第15話


ピクニックから帰って来た帰り道で、龍由とばったり会った。龍由はあんな朝方のことがあって以来だったから、少し目を見るのが恥ずかしかったけど、龍由が変わらず穏やかな目で舞白を見てくれたから、それで舞白も平静を取り戻せた。

「出かけておったのか」

「そうです。和弘と会ってきたの」

舞白が機嫌良く言うと、龍由は、逢引きか、と言った。

「そういう言われ方すると、なんだか悪いことしてるみたいで適切じゃないですね。デートって言って欲しいです」

そう言うと龍由が顔を歪めた。まるで舞白と和弘の交際を認めたくないと言っているかのようだった。

「……なんでしょう……。文句を言われる筋合いはないと思いますが……」

「……いや、文句を言うつもりはないが、……本当に覚えておらぬのだなと思ってな」

覚えていない……。舞白が忘れたという、過去の記憶の事だ。一体どれくらい昔のことを言っているのだろう。そもそもその時には龍由だってまだ子供だっただろうに、そんなときのことをひとつひとつ克明に覚えているものだろうか。

ため息を吐きかねない龍由の様子に、舞白も言葉が継げない。

「あの……」

「なんだ?」

応える龍由の目に力がない。そんな目をさせているのが自分だと分かって、舞白は罪悪感を覚えた。そう思ってしまうと、彼の憂いが自分に伝染してくるようだった。以前のように心臓がずきずきする。この痛みの理由も、記憶が戻れば分かるのだろうか。

「明日、改めてお会いしませんか?」

「明日?」

以前龍由に向けた、これから話をしていけばそのうちに思い出すのではないか、と言った気持ちはその時のままだ。だからそういう機会を作ろうと思った。

「私だけ知らないままで居るのは、嫌なので」

そう言うと、龍由は改めて、舞白は強いな、と微笑んだ。

「では、舞白の良い頃会いに、神社に来てくれ。私は神社で待っている」

「えっ。時間決めないと、龍由さんが待ちぼうけになっちゃいますよ?」

舞白が驚くと、龍由は、構わぬ、と言った。

「おぬしを待っている間、おぬしと過ごす時間を想像できる。幸せなことではないか」

言い切った龍由をぽかんと見つめて、それからその言葉の意味するところを知った舞白は顔をぱあっと赤らめた。龍由はどんな些細な時間でも、舞白と過ごす時間を大事にしてくれるのだと、そう知れた。

(それって……、凄い気持ちじゃない……?)

和弘が舞白に想ってくれるような……、いや、もしかしたら過去のことがある分だけ、龍由が舞白に寄せる想いは強いのかもしれない。ただ、それに舞白が応じられるかと言われると、それはどうだろう、と舞白は思う。恋人は明らかに和弘で、龍由はまだ素性の知れないご近所さんだ。舞白はまだ龍由のことを、何も知らなかった。

「楽しみにしておる」

「だからって、あんまり早くから待ってても無駄ですからね? 私、今日朝早くから起きてるから、明日そんなに早く起きれません」

舞白がそう言うと、龍由は、ははは、と笑った。

「なに、それしきのこと。待つのはもう慣れたものだ」

ずきんと痛む、心臓の奥。どれくらい、待たせたのかなあ。

なんてことも、想い出してから謝ればいい。今はその時じゃない。

「じゃあ、明日神社で!」

「うむ。遅くなるのは良いが、すっぽかしだけは御免だぞ」

はあい、と返事をして龍由と別れる。舞白のことを『十分待った』と言う龍由を、これ以上なるべく待たせたくないな、と思った。

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