再会

第11話

(なんて切なそうな目をするの……。それにこの人……、絶対に何処かで会ってる人だわ……)

どきんどきんと早まる鼓動に、そう思う。頭では思い出せなくても心が覚えていることって絶対あると思う。彼は、その相手なのだ。

「それなら、無理に過去を振り返ることはしません。その代わり、……これからもこうやって、時々お話しませんか? 私はさっき、無意識に貴方の名前を呼びました。きっと……、これからお話していく中で、少しずつ思い出していくんじゃないかと思うんです。龍由さんが覚えててくださった私の事や、龍由さんの自身の事……、私も知りたい、ですし……」

和弘にこのことは、ぼかして伝えよう。舞白は龍由のことを放っておけなかったし、一方で和弘のことを好きだった。

舞白の言葉に龍由が目を瞬かせた。まるで舞白がそう言うことを想像していなかったかのようだった。

「……おぬしは、強いのだな。もしよければ、名を聞かせてはもらえぬだろうか?」

「舞白……。白く舞うと書いて、舞白です」

舞白がそう言うと、龍由は口の中で舞白の名前を何度か唱えた。その振動がくすぐったい。

「舞白……、良い名だな。雪の舞う日に生まれたおぬしが今ここに見えるようだ」

龍由の言葉に舞白は驚いた。両親から名前の由来をそう聞いている。

「凄い……、当たりです。和弘もそんなこと言わなかったのに……」

舞白の言葉に、龍由は微笑んだ。

「私には、分かるのだ。舞白のことは、知ろうとすれば何もかも……。思い出せば、舞白にも全てが分かるからな」

何故だろう。龍由にそう言われてそうなのだと思ってしまう理由は……。決して龍由がいい加減なことを言っているのではないと思う、その根拠が知りたかった。

風がざあっと吹き抜け、花びらが巻き上げられる。白い花弁でいっぱいになった視界に美しい龍由が佇むその様子を、記憶の何処かが見たことがある、と舞白に告げた……。


その日は水占いの営業日だった。舞白は倉田夫妻のカフェの開店準備を手伝い、自分の占いスペースの水瓶にも新しい水を溜めた。大体午前中のお客さんはおおよそ近所に住んでいる人で、コーヒーとロールサンドを食べながら談笑する様子があちこちのテーブルで見受けられる。家族で来ていたり、ご夫婦、おしゃべり友達同士と、店内は賑やかだ。こういう時間は舞白の占いのお客は居ないので、舞白はウエイトレスよろしく銀のトレイを片手に、キッチンとカフェスペースを行ったり来たりしながら客のオーダーをテーブルまで運んでいた。

やがて時間がお昼前になり、僅かながら訪れる観光客が昼食を食べにくる。こんな田舎の町にしては珍しく、この店は新しく建てた建物なので客も安心して扉を開けるのだ。

カランカラン。

また一組、客が入ってきたようだった。

「いらっしゃいませ」

舞白が扉の方を振り向くと、其処には躊躇いがちな顔をした女性が立っていた。一人でパワースポット巡りだろうか。そう思って舞白がその女性を席へ案内すると、女性が、あ、と声を上げた。

「占い師さん」

そう舞白を呼んだのは、以前友達と一緒に舞白の占いをした女性だった。確か絵里と言っただろうか。絵里は舞白の顔を見るとほっとしたように表情を綻ばせた。

「今日はお一人なんですか?」

「はい。この町、なんだかほっと出来たので。この前まで、仕事とかプライベートとか立て込んでて疲れちゃったから……」

「そうなんですか。何もない所ですけど、そう言っていただけると地元民としては嬉しいです」

舞白がにこりと微笑むと、絵里は舞白を席に誘った。

「あの……、占い師さん。ちょっとお話聞いてもらっても良いですか……?」

絵里は少し躊躇った後、そう言った。絵里が何処か不安そうだったので、舞白はもしそんなにお腹が空いているのでなければ、占いスペースでお話聞きますよ、と絵里を店の端にいざなった。

「……この前、占い師さんに占ってもらったじゃないですか、私……」

友達四人連れでそれぞれの恋占いをした。絵里には、身近なところで恋が始まる、と出たのだった。

「覚えてますよ。確か……幼馴染みの方がいらっしゃるんでしたっけ」

舞白がにこりと微笑むと、絵里は舞白が占いの内容を覚えていたことにほっとして、それから少し視線を落とした。

「私……、あんまり自信が持てないんです……。カズくん……、あ、幼馴染のことなんですけど、彼は凄く社交的でやさしくて、幼馴染の私から見ても素敵な男の人だから、何時も恋人がいるんです……。だから私は、彼にとって昔からよく知ってるエリちゃん、っていうポジションから動けないんじゃないのかなって……。こんなうじうじしてる私が、あんなに素敵なカズくんと釣り合う訳がない……、私の恋はまた(・・)叶わないのかな……って思っちゃって……」

もしかして、幼馴染の彼への想いは、絵里にとって幼い頃の初恋からずっと続いていた想いだったのではないだろうか。そんな、心の底でずっと想い続けてきた気持ちはとても大事だと思うし、身近に居すぎたからこそ、告白も出来なかったことだろう。

舞白は絵里に、もう一度占いしてみますか、と誘った。

「この前の占いで不安にさせてしまったとしたら、それは私の責任だから。タダで見てあげますよ。気持ちを楽にして」

そう言ってこの前と同じように絵里に紙を渡す。絵里はその端を千切ると、水瓶に湛えられた水の中央に落とした。舞白は神経を研ぎ澄まして絵里の波を感じ取る。

水瓶に手をかざして目を閉じる。水の中央に落ちた紙は、舞白が手をかざしたところからゆっくりと動いて絵里の傍まで移動した。絵里の波動が、迷いながらもくるくると円を描いていることが感じ取れる。想いは円を描いた中心に留まっていて、それが波の形に現れたのだ。

「絵里さん、やっぱり貴女の想いは幼馴染みの彼の許にあります。大丈夫、きっと上手くいきますよ」

舞白がそう言って微笑むと、絵里は漸く安心したように微笑んで、少し涙ぐんでいた……。


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