第22話



宙ぶらりんな気持ちのまま、和弘に会う。和弘は変わらぬ笑顔を向けてくれて、それが舞白の心を更に締め付けた。

今日も新しい御朱印をもらいに都内の神社を訪れていた。境内の緑に囲まれて、深呼吸をする。田舎暮らしの所為か、やはり緑があるとほっとする。

でも、これだけ和弘と神社巡りをして分かったことがある。やっぱりどの神社も、龍神神社ほどには舞白に合わない(・・・・)。水の気配が、恐ろしいほど違うのだ。それは手水鉢にどれほど水を湛えているか、境内にどれ程緑が植わっているか、ということとは全く関係なく、舞白の波を読む力がそう思わせていた。舞白の力は龍由のそれを受け継いでいると本人が言っていたから、龍由の住まう龍神神社を心地よいと感じるのは、ある意味当たり前だと思う。舞白はもしかして、同じ源の力を心地よく感じるが故に、龍由のことが気に掛かるのではないかと思った。それならば、力を無くしてもらうって、フェアな状態で和弘と龍由を比べなければならないのではないだろうか。ただでさえ舞白の中には緋波が居る気がしている。今の状態はあまりにも和弘にアンフェアだ。

「前世……かあ……」

舞白のあずかり知らぬところで和弘への想いが邪魔されている。そう感じた。

「前世が、なに?」

「えっ?」

和弘に問われて、舞白は初めて自分が考えを声に出していたことを知った。

「あっ、なんでもないの。気にしないで」

舞白は手を横に振ってそう言ったが、和弘は面白そうに話に乗って来た。

「前世の記憶、っていうの、俺は興味あるよ。自分がどんな人生を辿って今日のこの命に繋がったのか、考えると神秘的だろう? 古い歴史を持つ土地に行くと、前世にその土地の守り神を持つと言われた人が、村の人々を数多の天災から守ったって言う記録があったりするし、昔はごく当たり前に語られたことなのかなって思うよ」

へえ、そうなのか……。そうすると舞白の中に緋波が居ることは、昔は普通のことだったのかもしれない。あくまでも昔は、だけど。

「そうだとしたら、和弘の前世は何だったと思うの?」

それこそ村を救うヒーローだろうか。そう思ったら、和弘は朗らかに笑って舞白を見た。

「そりゃあ、舞白の恋人だよ」

にこりと微笑むその笑みの、何処にそんなことを思う必要があっただろう。しかしその時舞白は和弘の笑顔に恐怖を感じた。まるであの時……、そう、和弘の口許に牙の幻覚を見てしまった時のような、喰らいつくされそうになるような身に迫る恐怖を。

「……っ」

「舞白だったらどう思う?」

舞白の様子に気が付かない和弘がにこやかな笑みで舞白に問う。感じてしまった恐怖を振りほどいて、舞白は笑って見せた。

「私はあんまりそういうの考えたことないからなあ」

「ふは。そこは嘘でも俺の恋人って言ってくれよ」

そう笑う和弘からはもう何も感じられなくて。舞白はただひたすら和弘を想おうとしていた。……そうすることが、もう間違っているだなんて気づかなかった……。



もう直ぐ六月だというのに、この澄み切った星空は何だろう。舞白は月に二回の占いのアルバイトから帰る途中だった。今日は朝からの天気の所為で観光客がいつもより多く、カフェの客も占いの客も多かった。特に占いは神経を使う為、人数が多いと疲れてしまう。多忙をシフォンケーキで倉田夫妻に労ってもらった後、舞白は緑に惹かれるように神社の鳥居を潜った。

さわさわと木々の梢が揺れて風が通る。この時期なら湿った風が当たり前の筈なのに、この土地では何故かそれがない。それが龍由が力を無くしたことが原因なのだろうと、今ならなんとなく分かる。だって、彼の傍は水の気配がしてとても心地いい。その彼が力を無くしているのだったら、この土地が雨に恵まれなかった理由が分かるというものだ。

短い石段を登り、拝殿に詣でる。すると何処からともなく龍由が現れた。その姿に安心してしまうのは、どうしてなのか。やはり水の力が関係しているのか。

「どうした、舞白。難しい顔をしておる」

そうだろうな。舞白には分からないことだらけで、悩んだ顔になっているのは自覚があった。

「……龍由さん」

「なんだ」

「龍由さんの力を受け継いでいるのなら、私が占いで対面した相手に水が暴れてしまうのは何故なの?」

和弘と最初に会った時、水瓶の水が暴れた。あんなことは初めてで、あの時は理由が分からず、またその理由を探すことも出来なかったけど、今なら理由が分かるではないか。

そう思って聞いたのに、龍由は口許に苦笑を浮かべる。

「それは過去の記憶と繋がっておる。無理に考えぬ方が良い」

そう言って舞白の頭をやさしく支え、額を胸に押しあててくれた。……龍由からやさしい水の波動を感じてほっとする。それと同時にあの時暴れた水を思い出してぞくりとした。龍由から受け継いだ力で読んでいた穏やかな水面が乱れるなんて、なにか良くないことなんじゃないだろうか。絵里の想い人の件も読み違ったままだし、ここの所、舞白は水を読み切れてないんじゃないだろうか。

「……私が受け継いだ、龍由さんの力って、……弱くなってたりする……? それで最近、水を読み違えるのかしら……」

舞白の問いに、龍由は首を振った。

「いいや。舞白の中には力強い波動を感じるよ。おぬしが水を読み切れないことは絶対ない筈だ。安心しろ」

「そう……」

じゃあ、何故絵里の占いは二度にわたって外れたのだろう。疑問を読んだのか、龍由が舞白の頭をやさしく撫でた。そのリズムに安心してしまう。

「……龍由さん、やさしいのね……。私が過去を思い出してなくても、恋人が居てもこんなにやさしく出来るのは、何故なの……?」

龍由のやさしさに、涙が滲みそうになる。舞白は龍由を二重に裏切っているのに、舞白にこんなに寄り添ってくれる理由は何だろう。よっぽど舞白の過去の人のことを忘れられないのだろうか。

「舞白が思い悩む必要は何もない。全てのゆがみの根源は、私にある故」

全てのことから舞白を庇うように、龍由が舞白の頭をぎゅっと抱き締めた。……どうして恋人じゃない龍由に、こんなに心安らいでしまうのだろう。その理由が、龍由の力の所為だけだと良い。そうでなければ、和弘に合わせる顔がない、と舞白は脳裏に浮かぶ恋人に対して罪悪感を覚えた。

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