第43話


今日は一週間後には舞白も会社に復職するつもりだったから、その前に病院に来ていた。診察結果は特に異常なしとのことで、次の通院はまた二週間後だそうだ。安心して帰路に着けば、和弘からメッセージが届く。病状を心配してのメッセージだった。

――『先生、なんて?』

――「特に異常なしだって。復職して良いって言われたよ」

――『あんまり無理しないこと。でも、復職するなら今日は診断のお祝いのケーキ買っていこうか』

和弘の心遣いにしくりと胸が痛む。

――「ケーキは良いよ。それより少し買い物して帰るわ。あと、明日は実家に一度帰ろうと思ってるの。社員証が実家にあるから」

良い顔はしないだろうなとは思ったけど、あのマンションから会社に通うのなら、会社に来ていく服だって少し持ってこなければならない。洋服を全部買い替えるつもりはなかった。和弘から返事が返ってくる。

――『龍川町なんだけど、仕事で訪ねることになったんだよ。あの土地の龍神神話を取り上げて、商品に出来ないかって役場の人からオファーが来てる。神社の宮司さんにももう一度話を聞けることになってるから、明日、都合が良ければその後で会おう』

和弘からのメッセージに、液晶をタップする指が止まる。

一般的に神話は悲恋でも好まれるが、和弘が言う神話は舞白の中では過去の現実だ。失恋確定の話をこの町の商品にされるのは、正直辛い。しかし、そんな事情を誰が知るわけでもないので、きっと目立った名物のないこの町の新たな看板商品になるんだろうなと思った。

その後に来たメッセージには、自分と舞白の未来を疑ってない言葉がつづられていた。

――『舞白の体調がよくなったら、改めて神社に一緒にお参りに行こう。神様に認めてもらえば、もう怖いものはないだろ?』

……こんなに舞白を想ってくれている人を今でも裏切っていることが辛い。どうして和弘では駄目なのだろう。どうやったら龍由と緋波のことが伝わるのだろう。話すにしても浮世離れしすぎていて、ちゃんと話しても難しいことは、先日の一件で分かっていた。


買い物をしてマンションに戻ると、エントランスには絵里が居た。舞白がびっくりして玄関ホールで立ち止まると、絵里は般若のような顔で舞白を睨みつける。

「……あんたなんて、カズくんに相応しくないのに……。あの時だってあの男と一緒だったくせに……!」

震える手を握って舞白を睨みつける絵里になんて説明したら良いのか迷った。その隙に絵里はショルダーバッグの中からハサミを取り出した。そしてそのまま舞白の方に突進してくる。

「あんたなんかいなくなれば良いんだ!! カズくんに近寄るな!!」

凄い形相でハサミを舞白に向けて突き刺そうとしたので、舞白は咄嗟に身を翻して玄関ホールのドアを出た。そのままマンションに背を向けて駅へ向かう。途中まで絵里がハサミを持ったまま追いかけてきたので、本気で走った。

「もうカズくんの前に顔出さないで!!」

背後に絵里の怒号を聞きながら、舞白は恐怖に駆られてひたすら走った。オフィス用のパンプスじゃなくて良かった。舞白は電車に飛び乗った。


何処へ行こうかと迷ったけど、あの部屋を絵里に知られているとなると、うかつに帰れないような気がして、舞白は行く当てもなく、結局当初の予定を一日早めて取り敢えず実家に戻ることにした。

実家の引き戸を開けてただいまと言うと、まあ、どうしたの、と驚いた顔をして母親が出てきた。そりゃそうだ。両親は和弘と暮らし始めたと思っているのだから。

「一週間後に復職することになったから、社員証を取りに来たの」

「ああ、そうだったわね」

母親はそう言って納得すると、舞白をいざなって居間に座るよう言った。

急に帰って来た舞白に両親はやさしかった。入院中に見舞いに来てもらって以来の両親と座卓を囲む。あの事故以来、母は和弘とも連絡を取っていたようで、入院中のことも信頼していたと言う。そんな風に安心している両親に絵里のことを言う気にはならず、黙って両親の言葉を聞いていた。

「あんないい人が舞白の彼氏だなんてねえ。綿貫くんとの生活は順調?」

「そうね。良くしてくれるわ。私の作ったご飯も美味しいって食べてくれるし」

「そりゃありがたい人じゃない。逃がしちゃ駄目よ」

母はそう言いながら笑ってお茶を出してくれた。舞白も暫くは龍由のことを考えるのを止めていたかったから、和弘の話はありがたい。それなのに先程から細かい雨が降ってきたようだった。

「今年は珍しく雨に恵まれてるねえ」

「倉田さんが畑の心配をしなくて良いって言って喜んでたよ」

そんな会話をお茶を飲みながら聞く。今まで少雨だったのに、今年に限って雨で潤っている理由はきっと、緋波の中に眠っていた龍の宝珠(ちから)と、事故の時に龍由が舞白にくれた龍神の力が合わさったからだと、舞白は自分の体の中で起こっている『力』の反応を感じて、そう思った。

そうであるならば、この力は龍由に返さなければならないのだろう。しかしそうすることで、緋波の生まれ変わりとして宝珠の力を持っていた舞白はただの人間になって、緋波とは何の繋がりもなくなる。そのことで龍由とのかかわりが無くなるのは、とてもつらい、と思った。


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