第18話


龍由についての謎は深まるばかりだったが、そうこうして町を案内して、町はずれの川まで来た。山際を流れていて、新しい緑が斜面から川面に枝を垂らしている。その緑と太陽の光が水面に輝いてきらきらしていて綺麗だ。流れも穏やかで浅い川だけど、溺れかけた時の恐怖が蘇って、水に近づくのを躊躇った。それに気づいた龍由が手を差し伸べてくれる。

「今は水も少なく流れも緩い。足を浸してみぬか」

にこりと微笑む姿は、先ほど舞白をぽかんと呆けさせた龍由ではなく、何時もの落ち着いた微笑みを浮かべた龍由だった。その所為か、少し水への恐怖が薄らぐ。どうしてだろう、龍由が溺れかけた現場を背後に立っているのに、その水の流れが舞白にやさしい。

不安が薄れて、舞白はスニーカーを脱いだ。龍由も草履を脱ぎ、彼に導かれて川の水に足を浸す。ひんやりとした水の流れが、初夏の暑さを忘れさせた。

さらさらと足に触れては流れていく水が、小さな波を起こして太陽の光を反射する。そっと歩けば、水が舞白の軌跡を避けるように小さな渦を巻いた。

「……気持ちいい……」

「そうであろう」

舞白の手を握ったままの龍由は舞白を見つめて微笑んでいた。龍由の足元も、水が分かれて渦を巻き、また合流していく水の流れが出来ていた。その水たちが下流へ下流へと流れていく。新しい水は常に上流から供給され、流れが途切れることはない。その水の流れを見ていた龍由が、ふと口を開いた。

「昨年より、水が潤っておるな」

「そうなの?」

龍由が去年の川の水量を知っていたことに驚いた。てっきり最近引っ越してきた人だと思っていたのに。

「龍由さんは、何時頃からこの町に居たんですか? 龍由さんみたいな目立つ人だったら、龍由さんのことは噂なんかで聞いたはずなのに」

小さい町だからこそ、龍由くらいのイケメンだったら、近所のおばちゃんたちの格好の話のタネだ。倉田のおばさんも話好きだし、占いの営業時間中に聞いていても良さそうだった。

「そうだな……。この町で、私は居て居ないようなものだったからな……」

居て居ないようなもの……? 生まれついての引きこもりとか、そういうこと? だったらさっきの世間知らずっぷりも分かるというものだが、でもそれだったら、舞白の過去を知っている理由が分からない。

疑問の目で見てしまったかもしれない。龍由はやはり弱く微笑むと、それでも握っていた舞白の手をぎゅっと握り返した。

「……私は、あの神社に祀られている龍神だ」

……、…………。

「…………は?」

今、なにか意味の分からないことを言われた気がする。

ぱちぱちと瞬きして舞白の手を握っている龍由のことを見つめると、彼は全然冗談を言ってる様子もなく、言葉を継いだ。

「昔、とあることで力を無くした私は、この地に雨を降らせる力も、川の水を操る術もなくした。勿論人型を取ることも、真実の姿を取ることも難しくなっていた」

「…………」

舞白をまっすぐに見る龍由の顔はいたって至極真面目だ。しかし。

人型を取るのが難しいって……、今、まさに人間の姿だよね? それに……。

足首に流れる水が当たって細かく弾けて飛んで、そうしてまた流れに戻っていく。ひんやりしていた足先の冷たさが、だんだん体に這い上がってくるようだった。それに反するかのように熱い、龍由の握った手。

こんな体温を宿しているのに、人間じゃない……? 人間に化けたら、体温も生まれるものなの? それとも神様も体温があるものなの?

混乱した舞白が、龍由が話すことが真実だと理解したのは、彼が舞白の目の前で、指先をくるりと空に向けて振り上げて彼の足元で戯れていた水を巻きあげた時。さあっと川面から天に向かって細い水の柱が二本渦を巻いて立ち上がり、そうして舞白と龍由の頭上で交わると、ぱらぱらと二人の上に落ちてきた。……でも二人とも少しも濡れない。舞白と龍由の頭の上に、透明の傘が掛かっているかのようだった。

ぽかんとその水の曲芸を見ていた舞白に、分かったか? と龍由が問うた。その微笑みに。

「わああああああああ!!」

龍由が語ったこと、今目の前で起こった頃、そして手から伝わる体温全ての情報が、舞白をパニックに陥れた。舞白は龍由に握られていた手をぱっと振りほどいて後退りした。しかし、川底は丸まった石が転がる不安定な場所。後ろを確認せず後退った舞白の足元は簡単にバランスが崩れた。

あ、転ぶ。

そう思った瞬間、川の中でべしゃっとしりもちをつき、その川底の石とおしりをぶつけた痛さに涙目になった。大丈夫かと龍由が一歩舞白の方に歩み寄って来るのを、条件反射で拒絶する。

「いやややや!! ……っていうか……、……えっ? えっ?」

歩み寄って来た龍由に対する混乱もあったけど、それ以上に舞白の頭を真っ白にしたのは、川の中で尻もちをついた舞白の周りを、川の水が避けて流れて行っていることだった。おかげでおしりは濡れていないし、水しぶきも浴びていない。

「え……っ?」

なにが、起こったのだろう。もしかして龍由がその神様の力で助けてくれたのだろうか。

「……、…………」

ぽかんとそのままの姿勢で龍由を見上げると、龍由は舞白がパニックになって挙句の果てに尻もちをついたというのに、輝くように嬉しそうな顔をしていた。

「た……っ、龍由さん……っ! いくら滑稽でも、そんなに嬉しそうな顔しなくても良くないですか!?」

「いや、舞白。私は嬉しいのだ! おぬしを見つけた時から疑いもしなかったが、今おぬしは、私の目の前で私の考えを証明してくれたのだ!」

龍由が何を言っているのかさっぱり分からないが、初対面の時から穏やかだった龍由が、声を大きくして興奮しているのが分かった。

「なに? 龍由さん……? 言ってる意味が、全然分からないよ……?」

呆然と言うと、龍由は舞白の腕の下に手を差し入れて、舞白の体を持ち上げた。そして再び水が流れ始めた川の中で、昼飯にせぬか、と言った。


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