第60話 ブリーデヴァンガル方面混成根拠地隊創設

 翌朝、日本陸海軍将兵が異世界へ転移してから5日目の朝、夜兎亭、銀月亭、船宿ネプトゥヌスと商工ギルド支配人ヴィットリア邸に分散宿泊していた日本軍将兵たちは、午前6時きっかりに起床ラッパで起き上がった。

 もっとも、ヴィットリア邸以外では、まだ寝ていた宿の関係者や近所の人も叩き起こすことになってしまい、一部で不評を買うことになったが。


 彼らは、提供されたパンとスープの簡単な朝食を済ませ、装備を縛着し、4列縦隊を組んで港へ向かった。

 ここでも、ヴィットリア邸宿泊の兵隊の一部が、持参した米を使い、庭で飯盒炊飯を行ったため、邸側から「芝生で火を焚かないでもらいたい。」という申し入れがあった。


 隊列が速足行進のラッパに合わせて行進する様は、石畳に響く靴音と合わせて迫力があった。


 道すがらの家々の窓からは、住人たちが物珍しそうに行進を眺めている。


 やがて隊列が港へ着くと、待っていた輸送艦の中へと吸い込まれて行った。


 日本軍部隊がギムレー湾へ引き揚げるにあたり、山花大佐ほか連絡員と通信要員10名、街の警備として歩兵一個小隊と豊平少尉のチハ車、鴨志田軍曹の軽装甲車が、燃料、武器弾薬と共に残され、また、デ・ノーアトゥーン港外には、海坊艦利尻が、連絡と通信中継のために残された。


 デ・ノーアトゥーン残置部隊以外の各艦、部隊がギムレー湾へいったん引き上げた後、部隊の人員、装備、武器弾薬、燃料、糧秣などの点検が行われた。

 

 もとより、将兵には死傷者なく、艦、航空機、武器にも異常はなかった。

 ただ、60㎏航空爆弾の損耗と75粍野砲弾に目減りが見られた。


 転移以来の状況と、物資燃料の備蓄状況を踏まえながら、第25航空戦隊旗艦空母蛟龍に、司令官桑園少将ほか、25航戦、北東方面艦隊、小笠原増援隊の各艦長と陸軍部隊長が集合し、今後の方針が話し合われた。


 今まで、なし崩し的に戦闘が行われてきたため、日本軍側では、腰を据えて方針を定める暇がなかったからである。


 まず桑園から


「異世界にいることは、皆がすでに十分認識しているところと思うが、今後の身の振り方について、忌憚のないところを聞かせて欲しい。各自、意見を述べるときは、名前は要らないから、艦名か部隊名を言ってくれ。」


と意見出しを促した。


「蛟龍。我々は、異世界にいるとは言いながら、帝国軍人であることには変わりません。あくまで、為すべきは本来の任務であり、こちらの世界では、来るべき作戦や任務に向け戦力の損耗を避けるため、これ以上の深入りは回避すべきと思料いたします。」


「出雲。蛟龍艦長に全然賛成です。我々の艦、航空機その他の一切は、畏れ多くも…」


 この一言で、その場の全員が立ち上がり、直立不動の姿勢を取った。


「…天皇陛下より賜ったものであり、まして将兵の命は、いやしくも他国のため…でしょうな…そのために浪費することは許されないと考えます。」


「葉月。賛成です。我々も、捷一号作戦で散って行った者たちに続かねばならず、で油を売っている猶予はありません。この国の魔術師だか魔法使いだか分かりませんが、その連中を締め上げてでも元の世界に戻る方策を見つけ出し、本来の作戦を実行せねばなりません。」


 それぞれ正論である。


「令川丸。ちょっとお持ちいただきたい。確かに、本艦による海賊との戦闘以来、戦闘が拡大し続けたのは事実ですが、事情があってのことです。何より、いつ元の世界に帰還できるか分からない以上、こちらの世界の勢力のいずれかの協力を得ない限り、職業的に海賊でも行うほかありませんが、これは全くの論外でしょう。」


「千早。令川丸艦長に賛成。いつ元の世界に帰還できるかはともかく、艦隊の泊地、将兵の休養場所確保と、当面、最も早く尽きるであろう食料、飲料水の補給を考えても、誰かの世話にならなければ生きていくことも覚束ないと考えます。」


「櫟。これから起きるかもしれない戦闘については、可能性の問題ですし、あー、ブリーデヴァンガル属領主府でしたか、にどの程度協力するかは、散々恩を売っておりますので、こちらの裁量で決定できると思われますから、補給面で協力を仰ぐことに損はないと考えます。」


 ここで桑園少将が


「いずれにも理がある。どうかね。陸軍として何か意見はないかね。」


と出席者の陸軍将校に意見を求めた。 


「戦車第26連隊。硫黄島は、米軍上陸必至と考えられております。先ほど、どなたかが仰ったが、こんなところで油を売っている暇はないのであります。自分は、今すぐにでも、硫黄島へ向かわねばならないのであります。」


 連隊で第4中隊長を務める似鳥中尉が言った。

 彼は、大陸で幾つかの武勲を立てた強者で、連隊長の西竹一中佐に心酔していた。


 ここで、一人の海防艦長が手を上げて発言した。


「天売。櫟艦長の仰るとおり、あまり肩肘を張らずに『帰還までちょっと世話になる。』という体でブリーデヴァンガル属領主府と付き合っては如何かと思います。今のところ帰る目途がない訳ですから。」


 天売艦長滝川予備少佐は、元は外航船の一等航海士を務めていた経歴があり、船団護衛の大切さを強調するあまり、兵学校出身の士官本チャンから疎まれることもあった。


「議論は一通り出尽くした。」


 そう思った桑園は、立ち上がって口を開いた。


「今、我々は想像をはるかに超えた事態に遭遇し、ある意味難渋しているところである。しかし、いつかは元の世界に戻り、亡き戦友に続き、最後のご奉公をせねばならんことは言うまでもない。そのため、我々は一致団結し、一兵残らず元の世界に帰還しなければならない。だが、その日までこの世界で生きて行かねばならないこともまた事実である。よって、越権ではあるが、本職は、各艦と部隊を束ね、根拠地隊を編成したいと考える。無論、陸軍部隊を隷下に置くことには無理があるが、事の特異性に鑑み、やむを得ないこととして欲しい。」


 桑園は一呼吸置いて


「どうだろうか。」


と皆に問うた。


 一同は黙ったままである。


 異論がない、という訳ではなかろうが、代案を出せと言われても出そうにない。


 異議なし、と受け取った桑園は


「一同に異論なしと認め、本職は、ここに『ブリーデヴァンガル方面混成根拠地隊』の創設を宣言するものである。」


 出席者一同の間にどよめきが広がったものの、桑園の言葉通り、改めて異論を申し出る者はいなかった。


 ここに、桑園海軍少将を司令官として、海軍艦艇、航空機及び部隊、並びに陸軍部隊、航空機も(半ば強引に)編入し


 ブリーデヴァンガル方面混成根拠地隊


が創設され、以降、ブリーデヴァンガル属領主府及びミズガルズ王国などと、組織として渡り合うことになった。


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