それぞれのデート模様

第14話



夜中のメッセージに対して和弘から今週末はどうかと返信が来ていて、会う約束をした。悪夢の恐怖からは龍由のおかげで抜け出せたが、恋人に会えるなら会いたいというのは本当の気持ちだったから、約束を取り付けた舞白は途端に気分が上向きになった。やっぱり恋は偉大だ。

浮ついた顔になっていたのだろうか、朝食の時に母親がなにか良いことでもあったの? と聞いてきた。

「えっ? いやあ、私、和弘と会えて良かったなあと思って」

「あら、綿貫くんと順調なの?」

「そう~! もう、やさしいしかっこいいし、言うことないよ」

ずずっとお味噌汁を飲む。それだけ仲が良いなら安心ね、と言った母親の隣で父親が、

「舞白も綿貫くんの負担にならんようにな。彼、会社経営だろう。仕事も舞白の比じゃない筈だ」

とくぎを刺す。

「はあい」

とはいえそう言った父親も、和弘と出掛けるときの門限を緩くしてくれた。やはり直接会ってから、彼への信頼度が増しているように思う。自分と大きな喧嘩もしたことのない両親に和弘が好意的に受け入れられていることを、舞白は嬉しく思った。

週末は天気予報の天気が良いということで、公園でピクニックをしようと言う話になった。当日待ち合わせ場所の駅の改札口で待っていると、和弘と、そして絵里が一緒にやってきた。

(え……っ?)

驚いてしまって何も言えないでいた舞白に、和弘は苦笑して絵里を紹介した。

「舞白、ごめんな。こいつ幼馴染みの宮野絵里っていって、恋人出来たって言ったら是非会わせろって言ってきて……」

……じゃあ、舞白が占った絵里の恋の相手は和弘ってこと……? でも和弘は舞白のことを運命の相手だって言ってくれて……。

舞白が呆然と絵里を見ている視線の先で、絵里もまた驚いた顔をしていた。

「う、……占い師さん……」

絵里がそう呟くと和弘は、あれっ、知り合い? と問うた。

「あ、そうなの……。絵里さん、龍川にいらっしゃって私の占いをしてくれたの……」

「なんだ、そうだったのか。絵里、舞白の占いは当たるぞ。俺が身をもって保証する!」

どん、と胸を叩いた和弘は朗らかな顔をしていたが、当の絵里は青ざめた様子だった。まさか舞白が太鼓判を押した相手と自分が付き合っていたなんて、舞白自身思ってもみなかったし、絵里だって舞白の占いを信じてくれたからこそ、この状況が飲み込めないでいるだろう。

「ええ……っと……」

舞白が戸惑っていると、絵里は表情を改めて、無理に笑った。

「改めまして、宮野絵里です。カズくんとは小さい頃からの付き合いで、カズくんが運命の相手だ、なんてはしゃぐもんだから、どんな方なのかなって思っていたんです」

差し出された手を、おずおずと握る。舞白も改めて自己紹介をした。

「……渕上舞白です……。和弘さんとお付き合いさせてもらってます……。……あの……」

占いのことをどういえば良いのか考えあぐねていたところへ、絵里は首を振って笑顔を見せた。

「……いいんです。きっと私は、恋愛には向いてないんだわ……」

弱く笑う絵里にそんなことない、と思う。舞白は絵里の中に彼女の傍の人と結ばれる波を見つけたのだ。でも、だとしたらどうしてその相手と思われる和弘と舞白が恋人なのだろう。まるで疑わなかった自分の波を読む力に、舞白は疑問を覚えた……。


三人で公園へ赴く。公園はカップルから家族連れまで年代幅広くそこそこの人数で賑わっていた。

丁度空いていた木陰に三人でレジャーシートを広げる。絵里がぎこちなくも笑顔で接してくれたので、それを無碍にすることは出来ず、舞白も笑顔で接した。

和弘が用意してきたラケットでシャトルを交代で打ち合う。バトミントンなんてオリンピック選手は兎も角、素人同士がやればまあまあ緩いラリーになるのかと思ったら、これが思うようにシャトルが飛ばない。あっちへこっちへと飛ぶシャトルと取りに行くだけで、平日仕事漬けの体は悲鳴を上げた。暫くラリーにもならない打ち合いをした後、へとへとになりながら木陰に戻った。

「はー、運動不足を痛感するよ。もっとまじめにジムに通おう」

「えっ、和弘ジム入ってたの?」

初耳だったので驚いて聞くと、幽霊会員だよ、と苦笑された。

「カズくんはもともと運動神経が良いから。足も速いし、小さい頃は運動会でスターだったよね」

絵里も話に乗ってくれたのでほっとした。

「そんなこともあったよな。でもこの年になると仕事優先になって体は鈍るよ。かといって平日はあちこちに取材に行っててくたくただし……」

「分かるわ。私だってカズくんと似たようなものよ」

「私も仕事の帰りに運動って、ちょっとイメージできないわ……。家に帰るのに時間が掛かるし、都内でジム通いは無理だわ」

皆で運動不足を苦笑しながら、お昼にすることにした。母親に手伝ってもらって作ったお弁当を広げる。天気は快晴。こんなに良いお天気はそうそうなくて満喫したいけど、やはり絵里の存在が気になる。

レジャーシートに座りお弁当を広げると、凄いな、と言った和弘に、全部自分で作ったんじゃないよ、と注釈を入れた。

「おかずはお母さんが作ったの。サンドイッチに時間かかっちゃって……」

「じゃあ、サンドイッチからもらう」

「あ、絵里さんも……」

「あ、いいえ。私はお邪魔虫だし、おにぎり買ってきてあるので」

にこりと微笑む絵里はそう言って鞄からコンビニのおにぎりを出して頬張った。舞白のお手製をひと口頬張った和弘が、うん、美味いよ、と微笑んでくれたので少しだけ安心出来た。

「サンドイッチじゃ失敗しようがないけどね。やっぱり自宅暮らしだと料理をしようっていう気持ちにもなりにくいから、これからはちょっと頑張って練習しなきゃ」

「ふは。舞白、いい奥さんになるぞ」

お、奥さん……!

突如和弘の口から飛び出た言葉に絵里も居る場で動揺する。付き合ってまだ五ヶ月。まだまだ結婚というイメージはわかないが、和弘がそういう未来を描いてくれるのは嬉しいがこの場では素直に喜べない。しかし意外にも絵里が話に乗ってくる。

「カズくんだって、いい旦那さんになるわよ。なんて言ったってやり手社長だし」

「どうかな。仕事と家庭は別次元じゃないの? でも舞白が家に居てくれるなら、任せきりにはしないよ」

和弘はそう言って舞白に向かって笑うと、もう一つサンドイッチを手に取った。

味に安心感が芽生えたのか、先ほどよりも口が大きく開く。

その口を、見てしまった。

……この前見た、犬歯がない。

(あれっ?)

和弘がサンドイッチを咀嚼する。もぐもぐ、と食べている和弘に舞白は聞いた。

「和弘って、八重歯ってなかったんだね」

「八重歯? ないよ、なんで?」

心底不思議そうに聞かれてしまって少し困った。じゃあ、あの時見たと思った牙は何だったんだろう。その所為であんな酷い悪夢まで見たのに。

「ううん。無いなら良いの。ごめん、忘れて」

「もしかして八重歯がチャームポイントの人とかが良かったの?」

「まさか。そんなことで人を好きになったりしないわ」

だよな、と和弘は笑う。その口許にやっぱり犬歯はなくて、舞白は腑に落ちないまま、卵焼きを頬張った。


「今日は楽しかったわ。舞白さんともこんなところで偶然会えて……。これも運命なの?」

くすくすと笑う絵里に、舞白も笑顔を向けた。

「また龍川にもいらしてください。これから紫陽花も咲きますし」

「そうですね、また行きたいです」

そう言って駅で別れる。改札の前で二人に背を向けた舞白に、絵里が鋭い視線を送っていた……。


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