第12話
その週末、約束通り和弘と会っていた。
「それでそいつとは度々会ってるの?」
少し不機嫌そうな和弘が舞白に問う。和弘が言う『そいつ』とは龍由のことだ。この間、二人で花見が出来なかった分を補うように舞白は和弘に会いに来た。
「そんなに頻繁ではないかな。新しく引っ越してきた人かなとも思ったんだけど、そもそも私も週末は半分しか家に居ないから確認のしようがないもの」
「だったら良いけど。なんか訳ありそうなんだろ、そいつ。深入りするなよ? 事件に巻き込まれてからじゃ遅い」
「事件って、大袈裟な」
舞白はそう言ったが、和弘は少し苛立っているようだった。龍由の存在が和弘を苛立たせていることは明白だった。
「そうだ、丁度いい。お互いのスマホの位置情報を交換しておこう。俺が仕事で舞白に会えなくても、何処で何してるか分かれば心配じゃないし、舞白だって俺が何処で何してるか分かってれば不安になることはないだろ?」
位置情報まで交換しようと言われたのにはびっくりしたが、和弘が舞白を心配してくれて言ってくれたのが分かるから、その場でスマホを取り出した。アプリをインストールして位置情報を共有する。
「ほら、これで大丈夫。舞白に何かあったら、即座に連絡するから」
即座に駆けつける、と言えないのが和弘の仕事が忙しい所以だった。だから舞白も笑顔で頷く。
「うん。私も連絡するね」
そう言ってそのままテーブルにスマホを置く。
四月も中旬になり、少しずつ日差しが強くなってきている。二人はシーサイドのカフェに来ていた。パンケーキが有名で、一時間並んだけど、室内席の窓際、風の通る席に向き合って座っている。テーブルには希望通りのベリーのパンケーキが並べられ、舞白はにっこりと微笑んだ。
「良いわね~。地元じゃこんなものも食べられないんだもん、やっぱり都会は良いわよ」
トッピングされたベリーと生クリームを掬うとパンケーキに乗せて、とろっと蕩けるパンケーキをフォークに乗せて頬張る。爽やかなベリーの味と濃厚な卵の味がマッチングして、とても美味しい。ほっぺたが落ちるとはこのことだ。
舞白の向かいでプレーンのパンケーキを頬張る和弘は、そうかなあ、と苦笑した。
「だって、これからの日本で、都会はどんどん増えていって、緑はどんどん失われていくよ? そうなれば水源も失われていって、いずれ自然の水は枯渇するかもしれない。そう思うと、舞白の地元ももっと大事にしなきゃ」
都会のマンション育ちの和弘は、舞白の地元を見て余計にそう思ったらしい。そうかなあ、と舞白はパンケーキをつつく。
「だって、何もかもが古臭くて……」
初めて紹介した恋人に、いきなり地元の言い伝えの神様の話をするとはどういうことだと、舞白は思っていた。ふくれっ面をする舞白に、和弘が笑う。
「良いじゃないか。今度行ったときには、一緒に神社にお参りに行こうよ。神様に認めてもらえれば、もう怖いもんなしだろ」
不満に思っていたことを逆手に取られて、舞白の心は直ぐに浮き立った。初めての恋人に、何もかもを捧げたくなってしまう。乙女心というものは、そう言うものなのだ。ご機嫌になって、ふふふ、と頬が緩むのを抑えきれない。
「おい、だらしない顔になってるぞ。かわいいのに台無しじゃないか」
「ふふふ、良いじゃない。今、すっごく幸せなのよ」
舞白がそう言うと、和弘は舞白のパンケーキを掬って、ずいっとそのフォークを舞白の目の前に突き出した。
「なに?」
「甘いもんでも食べて、その顔、誤魔化しとけ」
そう言ってもう一度ずいっとフォークの上のパンケーキを差し出す。ちょっと照れが混じったけど、幸せの気持ちの方が勝った。舞白は和弘のフォークの前に素直に口を開いた。
「あ」
「あー」
ん。
舞白がパンケーキを頬張る瞬間、和弘がにやっと笑って、その口許に犬歯のような牙が見えた。
「わあ!」
ベッドから跳び起きた舞白は、目の前に広がる暗闇の空間の中で、一人心臓を鳴らしていた。
時刻は何時頃だろう。まだ夜は明けてないようだった。
(な、なに、またあの夢……)
また、鬼のような形相の人に食い殺されそうになった夢を見た。それも今回は……。
(な……、んで、鬼が和弘なのよ……)
嫌な汗がこめかみを伝う。はあーっと息を吐き出して、上体を折って顔を掌で覆った。
こんな夢を見てしまったのは、きっと昼間に見た、和弘の犬歯が印象に残っていたからだろう。
付き合うようになって五ヶ月目になるが、和弘の犬歯に気付いたのは初めてだった。面白いことがあった時は口を大きく開けて笑う人だから、気付かなかったのがおかしいのだが、あの時「あーん」と言って笑った和弘の顔が、何処か空恐ろしく見えた気がしたのは事実だ。
それにしたって、恋人に食い殺される夢を見るなんて。幼い頃から続く悪夢を、これほど呪ったことはなかった。
(和弘に会いたい……。会って、笑った顔を見たら、こんな気分の悪いのも吹き飛ぶのに……)
それでも、ベッドの上で立膝をした、その膝に顔を埋めて深呼吸をしていると、どきんどきんと悪い夢に走った心臓もだんだん落ち着いてくる。舞白はスマホを手に取って、和弘にメッセージを送った。
――「今度、いつ会える?」
寝ていると思われる時間に送ったから、朝になって返事が来ていると良いと思う。兎に角、和弘とのつながりを確認したかった。あれは夢で、舞白にやさしい和弘は健在なのだと思いたかったのだ。
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