ささくれ巨人が出没すると聞いて、な」

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