第31話


電車に乗って都心まで。目にするもの何もかもが目新しい龍由は、文字通り子供のように目を輝かせた。

「舞白! 大きな百足(むかで)だ! これがデンシャか!」

「舞白! 車がこんなに沢山走っておる! 凄い速さだ!」

「舞白! あの音がする門はなんだ! 人々がすり抜けていくぞ!」

兎に角あらゆるものに驚く。その様子が、地元で落ち着き払っていた龍由とあまりにも違うので、舞白は嬉しくなってきてしまった。

もっともっと『現在(いま)』の日本を感じて欲しい。そして、神様(たつよし)にも未来を見つめて欲しいと思うのだ。

繁華街のアパレルショップでは龍由の洋服を見繕った。美形の客に、ショップの店員さんも乗り気でコーディネートしてくれる。

「お客様はお顔立ちも穏やかで背も高くていらっしゃるから、こんなナチュラルなお色に少し締め色のラインが入っているシャツなど、お似合いになると思いますよ」

店員さんが出してくれたのは淡いクリーム色の地に襟と袖口に濃いブラウンのラインが入ったシャツと、それに合わせるモノクロ写真がデザインされたオフ白のTシャツにカーキ色のチノパンだった。着替えさせてみると、もともとイケメンなだけあって、その爽やかなコーディネートが映えた。

「まあ、素敵!」

「うん、龍由さん、似合いますよ」

着物以外着ていなかった龍由は、しきりに鏡を見て、これが私か! とご満悦そうだ。

「いや、洋服というものも、なかなか悪くないな。真新しい自分のようだ」

そんなことを言って喜んでいたので、舞白はその服を買って龍由にプレゼントした。龍由がとてもうれしそうにしていたので、それだけでも良かったと思う。

洋服に着替えた龍由は、着物姿の時とはまた違った視線の集め方をした。通りすがる女性たちが、頬を染めて龍由を振り返る。その隣を歩いている舞白は、心が弾んで仕方がなかった。龍由を喜ばせているのが『自分(ましろ)』だと認識できて、舞白は久しぶりに龍由と一緒に居て躊躇いなく喜びを感じることが出来た。

(緋波はきっと、こういう楽しみを龍由さんにあげることは出来なかったんだわ)

過去と現在では余暇の過ごし方も違うと思うが、舞白は少しでも緋波とは違う自分を龍由に感じて欲しかった。その上で、舞白を見て欲しいと思っていた。舞白と緋波は決定的に違うのだ、と分かって欲しかった。

ショップを出て歩いていると、目に入ったカフェに入ってパンケーキを食べた。ナイフとフォークの持ち方も分からない龍由に席の向かいから持ち方を教えると、何とか二段のパンケーキを切っていた。でも、添えられていたクリームとベリーは掬えなかったようだ。お皿に残ってしまっているクリームを名残惜しそうに見つめている龍由は、龍神神社に佇んでいる儚げな龍由とは違い、どこかかわいい感じの男性だった。

その足でCDショップにも行った。店内に流れる音楽から棚に置いてあるものまですべてが初めての龍由に寄り添って、これはこう聞くの、と教えながら試聴をさせてみる。耳元から音楽が流れ出てくる体験を何度も繰り返しながら、龍由は満喫したらしかった。

「凄いな、舞白! 神社からは見かけないようなものがいっぱいで、食べ物も未知のものだし、考えもしなかったような出来事が沢山だ!」

「ふふふ。楽しめてるようで何よりだわ」

舞白はコーヒーショップで飲み物を買い、龍由と一つずつ持ち歩いた。コーヒーひとつをとっても龍由は珍しそうに、「苦いが甘いぞ!」と楽しんでいた。

スクランブル交差点の横断歩道で赤信号を待つ。こんな沢山の人に囲まれたことのない龍由は周りをきょろきょろと見まわしていた。隣に居る舞白は少し恥ずかしかったけど、龍由の好奇心に任せることにした。

信号が青になり、歩行者が目的の場所に向かって歩き出す。龍由と対岸へ渡ろうとしていた正面から二人で歩いて来ていたのは、和弘と絵里だった。

「舞白……」

「か、和弘……」

決して和弘を嫌いになったわけじゃない。ただ、今日は龍由に付き合っているだけだ。それを説明したくて、でも彼女を交えてどう説明したら良いのか分からなくて、舞白が躊躇った時。

和弘の瞳が赤く光った。

(え……っ?)

「舞白! 何故その男と一緒に居るんだ!」

叫んだ和弘の声と同時に交差点で徐行運転していた車が突然走り出した。ギュギュイン! というエンジン音がけたたましく鳴り、急発進をしたように見えた。

大勢の歩行者を避けながら、車が真っすぐ此方――龍由の方――に突っ込んでくる。

その時に舞白は何も考えていなかった。ドン! と手で龍由を突き飛ばした感触。そして自分の体が車にはねられて弾き飛ばされ地面にドサリと打ち付けた感覚だけが残った……。


「舞白! 舞白!!」

「舞白! 大丈夫か! 舞白!!」

目の前で車に轢かれた舞白の所に駆けつけて舞白を呼ぶ龍由。そして横断歩道の対岸から駆けよって来た和弘と絵里。三人で舞白を囲い、龍由と和弘が舞白を呼んだ。舞白は頭から出血しており、事態が重いことをうかがわせていた。龍由は舞白を挟んで正面の和弘を見て目を眇めた。

「おぬし、鬼羅(きら)か」

「なんのことだ! 早く救急車を呼ばないと、舞白が……!」

龍由は和弘のいらえに気持ちを改めた。

「舞白は死なぬ。私が助ける故」

「なんだって……!?」

和弘の動揺を他所に、龍由は横たわった舞白の横に跪くと、精神を集中して舞白の胸の上に手をかざした。龍由の手と舞白の体の間の空間が蒼白い光で輝き始める。そしてその輝きを舞白の体に埋め込むように龍由が手で押し入れると、龍由は舞白の顔を見た。

(舞白……、頑張ってくれ……。私は此処に居る……!)

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