第41話
……そうだよね。普通はやっぱり神様なんて信じないよね……。仕事で各地の神話を集めている和弘でさえこの反応なのだ。信じてるつもりの両親や町の人たちだって、いざ神様だと言って龍由が現れたら、同じ反応をするに決まってる。だから龍由も最初は自分のことを明かさずに舞白と会っていたのだ。舞白は気持ちを切り替えて、努めて明るく振舞った。
「ごめん、今のは冗談。忘れて? 龍由さんが都内に出たことないって言ったから、ちょっと連れて行ってあげただけなの。深い意味はないよ。でも、デートに見えたなら、ごめん。もう、しないわ」
「あ……、ああ……。そう言うことだったのか。それならひと言連絡くれれば良かったのに……。……舞白が寝てる間に変なこと考えちゃってさ……。このまま舞白と話せなくなっちゃったらどうしようかって思ってたんだ……」
和弘はあからさまにほっとした様子でそう言った。それが胸に痛い。神様も緋波も本当は居るのに……。
「……舞白の事、ホントに大事なんだ……。倒れてた舞白を見て、代われるものならどんなに良いかって思ったよ……。本気なんだ。……もう俺の前から居なくならないで……」
ぎゅっと抱き締めてくる和弘の背に縋ることが出来ない。ちょっと前までだったら、胸をときめかせていた場面。でも、龍由の命を懸けた愛情を知ってしまった今、舞白の心には後悔ばかりが渦巻いている。……もう少し早く龍由と出会っていたら。もしくは、龍由と出会っていなければ。
和弘とゆっくり向き合っていこうと決めたのに、心が龍由を求めてしまう。心の向かう先は舞白にもどうにも出来ないものだった。
そっと和弘のシャツの背を掴む。それは心苦しさからくるものだった……。
都心での同棲は舞白の療養生活からスタートした。和弘が在宅ワークを取り入れて舞白を支えてくれて、本当だったら舞白が和弘を支える側の筈なのにな、と思った。
それでも徐々に体調が良くなってくると、和弘が買ってきてくれた食材で舞白が料理を作ったりと、少しずつ出来ることが増えていった。
和弘は舞白の回復に合わせて通常の仕事に戻り、その仕事が忙しい中、舞白の為に早めに帰宅してくれるので、舞白も何か彼に応えたいと思うようになっていた。今日も和弘がハンバーグを食べたいということで材料のひき肉などを買い込んできたので、舞白は今、キッチンに立っている。
この同棲生活の間際に母が渡してくれた『初めてのご飯・初級編』というレシピ本が、これでもかというくらい役立っている。舞白は簡単な料理しか出来ないから、常にこの本とにらめっこしながらの調理だ。
ハンバーグは少し焦げ目が多くついたけど、肉汁はあふれ出たし、簡単なオーロラソースは子供の頃を思い出すと言って和弘に好評だった。
「病院に居た時は、舞白の手料理が本当に食べられるようになるって思えなかったから嬉しいよ」
本気で心配してくれた和弘に、心配させて悪かった、と謝る。
「事故は許せないけど、舞白が無事退院できたからもう良いよ。あの男とも会ってないみたいだし、それだけで俺は幸せだ」
微笑みながら言う和弘に応じられない。事故以来、常に頭の何処かに緋波が居て、彼じゃないと訴えかけてくる。
(……私は緋波じゃない……。渕上舞白よ……。私の人生を邪魔しないで……)
このまま龍由と会わなくなるのだから、緋波が舞白の中に居るのは、明らかに和弘との生活に支障をきたしてしまう。どうにかしてこの、緋波が受け取った力と、舞白が貰った力を、龍由に返さないといけない。どうしたら良いのだろう、と舞白は悩んだ。
同棲生活は順調に進んでるかのように見えた。しかし、常に頭の何処かに和弘を否定する緋波の存在を感じていて、ある日それが露呈する場面が起こった。
金曜日の夜。明日から週末で食事の後に二人で映画を見た。映画館の雰囲気を出すためにリビングの照明だけ落として、テーブルにワインとカナッペを並べた。映画はオーソドックスな恋愛もので、突飛なシーンがない分、安心して見ていられた。
丁度映画の中盤で、ヒロインとヒーローの間の誤解が解けていよいよ……、というシーンに差し掛かる。かたん、と音をさせてワイングラスを置いたのは和弘だった。
和弘はワイングラスを離した手で、舞白の肩に触れた。パーカーにキャミソールの舞白をソファにゆったりと押し付け、パーカーの肩を剥いだ。するりと和弘の手が滑って肩下を握られると、白々とした映画の明かりを横から受けた和弘の顔が近づいてくる。
熱を宿した和弘の瞳に見つめられて、どきんどきん、と心臓が大きく鳴る。頭の中がこれから起こるであろうことを予測して鼓動が早まったその時、和弘がキスの為か、唇を薄く開いた。
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