第59話 戦後処理と根拠地整備

 戦闘は終了し、ブリーデヴァンガル旧公国派、ヴァナヘイム王国、南部大陸諸国による、ブリーデヴァンガル島、延いてはビフレスト海西部支配の企図は挫かれた。

 陸上戦闘において、ヴァナヘイム王国陸軍統一司令官のオルテガ辺境伯を捕虜にすることもできたが、ミズガルズ王国の現国王の甥という地位にありながら、事実上、王家に弓を引いた最重要戦犯の、フレデリク・アルビヌス・ファン・ミズガルズ子爵は、未だトゥンサリル城の支城に籠っているはずであった。


「直ちに生け捕りにすべし。」


 日本軍としては、異世界への転移以来、連戦となるため、一息入れたいところではあるが、属領主府からの強い要請があった。


 フレデリクが落ち延びて王都へ赴き、今回の戦いについて


「グリトニルに反乱の意図あり。」


などと申し立てられると少し厄介なことになる。


 今回の圧勝は、王都の人々には俄かには信じられないであろうし、「先に言ったもの勝ち」になりかねない。


 すぐに日本軍を中心として、戦車隊のほか、一式砲戦車と三式中戦車も急遽呼び寄せ、討伐隊が編成され、装甲兵車と馬車で駆け付けた陸軍部隊、現地軍兵士とともに、支城へ急行した。


 各車が砲撃準備を行う中、着剣した銃を構えた日本兵と、マスケット銃を構えるか帯刀を抜いた現地軍兵士が城門ににじり寄って行く。

 兵が相当近付いて行っても、支城からは何の反撃もなかったため、一式砲戦車が75粍砲弾を城内へ1発撃ち込んでみた。


 ドドーン


という砲弾の炸裂と同時に、城壁の上に武器を持った兵士が現れ、同時に執事、メイドといった使用人たちも姿を現した。


「すわ、敵の反撃か。」


 日本兵も現地兵たちも一様に身構えたが、城壁の上の兵士たちは、手にした武器を次々と城壁の外側へ放り投げ、使用人たちも、両手を高く掲げて降伏の意を示し、城門は内側から開かれた。


 あまりの呆気なさに、討伐隊は罠を疑ったが、相手からは殺気が感じられない。

 とりあえず、日本兵一個分隊と現地兵10人ほどが、開かれた城門から内部へ進入した。

 一同が見守る中、5分ほど経ってから、城壁の上に数人の日本兵が現れ、その中の一人が、歩兵銃に取り付けた日章旗を振った。


 討伐隊の間にどよめきが広がり、少し間を置いて、日本兵の中から万歳の喚声が上がった。


「バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ!」


 現地兵が、両手を上げて喚声を上げる日本兵に驚いているので、傍らの日本兵が


「お祝いをするときのやり方ですよ。」


と説明してやった。


 討伐隊が、支城の中を隈なく探したが、戦犯であるフレデリク・ミズガルズ子爵も、その父で現国王の弟に当たるアルビン・ミズガルズ侯爵の姿もなかった。

 病の床にあるアルビンを連れて陸行することは困難を極めるはずで、使用人たちに聞き回ったところ、海辺であることを利用し、海路から脱出したものであった。


 使用人たちの一部しか知らないことであったが、「メロウ」という種族が普段から支城に出入りし、彼らが脱出を助けたものと思われた。

 「メロウ」は、海上や海辺に集落を構え生活し、先祖が人魚とも言われ、水中活動を得意とする種族であって、彼らの助けがあれば、とりあえず最も近い南部大陸マグ・メル王国のいずれかへ落ち延びることは可能と思われた。

 

「やるべきことはやった。」


 桑園少将以下、日本海軍の幹部も、陸軍朝日大尉もそう思った。

 ただ、桑園にしてみれば、グリトニル辺境伯、あの若い殿様が老練な政治家たちと上手く渡り合えるかどうかが気掛かりではあった。


 振り返ってみると、この世界へ転移してから、まだ幾日も経っていないのである。

 それを空・海・陸と連戦して敵を撃破し、おそらくは、この世界の政治的均衡にかなりの影響を与えてしまうであろう結果となった。

 

 今頃、たけなわであろう比島フィリピン決戦でも、このように密度の濃い日々はないのではなかろうか、と桑園は思った。


「一連の戦いの結果、デ・ノーアトゥーン及びトゥンサリル城の安全は保たれたと思料いたします。我々日本としては、未だこの地に腰が据わらない状況でありますところ、ギムレー湾及びその周辺を、根拠地と成り得るよう整備したいと考えます。今回、不幸中の幸いと申しますか、城内が少々…荒れはいたしましたが、街と港湾は無傷でございます。根拠地の整備と合わせ、艦隊乗組員ほか将兵の休養と補給にもご助力賜る様願うものであります。」


 桑園は、グリトニルに改めて要求した。


「戦いの前に出されていたお話しですね。我が属領の大恩人にして私と婚約者の恩人でもあります日本海陸軍の皆様には、誓って報いましょう。実務は庶務尚書のケッペルに一任しておりますので、詰めていただければと存じます。」


 グリトニルは、桑園の要求を改めて快諾した。

 もっとも、圧倒的武力を見せられては、断るにも断れないであろうし、敵に回したくないと思って当然であった。

 

「こちらの山花は、私の参謀…あー、側近の部下でございますので、庶務尚書閣下との間の実務を担当させましょう。先に、城内に出先を置くための部屋をお借りしたところでございますが、デ・ノーアトゥーン港外にも艦を一隻停泊させておきますので、この両方を通じて、私どもの旗艦といつでも無線連絡が取れる体勢としておきます。」

「なるほど。ムセンというものは便利なものですね。我々もあやかりたいものです。」

「いえいえ、我々は魔法…魔術が一切使えませんから、こちらこそ羨ましい限りです。」


 双方が相手を羨ましいと感じているのは、事実であったが、桑園が聞きかじったところでは、魔法は運動能力と同様、生まれつきの体質によるもの(魔力量など)があるらしく、訓練を施せば誰でも使うことができ、また幅広く活用される科学技術とは異なるものと、桑園は考えた。


「よし、ギムレー湾に戻ろう。」


 桑園以下の日本軍将兵は、車列と輸送艦によりギムレー湾へ戻ることになったが、陸戦で疲労した戦車隊、野砲隊と歩兵中隊、陸戦隊将兵は、酒場兼宿の夜兎亭と銀月亭、さらに船宿のネプトゥヌス、商工ギルド支配人マスターのヴィットリア邸に分宿し、骨休みをすることとなった。

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