第26話

「俺、今日、会社で自慢しちゃったよ。『綿貫さん、かわいい人と付き合ってますね』って言われた」

会社の人の見世物になったのか。嬉しそうに笑う和弘に、恥ずかしくて頬が熱くなる。

「や、止めてよ~。知らない所で話題にされると、なんだか恥ずかしいわ……」

「なんで? かわいいって褒めてもらえたんだよ? もっと嬉しがらなきゃ」

まるで自慢の恋人に言うみたいに、そう言ってくれる。自分にそんな資格あるのかな、と舞白が俯くと、駄目だよ、と和弘がやさしい声を掛けてくれる。

「もっと自信持って。舞白は俺の自慢の恋人なんだから」

何の裏もなく舞白にそう言ってくれる和弘の言葉が、心に染みる。やっぱり舞白自身を見てくれる和弘が好きだ。

「それに、舞白くらいかわいい巫女さんだったら、龍神様も命を助けたくなるよね。俺だって絶対助けたいもん」

不意に話題に出た龍神伝説に、カプレーゼのトマトをうぐっと喉に詰まらせかけた。

「それにしてもあの龍神伝説、残ってる資料があんまりないから、プレゼン資料を作るのも一苦労だよ」

「……うちの町の会社に売り込むの?」

祭りの話から和弘の仕事の話に話題が移る。話題が話題だけに舞白は慎重になったが、上機嫌な和弘はワインのお代わりをして、うん、と頷いた。

「そのつもりでいるよ。龍川町は今、地元の名産品ってあんまりないだろ? 最初に舞白に会った時にもリサーチしたけど、町の人たちが龍神伝説を誇りに思ってたし、雨乞い祭りも町の規模の割に盛大だったから、伝説を絡めた商品は町の人に好意的に受け入れてもらえると思うんだ」

確かに、素人の舞白が占いでお客を呼んでるくらいだから、名物が出来たら町の人は皆喜ぶと思う。

「それに、この前の雨乞いの舞は龍神伝説とほぼ同時期から奉納されるようになったんだってな。それって、雨乞い祭りが龍神伝説と関係あるってことなのかなって思ってさ」

和弘が仕事の顔でそう言う。まだ一杯目のワインをちびりと飲んで、舞白は応えた。

「……どうだろう。私はあんまり知らないんだけど……」

「そうなの? 俺、少し調べたんだけど、実話は結構シビアだよ」

楽しそうにスマホの画像フォルダを開く和弘を見つめる。和弘は仕事で全国の伝説や逸話を扱ってるだけあって、その手の資料集めは楽しいらしい。

「龍神様……、って言って良いかどうかは分からないんだけど、伝説の素となった男の人と巫女さんは実在したみたいだね」

だって、神様(たつよし)は実在してる。だとしたら、和弘が資料で見つけたという巫女が緋波だという可能性もある。

「突然この龍川村に現れた男の人と巫女さんの恋を良く思ってなかった人が、日記を残していたんだよ。裕福な商家の息子らしいね」

これ、と言って和弘が見せてくれた画像は、当時の人が書いたと思われる書面だった。和紙が紐で綴じられ冊子になっているそれには、墨で書かれた文字が連なっており、どう読むのか、舞白には分からない。

「この人は巫女さんを昔から好きだったみたいなんだ。それを、不意に現れた男に横取りされて腹が立ったらしい。巫女さんは渡さないぞ、って書いてある」

和弘が、画面に映し出されている筆で書かれた文字を辿って説明してくれる。

「『奪えなくば、喰い殺して我がものとするまでの事』、そう書いてある。相当巫女さんに執着してたみたいだ」

喰い殺して……。その言葉に思い出すことがあった。度々夢に現れた、鬼のような形相の人。舞白の喉に食らいつき、血を流させた張本人。

もしかして、舞白はその現場を夢に見ているのではないだろうか。龍神は事実、龍由として存在しているのだし、龍神(たつよし)が恋した女性が緋波だというのなら、緋波が巫女でもおかしくはない。

「肝心の、『龍神が、愛した巫女を助けた』ってところの資料は見つかってないんだけどさ、こういうの見つけると、過去の出来事がずっと今まで語り継がれてたのかって思ってわくわくするよ」

楽しそうに話す和弘に何も言えない。龍由や緋波に係わらず、和弘を選べたら良いのに、どうして心は思い通りになってくれないのだろう。舞白はまた、俯いてしまった。


それでも食事は楽しく進んだ。苺のドルチェを食べるころには、舞白の気分もすっかり晴れていた。和弘はずっと舞白のことを微笑んで見つめてくれて、アルコールも手伝ってか、それはとても心地良い視線だった。

「あ~、明日からが憂鬱だよ。また舞白に会えない日が続くのか……」

和弘は今、龍川町と、それ以外に四件ほどの町や村での銘品づくりの話を持ちかけようとしている。その下準備が大変らしい。

「今が頑張り時なんでしょ、気合入れて頑張って!」

そう舞白が励ますと、勿論頑張るけどさあ、と和弘が口を尖らせた。子供っぽい仕草に舞白も微笑んでしまう。

「自分で『これ』と思ってやってる仕事だし、今まで作って来た品もところどころで売れ始めてるし、手ごたえは感じてるよ。でも、そういう一方でプライベートが欠けてくるって言うかさあ……」

舞白も繁忙期には仕事に忙殺されるので気持ちは分かる。特に和弘は自分で立ち上げた仕事だから、常に新しいことを見つけていかなければならない、その大変さは舞白の何倍にもなるだろう。舞白の父親が舞白にくぎを刺したのは、こういうことの為なのだと思う。

「舞白、この踏ん張り時を頑張るから、ご褒美頂戴」

まるで甘えて来るかのような言い方に、舞白も応えたいと思った。

「良いわよ。ご褒美、何が良い?」

そうだなあ、と和弘は視線を斜め上に向けて考えた素振りを見せると、

「舞白と一緒の生活」

と真顔で言った。

「え……」

さわさわと店の客の話し声がBGMで聞こえる。

テーブル上にしんとした空気が漂って、その場に落ちる。

和弘の言葉の真意が読み取れずにリアクションし損ねていると、そんなに意外な事かなあ、と和弘は笑った。

「期限付きでも良いんだよ。一度、舞白と一緒に生活してみたい。舞白と一緒に居て心地いいと思ってるからこそ、結婚前提ってわけでもないけど、もしそう舵を切るなら今まで以上にお互いの事分かってた方が良いと思うんだ。どう?」

どう? って、まるで食後の飲み物をコーヒーにするか紅茶にするか聞いてるかのような気軽さだ。

「一緒に、……って、ど……、同棲……、ってことだよ、ね……?」

どきん、どきんと心臓が逸っていく。

手が汗で湿っていく。

からからに乾いた口がそれ以上何も言えないでいると、和弘はなんてことない表情で口を開いた。

「そうなるね」

和弘がコーヒーを啜る。

その一連の動作を見つめてしまった。かちゃん、とソーサーにカップを置くと、和弘は、返事は急がないよ、と言った。

「ご両親のご意向もあるだろうし、舞白の気持ちが固まるのにも時間が必要だろ。それに、俺が気になってるのは雨乞い祭りで会ったあの男。あいつが舞白の家の近所に住んでるって思うだけで、心配でたまらない。舞白を守るためにも俺がそうしたい、っていう気持ちで居るってことは、覚えていて欲しいんだ」

そして和弘はこう付け加えた。

「まず何よりも、舞白を守りたい。それに同棲って、欠点を見つける為にするんじゃないよ。今よりも舞白のもっと良いところを見つけたいからするんだ。そう言うつもりで提案したんだってことも、一緒に覚えておいてもらえると嬉しいな」

にこりと微笑んで、和弘はコーヒーを飲み切った。

なんだろう。頭の隅に何かが思い起こされる……。確か、前にもこうやって急かされた……。あれは……、誰……?

舞白の困惑を他所に、和弘がナフキンを畳む。舞白も慌ててドルチェを食べ終え、スプーンを皿の上に置いた。

微笑んで舞白のことを見る和弘に、なんだか底知れない恐怖を感じる。視線が怖いと思うのは、勘違いだろうか。舞白は俯いて、うん、とだけ応えた。

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