第6話
ASMR用の荷物を勝手に送ってきたところで察しがついているとは思うが、事務所がゴミすぎる。
先輩たちは慣れたのか、あまり話題にはしないが、さすがの異常さに同期で二人で話している時はこの話題で持ちきりだ。
私はこの事務所しか知らないが、てすらは他の事務所にいたことがあるらしく、『はっきり言って、やばい』と言っていた。
問題点を挙げるとするなら、一番大きな点はこれだろう。
『後方腕組み彼氏面』
アドバイス、と言えばそれまでなのだが、配信終わりの後のフィードバックの量がすごい。
私はお前たちの所有物でもなんでもない、と返してしまいそうになる。
まるで、私たちのことを事務所の思い通りに動く木偶人形だとでも言いたげなメッセージも飛んでくる。
もちろん、事務所の意向に背くのはできる限りやりたくない。
ただ、正直辞めたい。
事務所を離れ、今のリスナーたちと頑張りたい。
そんなことを考えていると、事務所のマネジメント部のチームリーダーがチャットに入ってきた。
「今、ちょっといいかな」
私は、肩を振るわせながらチームリーダーの声に呼応した。
「はい。大丈夫です」
他の二人も、呼応した。
「はい」
「良かった。それじゃあ、今度の事務所内コラボの件なんだけど、、、」
それは、一週間後に控えている事務所のメンバーの四人でコラボ配信をするという内容の企画だった。
流石に聞いていたが、まさか中止とかないだろうな?
そんなことが脳裏に過ぎると、チームリーダーが話し始めた。
「この配信、事務所ですることになったから」
「はい?」
三人が口を合わせて言った。
いやいや、個人個人の家ですることになってたじゃん。
どういうこと?
こういうところが本当に意味がわからない。
どうせ社長の意向なのだが、なぜ今このタイミングで?
まだ前日とかの連絡ではないのが救いだが、この企画自体は私のデビューが決まった日に言われた話だった。
もちろん、てすらも同じだろう。
「いや、そんな困惑してるような返事されても、こっちで決まったことだから」
「そんじゃ、よろしく。あと、えるにも伝えておいてね」
そう言うと、チームリーダーはチャットから出ていった。
「相変わらず意味わかんないね、この事務所」
珍しくのの先輩が怒りを露わにした。
普段はいつでも元気に振る舞っている性格なのだが、そんな人でさえもイライラさせてしまう。
すごい、逆に才能なんじゃない?ここの社員は。
「、、、もう辞めたいです」
てすらが涙声で言った。
それに呼応する形で、私も考えを言った。
「私も同感」
こんな適当な事務所、いつか内部告発されて終わっちゃえばいいのに。
そう考えていると、のの先輩が話し始めた。
「さっきまで楽しく話してたのにね。なんか気分が落ちちゃった。今日はもう終わろっか」
いつもよりも数百倍ほどテンションが低かった。
「はい、先輩」
三人はチャットを抜けていった。
私はこのイライラをどこかにぶつけるために、スマホと財布だけ持って外に出た。
外はまだ明るく、春の風が気持ちよかった。
まずは近くの公園に行った。
私は一人で、ブランコに乗った。
この時はすでに落ち着いており、今後について考え始めた。
「私、本当にこのままでいいのかな、、、」
将来への不安もそうだが、一番はやはり事務所についてだ。
『こんなところにいていいのか。もっと良い居場所があるのではないか』
確かに、私がVTuberになれたのも事務所のおかげだ。
だが、こんなになっているとは思いもしなかった。
もちろん、先輩と同期は最高だ、これ以上ないと思ってる。
でも、それでも逃げ出したい。
それぐらい精神がやられてきている。
今日のチームリーダーの通達なんて可愛いものだ。
そんなことを考えて下を向いていると、おそらく小学生くらいの子供たちが遊んでいるのが聞こえた。
顔を上げると、5、6人が鬼ごっこをしていた。
ああいう子達を見ていると、なんだかこちらまで心が洗われていく。
そして、考えが固まった。
『もう少し、頑張ってみようかな』
そう思うと、少しだけ心が軽くなった気がした。
少しだけ微笑んだ。
「よしっ!」
声と共に、ブランコから立ち上がった。
公園を出て帰路に着こうとすると、人の声が聞こえた。
「危ない!!!」
右を見ると、自転車が私めがけて突っ込んできていた。
自転車は私を避けようと、ハンドルをきっていた
だが、速度はかなり速かった。
避けられないと一瞬で勘づいた。
どうしようもないと感じ、動くこともなく棒立ちになった。
『ああ、まじか』
『せっかく、頑張ろうと決めたのに、ここで終わりか』
走馬灯が脳裏にチラついた。
涙がこぼれ落ちた。
「ドンッ、ガラガラ」
体に当たる鈍い音。
自転車が転がる音。
私は道路に投げ出された。
痛みと共に、私は気を失った。
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