第4話「新たな人生」
「いやいや、みんなのおかげだよ、本当に」
紗倉は込み上げる思いがあった。
『私がVTuberになりたかったのは、いつからだったのだろうか』
紗倉は配信をしながら、昔のことを思い出した。
最初は、とりあえず両親から逃げることだけを考えて高校生活を過ごしていた。
それは兄も同じだと思う。
ただ、兄が実家からいなくなった時は
『裏切られた』
と思っていた。
私は当時、中学生。
今思えば、家庭環境の問題でそんな気持ちを思うのも、仕方なかったような気もする。
今は当然違う。
私にとってたった一人の大事な家族。
毎日忙しいはずなのに、いつも気にかけてくれる、優しいお兄ちゃん。
そんなことを考えていると、配信のコメントの流れが止まっているようだった。
それに気づき、焦って言葉を探した。
「もう、そんなにみんな暗くならないでよ!ほら、みんなのこと知りたいから、話そう?」
この時、配信者になったのだなと改めて実感した。
時間は刻々と過ぎていき、いつの間にか配信が終わる時間が迫っていた。
「今日も配信ありがとね〜!じゃあ、また明日〜」
配信終了ボタンを押した。
パソコンの画面には、配信時間や総視聴者数のステータスが映っていた。
今日の最大同接者数は300人だったらしい。
正直、気にしている余裕はなかった。
早く兄に恩返しをしたいと思っているからである。
『ふう〜』
そっとため息をし、スマホを見ながら椅子の上であぐらをかいた。
連絡アプリには運営からのメッセージが来ていた。
『配信中の3秒以上の静寂はやめましょう。』
そんなことはわかっている。
紗倉は近くのベッドにスマホを投げた。
『ぼふっ』の音と共に、紗倉もベッドに飛び込んだ。
運営からのメッセージに返信をして、そそくさと眠りについた。
「ぷるるる、ぷるるる」
電話の着信音で起きた。
送ってきた主は兄だった。
「ん、ん“ん“」
軽く咳払いをして、電話に出た。
「あ、お兄?おはやで〜」
あくまで『自分は起きてましたよ』風に話し始めた。
「ちゃんと起きてたか、良かった
「今日こっち来るんやっけ?何時ごろになりそう?」
「午後には着くよ、飯とか作っていくから、ちょっと前後するかもだけど」
「おっけい〜。じゃあまたね〜」
改めて感じたが、兄の関西弁は完全に抜けきっていた。
昔はかなり訛りのきつい喋り方だったのが、今となっては社会人として完全に順応しているようだった。
そんなことを考えながら、ベッドから起き上がった。
キッチンへ向かい、インスタントの味噌汁を取り出して、ポッドのお湯を沸かし始めた。
その間に、SNSを開いて、おはようの旨を知らせる文言を投稿した。
投稿して数秒ですぐに反応がついた。
この瞬間が、個人的にはとても嬉しい。
リスナーに必要とされている、大事にされていると実感する瞬間だからである。
画面を見ながらニヤついていると、ポッドのお湯が沸いたことを知らせる通知音が聞こえてきた。
味噌汁のお椀に袋に入っている粉を入れて、ポッドのお湯を入れた。
「んふう〜」
二日酔いのオヤジのような女性らしからぬ声で、ため息をついた。
また引き続き、SNSを見始めた。
数十分が経過した頃だっただろうか。
兄から連絡が来た。
“一時間後には着くからな“
すぐにメッセージアプリを通知から開き、兄に連絡を送った。
“はいよー、待ってるわ“
紗倉はスマホの電源を落とし、重い腰を上げた。
立ち上がり、ベッドとパソコンが置いてある部屋へと向かった。
パソコンの画面は昨日のままだった。
身バレする可能性を考え、モニターの電源を落とした。
そのままの流れで、なぜかベッドのダイブした。
少し瞼を落とすと、耳にインターホンの音が聞こえてきた。
「ん、ん〜〜?」
起き上がりスマホを見ると、時間は午前11時を回っていた。
体感は一瞬だったが、まさか一時間も寝ていたなんて思いもしなかった。
インターホンを押したのはおそらく、兄だろう。
「はーい」と少し大きい声を出して玄関へ向かった。
玄関を開けると、そこに立っていたのはリュックを背負った兄だった。
「お兄!入って入って〜」
兄を手招きしながら、リビングまで案内した。
リビングでは普段あまり生活をしないので、ある程度は綺麗だった。
ただ隣の寝室兼パソコン部屋を見ると、兄の顔は青ざめていた。
そんな兄の目には、デスクの上にあるパソコンが気になったらしい。
「なあ、これってパソコンか?」
「そうやで〜、大学の先輩から貰ったんだ〜」
実際は運営から貰ったものだが、色々とめんどくさいので、先輩から貰ったことにした。
もちろん、大学では友達はいない。
知り合いすらいないほどだ。
「そうなんだ。まあ、色々とほどほどにしとけよ〜」
そう言うと、兄は部屋の掃除を始めた。
「いいよ〜別にやらんでも」
「お前一人だと絶対に掃除しないだろ、やってやるからさ」
兄は私の性格が完璧にわかっているようだった。
もちろん、一人だと部屋の掃除など絶対にやらない。
ゴミ出しすら渋るほどのめんどくさがりだ。
「お兄がどうしてもって言うなら〜」
「はいはい」
兄は私のことを淡々とあしらい、部屋の掃除を続けた。
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