第25話

その時、和弘の声がした。和弘は舞白が龍由に腕を引かれているのを見て、慌てて此方へ駆けつけてくれた。そのまま反対の手を引かれて、和弘の背中に庇われる。その時、神社の手水鉢の水が跳ねた。……きっと、龍由の心が反映されたのだろう。舞白は和弘に庇われたまま、その様子を見た。対峙した二人の間に不穏な空気が流れる。舞白を背に庇う和弘が怖いほどピリピリしているのが感じられた。怒気が恐ろしい……。

「なにしてるんです、貴方は。僕の恋人に何か用ですか?」

「和弘……」

しかし和弘の横顔を見て一気に目が覚める。やはり舞白の前世を求めて言葉を尽くす龍由より、真っすぐ舞白を見てくれる和弘の方が何倍も誠実だ。

そう思うのに、心の何処かが龍由を求めている。緋波の存在を知らなければ、舞白は躊躇いなく龍由の胸に飛び込めただろうか。龍由と出会わなければ、今頃和弘と仲良くこの神社に参拝に来ていたのだろうか。今となってはそれも分からない。舞白は龍由と出会ってしまったし、緋波のことも知ってしまった。和弘だけが何も知らされずに其処に居て、絵里の想いも解決してない。それに、和弘を前にすると時々得も言われぬ恐怖を感じることがある。舞白に対するやさしい微笑みにそれを感じるとき、何が和弘にそんな感情を抱かせるのか分からずに、それだけが申し訳なかった……。


「今の奴が以前言ってた奴なの?」

和弘に手を引かれて神社を離れ、街道を歩きながら和弘が問うた。うん……、と弱く返事をすると、「ああいう強引な奴は相手にすると図に乗るから、無視した方が良いんだよ」と忠告をくれた。

「ごめんなさい……」

「まあ、舞白が無事で良かったよ」

和弘が微笑んでくれて、それが嬉しい筈なのに、心の何処かがしくりと痛む。

(嫌だ……。緋波なんて知らないのに、私の中に勝手に入って来ないで……)

ぎゅっと目を瞑ると、その不安を察したのか、和弘が握る手の力が強くなった。

「舞白、なにも心配は要らない。こっちであいつのことを調べてみるよ。あんまりしつこいようだったら、舞白は警察に届けたって良いと思う」

警察……。

大ごとになるのは避けたい。龍由の気持ちも分かってしまう為、どうしても言葉を濁してしまう。

「大丈夫よ、和弘。仮にも同じ町の住人だもの、変なことはしないと思うわ。こういう田舎だと、噂は直ぐに広まるから」

「そうか?」

うん、と頷いて見せて、和弘に納得してもらう。

「まあ、心配だったら何時でも連絡して? 俺が出来ることは何でもするよ」

「ありがとう、和弘」

やさしい言葉に安心して良い筈なのに、人間の和弘では及ばない力が舞白を支配している気がする。それは神という存在の龍由であり、己の中にある緋波という存在だった。

(龍由さんは兎も角、緋波は居なくなってよ……)

悔しい思いだけが舞白の心を覆う。彼女さえ舞白の中に居なかったら、とっくに全てが解決していた筈なのだ。

(どうして私の中に、緋波が居るの……)

苛立ちに疑問が浮かぶ。それを知りたいのなら、龍由に聞かなければ、答えは返ってこないのだろうな、と思った。


「舞白! こっちだ!」

待ち合わせの駅で改札口に流れ出ていく人たちの中から舞白を見つけた和弘がそう呼んでくれた。舞白は人をかき分けて和弘の許へ走った。

「仕事、無理させたか?」

「ううん。今の時期は割と平気。それよりどうしたの? 急に連絡してきて……」

何か龍由とのことで訝しがられただろうか。そう思っていたら、明朗な笑顔が返って来た。

「いや。この前あんまり話せなかったなって思って」

和弘はそう言うと、照れくさそうに笑った。雨乞い祭りの後、和弘は舞白のことを心配して家まで送ってくれて、直前が直前だっただけに楽しい話もしないで別れてしまった。それが気になっていたというのだ。

メッセージアプリで今日の予定を聞いて来て、直ぐに待ち合わせを約束した。何時もだったら前もって予定を入れてからのデートになるので、こういう急なデートは初めてだ。

「気にしてくれたの? 嬉しいわ。私も和弘と話せなかったから、残念だったの」

「寂しかった?」

にこにこと舞白のことを窺ってくる和弘からは邪心は感じられない。寂しかったわ、というと、俺もだよ、と返事が返る。

「舞白とゆっくりできなくて、寂しかった」

寂しい、と素直に言ってしまえる和弘がかわいい。こういうところ、母性本能をくすぐられてきゅんとしてしまう。

そのまま和弘のエスコートで、彼の良く行くイタリアンレストランに連れて来てもらった。賑やかな感じが都会的で心地いい。オーダーを頼み終えると、まず運ばれてきた白ワインで乾杯する。

「舞白の舞、凄くきれいだったね。もしかしなくてもめちゃくちゃ練習したでしょ?」

「一年前から一週おきに日曜日にやって、半年前からは毎日曜日の夜にみっちりやったわ」

舞白が応えると、わー、やっぱり! と和弘は微笑んだ。

「俺がご両親にご挨拶に行った頃にはもう練習してたんだもんね。ああいう動きって日常生活でしなさそうだから、神経使いそうだなって思いながら見てたよ」

和弘のワインが進む。どうやら興奮しているようだった。

「最初は動きの基本を覚えるのに苦労したけど、それさえ覚えてしまえば割と出来たわ。細かいところは最後まで注意されてたんだけど」

えー、そうなの? と和弘が笑う。舞白も釣られて笑った。

「衣装も素敵だったね。伝統を感じたよ。舞白、和服も似合うじゃないか。夏の花火大会とか、浴衣着てきてよ」

楽しそうに話す和弘に、舞白も照れる。面と向かって褒められると、悪い気はしないものだ。特に、龍由が緋波を透かして見ているだけに、余計にそう思う。

「んで、踊りを舞う舞白があんまりにもきれいだから、俺、めちゃくちゃ写真撮っちゃった」

ほら、と、和弘が自分のスマホの画像フォルダを開いて見せる。そこにはこの前舞殿で雨乞いの舞を舞った、巫女装束の舞白が居た。連写で撮られていて、自分の姿がフォルダにずらりと並ぶ体験は初めてだったので、舞白の写真ばっかりのそのフォルダの状態に驚いた。そう言えばあの衣装の写真も撮らなかった。折角の貴重なチャンスだったのに勿体ないことをしたもんだと思う。

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