第5話


「龍川町の隣の鬼岩町にも伝説があるよね」

和弘は神社巡りの休憩に入ったカフェでお茶をしているときにそう言った。舞白はあまり民話とか伝説などに興味がなかったから、鬼岩町の伝説のことも知らなかった。

「そうなの? 藤棚がきれいで、満開の時は観光客がいっぱいだっていうことは知ってるけど」

「うん、その藤の花も伝説の中で出てくるよ」

和弘はコーヒーを飲みながら鬼岩町の伝説について教えてくれた。

「昔、人を喰う鬼が居たのを、神様がやっつけて封じたっていう伝説でね。その鬼のことを慰めようと鬼が好きだった藤の花を植えたらしいんだ。村の人を喰った鬼に対しても温情をかけて花で慰めようだなんて、昔の人は心が広いよね」

「へえ~、隣の町のことなのに、全然知らなかったわ」

「まあ、住民の人は其処に神社があるな、ってくらいの認識しかないよね。古い言い伝えなんてほとんどそんなもんだよ。でもそれを発掘していくのが楽しいんだ。その土地の歴史を知っていくみたいで、いろんな土地に愛着がわくしね」

趣味と実益を兼ねているのか、仕事の話を和弘は楽しそうにそう話す。

「藤の季節になったら、一緒に行ってみようよ。俺が以前行った時は季節外れで、境内も寂しいもんだったからさ」

「良いわね。隣の町とは言え、近くて遠いもんだから、鬼岩神社にもお参りしたことないのよ」

舞白の言葉に、そりゃ勿体ないよ、と和弘が笑った。こうやってデートの約束が積み重なっていくのにときめきを感じる。店主お手製のチーズケーキをひと口頬張ろうとすると、和弘がスマホのカメラを舞白に向けた。

「や、やめてよ~。間抜け面で写っちゃう……」

「でも俺、舞白の写真って持ってないからさ。今までだって指先の写真しか撮ってないし、一枚くらい恋人の写真持ってたっておかしくないだろ?」

「でも、ものを食べてるときの写真は嫌よ」

舞白はフォークを置くと、ケーキを前に表情を整えた。

「ふは。ケーキ欠けてるけど、いっか」

そう言って和弘はシャッターを切った。その様子を慣れない気持ちで見る。

「なに? なんが微妙な顔してる」

「う~ん……。なんか、和弘みたいにかっこいい男の人が、なんで私みたいな子を良いと思うのか、不思議で……」

和弘は占いの結果を信じ込んで舞白に交際を求めてきた。だから舞白自身を好きになって付き合おうと思ったわけではないのだと思う。でも和弘はにこやかに微笑んで舞白を安心させる。

「そうだなあ……。最初が占いだったから信じてもらえないかもしれないけど、俺、本当にあの合コンの時に再会出来たのが運命だって思ったんだよね。もしかしたら舞白のことをずっと前から知っていて、舞白の占いの店にも導かれて訪ねて行ったんじゃないかと思えるくらい、舞白に会ってから舞白のことしか考えられないでいたよ」

……なんだかすごい告白を聞いてしまった。舞白は赤面する。

「それに舞白はあの合コンで他の子ばっかり立ててたけど、舞白自身がかわいいってことに自信持っていいと思うよ」

「褒めすぎよ~……」

ぽわぽわと頬が熱くなる。和弘は、男と付き合うのが初めてなら仕方ないんだけどさ、と前置きしてこう言った。

「俺は舞白のことを幸せにしたいから、舞白の嫌なことはしない。でも、褒められることはその人に良い影響を与えるって俺自身の経験から知ってるから、舞白を褒めることは止めないよ」

確かにそうなのだろう。職場の同僚からも、最近メイクが変わったかと聞かれた。今までは地味なベージュ系しか使ってこなかったのに、最近コスメカウンターを見るとかわいいピンク色が目についてしまって、この前リップを新調したのだ。今日待ち合わせで会った時に和弘が第一声で言ったのが、リップ変えた? だった。

「さてと。これからどうしようかな。あんまり遅いと、ご両親が心配するもんな」

カフェを出ると和弘がそう言った。

そうなのだ。舞白の家は都心から特急を使っても一時間。電車の先はバスで、とても田舎だ。話を切り出せば、両親だって夜遅くなるのを納得してくれそうだが、普段会社で残業をしても、帰りが遅いことを会社に文句を言っている。大学入学と同時に放任になっている学生時代の友人たちの中で見ると、舞白の両親はどっちかというと過保護だ。

和弘もそんな両親の印象を悪くしたくないらしく、今までのデートでも夕食後はそのまま駅まで送ってもらって帰っていた。

「ごめんね……」

「気にするなよ。ご両親の自慢の娘なんだろ」

そう言って和弘は微笑んだ。本当に和弘という恋人は、舞白にとって文句のつけどころのない恋人だった。むしろ和弘のほうがこんな舞白で楽しいのかと思う程だ。

「今日は俺も、明日の打ち合わせの資料を確認しておきたいから、ちょっと早めに帰りたいし……。そうだ、スカイツリー行ってみるか。今の時間なら夕陽に間に合うかもしれない。展望回廊から見たらきれいだと思うよ」

冬の日が落ちるのは早い。カフェで長居しなかったおかげで夕陽を見ることが出来そうだった。舞白もスカイツリーは友達とソラマチに行ったことがあるだけで、展望回廊には行ったことがない。うん、と頷くと、和弘が舞白の手を取った。

「……っ」

握られた手から、和弘の『波』を感じる。ざわざわと寄せてくるその波が、何処か舞白の深いところを抉った。

……なんだろう? この感覚は……。

心の奥底まで和弘の手が伸びてくるような感覚になって、舞白は恐怖を覚えて咄嗟にパシッと和弘の手を払ってしまった。

「? どうした? 舞白」

此方を見た和弘は心底不思議そうな顔をしていた。舞白も今の感覚が不思議でならない。自分の手をグーパーと握って開いてしてみる。そこにはさっき感じたざわりとした感覚はなかった。

「う、ううん、何でもない。ちょっと手がむず痒くて」

舞白が言うと、和弘はなんだ、と安心したようだった。

「もう大丈夫?」

和弘の目の前でもう一度手をグーパーしてみる。うん、大丈夫だ。

今度こそ舞白は和弘に手を引かれて繁華街を歩いて行った。


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