もうひとつの出会い

第7話



水彩絵の具の水色を薄く引いたような青空に、刷毛で刷いたような白の雲がたなびいている。風も温み、やわらかな感触で頬を撫でた。

そんな天気の中、生まれて初めてできた恋人と家に向かって歩いている。今年の正月に両親から、そろそろいい人はいないのかと問われたに対して、実は……、と切り出したところ、是非連れて来い、と言われたのだ。

舞白の初めての恋人に、特に母親が喜んでいた。写真はないのかと聞かれて、夕焼けをバックにスカイツリーで撮った写真を見せた。

「あら、イケメンさん。こーんなイケメンさんが、なんで舞白なんかを良いって言ったのかしらねえ」

母親は舞白のスマホを覗き込んでそう言ったが、舞白はその画面の異様さに気が付いた。

茜色の夕陽が禍々しい模様を描いている。そして、和弘の目が動物を撮った時の写真と同じように赤く光っている。……隣に映る舞白の目は何ともないのに……。

(……なんで……? あんなにきれいな夕陽だったのに……。それに和弘だって、こんな奇妙な写り方……)

舞白は母親からスマホを取り戻すと、そっとその写真を閉じた。折角の記念写真だったのに、どうしてしまったんだろう……。疑問は何時までも晴れることはなかった。


そんなことがありつつも和弘との付き合いは順調で、今日は和弘を実家に招く日だった。

(……まだ付き合い始めて三ヶ月だけど)

和弘は嫌な顔一つせず、むしろ早くにご両親に顔見せできるなんて嬉しいな、なんて言ってくれたのだ。その言葉が頭の隅に引っかかったけど、その時は何を思い出しそうだったのか分からなかった。

「? なに?」

「ん? ううん、改めてこんな田舎でごめんね」

見つめていた和弘の問いに舞白がそう謝ると、何言ってるの、嬉しいよ、と和弘は微笑んだ。

「前に来た時も思ったけど、緑が豊かで、舞白がおおらかに育ったのが分かる土地じゃないか。俺は人工的な公園しか知らないから、特急とはいえ、電車一時間でこんなにも自然豊かな土地になるなんて、本当にわくわくするよ」

そういう和弘はやさしい。舞白は頬を綻ばせた。

あの合コンでは、独立企業の社長という希少価値差もさることながら、このルックスと甘い声、そして一人っ子故の少しの独占欲を持ったところに、参加していた同席していた女性たちは目を輝かせていたのだ。

女性ならば、恋人に大小の違いはあれど、多少の嫉妬はして欲しいものだ。相手の興味が全て自分に注がれているような気持ちに錯覚できることは、特に恋の初めには甘い薬になる。舞白も、例外ではなかった。

その証拠として、実は昨日、普段の悪夢とは違う、不思議な夢を見たことをメッセージアプリで何の気なしに和弘に送ったら、へそを曲げられてしまった。

その夢とは、龍神神社の境内にこの世のものとも思えない美貌の主が立っていて、その人が社の下で空を見上げていた視線を舞白に移してやさしく微笑んだ、というものだった。

夢は起きたらほとんど忘れてしまうたちなので、覚えていた夢も断片過ぎてそのワンシーンだけだ。それでも和弘は、『俺というものがありながら、舞白は別の男を夢に見るのか』と拗ねた返事が返してきた。

舞白だって、夢を見るなら和弘が良いと思っている。その気持ちをメッセージに託して何度か送った後、やっと和弘は許してくれたのだ。そんなやり取りさえ、恋の初めの舞白には嬉しいやり取りだった。

電車を降りてバスに乗り換える。隣同士に座った和弘を見上げると、和弘が微笑んだ。

「俺だけを、見てろよ」

ああ、なんて甘い蜜の薬。夢のことを思い出していたことを分かったように言う和弘の言葉は、舞白には初めての経験で、心から蕩けてしまいそうだった。こてんと和弘の肩に頭を預ける。バスの振動で少し頭が跳ねて、それを和弘が受け止めてくれるのが嬉しかった。


「あれ」

自宅の最寄りのバス停でバスを降り、田舎道を家に向かって歩いていくと道の脇に龍神神社がある。今からの時期は境内に植えられている桜の大木が花開くのを地元の人が心待ちにしている。その桜の咲き始めなのだろうか、男の人が一人、桜の木の下に立って枝を見ていた。

すらりとした体に染めているのかプラチナのような長い銀髪。すっと背筋の伸びた姿勢で藍色の着物を着て、腕組みをしたまま桜を見上げている、それが。

昨日見た夢の中の、舞白に向けて微笑みかけてきたあの男の人のような気がした。

(他人の空似……?)

きっとそうだよね、と思ったところへ、声を上げた舞白に、どうしたの、と和弘が声を掛けた。

「ああ、あそこにいる人……」

「あそこ?」

和弘を振り返って、神社の方を指差すと、和弘がそちらを見た眉が片方だけ上がった。

「神社がどうかしたの?」

え、と思う。正確にはそこに居る人だ。

と思ったけど、舞白も神社を振り返って、あれっと思った。さっき見たと思った人影は、其処には居ない。

(見間違い……?)

不思議に思った舞白に和之が言う。

「嫌だよ、舞白、見間違いだとしても。俺だけを見てろって言っただろ?」

「う、うん。……多分神社の桜の木の幹が人に見えたんだと思う。気にしないで」

そう笑って返すと、舞白だけに向けられる甘い微笑みが返った。

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