鳥小話

楸 茉夕

鳥小話



 我は文鳥である。名前はもうある。

 ―――ミカンだ。

 我は橙色でもないし、丸くもない。見た目は蜜柑みかんからかけ離れているのに、人間は何故、我をミカンなどと名付けたのか。これがわからぬ。

 しかし、名が体を表さないからといって、我の愛らしさは少しも揺るがぬ。なぜなら我は世界一可愛い鳥、文鳥であるから。異論は認める。みんな違ってみんないい。―――と言っておかないと戦争が起きるからな。処世術というものだ。

 それはさておき、飼い主は我を手に乗せたがる。まあ、気持ちはわからなくもない。我は可愛いから、より近くで余すことなく愛でたいのであろう。だが、手に乗ってやるのは、我の気が向いたときだけよ。文鳥が無条件に言うことを聞くなどとは、努々ゆめゆめ思うな。

 だが今日は気分がいい。乗ってやらんでもない。さあ、我を籠の外に出すがいい。もう外出から帰ってきているのはわかっているのだぞ。さあ。さあさあさあ。

「んもー、キャルキャルしないの。はい、お待たせ」

 ややあって、我は自由を得た。縦横無尽に飛び回り、気が向いた場所に留まる。最早、誰にも止められぬ。

 おや、人間。なんだその手は。随分と収まりが良さそうではないか。我に差し出すというのか? うむ、よかろう。収まってやろう。撫で撫でされるのもやぶさかではないぞ。その手をこちらに向けるがいい。

 ……と思ったら、そこには我と同じような愛らしい小鳥がいるではないか! 初めて見る顔だ。新入りか。

 おのれ人間め、我という鳥がありながら! もしや、数日前からこちら、どこからともなくホチョピホチョピと聞こえていたのはこの鳥か!

 我よりも新入りに夢中のようだな、人間よ。我は知っているぞ、このぴろぴろを引っ張ると痛いのだろう! なんと丁度いいぴろぴろだ! こうしてくれる!

「痛っ! んもー、なんでミカンはささくれを引っ張るかな。リンゴちゃんは大人しいのに。ねー」

 人間は手の中の小鳥に話しかける。リンゴというのかそやつは。我が名のミカンに対してリンゴか? 人間も安直だな。―――ではない。にぎにぎ撫で撫でするのは我にするがいい! でないとその丁度いいぴろぴろを根刮ねこそぎにしてしまうぞ!

「キャルキャルしないのってば。順番ね、順番」

 人間の言うことをわかっているかのように、新入りが振り返った。心なしか得意げにくちばしを上げ下げする。

 許せぬ! 新入りの分際で! 人間も人間だ! 我よりも可愛らしい鳥などおらぬではないか! やはりぴろぴろ根刮ぎの刑だ! 断じてぴろぴろを引っ張るのが楽しいわけではないぞ。

「痛っ! こら、ミカン! あんまりすると今日はおやつ抜きだよ!」

 何を言われても今宵の我は止まらぬ。そのぴろぴろ、刈り尽くしてくれるわ!



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